私は棋士のブログやツイッターはほとんど見ないのだが、10日、竹俣紅女流初段が自ブログに「女流棋士卒業」宣言をしたのをたまたま見て、驚いた。
具体的には来年3月31日付で女流棋士を引退し、日本将棋連盟も退会するという。
今まで何回も書いてきたが、棋士(女流棋士)の引退は、公式戦を指さなくなるだけで、お好み対局や指導対局、タイトル戦の立ち合いや解説など、それ以外の仕事は今まで通りできる。だから段位も現役時のまま名乗れる。
ところが退会は別で、これは「棋士」という職業とオサラバしてしまうから、もう将棋関連の仕事はできない。もちろん主催者が懇願すれば話は別だが、そもそも本人が退会を選ぶのは、そこの決別も含んでいるのだ。芸能界の引退はこれに当たる。
あらためて竹俣女流初段は、2012年10月1日、14歳の時に女流棋士2級でプロデビュー。高校生になってからは、女子高生女流棋士として、ちょくちょくテレビ出演するようになった。
2017年、早稲田大学に入学。クイズ番組などには相変わらず多く出演し、彼女をテレビで観ない週はない、というほどだった。
だが彼女の本職は女流棋士である。それなのにエントリー制の棋戦には出場しないことがあるなど、私には首を傾げるケースもあった。まあこの頃は受検勉強もあり、事実竹俣女流初段は2016年4月から1年間休場したわけだが、その間もテレビには出ていたから、私はどうにも腑に落ちなかった。
そんなわけだから、私は竹俣女流初段をタレントとして見ていた。ゆえに、「女流棋士ファンランキング」にも登場しない。
しかも竹俣女流初段はエッセイなどで、「将来は別の仕事に就きたい」と匂わせていた。それで私は、彼女が遅かれ早かれ、女流棋士を引退すると思っていた。
それにしたって今回、20歳での引退・退会はあまりにも性急で、私も口あんぐりだったわけである。
ところで世間では、棋士は東大生を凌ぐくらい、頭がいいと認識されているようである。
私はそれを否定はしないが、「アンタこの世に棋士という職業があってよかったね」という棋士が存在するのも確かだ。まあそれはともかく、そんなに棋士が頭がいいのなら、一生将棋だけを指して人生を終えるのはもったいなくはありませんか? とも言いたくなるわけだ。
竹俣女流初段も、その生き方に疑問を持ったに違いない。
たとえば、女流棋士一局の対局料はいくらなのだろう。対局料よりテレビの出演料のほうがはるかに多いことは確かで、これじゃあ将棋を指す気も失せるというものである。ワタシ竹俣紅の1日の価値は、対局料よりはるかに上ですよ、というわけだ。
また棋力のこともある。本日まで竹俣女流初段の通算成績は28勝35敗の勝率.444。現状ではとてもタイトル戦登場は望めず、通算の勝ち越しも怪しい。繰り返しになるが、ふつうの女流棋士として人生を終わる可能性が高いのだ。
となれば、別の安定した仕事に就き、あわよくばタレントと二足の草鞋で頑張ったほうが、やり甲斐があるというものだ。そしてその決断は、早ければ早いほどよい。
かくして、竹俣女流初段の異例の決断となったわけだ。そしてそれは私のような「苦渋の決断」ではなく、「前向きの決断」だった。その視線の先には、明るい未来が待っているのだ。
これは私たちも、竹俣女流初段を笑顔で送りださねばなるまい。竹俣先生、頑張ってください。
残念なのは、ピカ一の将棋普及要員を手放すハメになった、日本将棋連盟と女流棋士会である。連盟側から見たら最悪の結果となったわけだが、竹俣女流初段の決意を翻意できなかった連盟側にも、多少の非があるように思える。もう少しうまいことやれば、せめて「引退女流棋士」として、竹俣女流初段が将棋界に残ってくれた気もするのだ。
ま、将棋界は藤井聡太七段をはじめ、女流棋士も有望な若手が続々と誕生しているので、大勢に影響はないのだろう。
具体的には来年3月31日付で女流棋士を引退し、日本将棋連盟も退会するという。
今まで何回も書いてきたが、棋士(女流棋士)の引退は、公式戦を指さなくなるだけで、お好み対局や指導対局、タイトル戦の立ち合いや解説など、それ以外の仕事は今まで通りできる。だから段位も現役時のまま名乗れる。
ところが退会は別で、これは「棋士」という職業とオサラバしてしまうから、もう将棋関連の仕事はできない。もちろん主催者が懇願すれば話は別だが、そもそも本人が退会を選ぶのは、そこの決別も含んでいるのだ。芸能界の引退はこれに当たる。
あらためて竹俣女流初段は、2012年10月1日、14歳の時に女流棋士2級でプロデビュー。高校生になってからは、女子高生女流棋士として、ちょくちょくテレビ出演するようになった。
2017年、早稲田大学に入学。クイズ番組などには相変わらず多く出演し、彼女をテレビで観ない週はない、というほどだった。
だが彼女の本職は女流棋士である。それなのにエントリー制の棋戦には出場しないことがあるなど、私には首を傾げるケースもあった。まあこの頃は受検勉強もあり、事実竹俣女流初段は2016年4月から1年間休場したわけだが、その間もテレビには出ていたから、私はどうにも腑に落ちなかった。
そんなわけだから、私は竹俣女流初段をタレントとして見ていた。ゆえに、「女流棋士ファンランキング」にも登場しない。
しかも竹俣女流初段はエッセイなどで、「将来は別の仕事に就きたい」と匂わせていた。それで私は、彼女が遅かれ早かれ、女流棋士を引退すると思っていた。
それにしたって今回、20歳での引退・退会はあまりにも性急で、私も口あんぐりだったわけである。
ところで世間では、棋士は東大生を凌ぐくらい、頭がいいと認識されているようである。
私はそれを否定はしないが、「アンタこの世に棋士という職業があってよかったね」という棋士が存在するのも確かだ。まあそれはともかく、そんなに棋士が頭がいいのなら、一生将棋だけを指して人生を終えるのはもったいなくはありませんか? とも言いたくなるわけだ。
竹俣女流初段も、その生き方に疑問を持ったに違いない。
たとえば、女流棋士一局の対局料はいくらなのだろう。対局料よりテレビの出演料のほうがはるかに多いことは確かで、これじゃあ将棋を指す気も失せるというものである。ワタシ竹俣紅の1日の価値は、対局料よりはるかに上ですよ、というわけだ。
また棋力のこともある。本日まで竹俣女流初段の通算成績は28勝35敗の勝率.444。現状ではとてもタイトル戦登場は望めず、通算の勝ち越しも怪しい。繰り返しになるが、ふつうの女流棋士として人生を終わる可能性が高いのだ。
となれば、別の安定した仕事に就き、あわよくばタレントと二足の草鞋で頑張ったほうが、やり甲斐があるというものだ。そしてその決断は、早ければ早いほどよい。
かくして、竹俣女流初段の異例の決断となったわけだ。そしてそれは私のような「苦渋の決断」ではなく、「前向きの決断」だった。その視線の先には、明るい未来が待っているのだ。
これは私たちも、竹俣女流初段を笑顔で送りださねばなるまい。竹俣先生、頑張ってください。
残念なのは、ピカ一の将棋普及要員を手放すハメになった、日本将棋連盟と女流棋士会である。連盟側から見たら最悪の結果となったわけだが、竹俣女流初段の決意を翻意できなかった連盟側にも、多少の非があるように思える。もう少しうまいことやれば、せめて「引退女流棋士」として、竹俣女流初段が将棋界に残ってくれた気もするのだ。
ま、将棋界は藤井聡太七段をはじめ、女流棋士も有望な若手が続々と誕生しているので、大勢に影響はないのだろう。