かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

モスクワその8 クレムリンその3

2008年06月25日 | Europe・Middle East・Africa


クレムリンには、その他にも見所満載。これは、大クレムリン宮殿。まるでフランスのベルサイユ宮殿みたいな豪華さだ。



これは、武器庫。オープンしているはずだったが、誰もいない。理由不明。閉鎖時間だったのか、休館日だったのか。その隣の、ダイヤモンド庫も必見なのだが(世界一大きいダイヤモンドがある)、ここも開いていなかった。どうなっていたのだろう。誰もいないし、ロシア語もできないし、諦めるしかない。



大体見所も見たので、また入口の方に戻った。クレムリン大会宮殿がある。中国の人民大会堂と同じコンセプト。



その脇では、サムライ展をやっていた。刀やら鎧やらが多数展示されており、えらい人気だ。ロシアでの日本人気は、たぶん一時的なブームではなく本物で、日本車や、日本食が街中あふれている。これは、ロシア国民が、ロシアにはない、高いクオリティを評価したことの結果なのだと思う。

ということで、彷徨いながらもクレムリンを満喫できた。
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モスクワその7 クレムリンその2

2008年06月24日 | Europe・Middle East・Africa


横浜松坂屋の閉店が決まった。元々野沢屋として親しまれてきた老舗だが、確かに、客もほとんど入っていなかったし、厳しかったのだろう。この伝統のある建物の建てかえられるという。この松坂屋の前でのライブ活動からスターになったゆずのお二人も寂しく感じているだろう。伊勢佐木町には、マルイもあったが、今は、ゲーセンビルに変わっている。どういう商店街にしていくのか、思案のしどころかもしれない。特徴を出さないと、この流れは、止まらない。



クレムリンにはいろいろ面白いものがあるが、この大砲もその一つ。重量40トンだそうだが、まだ使われたことはないという。この砲弾も一つ1トンもあるという。こんなでかい砲弾を、この寸詰まりにも見える大砲で、本当に飛ばせるのだろうか。



これは、とてつもない大きな鐘。おまけに壊れている。これは、18世紀に作られたものだが、作っている途中で壊れ、そのまま一度も使われることはなかった。こちらの重さは、200トン。ロシア人は、大きな物好きであることがわかる。仮に、この鐘が完成したとしても、これを支える鐘堂を作るのもたいへんだったろう。
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モスクワその6 クレムリン

2008年06月23日 | Europe・Middle East・Africa


クレムリンは、流石、世界遺産だけあって、見所満載。ただ、入場はたいへんだ。トロイツカヤ塔から入ったが、まず入場券販売所がごった返しており、ロシア語表記しかなく、勘で買った。300ルーブル也。大きな間違いはなかったようだ。現在、建物内部の撮影は禁止されており、カメラ持ち込み料金は、適用されていない。

それから、入口に行くが、グループツアー客で、これまたごった返している。ただ、グループツアー客の合間にぱらぱら個人客も入っているので、結局すんなり入れた。列の後ろに並んでいたら、いつまで経っても入れない。外で、合唱している団体までいる。ここに訪れることは、ロシア人にとっても、凄いことなのだろう。ロシア人も含めて個人客は、極めて少数派のようだ。中国人の団体はいたが、日本人は、数人しか見かけなかった。モスクワの最悪の空港、ホテル事情も一因ではないか。

門を入ると、左側は、兵器庫や、元老院(写真、その左に見えるのが、ニコリスカヤ塔で、入口の塔は、みな似た形をしている)、大統領官邸等があり、立ち入り禁止。警官がたくさんいて、ちょっとでも横断歩道を斜め渡りすると、笛を吹かれる。近づくなど、とても恐くてできない。まさか発砲はしないと思うけど。



そこから右に入ると、一番の見所である聖堂広場がある。

これは、凄い!ロシア正教の総本山だ。教会内部には、棺が所狭しと並んでおり、横浜外人墓地で見たロシア正教独特の十字架もたくさん拝むことができた。



一番風格があると思ったのが、ウスペンスキー大聖堂。ロシアの国教大聖堂で、歴代ロシア皇帝が、ここで、戴冠式に臨んだ。中には、イワン雷帝の玉座もあるという。しばらく並んでいたのだが、いつまで待っても入れそうにないので、諦めた。



これは、イワン雷帝の鐘楼。15世紀のもので、当時モスクワで一番高い建物だったという。今も、美しい鐘の音が鳴り響く。



プラゴヴェシチェンスキー聖堂は、修復中のようだったが、15世紀にイワン大帝の命により、建てられた。



アルヘンゲルスキー聖堂には、イワン雷帝の棺が納められている。都がサンクトペテルブルグに移されるまでの皇族たち48の棺が並べられているのだ。ここは、ラッキーにも中に入れたが、所狭しと並ぶ棺の間を巡る感じ。壁を覆い尽くすイコンも見事なものである。中世の雰囲気がそのまま残されている。



右がリザパラジェーニヤ教会、左が、グラノヴィータヤ宮殿。こちらも、なかなか美しい建物だ。

まさに、こここそが、ロシア帝国のど真ん中だったのだ。
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モスクワその5 劇場広場と革命広場とマネジナヤ広場

2008年06月22日 | Europe・Middle East・Africa


いよいよ中心部に近づいてきた。赤の広場、クレムリンが、すぐそこのところに、劇場広場はある。ボリショイ劇場など、有名劇場に囲まれている。ボリショイとは、”大きい”という意味で、ボリショイ大サーカスとは関係ないようだ。今は、改装中で、一部工事用囲いに覆われていた。



その先には、革命広場があり、マルクスの胸像がある。ロシアは、もはや社会主義国ではないが、マルクスの存在は、まだ大きいのだろうか。とても、そうは思えないが。



マネジナヤ広場は、赤の広場、それに隣接するクレムリンの目の前にある広場で、土産物屋が建ち並び、グループツアー客の集合場所にもなっているようだ。
右に見えるのがクレムリン。左の門の奥に、赤の広場はある。



ここで、何かお願いをしているようだったが、よくわからなかった。言葉がわからないのは、苦痛である。

脇には、公衆簡易トイレが並んでいた。ロシアには、公衆トイレが少なく、その代わり15ルーブル(70円位)で使える簡易トイレが、そこここにある。ただ、汚そうだし、使う気にならない。クレムリンの前には、マックがあるので、コーヒー一杯飲んで使わせてもらった。



ロシアらしい土産物も売っている。
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モスクワその4 トゥヴェルスカヤ大通り

2008年06月21日 | Europe・Middle East・Africa


モスクワ中心部から北西に延びるトゥヴェルスカヤ大通りは、レニングラード大通りとなり、サンクトペテルブルグまで繋がる重要な通りだ。道幅は広く、両側に立派な建物が建ち並ぶ。

これは、現代史博物館。元は、英国クラブだったそうだ。



軍事関係の展示もあるようだ。



道は、ビュンビュン車が飛ばしているので(平日は大渋滞)、とても危なくて渡れない。モナコGP並みのスピードだ。そこで、地下道が大きな交差点毎にある。地下道には、店が並んでいるが、商品をディスプレイにしている店も多く、結構面白い。これは、飲み物屋?
ちなみに、ビールは、他のアルコール類と違い、酒類販売免許がいらないそうで、売店も多く、昼間からビールを飲んでる人がやたら多いのもモスクワの特徴だ。



これは、モスクワ市庁舎。



これは、モスクワ創設者であるユーリ・ドルゴルーキー公の像。



カメルゲルスキー横丁。おとぎの国のような美しさである。
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