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かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

印度入魂の旅 その23 カンヘーリー石窟群②

2012年12月18日 | India・Sri Lanka・Nepal・Bhutan・Uzbekistan

いよいよ印度入魂の旅も最終回。H/Pにいつかアップしようと思うが、まだ、去年の旅も、INDEXを作ったところで、止まっているし、当面手がつきそうもない。
いずれにしても、ブログの方は、年内にアップできてよかった。



山を道なりに登っていくと、景色が広がる。見渡す限りのジャングルだ。
ムンバイから、そう遠くないところに、こんな景色が広がっているとは。



印度人にも、人気スポット。この時期、気温も30度ぐらいで、風も吹いて、心地よい。



石窟が、何の脈絡もなく、山全体に作られている。



単なる洞窟もあるし、仏像などが、彫りこまれている石窟もある。



この石窟は、レリーフが美しい。



未完のように見える。



何の説明もないので、探検気分も楽しめる。



典型的な三屈法。



雨季ならではの景色。中には、水がたまって入れない石窟もある。



祈りの部屋だったのだろう。



川沿いに、石窟が作られている。もちろん、右側が、川の上流。



川には、美しい蝶が舞う。アンコールのクバルスピアンを思い出した。



川の両側に石窟が作られている。



もちろん、全部の石窟を見たわけではないのだが、覘くと、レリーフが残ったりしているので、素通りするのももったいない。



この辺まで来ると、石窟に来たのか、キャンプ場に来たのかわからなくなる。



この仏塔も天井に繋がっている。



さらに進むと、ヒンドゥ教の寺院があった。さびれている。ここで、行き止まりかと思ったら、その先があるということで、道なき道を進む。



すると山の反対側に出たようで、景色が開けた。



ジャングルの向こうに、ムンバイの街が広がっていた。



何故か、サボテンまで生えている。



山全体に石窟が広がる様子がわかる。



入口近くに戻ってきた。独立記念日だったからか、グループが石窟に向かって合唱していた。



猿達が石窟を駆け巡る。



空港近くに戻ってきて、インド最後の食事。ファミレス風だが、べジレストランで、アルコールもない。スパゲティをいただいた。印度では、都市以外ではありえないメニュー。



そして、ムンバイ空港へ着いた。旧ターミナルの向かい側に新ターミナル建設中で、流石に都市部では、印度の経済発展振りを感じる。
独立記念日で、セキュリティ強化のため、フライト4時間前まで、チェックインができず、空港脇の待合室で休憩。
午前1時のフライトで、香港での乗り継ぎも悪く、全部で15時間ぐらいかかった。ダイレクトフライトの値段は、まだまだ高い。エアインディアは、飛ぶか飛ばないかわからないし。

最後は、愚痴になってしまったが、今回の印度の旅で、日本からは、ちょっと行きにくいところにある仏蹟を中心とした遺跡を、巡ることができた。逆説的に言えば、大都市から遠いところにあったからこそ、このような遺跡が、今の世まで残されたのだ。
これらを、必ず後世に伝えなければならない。特に、アジャンタが心配だ。

来年の夏はどこに行こうかな?

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印度入魂の旅 その22 カンヘーリー石窟群①

2012年12月17日 | India・Sri Lanka・Nepal・Bhutan・Uzbekistan


ジャイナ教寺院を見た後、いよいよ今回の旅の最後の訪問地であるカーヘンリー石窟群に向かった。ムンバイには、相当来ているので、ほとんど見たい所がなく消去法で選んだ場所だった。
ムンバイの街から、高架道路で北上し、空港を過ぎると、この国立公園入口近くに、高架道路の出口がある。距離は、そこそこあるが、空港方向なので、空港に行くついでにというのもいいかもしれない。高架道路なので、渋滞もひどくない。
その規模はとてつもなかった。東京ドーム何個分?



かつ、人も少ないと思っていたら、こんな感じ。公園は、サファリなどがあって、ムンバイ市民の憩いの場所になっているのだが、こんな人がいっぱいとは知らなかった。



公園の奥にあるカーヘンリー石窟群の登り口。ここにたどり着くまで、車で、10分以上かかるが、地元の方々は、皆歩いている。来訪人の信仰心は感じられず、不思議な石窟があるハイキング場ぐらいのイメージだ。石窟は、仏教のもので、仏教が廃れた印度では已む無いことだろう。



説明らしきものは、この入り口の案内板のみだが(英語、ヒンディー語、マラーティ語のロゼッタストーンか?)、その説明の信憑性はよくわからない。これだけ、立派で広大な石窟群なので、ちょっともったいない。



奥に石窟が見えてきた。



第一窟。



石窟群が続くが、序の口だった。全部で、109の石窟が残るという。これは、第二窟だったかな。



仏塔。あまり大きくないが、上部が天井に繋がっているのが、特徴。



こちらの仏塔は、シンプルだが、周りの浮彫が、いい。これも素朴なものだが。



ブッダ坐像が並んでいる。



これは、最大規模の第三窟。立派で驚いた。



巨大な柱の奥に、部屋が広がる。



入り口の左右に、巨大な仏像がある。姿も美しい。



こちらのレリーフは、レベルが高い。



先ほどの仏陀立像と向い合せになっている仏陀立像。人と比べるとその大きさが、わかる。



中の作りは、アジャンタ、エローラのものと似ている。



柱の上部までは作られているが、その上は?未完なのか、剥がされてしまったのか。



様々なレリーフが残る。



こちらの仏塔も、天井と繋がっている。天井にも、デザインが施され、何らかの意図を以て作られていることがわかる。



入口の両脇の塔も堂々としたもの。
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印度入魂の旅 その21 ジャイナ教寺院

2012年12月16日 | India・Sri Lanka・Nepal・Bhutan・Uzbekistan
いよいよ印度入魂の旅も、最終盤。

オーランガバードから、ムンバイへは空路を利用。そう遠くないが、インドールで一旦着陸。バス感覚なのだが、ガイドはそこで降りようとするし.....



泊まったホテルからの景色だが、ムンバイは、都会だ。かつては、空港からの路がひどかったが、海を渡るバイパスができて、随分緩和された。



ちょうど、独立記念日で、近くの屋上のビルでは式典が挙行されていた。TVでは、シン首相が演説をしている。



ホテルから、真珠のネックレス方向も見える。生憎の天気ではあるが、印度らしからぬ景色だ。だからこそ、印度人の憧れであり、ボリウッドが生まれた背景だろう。



本当は、このプリンス・オブ・ウェールズ博物館に行きたかったのだが、独立記念日で、クローズ(とほほ)。
ムンバイは、相当回数来ているのだが、この博物館には行けてなくて、今度こそはと思ったのだが、またまた振られた。



ということで、博物館をパスして、真珠のネックレスを見下ろせる場所にあるジャイナ教の寺院に着いた。



ツーリスト向けの注意事項が書いてあるが、そんなにうるさくはない。でも、祈りの場所は、立ち入り禁止だ。



信者が次々訪れる。経済界で活躍している人に、ジャイナ教信者が多いと聞く。ムンバイは、印度の商業の中心だ。ジャイナ教は、殺生を固く禁じるが、一次産業、二次産業に従事すると、どうしても、殺生してしまうので、三次産業に従事する人が多くなったらしい。



このにぎにぎしさは、ヒンドゥ教に近い雰囲気だが。



ご本尊が見える。隣の部屋では、僧侶が説教中で、多くに人が、熱心に聞いていた。
本当は、この寺院の奥から、真珠のネックレス方向が見下せるはずなのだが、聞いたら、雨季は、雨が入り込むことを防ぐため、ビニールで囲ってしまい見えないのだという。
どうせ、冬みたいにすっきりは、見えないだろうけど。



お布施は、様々な願い事によって祈り先が違うようで、信者は、律儀に、すべての箱に、お賽銭を入れる。



ジャイナ教信者が、ムンバイに、たくさんいらっしゃることを、認識した。町中では、どうしても、ヒンドゥ教信者の方が、目立つけど。
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倭人伝、古事記の正体

2012年12月15日 | Books


今日は、雨予報だったんだけど、一滴も降らず。小春日和のプレイを満喫。
初めてのコースだったので、スコアは???



茶屋も、埼玉風?



本書は、”激変!日本古代史”の続編。

今年は、古事記編纂1300年ということで、古事記関連の本が多数出ていて、途中で、付き合うのを諦めたのだが、本書は、学者目線ではなく、考古学に興味のあるアマチュア目線で、予断なく、足を使った取材で、読者を楽しませてくれる。

前半が、倭人伝関連の所縁の地巡りで、後半が、古事記関連の所縁の地巡り。
プロだから、各遺跡の専門家にいろいろ取材をしているが、遺跡を訪れる姿は、我々アマチュアと変わらない。そこが、共感を呼ぶ。

例えば、前回の九州旅行で、訪れた須玖岡本遺跡、宇美八幡宮なども取り上げられている。
須玖岡本遺跡は、倭人伝にある奴国の王都であったと考える。宇美八幡宮の近くには、ごく初期の前方後円墳があるそうで、この付近の前方後円墳は、箸墓よりも古いという。
同じ、場所を訪れても、情報の租借の深さが違う。
南九州の遺跡についての記載も興味深い。このような観点で、南九州を周ったことはないので、いつか実現したいな。

古事記については、やはり古代出雲に関する場所がハイライトだが、その他にも、興味のある場所がたくさん取り上げられている。古事記の時代に、日本中を舞台にした物語があった(作られた?)のだ。

古事記と倭人伝に、重なる部分があるのか、全く別の話なのか。本書を見て、所縁の地を訪れて、考えてみてはいかが?
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世界を牛耳る巨大企業

2012年12月14日 | Books



本書は、他の本を探しに行って、平積みになっていたので、思わずGET。

アメリカを中心とした、超有名企業が多数載っている本のようだったので、興味があったのだが、中身は、際物本と真面目本の、境界線上にあるような本だった。
もちろん、著者は、フォーブスの太平洋支局長を務めた方というから、一流のジャーナリストなのだろうが、9.11が、ブッシュとビンラディンの共謀だったといわれると、流石にそれはないんではないかと思いたくなる。

でも、世の中、ちょっとこれもしかすると謀略じゃないかと思うことはないことはない。
例えば、PCのウイルス防止ソフト。これなど、マッチポンプではないかと疑いたくなる。
わかりやすいのは、LIBORの不正疑惑。これは、事実だった。
ワクチンや、抗がん剤なども、確かに、製薬会社と学者がつるまれたら、我々はどうしようもない。
アジア通貨危機、ユーロ危機、リビア侵略など、テーマ毎に、著者の見解が示されるが、確かにあり得るなという話も多い。
アジア通貨危機など、結果的には、アジアの国々がヘッジファンドの罠にすっぽりはまったといえる。
本書によれば、ビートルズは、タヴィストック研究所の手先になる。これは???

冒頭述べたように、勘ぐり過ぎではないかと思われる部分があるが、何か大事件が起こって、そのため大儲けした人がいたとすれば、もしかすると?と考えを巡らすのも悪くないかもしれない。そういう発想を常に持っておかないと、落とし穴に落ちるかも。
日本人は、農耕民族なので、そういうのは、典型的な不特異分野。
開国以降、やられっ放しと言えるかな?

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