くちなし
小雨、19度、90%
くちなしの花を買いました。日本より季節の移りがやや早い香港、この時期に、くちなしの切り花が店に並びます。庭木にくちなしを見ることはありません。いつもこのくちなし、何処からやって来るのかなと不思議に思います。香港では、「白蝉」と呼びます。 つぼみを見ると、確かに蝉がじっとしている様子に似ています。こうしたネーミングのうまさに感心します。日本でも雨の多い季節に咲くくちなし、つぼみが多い枝を買うと、お店の人が、開かない時は、逆さまにして水につけなさい、とアドバイスしてくれます。香港では、ほとんどが八重のくちなしです。一重のものに比べて香りも濃厚です。濃厚と言っても、神経のどこかを目覚ましてくれるような香りです。
私の実家の前庭にもくちなしがあります。この花が咲くのは1学期の中間考査の頃でした。試験の間は帰宅が早く、まだ陽があるうちに風呂を沸かしてもらい、庭に面した窓を開けて風呂に入ります。湯船につかっていると、湿った土の匂いとともに、くちなしが香ってきました。
実家の改築工事が、日本の連休明けから始まります。まずは、道に面した外塀を壊し、前庭のところに、クレーン車やトラックが入る場所を作ります。こういう作業は、造園を専門にしている人が手がけてくれます。我が家の庭木は、母が手入れを怠ったばっかりに伸び放題、よく育ったと言えばよく聞こえますが、敷地は遠目にもこんもりした林のように見える始末です。造園を担当してくださる方と話をしました。鑑賞に堪える木はないので、彼はほとんどの木の伐採を勧めます。
においの良い花をつける梅、金木犀、くちなし。実を結んでくれる木もあります。母が住まなくなってこの2年、主もいないのに、毎年、これらの木は約束をしたかのように、花をつけ、実を結んでくれました。まだ寒い2月に実家に戻ると、まず、2階の南向きの窓を開けます。梅の白い花と静かな香りが迎えてくれます。9月も終わろうとする頃に戻れば、西向きの窓を開けます。3m近くにまで成長した金木犀が、豊かな香りを振りまいています。
私が次に実家に戻るのは、塀が壊され前庭の木々が抜かれ、トラックが入れるようになってからです。家の荷物を一時的に搬出します。
先日、家の門の鍵を閉めるとき、小さいときから閉めて来たその門も、少し高めの塀も、前庭の木々もこれで見納めだと思いながら、家を後にしました。
物を捨ててしまったことにも、胸が痛みます。でもそれ以上に、まだ生きている木たちを始末しなくてはならないことが、今、胸を重くしています。
くちなしも金木犀も、前庭からなくなった家に帰ったら、と思うだけで、涙が出てしまいます。でもね、しっかりしないとね。花の香りが、慰めてくれます。