昨年12月17日はなかなかに激動な一日で、まあ公表はまだ避けるが、午後は不覚にも時間ができてしまった。そこでLPSA麹町サロンin DISを見ると、15時30分からの担当は島井咲緒里女流二段で、まだ2人以上の空きがあった。指導対局料4,500円は安くないがそこはそれ、今日は誰かに会いたくて、サイトから申し込んだ。急を要するからホントは電話がいいのだが、私はヒトと話をするのが嫌いなのだ、矛盾するようだが。
ほぼ同時にTod氏からメールが来て、私にサロン出席を勧めてくれた。ただ、自身は行かないらしい。アンタはLPSAの回し者か。
ほどなくLPSAのS氏から電話が来て、参加は可。私はいそいそと麹町へ出かけたのだった。
JR四ッ谷駅に着く。お昼は摂ったがまだ時間があるので、小諸そばで二枚もりをたぐった。
麹町サロンに入ると、もう定刻に近いのに、島井女流二段ひとりきりだった。今日私がここに来た理由を言ったが、島井女流二段の反応は鈍かった。聞こえなかったのだろうか。
島井女流二段はオシャレなマスクをしていた。目元は水色のシャドウが塗られていて、清冽な美しさがあった。
「今年は旅行とか行きましたか」
と島井女流二段。ほかに誰かいれば他者に語りかけるのだろうが、2人だけだから私が返さなければならない。
「ああ19日から長崎に行きます。この時期は毎年長崎に行ってるんですよ。川棚というところにすごいマジックをする喫茶店のマスターがいまして、そこに行ってるんです」
「あらあ。長崎はほかにもどこか行ってます?」
「そうですね、軍艦島には行きましたね」
「えーすごい、あそこ、いまは行けないんですよね」
「そうですね、建物も老朽化が進んでますからね」
実際は上陸できるが、上陸スペースは小さい。島井女流二段が行く気なら、行けるうちに行っといたほうがいい。そしてできれば川棚も。
その後もおしゃべりは続き、2人きりということもあるが、私はかなり自身の秘密をバラしてしまった。この口の軽さ、何とかならないものか。
「先生、女流順位戦はどうなってます?」
「1勝1敗です。この前は塚田(恵梨花女流初段)さんとやって、居飛車を指して、負けました」
「えぇ島井ちゃん居飛車を指すんですか。ほかの棋戦ならともかく、よく順位戦で不慣れな戦法を指せますね」
「穴熊に組んだんですけど。塚田さんは穴熊に組ませてくれるから……」
「そうですか。でもまだ大丈夫ですね。ほかは何の対局があります?」
「明日は清麗戦で、小高‘(佐季子女流1級)さんとです。だから今日は(サロンの参加者が少ないので)軽くすまそうと思って……」
「そうですか。勝つかもしれないし、負けるかもしれない。いいところですね」
話が一段落したところで駒を並べ、対局開始となった。
初手からの指し手。▲7六歩△3四歩▲2六歩△4二飛▲4八銀△6二玉▲6八玉△8八角成(途中図)
▲8八同銀△2二銀▲7八玉△3三銀▲5八金右△7二玉▲7七銀△8二玉▲8八玉(第1図)
人生に何度もない、こういうやるせない状況のとき、私はどんな将棋を指すのか。私自身、楽しみだった。
私の居飛車明示に島井女流二段は△4二飛。いつもは△4四歩で角道を止めるから、△4二飛は意外に珍しい。
私が▲6八玉と指したところで2人目が現れた。ちょっと残念な反面、妙な緊張感は解けた。
と、島井女流二段は△8八角成(途中図)。やはりこの手がきたか。となればその前に私が▲6六歩と角交換を拒否する手があった。2人の実戦でもかつてそれがあった。
私が▲7八玉と指したところで3人目が現れた。2人目氏は島井女流二段の正面、3人目氏は右横顔を見る位置に座った。なお私は島井女流二段の左横顔を見る形である。手合いはそれぞれ飛車落ち、平手だった。
第1図以下の指し手。△9二香▲6六歩△9一玉▲2五歩△8二銀▲4六歩△5二金左▲9六歩△9四歩▲4七銀△6二金寄▲3六歩△7一金▲1六歩△1四歩▲7八金△7二金寄▲6七金右△1三香▲7五歩(第2図)
島井女流二段は△9二香。角換わりの将棋では珍しいが、レグスぺという戦法もある。
私は▲6六歩から▲2五歩と決めた。この歩を突くと将来△2二飛~△2四歩の反撃が生じるが、まあ大丈夫だろう。
△8二銀に▲4六歩。そろそろ▲7八金と締まりたいところだが、将来▲6七角や▲7八角と打って△3四歩を狙う手があるので、まだ形を決められなかった。
▲4七銀に△6二金寄が広瀬流を踏襲した島井流で、この形のままでもチャンバラに入れる利点がある。
▲7八金には△7四歩と指し掛けて、△7二金寄。このあたりは形なのか、さして考えずパッパッ指している。その気楽さが羨ましかった。
ではと▲7五歩と伸ばすと、珍しく島井女流二段が考え込んだ。
第2図以下の指し手。△1五歩▲同歩△1二飛▲3七角△4四歩▲6八金寄△5四歩▲7六銀(第3図)
島井女流二段は少考して△1五歩。ここでこの筋の仕掛けがあるのか。▲同歩に△1二飛。強引に捌きにきた。
ここで私は▲3七角と打ったが、どうだったか。盛大な利かされだが、ほかに手が思いつかなかった。将来▲1四歩から香を取れればうまいが、△同香▲1五歩△同香に▲同角なら、島井女流二段はよろこんで飛車と刺し違えてくる。よって▲1四歩のタイミングも重要だ。
島井女流二段は△4四歩と突いたが、ここで下手の指し方が難しい。上手はとりあえず△6九角の狙いがあり、▲5八銀△同角成▲同飛△6九銀となれば下手不満だ。それで▲6八金寄としたのだが、これは前週のShin戦と似た動きで、変調だった。ちょっとイヤな形にしてしまった。
△5四歩に▲7六銀は微妙で、▲5六歩なら無難だった。というのは、次の手を見落としていたからである。
第3図以下の指し手。△6四角▲6五銀△7五角▲5四銀△8四角(第4図)
島井女流二段は△6四角。この類の手は長考の末指しそうな気もするが、島井女流二段の決断は早い。もっとも、指導対局でそうそう長考はしていられない。
私は▲6五歩と追いたいが、△5五角で後手を引く。以下▲7七桂に△4五歩で、これは上手ペースであろう。
そこで▲6五銀と出た。△7五角で貴重な歩を取られるが、私も▲5四銀と進出して釣り合いは取れている。
そこで島井女流二段は△8四角。角はこの中央に利かしてきた。しかしこの筋はそれほど恐くない。
それでというわけではないが、次の手は間違えた。
(つづく)
ほぼ同時にTod氏からメールが来て、私にサロン出席を勧めてくれた。ただ、自身は行かないらしい。アンタはLPSAの回し者か。
ほどなくLPSAのS氏から電話が来て、参加は可。私はいそいそと麹町へ出かけたのだった。
JR四ッ谷駅に着く。お昼は摂ったがまだ時間があるので、小諸そばで二枚もりをたぐった。
麹町サロンに入ると、もう定刻に近いのに、島井女流二段ひとりきりだった。今日私がここに来た理由を言ったが、島井女流二段の反応は鈍かった。聞こえなかったのだろうか。
島井女流二段はオシャレなマスクをしていた。目元は水色のシャドウが塗られていて、清冽な美しさがあった。
「今年は旅行とか行きましたか」
と島井女流二段。ほかに誰かいれば他者に語りかけるのだろうが、2人だけだから私が返さなければならない。
「ああ19日から長崎に行きます。この時期は毎年長崎に行ってるんですよ。川棚というところにすごいマジックをする喫茶店のマスターがいまして、そこに行ってるんです」
「あらあ。長崎はほかにもどこか行ってます?」
「そうですね、軍艦島には行きましたね」
「えーすごい、あそこ、いまは行けないんですよね」
「そうですね、建物も老朽化が進んでますからね」
実際は上陸できるが、上陸スペースは小さい。島井女流二段が行く気なら、行けるうちに行っといたほうがいい。そしてできれば川棚も。
その後もおしゃべりは続き、2人きりということもあるが、私はかなり自身の秘密をバラしてしまった。この口の軽さ、何とかならないものか。
「先生、女流順位戦はどうなってます?」
「1勝1敗です。この前は塚田(恵梨花女流初段)さんとやって、居飛車を指して、負けました」
「えぇ島井ちゃん居飛車を指すんですか。ほかの棋戦ならともかく、よく順位戦で不慣れな戦法を指せますね」
「穴熊に組んだんですけど。塚田さんは穴熊に組ませてくれるから……」
「そうですか。でもまだ大丈夫ですね。ほかは何の対局があります?」
「明日は清麗戦で、小高‘(佐季子女流1級)さんとです。だから今日は(サロンの参加者が少ないので)軽くすまそうと思って……」
「そうですか。勝つかもしれないし、負けるかもしれない。いいところですね」
話が一段落したところで駒を並べ、対局開始となった。
初手からの指し手。▲7六歩△3四歩▲2六歩△4二飛▲4八銀△6二玉▲6八玉△8八角成(途中図)
▲8八同銀△2二銀▲7八玉△3三銀▲5八金右△7二玉▲7七銀△8二玉▲8八玉(第1図)
人生に何度もない、こういうやるせない状況のとき、私はどんな将棋を指すのか。私自身、楽しみだった。
私の居飛車明示に島井女流二段は△4二飛。いつもは△4四歩で角道を止めるから、△4二飛は意外に珍しい。
私が▲6八玉と指したところで2人目が現れた。ちょっと残念な反面、妙な緊張感は解けた。
と、島井女流二段は△8八角成(途中図)。やはりこの手がきたか。となればその前に私が▲6六歩と角交換を拒否する手があった。2人の実戦でもかつてそれがあった。
私が▲7八玉と指したところで3人目が現れた。2人目氏は島井女流二段の正面、3人目氏は右横顔を見る位置に座った。なお私は島井女流二段の左横顔を見る形である。手合いはそれぞれ飛車落ち、平手だった。
第1図以下の指し手。△9二香▲6六歩△9一玉▲2五歩△8二銀▲4六歩△5二金左▲9六歩△9四歩▲4七銀△6二金寄▲3六歩△7一金▲1六歩△1四歩▲7八金△7二金寄▲6七金右△1三香▲7五歩(第2図)
島井女流二段は△9二香。角換わりの将棋では珍しいが、レグスぺという戦法もある。
私は▲6六歩から▲2五歩と決めた。この歩を突くと将来△2二飛~△2四歩の反撃が生じるが、まあ大丈夫だろう。
△8二銀に▲4六歩。そろそろ▲7八金と締まりたいところだが、将来▲6七角や▲7八角と打って△3四歩を狙う手があるので、まだ形を決められなかった。
▲4七銀に△6二金寄が広瀬流を踏襲した島井流で、この形のままでもチャンバラに入れる利点がある。
▲7八金には△7四歩と指し掛けて、△7二金寄。このあたりは形なのか、さして考えずパッパッ指している。その気楽さが羨ましかった。
ではと▲7五歩と伸ばすと、珍しく島井女流二段が考え込んだ。
第2図以下の指し手。△1五歩▲同歩△1二飛▲3七角△4四歩▲6八金寄△5四歩▲7六銀(第3図)
島井女流二段は少考して△1五歩。ここでこの筋の仕掛けがあるのか。▲同歩に△1二飛。強引に捌きにきた。
ここで私は▲3七角と打ったが、どうだったか。盛大な利かされだが、ほかに手が思いつかなかった。将来▲1四歩から香を取れればうまいが、△同香▲1五歩△同香に▲同角なら、島井女流二段はよろこんで飛車と刺し違えてくる。よって▲1四歩のタイミングも重要だ。
島井女流二段は△4四歩と突いたが、ここで下手の指し方が難しい。上手はとりあえず△6九角の狙いがあり、▲5八銀△同角成▲同飛△6九銀となれば下手不満だ。それで▲6八金寄としたのだが、これは前週のShin戦と似た動きで、変調だった。ちょっとイヤな形にしてしまった。
△5四歩に▲7六銀は微妙で、▲5六歩なら無難だった。というのは、次の手を見落としていたからである。
第3図以下の指し手。△6四角▲6五銀△7五角▲5四銀△8四角(第4図)
島井女流二段は△6四角。この類の手は長考の末指しそうな気もするが、島井女流二段の決断は早い。もっとも、指導対局でそうそう長考はしていられない。
私は▲6五歩と追いたいが、△5五角で後手を引く。以下▲7七桂に△4五歩で、これは上手ペースであろう。
そこで▲6五銀と出た。△7五角で貴重な歩を取られるが、私も▲5四銀と進出して釣り合いは取れている。
そこで島井女流二段は△8四角。角はこの中央に利かしてきた。しかしこの筋はそれほど恐くない。
それでというわけではないが、次の手は間違えた。
(つづく)