「お屋形様の居城にはいささか小さくありませぬか」
「そうよ、だからあれに山並みが見えるであろう」指さす方を見ると100mから300mほどの尾根が続いている
「あの安土山にあらたな城を築くことにした、大工事になるぞ、今までにない巨大な城にするつもりじゃ」
「なるほど、天下一の領土を得たお屋形様には、それがふさわしいでしょうな
それはこの秀吉もぜひ早く拝見したいものであります」
「安土山の頂上には五重の大伽藍の塔を建てるのじゃ、ユーロペ(欧州)の国王は城に住み皆、天を衝く高い塔を備えておるという
螺旋の階段を上っていった最上階からは遥か10里の先まで見通せるということじゃ
また南蛮寺はさらに大きな大伽藍をそびえさせていて、それは見た者すべてが感嘆するそうじゃ、そして国内一番の西洋坊主は天主様と呼ばれ、それが住む大伽藍を天主堂というそうじゃ」
「ほほう、いかなるものか想像もつきませぬ」
「我が国の城は、たいがいが山の上にあるから特に何層もの階層は不要じゃ、
傾奇者であった松永久秀はさすがに先見の明があって儂と同じように考えたが、あれなど問題にならぬ贅を尽くした天主堂がある城にする
儂は戦の城ではなくこの国の王、天主様が住む華麗華美な平和の象徴である天主堂を作りたいのじゃ
天下に誇れる大伽藍じゃ、ユーロペの城を上回る城を作る、そのために南蛮人の図面書きに相談しているのだ」
「お屋形様は近頃南蛮人と密になっておられると噂では聞きましたが、真でありましたか、南蛮人はわが国の言葉を話すのですか?」
「商人や南蛮坊主は片言の言葉を話す、だが肝心なことは通詞が必要じゃ、なんと南蛮に漂流して通詞になって戻って来た者がいるのじゃ、わしもその男を招いて禄を与えて、家中の使えそうな子弟を集めてスペインの言葉を学ばせているところじゃ」
「なんと、さすがはお屋形様でございますなあ、そこまでされておられるとは」
「筑前、われらが住む世界を知っておるか、われらが住む土地は果てしなくどこまでも平らであろう」
「はは、その通りで」
「それが違っていたのじゃ、われらは大きな玉の上で生きているのじゃ、伊勢の海からどんどん船で進んでいけば果てしなくどこまでも行くと思うであろう、果てはあるのか、ないのか、今までの日本人は考えたこともなかろう」
「いかにも、海に果てはありませぬ、どこまで続くか見に行ったものもおりませぬ」
「だが実際は、船で遠くへ行けば行くほど、日本にちかづいてくると南蛮人は言う」
「そんなバカなことがありましょうや」
「ところが南蛮人はそれを自ら船に乗って調べたのじゃ、スペインの海賊衆マジェロンとかいう男がスペイン王の命令で艦隊を率いて出港したそうだ、我が国の千石船などより何倍も大きな帆船じゃそうだ、それが3年かかって僅かな船員だけがたった一艘だけ残った船で、出発した海の反対の海から帰って来た」「ほほう」
「そなた、儂がほらを吹いていると思っているか?」「滅相もありませぬ、真剣に聞いておりまする」
「我が国の隣には朝鮮国がある、そこまでは海を渡る、そして明国は朝鮮から陸続きじゃ、南に下れば琉球があり、ルソンがある、さらに明国の広東、マカオ、そしてゴアへと続いていることは知っておろう」
「聞いたことはあります」
「インドよりアフリカという大きな島を経て、どんどん行けばイエズス会の母国スペインに着くという」「なるほど」
「ユーロペにはわが国と同じくらいの国が数十も大きな島の中にひしめきあっているそうだ、その中でも最強の国がスペインとポルトガルだという、どちらも大船で大会に乗り出して富を得ているのだそうだ」
「たしかに、日本にまで来ましたからなあ」
「そうじゃ、明国からどんどん陸地を東に進んでいくと、陸続きでユーロペに着くともいう、それはすでにユーロペの商人が今も往復しておるからたしかじゃ、だからスペインから朝鮮、明国、日本まではもはや南蛮人は冒険でも何でもない、だからこそ続々とやってくるのだ」
「たしかに」
「だが、そんな者たちでも、スペインから東に何があるかは知らなかったし、ルソンから西に何があるかも知らなかった、それをマジェロンが海で続いていることを証明したのだ、それで奴らが作ったのがこれじゃ」
信長は秀吉にスペイン人から送られた地球儀を渡した
「これはなんでしょうか」
「これが、われらが住んでいる大地の模型じゃ、丸いであろう、ここが日本よ、ここがスペインじゃ、正反対のところにあるのがわかるだろ、こっちから行っても、こっちから行っても、日本に着くことがこれでわかる、天上の月を見て見よ、丸い球であろう、われらの大地もあれと同じだという」
「我が国は、このように小さな島なのでありましょうか、美濃や尾張はどこにありましょうか」
「そうじゃ、われらはこの小さな島を得るために何百年も争っている、南蛮人はこの大きな島をいくつも取ったというのに、われらの小さなことよ」
「いかにも」
「筑前、われらはいつまでもこんな島でてこずってはおられぬ、早々にこの国を傘下に収めて一つの国にしてしまい、朝鮮、明国、琉球を足掛かりにルソン、広東まで乗り出し南蛮人と互角に渡り合わねばいずれルソンなどと同様に侵略されてしまうだろう」
「お屋形様、秀吉、目が覚め申した、いっそう励みまする」
「おおよ、あと10年うちにこの国をまとめて世界に乗り出すのじゃ、大船も作るぞ、それにはスペインとポルトガルを手玉に取って利用するのも大事じゃ、イエズス会を優遇して布教も自由にさせておくがよい」
「わかりました」
「おお。ねねはどこじゃ、待たしてしもうた」
「ねねは、あちらで女中衆と語り合っているよし」
「ちょうど飯どきじゃ、われら3人で語りながら「ひるげ」といたそう」
秀吉とねねは思いがけなく信長に歓待された、食事が終わり茶をすすりながら話を続けた
「ねねよ、此度の播磨での筑前の働きは天下無双じゃ、他の家臣の励みになったであろう、まもなく論功行賞を皆に告げるが此度は筑前と明智日向の二人が抜群の働きじゃ、筑前には長浜21万石に加え播磨と但馬で合わせて25万石を加増するつもりじゃ、合わせて46万石の大身じゃ
それにふさわしいように姫路城も堅固に改修して中国随一の城に生まれ変わらせる、46万石の大名にふさわしい城にする」
「なんと! そのような」感激して言葉にならない秀吉である
「ねね、秀吉だけではないぞ、そなたにも褒美を用意した、受け取ってくれようか?」
「ええ? 私にまでですか、それはいったい」
「秀勝を亡くして寂しかろう」「それは・・」
「そなたたちと違い、儂には男子だけで12人もおるのじゃ、上の3人は既に武将としてみな一軍を率いて戦場を駆け回っておる、4男の於次丸は今年で11歳になるが、これをそなたたちの養子にしようと思うがどうじゃ」
「・・・・・・・・」「・・・・・」二人は絶句して顔を見合わせた
ねねの瞼からは涙がこぼれた、主君の男子を養子にいただけるなど家臣として100万石を与えられたよりも尊い
秀吉すら、言葉が出てこない、ようやく声を振り絞って
「ありがたき幸せにございます、この上ない喜び、いくら感謝してもしきれませぬ、この命100あれば100回お屋形様に捧げまする」
「そうか、戦上手の筑前なれば於次を立派な大将に育ててくれるだろう、頼んだぞ」 こうして、秀吉、ねねの夫婦に子ができたのだった。