かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

Mike McCartney's Early Liverpool

2022年01月07日 | The Beatles



昨日の夜は、4年振りの大雪になった。
最寄の駅前もこんな感じ。



最寄の公園も雪景色。



夜になっても降り続いて。



家の前の道も。



夜が明けても。
家の前は、結局、凍結が続いた(車は出せたけど)。



一昨日、ほぼ1年前に申し込んでいた、ポールの弟の、Mike McCartneyの新写真集が届いた。
イタリアからの産地直送で、厳重に包装されている。
ビニールのポチポチを開けると、専用段ボール箱。



箱の裏には、イラストが。



開けると、3枚のパンフ。
ラビと、日本公演写真集は持っている。
本書のパンフは、写真額の宣伝で、ポストカードが付いていた。
本書購入者に、写真額も買わせようという算段。



段ボールを開けると、布袋が。



そこに、Mikeのサイン入り写真が3枚。
左が、リバプール大聖堂をバックにしたMike。
中央が、I Saw Her Standing Thereを作曲中の、ジョンとポール。
右が、ジョージとリンゴ。



そして、赤いブックケース。
これだけでも、立派。



右が本の表紙。



表紙を開けると、見開きで、Mikeの絵が現れる。



337/350。
早く申し込んだつもりだったのだが、結構後ろの方。
売れているらしい。
こちらにも、Mikeのサイン。



立派過ぎて、ページをめくるのもはばかられるのだが。
最初にMike の、今と昔の写真。



序文は、クラウス・フォアマンと、ピート・ケイ。
ピート・ケイは、やはり初期のビートルズの写真を撮った写真家だ。



左が、Mikeの初めて撮った写真。
右が2枚目の写真という。
知っている写真と、知らない写真が半々ぐらいだが、知っている写真で、なぜ載せなかったのかなと思う写真もあり、その選択基準は、よくわからない。



McCartney一家の家。
私もツアーで、中まで見学できた。



家族写真。
お母さまは、若くして亡くなられるが、幸せ家族。



上の写真は、有名な集合写真だが、関係者がすべて収まっているところが、凄い。
その他、学校関連の資料は多数掲載されている。
現物は、かなりの高値で取引されている。



Mike自身のイラストも多数。



最初のカラー写真。
当時はかなり珍しかったものと思われる。



超有名な写真。
右に見えるが、ジョンとポールを引き合わせたいIvon。



イラストや、レターは、写真集に貼り付けられたようになっている。



Mikeがいたから、多くの初期の写真が残された。
これまた、ビートルズの奇跡の一つと言える。
普通、無名のバンドの写真が、こんなに多数残されることはない。



この封筒と、手紙も、写真集に貼り付けられている。



表紙に使われるイラストは、当時、ポールがMikeに作成を頼んだポスターのデザインだった。
本当に何もかもが、出来すぎ。



ポールの自画像と、セルフポートレイト。



初期のリバプールでの写真。
左の後ろ姿の女性は、アストリッドだという。
彼女も、ハンブルグと、リバプールを行き来していたのだった。



リンゴが加入した間もないころの写真。



お父様のイラストと写真。
音楽一家になったのは、お父様の影響が大きい。



ポールの21歳の誕生パーティ。
多数の興味深い写真。
ジェーンが多く出てくるが、ジョージやリンゴの家族も参加しているのが、わかる。



初TV出演時の、TV画像を映した写真。
当時は、ビデオもなかったし。



ジェーンの写真も多数。
公認のガールフレンドだったのだが。
この辺で、初期の写真が終わる。



突如、HELP!のロケの時の写真に飛ぶ。
急に忙しくなり、リバプールに戻っても、家族に会える時間は限られたのだろう。



有名人の写真が撮り漏れていたチャックベリー。
御姫様抱っこされているのは、Mikeの奥さんとのこと。



これも結構有名な写真で、この雨どいの説明も、見学?の時見た。



その他、当時の有名ミュージシャンの写真多数。
マニアックな写真集だが60年前の空気を、今に伝えてくれた。
ありがとうPaul & Mike。

コメント
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