買戻約款付自動車売買契約による自動車金融における事件です。
お金を借りて、自分の自動車を金融業者に所有権を移します。借りたお金と利子を全部返済すれば、車の所有権が自分に戻される仕組みです。
もし、返済期限が過ぎて、返さない場合において、お金を貸した側が、車に乗っている借りて側から、その車を取り戻す行為は、「窃盗罪」となるかどうか。
所有権は、金融業者に移しており、金融業者は、自分の所有権に基づいて、車を引き揚げるだけの話で、そのような結果になるのは、借りた側が悪いとして済まされるようにも思われるところですが・・・その真逆で、刑法235条「窃盗罪」に当たる場合があるという判例(最高裁平成元年7月7日があります。
ある意味、画期的な判決と思います。裁判長裁判官伊藤正己氏のお力ゆえの判決でしょうか。
(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
刑法242条「占有」の規定との関係で、難しい問題です。
(他人の占有等に係る自己の財物)
第二百四十二条 自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。
金融業者が所有権を有して「自己の財物」としたその車が、お金の借主が「占有」していると、「他人の財物」となることを意味します。そして、刑法235条が場合により適用されます。
整理すると、判例の考え方は、二段階で考えています。
まず、「占有」侵害は、「窃盗罪」に該当する(窃盗罪の構成要件に該当するとする純粋な占有説)。
しかしながら、次に、「取戻し行為」が、正当な権利行使として違法性を阻却するということで判断されます。
この判例では、社会通念上の借主の受任する限度を超え、違法性を阻却できず、窃盗罪が成立する判断がなされました。
判例の主要部分を抜き出します。
「被告人が自動車を引き揚げた時点においては、自動車は
借主の事実上の支配内にあつたことが明らかであるから、かりに被告人にその所有
権があつたとしても、被告人の引揚行為は、刑法二四二条にいう他人の占有に属す
る物を窃取したものとして窃盗罪を構成するというべきであり、かつ、その行為は、
社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なものというほかはない。」
*****最高裁ホームページより******
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115504083611.pdf
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=50313&hanreiKbn=02
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
一 上告趣意に対する判断
弁護人佐々木哲藏、同佐々木寛、同中道武美の上告趣意は、単なる法令違反、
事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
二 職権による判断
所論は、被告人は、相手方との間に買戻約款付自動車売買契約を締結し、相手方が
買戻権を喪失した後、権利の行使として自動車を引き揚げたものであるから、窃盗
罪の責めを負わないと主張するので、この点について判断する。
原判決によると、次の事実が認められる。
1 被告人は、いわゆる自動車金融の形式により、出資の受入、預り金及び金利等
の取締等に関する法律による利息の制限を免れる外形を採つて高利を得る一方、融
資金の返済が滞つたときには自動車を転売して多額の利益をあげようと企て、「車
預からず融資、残債有りも可」という広告を出し、これを見て営業所を訪れた客に
対し、自動車の時価の二分の一ないし一〇分の一程度の融資金額を提示したうえ、
用意してある買戻約款付自動車売買契約書に署名押印させて融資をしていた。契約
書に書かれた契約内容は、借主が自動車を融資金額で被告人に売渡してその所有権
と占有権を被告人に移転し、返済期限に相当する買戻期限までに融資金額に一定の
利息を付した金額を支払つて買戻権を行使しない限り、被告人が自動車を任意に処
分することができるというものであり、さらに本件の三一台の自動車のうち二台に
関しては、買戻権が行使された場合の外は被告人は「自動車につき直接占有権をも
有し、その自動車を任意に運転し、移動させることができるものとする。」という
条項を含んでいた。しかし、契約当事者の間では、借主が契約後も自動車を保管し、
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利用することができることは、当然の前提とされていた。まだ、被告人としては、
自動車を転売した方が格段に利益が大きいため、借主が返済期限に遅れれば直ちに
自動車を引き揚げて転売するつもりであつたが、客に対してはその意図を秘し、時
たま説明を求める客に対しても「不動産の譲渡担保と同じことだ。」とか「車を引
き揚げるのは一〇〇人に一人位で、よほどひどく遅れたときだ。」などと説明する
のみであり、客には契約書の写しを渡さなかつた。
2 借主は、契約後も、従前どおり自宅、勤務先等の保管場所で自動車を保管し、
これを使用していた。また、借主の中には、買戻権を喪失する以前に自動車を引き
揚げられた者もあり、その他の者も、次の営業日か短時日中に融資金を返済する手
筈であつた。
3 被告人又はその命を受けた者は、一部の自動車については返済期限の前日又は
未明、その他の自動車についても返済期限の翌日未明又は数日中に、借主の自宅、
勤務先等の保管場所に赴き、同行した合鍵屋に作らせた合鍵又は契約当日自動車の
点検に必要であるといつて預かつたキーで密かに合鍵屋に作らせたスペアキーを利
用し、あるいはレツカー車に牽引させて、借主等に断ることなしに自動車を引き揚
げ、数日中にこれらを転売し、あるいは転売しようとしていた。
以上の事実に照らすと、被告人が自動車を引き揚げた時点においては、自動車は
借主の事実上の支配内にあつたことが明らかであるから、かりに被告人にその所有
権があつたとしても、被告人の引揚行為は、刑法二四二条にいう他人の占有に属す
る物を窃取したものとして窃盗罪を構成するというべきであり、かつ、その行為は、
社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なものというほかはない。したが
つて、これと同旨の原判決の判断は正当である。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり決定する。
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平成元年七月七日
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官 伊 藤 正 己
裁判官 安 岡 滿 彦
裁判官 坂 上 壽 夫
裁判官 貞 家 克 己
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