舞台は文政年間の江戸。主人公は田村魚之助(ととのすけ)という元女形。元というのは、数年前に贔屓の客に足を切られて、第一線から退いているためである。そしてその相棒が藤九郎(信天翁)という鳥屋。基本は、主としてこの二人が、怪奇な事件に挑むというストーリーである。つまり魚之助をホームズに例えるなら、藤九郎はワトソンといったところか。なお、鳥屋とは、鳥専門の江戸時代におけるペットショップのようなものである。
こう書けば、普通のミステリーのようだが、二人が解き明かすのは、怪異の絡んだ事件。ミステリーよりは、ホラー要素の方が強いだろう。
事件の方は、江戸一番の芝居小屋中村座の座元から小屋で起こった事件の調査を頼まれる。芝居が跳ねたあと、客席に死体が転がっていたというのだ。その死体は首がおられたあげく、死後に両耳に棒が差し込まれていたという。そして、こんどは口の中に鈴が入れられた死体が見つかる。果たして犯人は。
今でこそ、歌舞伎はなんだか高尚なもののように思われているが、この時代の芝居は庶民の楽しみであった。でも風紀を乱すということで、為政者による規制のために、男しか舞台には上がれなかった。しかし、芝居には女役がつきもの。そこで男が女役をやるようになった。これを女形という。ただ当時は、ホルモン療法も性的合手術もなかったので、女形の人たちには女性より女性らしくなるために、色々な苦労があったようだ。
当時のお化粧は、よく時代劇でみるように白塗りが基本だったので、元の顔がどうであれ結構ごまかせたんだろう。しかし、あの白塗りで美女とか言われても現代人の目から見ると違和感ありありなのだが。江戸時代の人はあれが美女に見えていたのだろうか。
ためになったのは、名前だけは知っているお軽、勘平が忠臣蔵と関係があったこと。そして、助六が曾我兄弟の仇討物語と関係があること。これは知らなかった。
またこれにも違和感がある。メルヒオール馬吉だ。長崎遊女とオランダ人との間に生まれたという設定だが、自分のことを「める」と呼んでいるのである。人から呼ばれるのなら分かるが、いい大人が自分のことを「める」なんて呼ばないだろう。「あっし」とか「馬吉」と言うと思うのだが。それに吉原の人気花魁の名前が蜥蜴なのだ。さすがにこんな名前は付けないと言う気がするが、もしかすると本当にいたのだろうか。
タイトルに「化け物」とあるように、この作品では「化け物」が大きな役割を果たす。そして「化け物」とは人がなるもの。そういったメッセージが込められているように思える。
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