第11図以下の指し手。▲2二歩成△同銀▲2一銀(投了図)
まで、167手で広瀬八段の勝ち。
「△8九歩成は、△8七馬▲同玉△7七金以下の詰めろです」
と、鈴木大介九段。
しかし広瀬章人八段は▲2二歩成とし、△同銀に▲2一銀。ここで羽生善治竜王が投了した。広瀬新竜王誕生なる!
鈴木九段「広瀬さん、初竜王、おめでたい。私は彼が小さいころから知ってるんですが、将棋が強くて、小学生の時から光り輝いてましたからね――。
一方の羽生さんは来年、課題が残りました」
私は茫然としてしまい、そこに立ち尽くすだけである。
すると、いま新橋に来たと思しきオジサンに、「羽生勝った? 負けた?」と聞かれた。
「負けた。羽生負けた。広瀬さん勝った」
私は散文的に言う。
「負けた? 負け! 羽生さん、無冠の帝王か」
「そうですね」
そう、今まさに、歴史が動いたのだ。
まだ時刻は午後7時前なので、中盤に戻って、再び解説となった。
鈴木九段「相居飛車は研究が進んでるんで、自由度がないんですね。広瀬さんも昔は振り飛車党だったんですが、居飛車党に転向しちゃった。
裏切り者!
ボクも来年は居飛車やろうかな。梶浦君も振り飛車指しなさい」
「えっ……。じゃあ一局やります」
「ボクも居飛車をやったことはあるんだけど、2勝18敗だったかな」
「それは……」
と梶浦宏孝四段が絶句した。
「梶浦君が飛車振ったらボクは居飛車やるよ。そうだ今度対局で当たったらお互い逆持とう」
何だかすごい話になってきた。
鈴木九段「師匠と弟子が当たって、弟子が勝つことを『恩返し』といいますよね。私は負けるつもりはなかったんですが、この歳になってくると、弟子に負けられるもんなら負けてみたい、と思うようになりました」
1日目の封じ手について。
「ここで▲5八金(A図)。これがペースを掴んだ好手と思います。玉の周りを厚くしてよかった。やはり▲2八歩のような手はやらないんですね」
……号外はまだ出ないでしょ?」
鈴木九段はさっきの解説中にも、「今日は羽生竜王が勝っても負けても号外が出る」とソワソワしていた。
しかし梶浦四段は「1時間くらいかかると思います」と冷静だ。
局面は▲7三歩(B図)まで飛ぶ。
鈴木九段「ここで△8二飛は▲6五歩△同歩▲同銀△同銀▲同飛△6四歩▲7五飛がイヤだったんでしょう。また▲6五歩に△4五歩▲6四歩△6二金▲7一角△9二飛▲9三桂成△同飛▲6二角成もあります。羽生さんは▲6四歩に△7四金を考えてうまくいかなかったんでしょう。
でも、先手が▲6九飛と大きく使った手に対し、△7一歩では辛かったんだろうなあと思います」
それならそもそも、△2八成香と▲6九飛の交換が後手は大損だったのではないか?
「(数手進んで)△1二玉はいい粘りでしたが、金が3二じゃなく3一なんですね。これは上部が薄い。
▲4五銀(C図)には△同銀もありますが、そこで▲6三歩成がありますか」
「そこで△3六銀はどうでしょう?」
と梶浦四段。
「……え? ……これは悪い手(いい手)を指すね」
でも△4五同銀と指さなかったということは、その順はダメなのだろう。
数手進んで▲6六飛(D図)。鈴木九段「普通は▲6八飛と成香に当てたいところなんだけど、▲6六飛と浮いた手が、広瀬さんの将棋の明るさを示しています。
▲4七同馬までと進んで、この局面は後手の金得だけど、後手が勝てない感じです。
△7五金▲6八飛に、△2七成香の感触が悪すぎるよね。ここは他の手を指したいんだけど、▲2八飛と取られた後、次の▲2九香が厳しすぎます。負ける時は、味方の駒が味方じゃなくなる。敵になることもあるんです。これは実生活にもありまよね――」
話がよからぬ方向に進みそうなので、藤森奈津子女流四段が「(そっちの話題は)やめましょう」と制した。
「後手は△7五金を△8五金としたいんだけど、それは▲8五桂の顔を立てている。
△5五銀はつらい手です。梶浦君の記譜を並べていて、この手が出てきたら怒るところです」
やはり△5五銀は疑問手だったようだ
「▲3五銀(E図)は緩急自在の手でした。▲6六銀(F図)で感想戦終了、というところですね。▲5五竜で駒損が大きくなって、勝負あり。今さら入玉もできないので△8七歩と垂らしました。
そして▲9八玉(G図)。この手はぜひ憶えてほしい。苦しい局面でもこの手で踏んばれることがあります。そこで△9五歩はあるが甘い。
広瀬さんは▲7二金で投了すると思ったかもしれない。
▲6二飛は保険を掛けた手で、攻めの手と同時に▲6八飛も見ています。でも、毎回毎回やってるから分かるんですが、いつもスパッと切るのが広瀬さんなんです。今回は慎重でしたね。
いや実は私、戦前は4勝1敗で広瀬さん竜王奪取と予想したんですよ。でも羽生さんがいきなり2連勝してね。4局目の逆転が大きかったでしょうか。
でも6局目の時はね、広瀬さん辛そうだった。悲壮感すら漂ってね。だけど最終的には広瀬さんが勝って、広瀬さんが今年度の好調ぶりを発揮したというところでしょう」
鈴木九段が総括した。「……号外まだですかね」
やはり号外が気になるようだ。
「私は号外をもらった人にもらったことがあります」
と、藤森女流四段。鈴木九段はもらう気満々のようだ。
「次は春の名人戦ですね。またここでも開催したいと思いますので、よろしくお願いいたします」
と、鈴木九段らが締めた。
たしかに名人戦が楽しみではあるが、この解説会にまで顔を出すようだと、私は本当にまずい。でも昨年の今頃は、まったく同じ思いを抱いていたのだ……。
帰宅すると、オヤジが「パソコンどうなったかな」と言った。聞くと、私がセッティングした後、画面がまったく動かなかったらしい。私がノートPCの画面を起こすと、確かに△3六角成の局面で止まっていた。なるほどこれなら、音声も聴こえなかったわけだ。
しかし私は相変わらず失敗ばかり。もはや自分自身を嗤うしかなかった。
◇
なお、羽生前竜王の肩書は、「九段」に決まった。「前竜王」の呼称は廃止になっていなかったようで、こちらの予想も少なからずあった。とはいえ、大方の予想通り落ち着いたようである。ちなみに私の予想も「九段」だった。
それに、名誉称号より「九段」のほうが恐ろしい。初心に帰って、すぐにもタイトル戦の舞台に上がってきそうではないか。羽生九段の捲土重来に期待する。