昨年12月25日は、第79期A級順位戦6回戦・豊島将之竜王対羽生善治九段戦があった。ここまで豊島竜王の3勝2敗、羽生九段の2勝3敗である。豊島竜王が必勝を期しているのは当然として、羽生九段はこの将棋を勝てば挑戦戦線に残れるが、負ければ降級を気にしなければならない。どちらかといえば、羽生九段が負けられない一戦だった。
今回はABEMAで中継があった。閉鎖空間の対局室にカメラが入り、一日中中継をしてくれる。ABEMAには感謝の言葉しかない。
将棋は先手羽生九段の横歩取り青野流になった。と、豊島竜王は角を換わって敵陣に打つ。しかしこれは羽生九段が飛車を切り、入手した金で角を殺す手がある。ただもちろん、豊島竜王は承知の上だっただろう。
実戦も果たしてそう進んだが、実はこのあたり、私はリアルタイムで見ていなかった。しかし豊島竜王がこの局面に誘導した以上、これで後手も指せるのだろう。となると、青野流に有力な対抗策が現れたことになる。
ところで当日はクリスマスだった。そのようなロマンチックな日に神経をすり減らす順位戦とはお疲れ様だが、対局者としては、カミさんや恋人と過ごすより、よほど充実した時間ではなかろうか。
将棋はその後も両者最善手の応酬だったのだろうが、豊島竜王の優勢になっていた。私がABEMAを見始めたのはこのあたりからだったが、やっぱり豊島竜王が勝つんだ、と思った。両者の対戦成績はこの時点で豊島竜王の21勝18敗だが、先の竜王戦七番勝負の結果も踏まえ、最近の豊島竜王への信頼感は相当に厚いものがある。
羽生玉は四段目に押し出され、素人目には生きた心地がしない。しかし寸隙を縫って桂の王手を利かすなど、逆転の布石は仕掛けてある。
豊島竜王はこのあたりでも相当時間を残しており、それはそれは楽しい時間だろうと推察した。
羽生九段は自陣飛車を打たされ、打ち歩詰めの変化で即詰みは逃れたものの、その代償に角を取られてしまった。ここではさすがに大勢決すで、アマ同士の戦いなら100%後手が勝つ。
ところがここから豊島竜王が微妙に次善手を連発する。羽生九段は豊島陣の角銀を取り、形勢挽回。AIによる形勢バーは接近し逆転、ついには羽生九段が「93%」にまでなってしまった。羽生九段の辛抱がついに花開いたのである。これだから将棋は恐ろしい。
だが豊島竜王も最善を尽くし、逆転の種はいっぱい仕掛けてある。羽生九段、角成の王手。これには豊島竜王も飛車を打って受けるしかない。甚だつらいが、羽生玉には金を取りつつ竜が回っての詰めろがかかっており、これが豊島竜王の頼みの綱だ。そこでAIはこの金をじっと引き、先手勝勢と断じていた。
だがこの局面、仮にそう進んだとしても、アマ同士の戦いなら後手持ちである。こんなごちゃごちゃした戦いで、先手が正着を続けられるわけがない。
とはいえ先手は百戦錬磨の羽生九段である。この時点で残り1分だったが、何はともあれ金を引くのだと思っていた。
しかるに羽生九段は金を寄った! これでもいいのか? あっ!? け、形勢バーが豊島竜王94%になった! あっ、ああっ、やっぱり金を寄った手は悪手だったのだ!
ホントにAIの形勢バーは恐ろしい。たった一手で数字がひっくり返る。この感じ、第33期竜王戦ランキング戦1組の▲羽生九段-△佐藤康光九段戦を思い出した。
この時点で豊島竜王の残りは20分。局面は奇妙奇天烈だが、勝ちを読み切るには十分な時間だろう。AIの推奨は歩を突きだす王手で、以下変化はあるものの後手勝ち。実戦でもアマなら最初に指したくなる手で、豊島竜王もこの手から読みを派生させているに違いない。勝勢→劣勢の局面からよく再逆転したものだと、私は豊島竜王の底力に心底感心した。
豊島竜王も1分将棋になった。でもちょっと、ここまで時間を使うとは思わなかった。そして豊島竜王は、2つ横の金を取った。これでもいいのか? あっ⁉ ま、また羽生九段が95%になった! 疑問手に疑問手返しで、また羽生九段に形勢の針が戻ったのだ。なんだこりゃあ!?
これで羽生玉は相当受けにくい。まあとりあえずは馬で飛車を取って王手だろう。しかしその後の変化も多岐にわたり、私にはまったく分からない。羽生九段はどう指す? あっ…羽生九段が頭を下げた?? 羽生先生、投げちゃったの!?
な、なんだか分からないが、羽生九段は攻防ともに見込みなしと見て、投了してしまったのだ!
おいおいおいおい、こっちは最終レースの大激闘を期待していたのに、急にネットの電源を切られた気分である。衝撃の結末に、私はポカンと呆けてしまった。ABEMAのAIは先手勝勢だった。それで投了とは、何てことだ!
とはいうものの、勝敗は別にしてもひとつは飛車を取り、あと1分は考えそうなものではないか。それは棋譜汚しと見て、指し切れなかったのだろうか。だけど投了したらすべてがオワリである。ここまで頑張ってきたのに、なぜ最後の一粘りができなかったのか。いや、自玉は受けなし、と読んだのだ。だから投げたのだろう。
後日、羽生九段は投了の局面が先手優勢だったと知らされ、意外そうな反応を見せたという。では羽生九段も納得の投了だったということだ。先の竜王戦第4局と同様、AI上は勝ちがあっても、人間同士の戦いで最善手が見つけられなかったら、それは逆転に至っていなかったことを意味する。
ただ本局、令和2年度の名局賞候補になると思った。
さてこれで豊島竜王は4勝2敗となり、斎藤慎太郎八段の5勝1敗に次いで2位につけた。
一方羽生九段は2勝4敗となり、8位に転落した。そして下には2勝4敗の稲葉陽八段と1勝5敗の三浦弘行九段がいる。今月に指される稲葉八段戦で羽生九段が勝てばほぼ残留だが、負けるとホントに降級の心配をしなければならなくなる。こちらの戦いは注目である。
今回はABEMAで中継があった。閉鎖空間の対局室にカメラが入り、一日中中継をしてくれる。ABEMAには感謝の言葉しかない。
将棋は先手羽生九段の横歩取り青野流になった。と、豊島竜王は角を換わって敵陣に打つ。しかしこれは羽生九段が飛車を切り、入手した金で角を殺す手がある。ただもちろん、豊島竜王は承知の上だっただろう。
実戦も果たしてそう進んだが、実はこのあたり、私はリアルタイムで見ていなかった。しかし豊島竜王がこの局面に誘導した以上、これで後手も指せるのだろう。となると、青野流に有力な対抗策が現れたことになる。
ところで当日はクリスマスだった。そのようなロマンチックな日に神経をすり減らす順位戦とはお疲れ様だが、対局者としては、カミさんや恋人と過ごすより、よほど充実した時間ではなかろうか。
将棋はその後も両者最善手の応酬だったのだろうが、豊島竜王の優勢になっていた。私がABEMAを見始めたのはこのあたりからだったが、やっぱり豊島竜王が勝つんだ、と思った。両者の対戦成績はこの時点で豊島竜王の21勝18敗だが、先の竜王戦七番勝負の結果も踏まえ、最近の豊島竜王への信頼感は相当に厚いものがある。
羽生玉は四段目に押し出され、素人目には生きた心地がしない。しかし寸隙を縫って桂の王手を利かすなど、逆転の布石は仕掛けてある。
豊島竜王はこのあたりでも相当時間を残しており、それはそれは楽しい時間だろうと推察した。
羽生九段は自陣飛車を打たされ、打ち歩詰めの変化で即詰みは逃れたものの、その代償に角を取られてしまった。ここではさすがに大勢決すで、アマ同士の戦いなら100%後手が勝つ。
ところがここから豊島竜王が微妙に次善手を連発する。羽生九段は豊島陣の角銀を取り、形勢挽回。AIによる形勢バーは接近し逆転、ついには羽生九段が「93%」にまでなってしまった。羽生九段の辛抱がついに花開いたのである。これだから将棋は恐ろしい。
だが豊島竜王も最善を尽くし、逆転の種はいっぱい仕掛けてある。羽生九段、角成の王手。これには豊島竜王も飛車を打って受けるしかない。甚だつらいが、羽生玉には金を取りつつ竜が回っての詰めろがかかっており、これが豊島竜王の頼みの綱だ。そこでAIはこの金をじっと引き、先手勝勢と断じていた。
だがこの局面、仮にそう進んだとしても、アマ同士の戦いなら後手持ちである。こんなごちゃごちゃした戦いで、先手が正着を続けられるわけがない。
とはいえ先手は百戦錬磨の羽生九段である。この時点で残り1分だったが、何はともあれ金を引くのだと思っていた。
しかるに羽生九段は金を寄った! これでもいいのか? あっ!? け、形勢バーが豊島竜王94%になった! あっ、ああっ、やっぱり金を寄った手は悪手だったのだ!
ホントにAIの形勢バーは恐ろしい。たった一手で数字がひっくり返る。この感じ、第33期竜王戦ランキング戦1組の▲羽生九段-△佐藤康光九段戦を思い出した。
この時点で豊島竜王の残りは20分。局面は奇妙奇天烈だが、勝ちを読み切るには十分な時間だろう。AIの推奨は歩を突きだす王手で、以下変化はあるものの後手勝ち。実戦でもアマなら最初に指したくなる手で、豊島竜王もこの手から読みを派生させているに違いない。勝勢→劣勢の局面からよく再逆転したものだと、私は豊島竜王の底力に心底感心した。
豊島竜王も1分将棋になった。でもちょっと、ここまで時間を使うとは思わなかった。そして豊島竜王は、2つ横の金を取った。これでもいいのか? あっ⁉ ま、また羽生九段が95%になった! 疑問手に疑問手返しで、また羽生九段に形勢の針が戻ったのだ。なんだこりゃあ!?
これで羽生玉は相当受けにくい。まあとりあえずは馬で飛車を取って王手だろう。しかしその後の変化も多岐にわたり、私にはまったく分からない。羽生九段はどう指す? あっ…羽生九段が頭を下げた?? 羽生先生、投げちゃったの!?
な、なんだか分からないが、羽生九段は攻防ともに見込みなしと見て、投了してしまったのだ!
おいおいおいおい、こっちは最終レースの大激闘を期待していたのに、急にネットの電源を切られた気分である。衝撃の結末に、私はポカンと呆けてしまった。ABEMAのAIは先手勝勢だった。それで投了とは、何てことだ!
とはいうものの、勝敗は別にしてもひとつは飛車を取り、あと1分は考えそうなものではないか。それは棋譜汚しと見て、指し切れなかったのだろうか。だけど投了したらすべてがオワリである。ここまで頑張ってきたのに、なぜ最後の一粘りができなかったのか。いや、自玉は受けなし、と読んだのだ。だから投げたのだろう。
後日、羽生九段は投了の局面が先手優勢だったと知らされ、意外そうな反応を見せたという。では羽生九段も納得の投了だったということだ。先の竜王戦第4局と同様、AI上は勝ちがあっても、人間同士の戦いで最善手が見つけられなかったら、それは逆転に至っていなかったことを意味する。
ただ本局、令和2年度の名局賞候補になると思った。
さてこれで豊島竜王は4勝2敗となり、斎藤慎太郎八段の5勝1敗に次いで2位につけた。
一方羽生九段は2勝4敗となり、8位に転落した。そして下には2勝4敗の稲葉陽八段と1勝5敗の三浦弘行九段がいる。今月に指される稲葉八段戦で羽生九段が勝てばほぼ残留だが、負けるとホントに降級の心配をしなければならなくなる。こちらの戦いは注目である。