文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
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書評:博多殺人事件

2016-03-16 14:27:00 | 書評:小説(ミステリー・ホラー)
博多殺人事件 光文社文庫
クリエーター情報なし
光文社


・内田康夫
・光文社文庫

 浅見光彦と言えば、内田康夫氏の代表シリーズの主人公を務める人物だ。元々巻き込まれ体質のようだが、この作品では、とうとう遺跡発掘現場の取材中に自分で腐乱死体を掘り当ててしまう。死体の身元は、博多に進出しようとしていたエイコウグループ九州総本部副所長の片田二郎と目された。片田殺害の容疑は、彼と何かを争っていたと言う、地元老舗デパート天野屋の広報室長である仙石隆一郎にかけられる。

 光彦が今回事件に首を突っ込んでいくのは、いつものように好奇心からだけではなく、兄の陽一郎から、「仙石を助けてやってくれ」という依頼されたからだ。実は陽一郎は仙石とは学生時代の仲間であり、仙石夫人となっている女性とは、なんらかのロマンスがあったことらしいことが暗示されている。謹厳実直の見本のような陽一郎にも、やはり青春と言えるようなものがあったようだが、なんだか微笑ましく感じる。

 本作のモチーフとなっているのは、九州に勢力を伸ばそうとする巨大資本と、これを迎え撃つ地元資本とのデパート戦争だ。モデルとなっているのは明らかにダイエーと岩田屋だと分かるのだが、この作品は経済小説というわけではなく、あくまでもミステリー小説である。だからあまり経済や経営に関するような話は出てこないので、その方向を期待する向きには、あてが外れるかもしれない。

 作品の舞台は、創始者の中内功氏が経営の神様のようにもてはやされ、ダイエーが飛ぶ鳥を落とすような勢いだった時代である。地場のスーパーであったユニードを吸収し、球団も所有して、福岡のドーム球場まで建設しようというまさにダイエーの絶頂期。現在では、ダイエーはイオンの子会社となり、店舗数は大幅に縮小されて、往時の姿はどこにもない。また一方のモデルである岩田屋も、現在は三越伊勢丹ホールディングス傘下となっている。この作品を今読み直してみると、まさに栄枯盛衰、諸行無常。ほんの少し前の時代の話なのに隔世の観がある。

 この作品には、東大に対する内田氏のアンビバレントな感情が垣間見えてなかなか面白い。光彦の兄の浅見陽一郎が東大卒の警察官僚という設定なのはよく知られたことだが、その他に仙石隆一郎、片田二郎そして事件を担当する県警の主任捜査官の友永警視と東大卒の人物が多く登場する。これは内田氏の東大崇拝を表しているとも言えなくもないだろう。なにしろ、「秋田殺人事件」では京大卒という設定の県警本部長の方は、悪しき官僚の見本といった、くそみそな扱いをされていたのだから。しかしその一方では、現場の刑事には、仙石に関して「その東大出が好かんたい。エリート面しよって、刑事を岡っ引みたいにばかにしよるがな。ああゆうやつの化けの皮を剥がして、ムショに叩き込んでやりたいな」(p70)とも発言させているのである。

 ところで肝心の犯人一味の方だが、唐突に現れたような感じが否めない。その中で重要な役割を果たしていた人物は、早いうちに作品に登場こそしているものの、最初に登場したときには名前さえ出てこなかった。これではRPGでてっきっりNCPだと思っていた人物が、実はラスボスだったというようなものである。プロットを作らないことで有名な内田氏が、どの時点でこいつを犯人にしようと思いついたのかが気になるところだ。

☆☆☆

※本記事は、書評専門の拙ブログ「風竜胆の書評」に掲載したものです。
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