先週、私のスマホに珍しく電話が入っていた。折り返し掛けると、将棋ペンクラブの湯川恵子さんからだった。私は電話番号をお教えしていないが、そこはA氏に聞いたらしい。
内容は、24日(日)に和光市の湯川邸で落語のネタおろし会があり、落語好きの私にも聞いてもらいたい、というものだった。
私はそこまで落語好きではないが、湯川一門のそれは味があって好きである。私は喜んで参加させていただくことにした。
24日。当日は買物もあったので、早めに自宅を出た。あっ……午後9時からのドラマのビデオ予約をするのを忘れた。まあ、9時までには自宅に戻るだろう。
山手線から東武東上線に乗り換え、和光市駅に着く。現在正午。集合は1時で、そこからネタおろし会、続いて懇親会という流れである。
北口を出たところに蕎麦屋があり、迷ったのだが、軽く入れていくことにした。
店は半立ち食い蕎麦屋だった。私は大もり(500円)を頼む。出されたそれは信州長野のそば粉を使っていて、なかなかに美味だった。
店内が狭いのが難点だが、蕎麦好きは一度味わってみるといいだろう。
湯川邸までは歩いていく。前回の新年会は武者野勝巳七段、詩吟のIri氏と一緒に向かったが、道を間違えて、大変なロスタイムとなった。今回は冷静に道を判断する。
湯川邸前には無事に着いたので、時間調整をしてお邪魔した。
邸内には見知った顔が揃っており、先月の新年会と同じ雰囲気だ。玄関脇の和室には、美味しそうな食事が配膳されていた。もちろん懇親会用で、今日も朝早くから恵子さんが腕によりをかけたのだろう。
さらに10分ほど経って蝶谷夫妻が到着し、すべての客が揃った。
今回の演者は、湯川博士(仏家シャベル)、恵子(仏家小丸)夫妻に、参遊亭遊鈴の三氏。要するにCIハイツ落語会と同じメンバーだ。いずれも夫婦の情に絡めた噺で、早くも来年のCIハイツ用のネタである。
高座は座敷奥の部屋に設えられていた。後方には「轉褐為福 きく江書」の掛軸が掛かっている。災い転じて福と為す、と読めばいいのだろうか。
左手鴨居には「ふれあい寄席」の提灯。これだけでもう小屋の趣がある。
早速ネタおろし会の開始である。湯川氏「今日はお運びいただきまして、ありがとうございます。今日はネタおろしで、夫婦の噺をします。前座の小丸は『ぞろぞろ』。今まで持ちネタは『桃太郎』『平林』だけでしたが、増やしました。遊鈴は『厩火事』。そしてワタシは、『心眼』。たっぷりお楽しみください」
音楽担当の永田氏が流す出囃子のもと、まずは小丸が高座に上がった。
「はぁー、落語やるのは、ラクです」
早くも笑いを取る。これは「落語は簡単だ」という意味ではもちろんない。かつて大山康晴十五世名人が「(ふだんの雑事に比べれば)将棋を指しているほうがラクですよ」と言ったが、小丸さんもこれと似た心境と思う。「本日は埼玉のダウンタウンまでお越しいただき、ありがとうございました」
客は横2列で座っていたが、小丸さんが、新顔のKob氏をみなに紹介した。唯一地元の方で、骨董屋を開いているという。
その後になぜか私が紹介された。「将棋好き、落語好きの方で……」。
完全に私は落語好きで認識されたようである。
「先月のCIハイツ、遊鈴さんの子別れ、感動しました」
あれは本当にいい出来だった。「湯川さんが糖尿をやってから、食後は近くの午王山(ごぼうやま)へ、30分かけてお散歩に行くのが日課になっています」
ここまでが巧妙なマクラで、やがて本題に入った。
浅草・太郎稲荷神社の門前で茶店を営む老夫婦。生活は苦しく、おじいさんは不満を漏らす。そこでおばあさんが、お稲荷様にお参りに行ってはどうですか、と提案した。
早速おじいさんは実行したが、帰宅して間もなく、雨が降り出した。愚痴るおじいさんにおばあさんは、雨に濡れなくてよかったじゃないですか、と諭した。
そこへ珍しくお客が現れ、茶を1杯飲んだ後(金六文)、このぬかるみで草鞋をダメにしたとかで、唯一売れ残っていた一束の草鞋を買っていった(金八文)。
久しぶりの売り上げに喜ぶ夫婦。そこに新たな客が現れ、やはり草履を所望する。しかし草履はもう売り切れ……と思いきや、なぜか天井から草履がぶら下がっていた。
その後も客が現れ、草履を所望する。なぜか草履も現れる。何と、なくなるたびに新たな草履が、ぞろぞろと下りてきていたのだ。
その噂を聞いた茶店の向かいの床屋の主人。彼もお稲荷様にお参りをし、御利益にあずかろうとするのだが……。
床屋の主人が出て来た時点で、私たちは「花咲かじいさん」と同じ構造だな、と推測する。ならば下げはどうなるのだろう、と期待するのだ。
「ぞろぞろ」は夫婦の会話が主になっているからか、小丸さんの噺は自然で、私たちは引き込まれる。しかも演者と客席の間が狭いので、私たちは素の話を聞いている錯覚に陥るのだ。
「その話を聞きつけて、夫婦の家から大阪まで行列が並びましてね」
私たちが笑うと、「大阪、はオーバーですよね。でも脚本にそう書いてあるので……」
アドリブが出るくらいだから、小丸さんも余裕が出てきたのだろう。
下げも綺麗に決まって、これは小丸さん、会心の初陣となった。
続いては遊鈴が高座に上がる。今日は鴇色の、春らしいきものである。開口一番、小丸さんを見て、「……面白かった…!」。
小丸さんは猛練習派である。この一言で、小丸さんのここまでの苦労が報われたと思う。
「今回はこの席にお呼びいただき、ありがとうございます。これも『縁』ですね。袖すり合うも他生の縁、つまずく石も縁の端、と申します。
よく、結婚する人同士は、こう赤い糸で繋がっていると申しますね。糸が見えればそれを手繰り寄せて分かりやすいんですが、実際は見えない。途中でこんがらがったりしましてね」
そこから噺に入っていく。小丸さんに続き、この導入も絶妙だった。
(つづく)
内容は、24日(日)に和光市の湯川邸で落語のネタおろし会があり、落語好きの私にも聞いてもらいたい、というものだった。
私はそこまで落語好きではないが、湯川一門のそれは味があって好きである。私は喜んで参加させていただくことにした。
24日。当日は買物もあったので、早めに自宅を出た。あっ……午後9時からのドラマのビデオ予約をするのを忘れた。まあ、9時までには自宅に戻るだろう。
山手線から東武東上線に乗り換え、和光市駅に着く。現在正午。集合は1時で、そこからネタおろし会、続いて懇親会という流れである。
北口を出たところに蕎麦屋があり、迷ったのだが、軽く入れていくことにした。
店は半立ち食い蕎麦屋だった。私は大もり(500円)を頼む。出されたそれは信州長野のそば粉を使っていて、なかなかに美味だった。
店内が狭いのが難点だが、蕎麦好きは一度味わってみるといいだろう。
湯川邸までは歩いていく。前回の新年会は武者野勝巳七段、詩吟のIri氏と一緒に向かったが、道を間違えて、大変なロスタイムとなった。今回は冷静に道を判断する。
湯川邸前には無事に着いたので、時間調整をしてお邪魔した。
邸内には見知った顔が揃っており、先月の新年会と同じ雰囲気だ。玄関脇の和室には、美味しそうな食事が配膳されていた。もちろん懇親会用で、今日も朝早くから恵子さんが腕によりをかけたのだろう。
さらに10分ほど経って蝶谷夫妻が到着し、すべての客が揃った。
今回の演者は、湯川博士(仏家シャベル)、恵子(仏家小丸)夫妻に、参遊亭遊鈴の三氏。要するにCIハイツ落語会と同じメンバーだ。いずれも夫婦の情に絡めた噺で、早くも来年のCIハイツ用のネタである。
高座は座敷奥の部屋に設えられていた。後方には「轉褐為福 きく江書」の掛軸が掛かっている。災い転じて福と為す、と読めばいいのだろうか。
左手鴨居には「ふれあい寄席」の提灯。これだけでもう小屋の趣がある。
早速ネタおろし会の開始である。湯川氏「今日はお運びいただきまして、ありがとうございます。今日はネタおろしで、夫婦の噺をします。前座の小丸は『ぞろぞろ』。今まで持ちネタは『桃太郎』『平林』だけでしたが、増やしました。遊鈴は『厩火事』。そしてワタシは、『心眼』。たっぷりお楽しみください」
音楽担当の永田氏が流す出囃子のもと、まずは小丸が高座に上がった。
「はぁー、落語やるのは、ラクです」
早くも笑いを取る。これは「落語は簡単だ」という意味ではもちろんない。かつて大山康晴十五世名人が「(ふだんの雑事に比べれば)将棋を指しているほうがラクですよ」と言ったが、小丸さんもこれと似た心境と思う。「本日は埼玉のダウンタウンまでお越しいただき、ありがとうございました」
客は横2列で座っていたが、小丸さんが、新顔のKob氏をみなに紹介した。唯一地元の方で、骨董屋を開いているという。
その後になぜか私が紹介された。「将棋好き、落語好きの方で……」。
完全に私は落語好きで認識されたようである。
「先月のCIハイツ、遊鈴さんの子別れ、感動しました」
あれは本当にいい出来だった。「湯川さんが糖尿をやってから、食後は近くの午王山(ごぼうやま)へ、30分かけてお散歩に行くのが日課になっています」
ここまでが巧妙なマクラで、やがて本題に入った。
浅草・太郎稲荷神社の門前で茶店を営む老夫婦。生活は苦しく、おじいさんは不満を漏らす。そこでおばあさんが、お稲荷様にお参りに行ってはどうですか、と提案した。
早速おじいさんは実行したが、帰宅して間もなく、雨が降り出した。愚痴るおじいさんにおばあさんは、雨に濡れなくてよかったじゃないですか、と諭した。
そこへ珍しくお客が現れ、茶を1杯飲んだ後(金六文)、このぬかるみで草鞋をダメにしたとかで、唯一売れ残っていた一束の草鞋を買っていった(金八文)。
久しぶりの売り上げに喜ぶ夫婦。そこに新たな客が現れ、やはり草履を所望する。しかし草履はもう売り切れ……と思いきや、なぜか天井から草履がぶら下がっていた。
その後も客が現れ、草履を所望する。なぜか草履も現れる。何と、なくなるたびに新たな草履が、ぞろぞろと下りてきていたのだ。
その噂を聞いた茶店の向かいの床屋の主人。彼もお稲荷様にお参りをし、御利益にあずかろうとするのだが……。
床屋の主人が出て来た時点で、私たちは「花咲かじいさん」と同じ構造だな、と推測する。ならば下げはどうなるのだろう、と期待するのだ。
「ぞろぞろ」は夫婦の会話が主になっているからか、小丸さんの噺は自然で、私たちは引き込まれる。しかも演者と客席の間が狭いので、私たちは素の話を聞いている錯覚に陥るのだ。
「その話を聞きつけて、夫婦の家から大阪まで行列が並びましてね」
私たちが笑うと、「大阪、はオーバーですよね。でも脚本にそう書いてあるので……」
アドリブが出るくらいだから、小丸さんも余裕が出てきたのだろう。
下げも綺麗に決まって、これは小丸さん、会心の初陣となった。
続いては遊鈴が高座に上がる。今日は鴇色の、春らしいきものである。開口一番、小丸さんを見て、「……面白かった…!」。
小丸さんは猛練習派である。この一言で、小丸さんのここまでの苦労が報われたと思う。
「今回はこの席にお呼びいただき、ありがとうございます。これも『縁』ですね。袖すり合うも他生の縁、つまずく石も縁の端、と申します。
よく、結婚する人同士は、こう赤い糸で繋がっていると申しますね。糸が見えればそれを手繰り寄せて分かりやすいんですが、実際は見えない。途中でこんがらがったりしましてね」
そこから噺に入っていく。小丸さんに続き、この導入も絶妙だった。
(つづく)