一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

二十六たび大野教室に行く(前編)

2012-04-25 00:08:16 | 大野教室
24日(火)は夕食後に仮眠を取ったが、起きてみたら「踊る!さんま御殿!!」が終わり間際だったので驚いた。ああっ!? えっ?? …あ!! 目覚まし時計の針を1時間遅く設定していた!! あああーーーっ!! なな、なんてこった…!! 今夜は美人女医さんの特集。おもしろそうだったのに…。

21日(土)は「大野教室」に行った。川口駅西口を下りると、大木に花が咲いていた。あれは何の花だろう。桜の親戚だろうか。
教室には午後2時20分ごろに入った。きょうも生徒がいっぱいおり、大人と子供数人が、大野八一雄七段に指導対局を受けていた。奥の部屋に入ると、植山悦行七段も4面指しを行っている。繰り返すが、きょうも大野教室は盛況である。
きょうは新規の生徒、Na氏がいた。棋力は五段だそうで、Sat氏の紹介らしい。まずはNa氏と一局。私の先手で、Na氏の四間飛車穴熊。私は左美濃に囲う。角道を通したまま▲6八金右まで固めたが、角がいなくなったとき▲8八玉のコビンが空くので、よくなかった。当初の予定通り▲6六歩~▲6七金右と固めるのだった。
Na氏は△3二飛から石田に組み替える。△4二角と引いたので、私は▲4五歩と仕掛ける。△3三角▲2四歩△同歩▲4四歩△同銀に私は▲4六銀だが、△4五歩に▲5七銀と戻すようではマズかった。感想戦で出たが、▲4六銀では気が利かないが▲4五歩と打ち、△同銀▲3三角成△同桂▲2三角で勝負するのだった。
私は角筋を避けるべく▲9八玉だが、この忙しいときに一手パスは痛かった。しかもこれだと、先の▲9五歩が悪手になっている。
Na氏は△3八歩▲同飛とさせてから、2筋から反撃する。これが存外厳しく、のちの二枚飛車の攻めに屈した。
負けはしたが、敗因ははっきりしているので、救いはある。次に対戦したときは、何とかしたい。
3時20分、3時休みに入る。たしかこのときの雑談だったと思うのだが、Akiちゃんが「詰みを逃した」とつぶやいた。聞くと、先日の女流王座戦西日本予選大会で、迎琉歌さん相手に、簡単な詰みを逃したという。
秒読みに追われての失着だったらしいが、これは私も数え切れないくらい経験したことで、これを克服するには、一にも二にも将棋の勉強をするしかない。
3時35分、Fuj氏と指す。私の後手で三間飛車に振る。Fuj氏は天守閣美濃。これは初めて指された。Fuj氏の▲6六銀に、私は△6五歩から△5五歩。
三間飛車側から見れば不満のない展開である。数手後、私は△3五歩。この歩を突ければ後手十分だが、次のFuj氏の反撃を軽視していた。
先手:2四飛、4四歩 後手:2二歩、3二飛、5二金、5四銀、6四角。の局面から、▲4三歩成△同金▲5四飛△同金▲4三銀△5三金▲3二銀不成と進んだ。
▲4三歩成を△同銀は▲6四飛と角を抜かれるから△同金だが、▲5四飛切りから▲4三銀が厳しかった。これに△5二飛打を考えたが、私は△5三金。そして▲3二銀不成となってみると、私の銀損だけが残ってしまった。これは明らかに後手不利。しかしこの局面、Fuj氏も自信はなかったようである。
その後、私の反撃にFuj氏が素直に応じたため、形勢は接近、否、私の優勢で終盤を迎えたかに見えた。
先手:3五角、4二竜、4五桂・持駒角、香など 後手:4八竜、5一歩、6一金、6三金、7二銀、8一桂、8二玉。
ここで本譜は▲6八香。私は△4九竜とし、以下Fuj氏の反撃を余して私の勝ちになった。ところが感想戦で、Fuj氏が▲5三桂不成を発見し、ふたりで飛び上がった。これに△4一竜なら、▲6一桂成で後手玉に受けがなく先手勝ち。
よって△5三同金と取るしかないが、▲4八竜と竜を抜かれて、これも後手の負けである。▲5三桂不成では、「成」がふたりの読みだった。しかしそれだと、△4二竜▲同成桂で、成桂がソッポに行くから後手の勝ち。
それがあったので、桂の飛び込みはないと盲点になっていたのだ。いやはや、恐ろしい手があったものである。Fuj氏は敗勢になっても一発を狙っているところがあり、気が抜けない。もし「▲5三桂不成」を喰らっていたら、私は寝込んでいただろう。
さて大野七段と指導対局といきたいところだが、非常勤スタッフのW氏が、
「大沢さんとFujさんはオレの手駒だから、ちょっと待ってね」
と笑う。
最近の大野教室は生徒も多く、一般対局も多く指される。そのとき誰と誰を当てるかむずかしいのだが、新規のお客さんには、私やFuj氏を当てるのが便利なのだという。強豪相手でも平手で指せるし、駒落ちの上手も苦にしないかららしい。私は教室の常連ではないので、毎回期待には応えられないが、教室に必要とされているのはありがたいことではある。人間、ヒトから期待されないのがいちばん辛いことなのかもしれない。
結局、私は植山七段に教えていただくことに落ち着いた。
その後も植山七段の前に生徒が集まる。左にFuj氏、右にHi氏。しばらく経って、Hon氏も対局に加わった。
ちょっともうー、と植山七段が苦笑いする。三度の食事より将棋が好きという、「濃い」連中ばかりである。こんな人たち相手に駒落ちで指したくないよー、という植山七段の嘆きであった。
「私も、この連中とは指したくありません」
と、私も笑いながら同意した。
(つづく)
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佐藤紳哉六段のパフォーマンス

2012-04-24 00:14:19 | 男性棋士
22日(日)の午前は所用があり、NHK杯将棋トーナメント・佐藤紳哉六段と豊島将之六段(当時)の一戦は、ビデオに録画した。
午後、大野教室に行くと、紳哉六段の話題で持ちきりである。対局前のインタビューで、紳哉六段がパフォーマンスをしたらしい。前週の予告で、紳哉六段の頭がリニューアルされていたので、私も「何か」を期待していたのだが…。
誰かがYOU TUBEを再生する。私も何気なく見たが、紳哉六段、まさに「やってくれた」。これは家でビデオを観るのが、楽しみになった。
そしてその対局を再生したのが、23日(月)の夜だった。
司会の矢内理絵子女流四段が対局者を紹介し、NHK杯恒例の、対局前インタビューが流れる。もう、ビジュアルから衝撃的だ。別人のようである。
矢内女流四段「豊島六段の印象はいかがですか?」
紳哉六段「トヨシマ? 強いよね。序盤・中盤・終盤、スキがないと思うよ。だけど、オレは負けないよ」
矢内「本局への抱負をお願いします」
紳哉「えぇ、駒が、駒たちが躍動するオレの将棋を、皆さんに見せたいです」
出た! 改めて観たが、やっぱり面白い。NHK杯で対局前に棋士インタビューを始めたのは数年前からだが、当たり障りのないコメントを残す棋士ばかりの中で、これは久々にウケたコメントだった。少し噛んで、緊張気味の紳哉六段が微笑ましかった。
これを聞いた解説の佐藤天彦六段(当時)も、
「なかなかこう、斬新な抱負でしたよね」
と感心していた。
紳哉六段はデビュー時、「歌って踊れる棋士」を目指していた。それは志半ばで頓挫したようだ。しかし昨年7月に行われたマイナビ女子オープンの一斉予選対局では、解説場にカブリモノをかぶって登場し、その一端を見せてくれた。
将棋のほうは、竜王戦は2組まで上ったが、順位戦はいまだにC級2組。棋士になって14年、まだこのクラスでくすぶっているとは思わなかったろう。
それ以上にショックなのが頭だったはずで、これは人生設計において、大きな誤算だったに違いない。しかしこればかりは神様のいたずらなので、どうしようもない。まあそれはともかく、今回はついに本業で踊る、というわけである。
紳哉六段の先手で対局開始。しかしその手つきが、若干素人っぽい。この手つき、全然記憶にないがそれもそのはずで、紳哉六段は何と11年ぶりのNHK杯出場と、のちに矢内女流四段が語っていた。
将棋は豊島六段のゴキゲン中飛車となった。紳哉六段は超速▲3七銀から二枚銀を繰りだす。
対局場が映る。いつもだったら、棋譜読み上げの藤田綾女流初段に目がいくところだが、今回ばかりは紳哉六段の頭に目がいってしまう。
矢内女流四段「きょうも、ふだんとちょっと、姿がネ、違う部分がありまして、こう…なんていうんでしょう、オシャレに気を遣っているというかこう、見られてる意識っていうのがひじょうに強い方なんですよねえ」
やうたん、そこに触れてしまうのか? さすが司会者である。私たちの期待を裏切らない。
すると天彦六段が、
「まあちょっとこーう…まあジャケットもこーう…黒ですし、まあ、シャツじゃないじゃないですか。―――そういうのはちょっと珍しいかなと」
と応じた。
そっちですか? 別でしょう。頭でしょう? と私は、テレビにツッコミを入れた。
局面は、△4五歩▲同銀△6五歩▲7七銀△5五歩▲9七角△4二角で、早くも後手が指し易くなった。この順でゴキ中がよくなるなら、ラクなものだ。
しかし苦戦に陥ってからの、紳哉六段の表情がすごい。仁王様のようで、実に絵になっている。テレビカメラは、よくこの表情を捉えた。
だが局面はいよいよ芳しくない。天彦六段の解説は小気味よく、「豊島優勢」と明快だ。
△3四歩と角取りに打たれて、私なら投了するところだが、紳哉六段は▲4三銀成と指し続ける。しかし豊島六段の追及は厳しく、紳哉六段、無念の投了となった。紳哉六段、駒を踊らせるどころか、踊らされてしまったようだ。
しかし紳哉六段、指し手以外の部分で、大いに魅せてくれた。ニュースタイルで、新たなファンを開拓できたのではないか。私もいっぺんに、紳哉六段のファンになってしまった。
晩年の芹沢博文九段や神吉宏充七段のように、パフォーマンスが目立つ棋士は往々にして勝ち星が伴わないものだが、紳哉六段は毎年安定した成績を残している。これはニュータイプの棋士といえる。
紳哉六段の、さらなる活躍を祈るものである。
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「女流」の肩書きは付けるべき

2012-04-23 02:56:55 | 将棋雑考
あれは中村真梨花女流二段と岩根忍女流初段の、第2期マイナビ女子オープンの挑戦者決定戦の模様を書いたときだから、2009年の夏ごろだったと思う。「将棋ペン倶楽部」編集部の統括幹事だった湯川博士氏から、私宛に手紙が届いた。
その将棋、私は懸賞金スポンサーになり、当日は一日、東京・将棋会館にいた。対局室に赴き観戦をする機会にも恵まれ、感動、感激した私は、そのときの模様を「将棋ペン倶楽部」に投稿し、幸い、2009年夏号に掲載された。
その直後に湯川氏から、手紙をいただいたというわけだった。私は恐る恐る中を読むと、棋士の敬称についての、湯川氏の考えが書かれてあった。
要約すると、観戦記では敬称を外す。ただしプライベートの記述のときは「さん」を付ける、場合によっては段位を付けるべし、などと、温かみのある文章で綴られていた。
今後私が将棋観戦記を書くようになったとき、ヘタな呼称を付けて恥をかかないよう、配慮してくれたものであった。
そしてもうひとつ、「将棋ペン倶楽部」内において、女流棋士に対する段位の呼称についての、注意があった。
誌面の中で私は、女流棋士の段位を、「女流○段」とせず、たんに「○段」としていた。これはいかん、と湯川氏は書いていた。
「女流二段」を「二段」とすれば、これは通常、奨励会の二段を表わす。通の将棋ファンなら問題ないが、中には誤解してしまう将棋ファンもいる。それは避けるほうがよい、という教戒であった。
ただ、それは私も承知していて、私だってできれば「女流○段」と書きたかった。しかし漢字四文字はいささかうるさいし、原稿には文字制限もある。そこで私は、最初だけ「女流○段」と書き、次に出てくるときは、たんに「○段」と書いていたのだ。事実、ほかの編集部員氏は、私の考えも分からぬではない、と、後日賛同してくれたものである。
むろん湯川氏もそのあたりの事情は察していたが、それでも省略できるものとできないものがあり、段位の省略は不可、との主張であった。
言われてみればそのとおりだった。昨年、奨励会の加藤桃子さんが女流王座を獲得したが、彼女は「奨励会1級」である。私の論理でいくと、彼女は貞升南さんや香川愛生さんらと同じ肩書きになってしまい、それはやっぱりおかしい。
湯川氏の主張はもっともだと私も同意し、結果、その後の将棋ペン倶楽部では、必ず「女流」を付けるようにしたのだった。
余談ながら、2009年4月から始めた当ブログも、最初は「○段」と記していたが、同様に「女流○段」と改めた。
さてここまで書いて、賢明な読者はお気づきであろう。LPSAのホームページは、「女流」を省いた「○段」のみの表記が散見される。LPSAの公開対局を見にいっても、女流棋士の紹介は、「女流」を省略して呼ぶ場合がほとんどだった。これはいただけない。
「女流四段」は「四段」にあらず。言っちゃあなんだが、両者は天と地ほどの差がある。彼女らは「棋士」ではなく、「女流棋士」なのだ。
ホームページでの肩書きも、口頭での紹介も、簡単に修正が利くものである。LPSAスタッフの気持ちも分からなくはないが、ここはスタッフの勇断に期待したいところである。
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梨沙帆(後編)

2012-04-22 01:07:03 | 愛棋家
「給与明細アフター」は、タテ16cm、ヨコ9cmの小欄。「なぜかいつの間にかお金が消えてしまう女の子のお金と人生の悩みを解決する」コーナーである。FPマツオカという、正真正銘のファイナンシャルプランナーがインタビューアーを務め、「今月の相談者」から生の声を引き出している。
ここでの梨沙帆のプロフィールは、「趣味:バレエ、クイズ。特技:将棋、デザイン、英会話。」とある。英会話は英検準1級だから偽りはないが、将棋を特技としているのは微苦笑、というところ。趣味の欄に入れてはいけなかったのだろうか。
では以下に相談の模様を一部記す。目次欄には「本誌掲載記事の無断転載を禁じます」と書かれてあるが、「引用」ということで大目に見てもらいたい。

FP「業界初の将棋アイドルだとか?」
梨沙帆「初段です。スカパー!の囲碁・将棋チャンネルとか将棋雑誌に出てます」
FP「英語も得意と聞きましたが?」
梨沙帆「TOEICで820点取ったことが」

梨沙帆はスカパー!の「囲碁・将棋チャンネル」内の「将棋まるごと90分」に、2008年10月から出演していた。アマ初段の棋力というのは怪しいが、そこは目をつぶる。
しかし上に書いたとおり、英語の実力は本物である。TOEICは990点満点だから、820点はすごい。
以下、給与明細の相談に続く。梨沙帆は、物が捨てられない性分らしい。ただ、流行が一回りして、むかしに買ったモノがいままた着られるようになった、と述べている。

梨沙帆「さすがにはけないジーンズとかは、スカートにリメークしたりしてます」
FP「エコな感じが素晴らしいんですよ。ゆくゆくは、デザイナーとかもいけるんじゃないですか。将棋、英語、リサイクルと、なんかNHK教育テレビ的な感じで、ブレークするのでは」
梨沙帆「歩からと金を目指します!」

最後は梨沙帆が力強く締めて、相談は終わりになった。
現在のブログを読むと、梨沙帆は普及指導員を目指しているという。普及指導員になるには、男性はアマ三段、女性はアマ二段の免状を取得することが条件だが、梨沙帆の情熱があれば大丈夫、実力アマ二段にはなれる。
以前LPSAのファンクラブイベントに行ったら、キラッと光る女性が参加していて、よく見たらそれが梨沙帆だった。後日そのときの模様が「近代将棋」に載ったが、やはり彼女の存在は群を抜いていた。タレントのオーラとは、そのくらいのものである。タレントが将棋を趣味(特技)にし、普及してくれることは、ただ将棋を指しているだけのプロ棋士より、数倍のチカラになる。私が「将棋世界」の編集部員だったら、すぐにでも梨沙帆に連載を持ちこんでいるところだ。いますぐにでも日本将棋連盟は、梨沙帆に二段免状を授与するべきである。
棋士ドル・梨沙帆のますますの活躍を期待したい。
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梨沙帆(前編)

2012-04-21 10:34:50 | 愛棋家
先日自室の大掃除をしていたら、「sabra」の2009年1月号が出てきた。
「sabra」とは、かつて小学館が発行していた男性向けカルチャー雑誌。毎号グラビアアイドルを多用し、付録にDVDも付き、見応えがあった。
けっこう売れていたと思うのだが、グラビアページはおカネがかかるのに雑誌自体が廉価のため、毎号赤字続きだったらしい。2010年3月号をもって、惜しまれつつ休刊となった。
その2009年1月号は、秋山莉奈、森下悠里、辰巳奈都子の3人がセミヌードで表紙を飾っていた。ほかには道端ジェシカや原紗央莉などの名前が踊っている。付録DVDには滝沢乃南、松井絵里奈など。私は「sabra」を毎号買っていたわけではないが、これだけのラインナップなら、購入も当然だった。
ただ私はヘンなところがあって、こうした雑誌は、買ってもすぐには中を開かない。いつでも見られるからで、結果、「積ん読」状態になることが多い。1月号も、そうだった。
今回改めて中を見たが、ボリューム満点の内容に圧倒された。オシリーナこと秋山莉奈の健康的な肢体、超一級モデル・道端ジェシカの神々しい水着姿、原紗央莉衝撃の初ヌードなど。わずか4ページながら、藤浦めぐの着エロサンタもよかった。
まったく興味がないが、一般記事の巻頭はデジタル機器特集。パイオニアの50インチ薄型テレビの希望小売価格が、67万円とあった。いまなら数万円で買えるわけで、すでに隔世の感がある。
ともあれ、これにDVDが付いて税込680円は安すぎる。休刊も仕方なかった。
そしてここからが本題なのだが、記事のひとつに、「ホルモン皇帝液」という連載があり、その中の「給与明細アフター」欄に、タレントの梨沙帆が出ていたので、ビックリした。
将棋ファンなら、梨沙帆の名前を一度は聞いたことがあるだろう。日本でただひとりの将棋アイドル、いわゆる「棋士ドル」で、オフィシャルブログ「梨沙帆世界」では、将棋への思いを熱く綴っている。そのプロフィールを改めて記せば、梨沙帆は1987年1月23日午前11時生まれの25歳。本名は小木梨沙帆。2006年、湘南ガールコンテスト準グランプリ。翌2007年は、ミスパラオに選ばれている。なお、ミスパラオに選ばれると、翌年8月に都内で開かれるミスパラオ撮影会に、モデルとして出場する。
2008年も8月3日(日)に日比谷のビル街で撮影会が行われ、10数名のモデルに混じって、梨沙帆も出場。実はその場に私も、のこのこ出かけていた。いうまでもないが、私はカメラ小僧なのである。
しかしこのときは、梨沙帆を撮った記憶がまったくない。出ていたことも知らなかった。怪訝に思いハードディスクを調べてみたら、この日撮影した170枚中、1枚しか彼女を撮っていなかった。
ちょうどこのころだったろうか。月見栞だか佐藤かおりだかの新作DVD発売&ミニ撮影会に参加するため秋葉原に繰り出したとき、とある店舗で、梨沙帆の新作DVD発売&ミニ撮影会があることを知った。
そのとき梨沙帆はすでに将棋アイドルとして有名だったのだが、なにか彼女の水着姿を撮るのは気が引けて、けっきょく行かなかった。
要するに私は、梨沙帆がタイプではなかった、ということだ。私はスレンダー系より、むっちり系が好きなのである。
ちなみに2008年8月3日の午後は、水道橋でLPSAファンクラブイベントがあり、私は昼過ぎに、後ろ髪を引かれる思いで撮影会場を後にしたのだった。
いまだったら間違いなく撮影を続行しているところだが、当時はLPSA女流棋士の浴衣姿が見たくて、ついファンクラブイベントのほうにも足を運んでしまったのだった。あのときはホント、どうかしていた。
蛇足をだらだら続ければ、このとき私がイベントで撮った写真は0枚。ただの1枚も撮らなかった。女流棋士を私のような薄汚い男が撮影してもいいのかという思いがあるからで、私は女流棋士とのツーショット写真も、ほとんど撮ったことがない。
たとえばマイナビ女子オープンの一斉予選対局では、懸賞金スポンサー特典として、「女流棋士と一緒の写真に収まる権」があるが、私は一度も行使したことがない。室谷由紀ちゃんにも、山口恵梨子ちゃんにも、ツーショット写真のチャンスがあったが、全然その気は起こらなかった。
私は女性とのツーショット写真が嫌いである。女流棋士ひとりを撮るだけならまだしも、自分がそこに入ったら、興覚めしてしまう。
そんなわけで女流棋士は、あとは将棋のイベントで大阪や天童、宇都宮などを訪れた際に、遠征の記念に撮らせていただいたぐらいだ。
…あっ、でも今年、中井広恵さんをひょんなことから撮らせてもらったのだった。あっ!! 中井さんといえば、昨年の12月にも「祝・大野八一雄七段・竜王戦5組昇級焼肉大パーティー」の席で、我がスマホで中井女流六段を撮らせていただき、それをスマホの壁紙にしていたのだった。中井女流六段は、カメラ小僧の血が騒ぐ女流棋士である。
なんだか話が脱線してしまった。
(つづく)
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