このシリーズには、珍しく八五郎が平次のところに飛び込んできて始まるというのとは違っている。事件は芝三島町の學寮の門出、疾風の綱吉という土地の遊び人が殺されるという事件が起きた。
犯行現場あたりを縄張りとしている御用聞きは柴井町の友次郎だが、八五郎は川崎大師からの帰りにこの騒ぎに出くわしたのだ。つまり今回の事件のへぼ探偵役は、ドラマに出てくるいつもの三ノ輪の万七ではなく、柴井町の友次郎という訳だ。この友次郎、へぼ探偵のくせに、誤認逮捕は当たり前という迷惑な奴らしい。
「まアね。後學の爲に話して置かう。ネ、八兄イ、よく見て置くが宜い。これはお前、脇差や匕首を突立てた傷ぢやねえ、肉の反り具合から言ふと、槍でなきア、よく磨いた鑿のみだ」
ということで、友次郎は、露月町の大工の棟梁で、辰五郎をお縄にしてしまう。綱吉と辰五郎は、水茶屋のお常という美女を張り合っていた。
もちろん自信たっぷりに言った友次郎の推理は大外れ。そして辰五郎は昔八五郎が世話になっていたことから平次が事件に関わってくる。
それにしても、平次の以下のセリフ
「柴井町の友次郎を向うへ廻すのは厭だな」
平次にはこんなところがある。他の岡っ引きに極端に気を遣うのだ。これは最近の警察小説で、警察の縄張りを気にするシーンがあることと共通しているのかもしれない。
そして、なぜか平次は、お常の水茶屋に入り浸りになる。そんな平次が襲われたことで、辰五郎は無実ということが判明して解放されるが、こんどはその辰五郎が殺される。
その後も犯行は続き、それにつれてなぜかお常はどんどんみすぼらしくなっていく。平次が真実に行きついたときとった行動とは。最近のミステリーには、警察は「犯人を捕まえるのが俺たちの仕事だ」とばかりに、十分な情状があっても逮捕してしまう。しかし平次はそんなことはしない。死人に口なしとばかりに、悪人にすべての罪をなすりつけ、情状がある人間は、たとえ殺人でも見逃す。このあたりも、平次の魅力の一つだろうと思う。
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