![]() | 浅見光彦殺人事件 (角川文庫) |
クリエーター情報なし | |
角川書店 |
・内田康夫
内田康夫による旅情ミステリー、「浅見光彦シリーズ」のなかの一冊。
寺沢詩織の父で成都物産営業部長の大輔が、出張中に宿泊した広島のホテルで殺害された。詩織には、父が殺害されなければならないような理由は、まったく思い浮かばない。いったいなぜ、父は殺されたのか。
そして、病死した母が残した「思いでのトランプの本、あれを守って」(p34)という謎の言葉。大輔は、殺される前に、詩織にその謎が解けたと電話していた。更には「面白い物を発見しました」と柳川から絵葉書を詩織に送ってきた大輔の部下だった野木も殺害される。
いったい「トランプの本」とは何なのか。本書は、この「トランプの本」に関する謎解きを軸にして、ストーリーが展開していく。
これに、サブ的な謎として、大した大学もでず、これといった功績もない、温和なだけの大輔を、常務の添島は、なぜ部長にまで引き上げたのかということが加わる。もっともこちらについては、会社勤めをしている人にとって、そう不思議とは思えないかもしれない。仕事もできず、人格も悪いのに、「なぜあいつが部長なんだ?」と不思議に思うようなヘンな人事は、サラリーマン社会には腐るほどあるからだ。大輔の場合は、温和なだけましというものだろう。
浅見光彦が、そんな詩織に接近してくる。事件の謎を自分が調査しようというのだ。詩織は、光彦に次第にひかれてゆき、何かと頼りにするようになるのだが、彼女に、謎の男がつきまとってくる。実は、そこにこのシリーズ最大ともいえるトリックが仕掛けられていたのだ。
作者は、カバーに「この本は「浅見光彦シリーズ」を三冊以上お読みになった方以外はお買いにならないでください」と書いている。確かに、そのくらいはシリーズを読み込んでいないと、次のような記述に違和感を持つことなく流してしまうだろう。
まず詩織が光彦に最初に会ったときの反応。
「浅見の黒い眸に射竦められて、詩織はドキリと胸の痛みを感じた」(p36)
そして、光彦が、詩織に言ったセリフ。
「実は、僕の兄というのが、警察庁のお偉方なのです」(p41)
「必要経費だけは出してもらいますけどね」(p164)
こういったのもある。
「緊張にたえきれず、詩織は口を小さく開きほっと溜め息をついた。その口を浅見の唇がふさいだ」(p163)
このシリーズを何冊も読んでいる人なら、これらについて何となく違和感を感じるのではないだろうか。
なお、このシリーズは「旅情ミステリー」と呼ばれており、今回も、柳川や北原白秋のことが作品に織り込まれているのだが、旅情的な要素は多少控えめな気がした。
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※本記事は、書評専門の拙ブログ「風竜胆の書評」に掲載したものです。