Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

ボルゲーゼ美術館展@東京都美術館

2010-03-02 00:48:40 | 機内食・映画・美術展
長谷川等伯を堪能したその同じ午後、ちょっときついかなと思いつつ、同じ上野公園内の東京都美術館で

ボルゲーゼ美術館展


イタリアは決して嫌いなわけじゃないが、当分ローマには行きそうにないし、日を改めようと思うとこの美術館も逃してしまいそうなので、なんとか気力を振り絞ってはしごをした。

で結果、最高の和食を楽しんでおなか一杯の時に洋食を無理に詰め込んでもおいしく感じない、と実感。

確かにラファエロはすばらしい。ちょっと性格の悪そうな金持ちのお嬢さんの、内面まで写しているような肖像画はリアルで、今もイタリアに行けばこんなお嬢さんに出会いそう。

またカラヴァッジョが自分の罪をとりなしてもらおうとボルゲーゼ枢機卿のために描いたという「洗礼者ヨハネ」も、自分の趣味なのか、枢機卿の趣味なのか(おそらくは共通の趣味)、実にいかがわしくておもしろい。

しかし余白を最大に生かした構図、色のないところに色を感じさせる水墨画、なによりも一発勝負の筆遣いの日本画を見た後では、西洋の油絵はなんだか色だけ華やかで薄っぺらに感じる。

その一因は修復かもしれない。今回来日している絵の多くは最近修復されて色が鮮やかになったり、今まで見えなかった細部が確認できるようになったのだそうだが、あまりにも鮮やか過ぎてなんだか陰影のない絵に感じてしまったのだ。

大体こう言っては申し訳ないが、今回の目玉であるラファエロとカラヴァッジョを除いてはそれほどいいと思う絵は多くない。ダビンチ「風」だったり、ジョルジョーネ「風」だったり、時の大権力者とはいえ、王室や国家をあげてのコレクションにくらべれば全体の質がそれほど高くないのは仕方がないのだろうか。バロックが自分の趣味じゃない、というところにそもそも問題があるのだけれど。

おそらくこういうコレクションはその器、環境も含めて、すべてが一堂に会したその空間を味わい、楽しむべきなのだろう。場内で上映されていたボルゲーゼ美術館のビデオを見るとそれが実感される。華やかに装飾された壁や天井、デコラティブな家具の間にびっしり展示されてこそこのような絵はその存在価値がわかろうというもの。天井の低い、狭くて暗い東京都美術館で個々の絵を見てもこのコレクションの正当な評価ではないだろうと思う。

とは言え、こんなすけべじじいの絵を飾る
 その感覚はやっぱりわからない。


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コメント (2)
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