晴れ、15度、43%
以前イギリス領だったところには、その遺産があちらこちらに見られます。香港ももちろん、赤くこそありませんが、どこもかしこも二階建てバスが走っています。バスばかりか、市内を走る電車、トラムも二階建てです。現在2階建てトラムが走っているのは、世界中で3カ所だけだと聞いています。香港でも、トラムが走っているのは、僅か香港島の北の一部分だけです。つまり、このトラムの恩恵にあずかる人は、香港島の北の部分に住んでいる人の限ります。トラムに並行して、二階建てバスも走っています。地下には地下鉄も走っています。狭い香港島の道を塞ぐのもこのトラムです。のんびりと、甲高いチンチンと音を立てて走っています。私が、香港に住みはじめてから幾度か、このトラムの廃止が取沙汰されました。軌道を走っているから、時間通りかというと、この軌道を普通の車も走ります。二階建てバス、二階建て電車、普通の車の渋滞は、見るからにすごい光景です。でも、まだ元気にトラムたちは走っています。
私が育った福岡も市内電車がありました。幼稚園、小学校とこの市内電車に乗って通いました。電車が好きというわけではありません。通学で覚えているのは、木の床が油染みていたことばかりです。大人の中に埋もれて、小さな私は床ばかり見つめて乗っていました。高校を出て福岡を離れ、ある時戻ってみると、あら、チンチン電車が無くなっています。住んでいる人にとっては渋滞が少なくなり、便利になったのでしょうが、あの時の寂しかった気持ちは、未だに胸に蘇ります。きっと、香港の人も私と同じ気持ちでしょう。
今はトラム自体も以前よりきれいになりました。運転手さんも制服を着ています。昔は、好き勝手な服を着て、運転しながらランチボックスを食べたり、競馬の新聞を読んでいましたっけ。そんなのんびりした頃に見た場面があります。電車ですので、上の電線とつなぐパンタグラフがあります。私の乗る前のトラムのこのパンタグラフが電線から外れたのです。前のトラムの運転手さんが、声高に何か合図を送ります。すると後続のトラムは全て止まりました。長いトラムの列が出来ます。当の運転手さん、走って歩道脇から長い長いもの干し竿のような物を持って来て、パンタグラフを元の位置に戻しました。後ろを見れば、前にも増して長いトラムの列です。とても、ワクワクしました。それ以来、すっかりそんなこと忘れていました。
先日、探し物があってこのトラム沿いをセントラルからトンローワンまで歩いたときのことです。 細い電信柱の横に、赤白の長い長い竹竿がぶら下がっています。
その足元には、トラム会社のこんなボックスもあります。こんなに永く住んでいて、パンタグラフの棹を見たのは初めてです。棹の先はカギ型です。いやー、これはきっと重いだろうなと思います。最近女性のトラムの運転手さんもいますが、女の人の力では持つのすらやっとのような長さです。写真を撮っていると、地元の人は何をやってるのか不思議そうに見ます。ただの竹竿ですからね。この竹竿、きっと、トラム沿いにある程度の間隔で置かれているはずです。
パンタグラフのかけ直しを見たのは、もう一度あります。上海の旧市街にまだトロリーバスが走っているときのことです。トロリーバスは1階建て、運転手さんは女の人でした。彼女も、どこからか竹竿を持って来て、かけ直していました。なんとも力強い光景でした。
いつまで、香港にトラムが走り続けるのでしょうか?トラムがない香港島の姿は想像出来ません。こんな棹がいつまでも街角にあることを願っています。