法は、ひとを守るために存在する。
しかし、最高裁の大法廷判決(S41.4.27)は、上記に反し、私は、違和感を持ちます。
その判例は、
父が借地人となり、借地上の建物は、父名義で登記すべきところ、胃を悪くしている父は長く生きられないとして、登記は長男名でしていた。
借地権は、その土地上の建物が登記されていると、他の人に、とくにその土地を買い受けた新たな所有者に対しても、その権利を主張しうるが、建物が借地人である父と違うものの名の登記だったゆえ、無効の登記とされ、新たな土地の所有者に対し、借地権を主張できず、その家族は、建物を壊して出ていかねばならないという判決が出されました。
大いに、違和感を持ちますが、法律の文面を厳密に当てはめると、父は、違法であり、最高裁の判決もごもっともということになります。
同判決文の中で、田中二郎裁判官は、少数意見として、反対の意を述べられています。
この田中裁判官の意見こそ、「法は、ひとを守るために存在すること」を表しているひとつの好例であると、自分は感じます。
*******************************
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319124437711316.pdf
裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見とは反対に、本件上告は棄却すべきものと考える。その理由は、
次のとおりである。
一 建物保護法は、建物の所有を目的とする土地の借地権者(地上権者および賃
借権者を含む。)が土地の上にその者の名義で登記した建物を有するときは、当該
借地権(地上権および賃借権を含む。)の登記がなくても、その借地権を第三者に
対抗することができるものとすることによつて、当該借地権ないし借地権者を保護
しようとするものである。すなわち、当該借地権が地上権の場合でも、手続の煩瑣
なために未登記のものが多く、殊にそれが賃借権の場合には、賃貸人はその登記に
協力すべき義務を負うものでなく、賃借人は賃貸人に対し登記に協力すべきことを
訴求し得べきものでないために、登記のないのが通例で、従つて、当該借地権をも
- 9 -
つて当該土地の第三取得者に対抗することができない場合の多いのに対処して、同
法は、借地権自体について登記がなくても、当該土地の上に登記した建物を有する
ことによつて、その借地権の対抗力を認め、もつて、借地権者を保護し、ひいて、
建物の所有者およびこれと一体的に家族的共同生活を営んでいる家族の居住権を保
護することを目的とするものである。建物保護法は、この意味において、借地権を
保護し、もつて借地上の建物の居住権を保護することを企図した一種の社会政策的
立法であるから、同法を解釈適用するに当つては、このような立法の趣旨目的を尊
重し、必ずしもその字句に捉われることなく、その目的にそつた解釈をなすべきで
ある。
もつとも、建物保護法は、無制限かつ無条件に借地権および居住権を保護しよう
というのではなく、借地権者が自らその土地の上に登記した建物を有することを第
三者に対抗するための要件としている。これは、同法が、一方において、居住権を
含む借地権の保護を企図しつつ、他方において、建物の登記という外形的表象の存
在を要件とすることによつて、土地の取引の安全を保護し、土地の第三取得者に不
測の損害を生ぜしめないことを期し、この二つの対立する利益の調整を図ることを
趣旨としているからである。そこで、居住権を含む借地権の保護の要請と土地の取
引の安全、土地の第三取得者の保護の要請とを如何に調製すべきかが問題解決の鍵
になるものといわなければならない。
このような見地に立つて考えると、建物保護法の明文は、一応、原則として、借
地権者がその土地の上に自己名義で登記した建物を有することを第三者に対抗する
ための要件としているが、同法の立法の趣旨目的に照らして考えれば、同法にいう
建物の登記は、土地の第三取得者に不測の損害を生ぜしめる虞れのないかぎり、形
式上、常に借地権者自身の名義のものでなければならないということを、文字どお
りにしかく厳格に解さなければならない理由はない。
- 10 -
一般的にいえば、一面において、居住権を含む借地権の保護の要請に応じ、これ
を保護するだけの合理的根拠があり、しかも、他面において、土地の取引の安全を
害することなく、新たに土地所有権を取得しようとする者が容易に当該土地の上に
登記した建物が存在することを推知することができ、従つて、土地の新たな取得者
に不測の損害を生ぜしめる虞れがないような場合には、借地権者に同法の保護を与
えることが同法の立法趣旨にそうゆえんである。このような見地から、私は、その
建物の登記の瑕疵が更正登記の許される程度のものであればもちろん(昭和四〇月
三月一七日最高裁大法廷判決民集一九巻二号四五三頁参照)、更正登記の許されな
い場合であつても、例えば建物の登記が借地権者自身の名義でなく、現実にそこで
共同生活を営んでいる家族の名義になつているようなときは、登記した建物がある
場合に該当するものとして、その対抗力を認めるべきであると考える。
このような考え方をするときは、土地を新たに取得しようとする者は、土地の上
に建物があるかどうかを実地検分し、さらに建物に登記があるかどうかを調査する
だけでなく、土地の上の建物の登記名義人と借地権者との身分関係についても調査
する労を免れず、そのかぎりにおいて、土地の取引にいくらかの障害を生ずること
にはなるが、それが不当な障害とまではいえず、借地権保護の立法趣旨を達成させ
るために、この程度の負担を課しても、決して酷とはいいがたく、従つて、土地の
新たな取得者に不測の損害を生ぜしめるものとはいえないと思う。
二 ところで、本件についてみると、原判決の確定した事実によれば、被上告人
は、昭和二元年以来、本件土地の上に本件家屋を建築所有しており、昭和三一年一
一月一四日、被上告人と同居し、氏を同じくする未成年者長男D(当時一五、六才)
名義で保存登記を経由しているというのである。(長男D名義で保存登記をしたの
は、その当時、被上告人は、胃を害して手術をすることになつており、或いは長く
は生きられないかもしれないと思つていたので、右家屋を長男Dの名義にしておけ
- 11 -
ば後々面倒がないと考え、同人には無断で、その所有名義に登記したというのであ
る。)そして、原判決は、D名義の保存登記は、実質的には、被上告人名義の登記
があるのと同じであるとみるべきで、D名義の保存登記は、実体関係と符合するも
のであり、被上告人は、当該借地権をもつて上告人に対抗できる旨判示しているの
である。
(1) 上告理由第一点は、要するに、本件建物のD名義の所有権保存登記を被
上告人名義の登記と同じであるとみ、D名義の登記は実体上の権利関係と実質的に
符合するとした原判決を非難し、右の登記は虚偽の登記又は偽造文書による登記で
あるから無効であると主張する。
しかし、叙上の具体的事情のもとに、被上告人が自らの意思に基づき長男D名義
の登記をしたのを虚偽の登記又は偽造文書による登記とまでいう論旨は、現実にそ
わない主張であり、D名義の登記は被上告人名義の登記と同じであるとする原判決
の判断は、いささか詭弁の感を免れないにしても、結論において、われわれの常識
に合する妥当な判断というべきである。けだし、本件登記の当時、もはや、長くは
生きられないかもしれないと思つていた被上告人が後々の面倒を避けるために、便
宜、長男D名義を用いたというのであつて、それは、家屋の所有権自体も長男Dに
贈与する意思であつたかもしれず(D名義の登記をすれば、税法上は財産の贈与が
あつたものとして贈与税の課税を免れない。それは贈与があつたものと推定される
からである。)、また、いずれは長男Dに贈与する趣旨のもとに、さしあたり登記
名義だけをD名義にしておく趣旨であつたかもしれないが、そのいずれにしろ、そ
の意図するところは、当該家屋について登記をしておかなければ、土地の第三取得
者に対抗できなくなることを慮り、被上告人を含む家族の共同生活の場を確保しよ
うというにある。その際、被上告人は、自己とその家族の一員として共同生活をし
ている長男Dとは、ともに一つのいわゆる家団を構成するメンバーであつて、自己
- 12 -
の名義にするのも、長男D名義にするのも、ただ便宜の措置と考えてD名義の登記
をしたものにほかならず、このような措置は、われわれの日常生活においては、往
々見る現象であつて、直ちに登記名義と実体関係とがそごするとまではいえず、こ
のような登記を虚偽の登記とか偽造文書による登記として無効であるという論旨は、
われわれの常識に反し、必ずしも世人を納得させるものではない。原判決の認定判
断は、その表現において、いささか妥当を欠くきらいはあつても、結局において、
正当として支持すべきものと考える。
(2) 上告理由第二点は、要するに、本件家屋について、借地権者でない長男
D名義の登記をもつて被上告人が建物保護法一条による保護を受け得べきいわれは
ないというにある。
建物保護法によつて借地権を対抗し得るためには、原則として、その土地の上に
借地権者の名義で登記した建物を有することを要することは所論のとおりであるが、
右の要件は、建物保護法の立法趣旨からいつて、文字どおりに厳格に解すべきでは
なく、特殊例外的に、第三取得者に不測の損害を生ぜしめる虞れのないかぎり、形
式上登記名義人が異なつていても、土地上に登記した建物がある場合に該当するも
のとして、同法の保護を与えるべき場合がある。原判決の引用する大審院判決(昭
和一四年(オ)七八九号昭和一五年七月一一日判決、新聞四六〇四号)が、相続人
は、地上建物について相続登記を経なくても、被相続人名義人の登記のままで、そ
の敷地について借地権を第三取得者に対抗することができる旨を判示しているのは、
その一例である。この事件は、本件とは多少事案を異にするといえるけれども、形
式的には、建物所有者と登記名義人とが異なつているにかかわらず、その対抗力を
認めた点において、本件原判決と共通のものがある。すなわち、建物保護法一条の
対抗力に関するかぎり、一般の場合と異なり、必ずしも形式的な登記名義の厳格な
一致を要求することなく、同法の立法趣旨にそう具体的に妥当な結論を導き出そう
- 13 -
としたものにほかならない。
ところで、本件家屋の登記は、長男D名義になつており、形式的にみるかぎり、
借地権者たる被上告人名義にはなつていないから、建物保護法一条の要件を完全に
そなえているとはいえない。しかし、被上告人と長男Dとは、本件家屋において、
一体的に家族的共同生活を営んでいる、いわゆる家団の構成メンバーにほかならず、
建物保護法の趣旨は、このような一体的な家団構成メンバーの居住権を含む借地権
を保護するにあるとみるべきであるから、建物保護法一条の定める対抗要件に関す
るかぎり、形式上は家団の構成メンバーの一員である長男D名義の登記になつてい
ても、被上告人名義の登記があるのと同様に、その対抗力を認めるのが、立法の趣
旨に合する解釈というべきである。これを他の一面である土地の取引の保護とか第
三取得者の保護という観点からいつても、本件土地の上に被上告人によつて代表さ
れる家団の構成メンバーの一員である長男D名義で登記した建物の存在することは、
格別の労を用いることなく、容易に推知することができるのであるから、これに対
抗力を認めたからといつて、土地の取引の安全を乱すことはなく、当該土地の第三
取得者に不測の損害を生ぜしめるものとはいえない。
私は、同じ氏を称する家団の構成メンバーであれば、その登記名義が、仮りに父
名義であれ、妻名義であれ、子供の名義であれ、建物保護法一条にいう有効な登記
として、その対抗力を認めるを妨げないと考えるのであるが、少なくとも、本件の
具体的事情のもとに、長男D名義の登記の対抗力を肯定した原判決の判断は、正当
として維持されるべきであり、本件上告は理由がなく、棄却すべきものと考える。
裁判官長部謹吾は、裁判官入江俊郎および裁判官田中二郎の各反対意見に同調す
る。
しかし、最高裁の大法廷判決(S41.4.27)は、上記に反し、私は、違和感を持ちます。
その判例は、
父が借地人となり、借地上の建物は、父名義で登記すべきところ、胃を悪くしている父は長く生きられないとして、登記は長男名でしていた。
借地権は、その土地上の建物が登記されていると、他の人に、とくにその土地を買い受けた新たな所有者に対しても、その権利を主張しうるが、建物が借地人である父と違うものの名の登記だったゆえ、無効の登記とされ、新たな土地の所有者に対し、借地権を主張できず、その家族は、建物を壊して出ていかねばならないという判決が出されました。
大いに、違和感を持ちますが、法律の文面を厳密に当てはめると、父は、違法であり、最高裁の判決もごもっともということになります。
同判決文の中で、田中二郎裁判官は、少数意見として、反対の意を述べられています。
この田中裁判官の意見こそ、「法は、ひとを守るために存在すること」を表しているひとつの好例であると、自分は感じます。
*******************************
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319124437711316.pdf
裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見とは反対に、本件上告は棄却すべきものと考える。その理由は、
次のとおりである。
一 建物保護法は、建物の所有を目的とする土地の借地権者(地上権者および賃
借権者を含む。)が土地の上にその者の名義で登記した建物を有するときは、当該
借地権(地上権および賃借権を含む。)の登記がなくても、その借地権を第三者に
対抗することができるものとすることによつて、当該借地権ないし借地権者を保護
しようとするものである。すなわち、当該借地権が地上権の場合でも、手続の煩瑣
なために未登記のものが多く、殊にそれが賃借権の場合には、賃貸人はその登記に
協力すべき義務を負うものでなく、賃借人は賃貸人に対し登記に協力すべきことを
訴求し得べきものでないために、登記のないのが通例で、従つて、当該借地権をも
- 9 -
つて当該土地の第三取得者に対抗することができない場合の多いのに対処して、同
法は、借地権自体について登記がなくても、当該土地の上に登記した建物を有する
ことによつて、その借地権の対抗力を認め、もつて、借地権者を保護し、ひいて、
建物の所有者およびこれと一体的に家族的共同生活を営んでいる家族の居住権を保
護することを目的とするものである。建物保護法は、この意味において、借地権を
保護し、もつて借地上の建物の居住権を保護することを企図した一種の社会政策的
立法であるから、同法を解釈適用するに当つては、このような立法の趣旨目的を尊
重し、必ずしもその字句に捉われることなく、その目的にそつた解釈をなすべきで
ある。
もつとも、建物保護法は、無制限かつ無条件に借地権および居住権を保護しよう
というのではなく、借地権者が自らその土地の上に登記した建物を有することを第
三者に対抗するための要件としている。これは、同法が、一方において、居住権を
含む借地権の保護を企図しつつ、他方において、建物の登記という外形的表象の存
在を要件とすることによつて、土地の取引の安全を保護し、土地の第三取得者に不
測の損害を生ぜしめないことを期し、この二つの対立する利益の調整を図ることを
趣旨としているからである。そこで、居住権を含む借地権の保護の要請と土地の取
引の安全、土地の第三取得者の保護の要請とを如何に調製すべきかが問題解決の鍵
になるものといわなければならない。
このような見地に立つて考えると、建物保護法の明文は、一応、原則として、借
地権者がその土地の上に自己名義で登記した建物を有することを第三者に対抗する
ための要件としているが、同法の立法の趣旨目的に照らして考えれば、同法にいう
建物の登記は、土地の第三取得者に不測の損害を生ぜしめる虞れのないかぎり、形
式上、常に借地権者自身の名義のものでなければならないということを、文字どお
りにしかく厳格に解さなければならない理由はない。
- 10 -
一般的にいえば、一面において、居住権を含む借地権の保護の要請に応じ、これ
を保護するだけの合理的根拠があり、しかも、他面において、土地の取引の安全を
害することなく、新たに土地所有権を取得しようとする者が容易に当該土地の上に
登記した建物が存在することを推知することができ、従つて、土地の新たな取得者
に不測の損害を生ぜしめる虞れがないような場合には、借地権者に同法の保護を与
えることが同法の立法趣旨にそうゆえんである。このような見地から、私は、その
建物の登記の瑕疵が更正登記の許される程度のものであればもちろん(昭和四〇月
三月一七日最高裁大法廷判決民集一九巻二号四五三頁参照)、更正登記の許されな
い場合であつても、例えば建物の登記が借地権者自身の名義でなく、現実にそこで
共同生活を営んでいる家族の名義になつているようなときは、登記した建物がある
場合に該当するものとして、その対抗力を認めるべきであると考える。
このような考え方をするときは、土地を新たに取得しようとする者は、土地の上
に建物があるかどうかを実地検分し、さらに建物に登記があるかどうかを調査する
だけでなく、土地の上の建物の登記名義人と借地権者との身分関係についても調査
する労を免れず、そのかぎりにおいて、土地の取引にいくらかの障害を生ずること
にはなるが、それが不当な障害とまではいえず、借地権保護の立法趣旨を達成させ
るために、この程度の負担を課しても、決して酷とはいいがたく、従つて、土地の
新たな取得者に不測の損害を生ぜしめるものとはいえないと思う。
二 ところで、本件についてみると、原判決の確定した事実によれば、被上告人
は、昭和二元年以来、本件土地の上に本件家屋を建築所有しており、昭和三一年一
一月一四日、被上告人と同居し、氏を同じくする未成年者長男D(当時一五、六才)
名義で保存登記を経由しているというのである。(長男D名義で保存登記をしたの
は、その当時、被上告人は、胃を害して手術をすることになつており、或いは長く
は生きられないかもしれないと思つていたので、右家屋を長男Dの名義にしておけ
- 11 -
ば後々面倒がないと考え、同人には無断で、その所有名義に登記したというのであ
る。)そして、原判決は、D名義の保存登記は、実質的には、被上告人名義の登記
があるのと同じであるとみるべきで、D名義の保存登記は、実体関係と符合するも
のであり、被上告人は、当該借地権をもつて上告人に対抗できる旨判示しているの
である。
(1) 上告理由第一点は、要するに、本件建物のD名義の所有権保存登記を被
上告人名義の登記と同じであるとみ、D名義の登記は実体上の権利関係と実質的に
符合するとした原判決を非難し、右の登記は虚偽の登記又は偽造文書による登記で
あるから無効であると主張する。
しかし、叙上の具体的事情のもとに、被上告人が自らの意思に基づき長男D名義
の登記をしたのを虚偽の登記又は偽造文書による登記とまでいう論旨は、現実にそ
わない主張であり、D名義の登記は被上告人名義の登記と同じであるとする原判決
の判断は、いささか詭弁の感を免れないにしても、結論において、われわれの常識
に合する妥当な判断というべきである。けだし、本件登記の当時、もはや、長くは
生きられないかもしれないと思つていた被上告人が後々の面倒を避けるために、便
宜、長男D名義を用いたというのであつて、それは、家屋の所有権自体も長男Dに
贈与する意思であつたかもしれず(D名義の登記をすれば、税法上は財産の贈与が
あつたものとして贈与税の課税を免れない。それは贈与があつたものと推定される
からである。)、また、いずれは長男Dに贈与する趣旨のもとに、さしあたり登記
名義だけをD名義にしておく趣旨であつたかもしれないが、そのいずれにしろ、そ
の意図するところは、当該家屋について登記をしておかなければ、土地の第三取得
者に対抗できなくなることを慮り、被上告人を含む家族の共同生活の場を確保しよ
うというにある。その際、被上告人は、自己とその家族の一員として共同生活をし
ている長男Dとは、ともに一つのいわゆる家団を構成するメンバーであつて、自己
- 12 -
の名義にするのも、長男D名義にするのも、ただ便宜の措置と考えてD名義の登記
をしたものにほかならず、このような措置は、われわれの日常生活においては、往
々見る現象であつて、直ちに登記名義と実体関係とがそごするとまではいえず、こ
のような登記を虚偽の登記とか偽造文書による登記として無効であるという論旨は、
われわれの常識に反し、必ずしも世人を納得させるものではない。原判決の認定判
断は、その表現において、いささか妥当を欠くきらいはあつても、結局において、
正当として支持すべきものと考える。
(2) 上告理由第二点は、要するに、本件家屋について、借地権者でない長男
D名義の登記をもつて被上告人が建物保護法一条による保護を受け得べきいわれは
ないというにある。
建物保護法によつて借地権を対抗し得るためには、原則として、その土地の上に
借地権者の名義で登記した建物を有することを要することは所論のとおりであるが、
右の要件は、建物保護法の立法趣旨からいつて、文字どおりに厳格に解すべきでは
なく、特殊例外的に、第三取得者に不測の損害を生ぜしめる虞れのないかぎり、形
式上登記名義人が異なつていても、土地上に登記した建物がある場合に該当するも
のとして、同法の保護を与えるべき場合がある。原判決の引用する大審院判決(昭
和一四年(オ)七八九号昭和一五年七月一一日判決、新聞四六〇四号)が、相続人
は、地上建物について相続登記を経なくても、被相続人名義人の登記のままで、そ
の敷地について借地権を第三取得者に対抗することができる旨を判示しているのは、
その一例である。この事件は、本件とは多少事案を異にするといえるけれども、形
式的には、建物所有者と登記名義人とが異なつているにかかわらず、その対抗力を
認めた点において、本件原判決と共通のものがある。すなわち、建物保護法一条の
対抗力に関するかぎり、一般の場合と異なり、必ずしも形式的な登記名義の厳格な
一致を要求することなく、同法の立法趣旨にそう具体的に妥当な結論を導き出そう
- 13 -
としたものにほかならない。
ところで、本件家屋の登記は、長男D名義になつており、形式的にみるかぎり、
借地権者たる被上告人名義にはなつていないから、建物保護法一条の要件を完全に
そなえているとはいえない。しかし、被上告人と長男Dとは、本件家屋において、
一体的に家族的共同生活を営んでいる、いわゆる家団の構成メンバーにほかならず、
建物保護法の趣旨は、このような一体的な家団構成メンバーの居住権を含む借地権
を保護するにあるとみるべきであるから、建物保護法一条の定める対抗要件に関す
るかぎり、形式上は家団の構成メンバーの一員である長男D名義の登記になつてい
ても、被上告人名義の登記があるのと同様に、その対抗力を認めるのが、立法の趣
旨に合する解釈というべきである。これを他の一面である土地の取引の保護とか第
三取得者の保護という観点からいつても、本件土地の上に被上告人によつて代表さ
れる家団の構成メンバーの一員である長男D名義で登記した建物の存在することは、
格別の労を用いることなく、容易に推知することができるのであるから、これに対
抗力を認めたからといつて、土地の取引の安全を乱すことはなく、当該土地の第三
取得者に不測の損害を生ぜしめるものとはいえない。
私は、同じ氏を称する家団の構成メンバーであれば、その登記名義が、仮りに父
名義であれ、妻名義であれ、子供の名義であれ、建物保護法一条にいう有効な登記
として、その対抗力を認めるを妨げないと考えるのであるが、少なくとも、本件の
具体的事情のもとに、長男D名義の登記の対抗力を肯定した原判決の判断は、正当
として維持されるべきであり、本件上告は理由がなく、棄却すべきものと考える。
裁判官長部謹吾は、裁判官入江俊郎および裁判官田中二郎の各反対意見に同調す
る。