雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

相性や如何に ・ 小さな物語 ( 1825 )

2025-03-11 13:15:27 | 小さな小さな物語 第三十一部

石破第二次内閣が、まずは無難にスタートしました。
もっとも、解散・総選挙を挟んでの再スタートですから、落選などのやむを得ない理由で一部更迭があっただけで、第一次とほとんど変らない陣容ですが、決定的に違う点は、与党の惨敗によって少数与党を率いる内閣になったことです。
石破第二次内閣は、薄氷を踏む思いではなく、まさに薄氷の上に立っているような状態の内閣ですが、悪いことばかりではないようです。
国会論議においては、与党や内閣の低姿勢ぶりが際立っていますが、上手く行けば、意味のある論議が行われる国会が芽生えるかもしれません。現時点では、一部の野党が嫌に張り切っていますが、理論を現実化させるのはそれほど簡単ではありませんから、ぶつかり合う部分も出てくるでしょうが、あまり調子に乗りすぎると、殿ご乱心ではありませんが、ちゃぶ台返しをされて再選挙となれば、今回の結果が約束されているわけではないことを理解している人もいるでしょうから、しばらくは、ゆらゆら揺れながらも安泰なような予感がします。

自民党内となれば、何分、支持基盤が極めて弱い石破首相ですから、然るべき勢力がその気になれば、総裁の地位から引きずり落とすことも可能なような気がしますが、もし実現しても、次の総裁が首班指名を得る可能性は保証されているわけではなく、むしろ、党内からの造反も予想され、しばらくは総裁の地位を脅かすような動きは出ないのではないでしょうか。
そもそも、この支持基盤というのも、形式的かもしれませんが多くの派閥は解消され、資金流入パイプも変動するとなれば、かなり様子が変っていくのではないでしょうか。主義主張や政策の方向性などを云々する声もありますが、この二か月ばかりの石破首相の言動を見れば、ほとんどの人にはかなりの柔軟性があるように見え、薄くてやわらかな支持基盤は意外に破れないかもしれません。

こうした背景を背負って、石破首相は外交の舞台に立っています。
中国の習国家主席との初会談が伝えられています。今回は顔合わせ程度の内容なのでしょうが、要は、間もなく誕生するトランプ大統領との関係がどうなるかが大問題です。
二人の相性はどうなのか、ということがテレビなどでも紹介されています。外国のある首脳はゴルフの練習を始めたとか、「トランプ氏=安倍元首相」「安倍元首相×石破首相」という二つの算式から導かれる「トランプ次期大統領??石破首相」という算式の「??」には何が入るのか、等々。
どうも、趣味や相性といった面が強調されているようですが、国家と国家がその品位と国益を兼ねて相対するのですから、もっと別からの切り口を研究すべきのような気がします。
いずれにしても、トリプルレッドと腹心閣僚を背景にするトランプ次期大統領と、絶妙のバランスを強いられている我が石破首相との関係が、両国ばかりでなく多くの国々にとっても意義あるものに育つことを祈りたいと思います。

「十人十色」という言葉があります。辞書の説明では、「人の好む所、思う所、なりふりなどが一人一人みんなちがうこと。」とあります。
離婚の原因には多くの要因があるのでしょうが、ほとんどの調査は、その原因の一位は「性格が合わない」です。まあ、無難な原因だと言うこともかなり含まれているのでしょうが、何も国家や世界の指導者間に限らず、私たち庶民にとっても、相性という曲者との戦いは常に背負っていかなくてはならないもののようです。
なにも婚姻関係や異性間に限らず、親子や兄弟、友人や近隣関係など、あらゆる関係は「十人十色」との遭遇ですから、不一致部分があるのが当たり前なのです。
そうした関係を、肩肘張らず接していくようになるには、やはり、それなりの知恵と優しさが必要なのでしょうね。

( 2024.11.17 )

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人生の疑似体験 ・ 小さな小さな物語 ( 1826 )

2025-03-11 13:14:08 | 小さな小さな物語 第三十一部

当ブログで長年に渡って続けてきました「今昔物語拾い読み」は、このほど完結いたしました。
何分膨大な物語集ですから、そのほとんどを既刊されているいくつかの書籍やネットの情報などを片っ端から頂戴して、読み続けた物を紹介させていただきましたが、およそ九年半ばかりかかりました。我ながらよく投げ出さなかったものだと、感心するよりあきれていますが、おそらく、誤字などは多発しているでしょうし、言葉だけでなく文意そのものさえ間違えている物もあるのではないかと、気にはなっています。
そうした心配はあるとしても、いざ終了してしまいますと、若干「ロス」気味で、何とはなく物足りなくなっています。

そういう事もあって、今月末から、「今昔の人々」という新しいカテゴリーをスタートさせていただきます。内容は、今昔物語の中の、私の好きな物語を中心に、登場人物を意識する形で、場合によっては一部加除させていただいた物を紹介させていただくつもりで、すでに準備を始めております。
今昔物語に拘りすぎるのではないかという気持ちもありますが、その理由の多くは、仏教礼賛的な内容の物が多いとはいえ、登場してくる人物には、とても魅力や興味を感じる人が少なくないからです。しかも、貧乏な人が仏の力で簡単に富者になったり、今生ばかりや前世や来世が簡単に登場してくるのですから、ばかばかしいと言えばそうかも知れませんが、考えさせられる部分も確かにあります。
原文を歪めるような作品集になるのを懸念していますが、出来るだけ親しみやすい文章を心がけますので、ぜひ、ご覧下さい。

私が今昔物語に惹かれる最大の要因は、おそらく「現実からの逃避」だと考えています。
もっとも、映画であれ、テレビドラマであれ、小説であれ、そうした部分を持っていると思うのですが、今昔物語にある物語は、「今は昔・・」と最初に断っているように現実離れした物語がほとんどです。「いくら苦しいといっても、それが前世からの因縁だ」と言われますと、うん、うん、と納得するしかありませんし、「いくら惨めな生活を強いられても、仏の導きで浄土に生まれ変わった」と言われましても、良かったね、とは思っても、現実性などありません。
それでも、ほんの少し、まったくほんの少しですが、荒みがちな気持ちを「よし、よし」してくれているような気もするのです。

ただ、現実に戻ってみますと、「好きだ、嫌いだ」「あれが欲しい、これが欲しい」と煩悩の海を泳いでいるような日々です。
ある人が人生を「山登りのような物だ」と評していました。「七合目八合目辺りはとても苦しいが、そこからが勝負で、頑張り抜けば頂上が待っている」というのです。しかし、揚げ足を取るつもりはありませんが、山登りには下山が控えており、その過程には、頂上を目指していた時には見えなかった風景が待ち受けているかもしれません。
人生を、「マラソンのようだ」と評した人もおりました。「35kmからが勝負だ」そうですが、マラソンにはゴール地点が定められていますが、人生にはそれが明らかにされていません。ゴールは、60km地点かもしれませんし、あと数歩先なのかもしれません。
「今昔物語」を読む楽しみには、人生の疑似体験が含まれているかもしれません。

( 2024.11.20 )

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二匹の猫 ・ 小さな小さな物語 ( 1827 )

2025-03-11 13:12:43 | 小さな小さな物語 第三十一部

わが家には猫が一匹がいます。
一度犬を飼ったこともありますが、死なせたことがショックでしばらく動物を飼うのは止めていたのですが、ある切っ掛けで猫を飼うことになり、以来、一番多い時には三匹いたこともありますが、いずれも亡くなってしまいました。一番長生きしたのは二十一年生きましたが、さんざん医者通いをしましたのに、若くして死なせてしまったのもいます。全部で五匹くらいですが、獣医さんからいただいた者を除き、いずれも迷い込んできた猫たちです。
「猫可愛がり」という言葉がありますが、私自身は、それほど肩入れしていなかったつもりですが、死なれたときの辛さは、小さなものではありませんでした。それで、三匹の猫が若い方から順に死んでいき、最後の一匹を見送ったとき、もう絶対にペットは飼わないと家族で申し合わせました。

当市は、かなり早くから「犬・猫の殺処分ゼロ」を目指し、数年前から実行出来ているようです。ごく近くのお方にも、ボランティアで野良猫のケアをされていて、野良猫を捕獲して手術した後、地域猫として放したり、飼い主を探したりしてくれています。
今わが家にいる猫は、地域猫として餌をもらっていたのですが、どうやら仲間はずれにされているようなので、ボランティアの人に相談されて、飼わせていただいたものです。
三年近くなり、わが家の隅から隅まで、好き放題に動き回り、食べ物も結構口が肥えてきています。家族にも懐いてくれていますが、外に出さないので、ガラス戸越しに庭をじっと見つめている時間も長く、ふと、物思いにふけっているような姿を見せることがあります。
猫特有の表情だとは思うのですが、彼にとって、本当にわが家にいることが幸せなのかと思うことがあります。

わが家には、毎日朝夕、時には昼にも、食事をしに来る猫もいます。いわゆる地域猫です。すでに十歳を大分過ぎているそうで、家で飼うのは難しいようです。
毎朝六時前頃には、朝食を待っています。食事の後しばらくは、畑でトイレを使ったり、季候の良いときはひなたぼっこをしたり、ゴロゴロ転がったりしています。水飲み場を三ヶ所、寝たり休んだり出来る場所も四ヶ所作っていますが、夜はそこで寝ることは全くないようで、たいていは、わが家の庭から塀に登り、隣接しているボランティアの方の一階の屋根に登り、二階とベランダとの隙間辺りにねぐらを作ってもらっているようです。
ただ、真夏もそうですが、これから寒さに向かうと、毛布などでねぐらを作っているのですが、わが家では寝ないようですし、可愛そうな気がします。
厳寒の季節になると、家の中でぬくぬくとしている猫にくらべて、雪はほとんど降らない地域ですが、北風が啼く夜などは、風を避けて丸くなって寒さを凌いでいるのかと思うと哀れに感じてなりません。
しかし、同時に、猫にとっては、少々厳しい環境であっても、食べ物の心配はなく、自由気ままに動き回れる生活と、暑さ寒さの心配も食事の心配もないとはいえ、閉じ込められ、たまには人間に愛想もしなければならない環境と、本当はどちらが幸せなのかと考えたりもするのです。

折から、年末ジャンボ宝くじが売り出されています。
一等と前後賞を合わせれば10億円になるそうです。10億円あれば、老後の心配など吹き飛んでしまいそうな気がしますし、たいていの「欲しい欲しい病」も解決しそうな気がします。
ところが、世界の資産家となりますと、桁が違うどころか「億」が「兆」になっても及ばないような人がゴロゴロいるようですし、わが国に限っても、10億円以上の資産家など珍しくもないはずです。
けれども、その人たちのほとんどが幸せかと言えば、さて、どうなのでしょうか。「お金で幸せが買えるわけではない」などと青臭いことを言うつもりはありませんが、やはり、幸せという曲者は、そうそう簡単に捕まえることは出来ないようです。
どうやら、幸せというものは、頂くとか捕まえると言った存在ではなく、それぞれに育て上げるようなものなのかも知れません。

( 2024.11.23 )

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お米が高すぎる ・ 小さな小さな物語 ( 1828 )

2025-03-11 13:11:39 | 小さな小さな物語 第三十一部

お米の値段が高くなっています。
昨年の不作の関係もあって、新米が出る直前に、お米不足がささやかれるようになったと思っているうちに、かなり広範囲の地域で、スーパーなどの小売店からお米がなくなるという、何とも情けない状況が出現しました。
その時も、一部の首長の方からの「備蓄米を放出して欲しい」という要望に対して、政府は、間もなく新米が出回ること、備蓄米を流通させるには時間がかかる、などと言って実現しませんでした。
案の定、賢い輩はいるもので、お米の値段は高騰しました。なかなか手に入らず、言い値で買うしかなかった一人暮らしの高齢者の方のインタビューに答える姿に、実に腹立たしい気がしました。

お米の高騰の原因には、様々な要因があるようです。これまで安すぎたものが修正されているに過ぎないと宣う人もいます。
しかし、直近のニュースでは、昨年の1.5倍の価格になっていると報じられています。
まさか、まだ新米が出回っていないというのではないのでしょうから、諸物価の高騰が影響しているとは言え、どこかで作為的な力が働いているとしか思えないのです。年々お米の消費量は減少傾向にあったとは言え、私たちの生活にとって、必需品のトップといえる品物です。政府が、現在の価格は妥当なものだと考えているのであれば仕方がありませんが、そうでないのであれば、今すぐに備蓄米を放出すべきです。値崩れが心配だと反論するのでしょうが、値崩れ結構、減税論議より速効性がありますよ。値崩れがひどくなれば、また備蓄米を増やせば良いだけですから。
でも、きっと、「備蓄米は価格操作の為のものではない」などと、素人の意見など聞いてくれないのでしょうね。

「勘定合って銭足らず」という名言があります。
死語になりかかっている言葉のような気もするのですが、昨今、その状況を見せつけられることが多すぎるような気がします。
「2%の物価上昇」を錦の御旗のように掲げ、それによって、私たちの生活が豊かになるようなご高説を聞かされてきましたが、現在、その立派な政策は見事に達成していますが、確実に結果が出ているのは消費税額が増えて税収増に寄与しているくらいです。給与が増えているというご意見もあるかもしれませんが、物価が上がれば、トボトボとでも給料が上がらなければ国民生活は破綻しますので、当然の現象に過ぎません。
目下、「103万円の壁」という言葉が大受けですが、この問題も落とし所を模索中でしょうが、「銭足らず」の部分をどうするのか、お手並みを拝見させていただきましょう。

まあ、ぼやいてばかりいても仕方がないと、少々反省していますと、こんな見事な句が見つかりました。
『 米の高い時 双子を生んで お米・お高と 名を付けた 』
どなたの作か知らないのですが、いつ作られた都々逸なのでしょうか。お米が高い中で双子をお生みになったのですから、現代日本の模範生と言えそうです。
そう言えば、無断使用の連続になりますが、こんな都々逸もあります。
『 あきらめましたよ どうあきらめた あきらめられぬと あきらめた 』
『 隅田川さえ 棹さしゃ届く 何故か届かぬ 我が想い 』
庶民の想いが届く政治を期待しつつ、都々逸でも勉強しますか・・。

( 2024.11.26 )

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経営の神様 ・ 小さな小さな物語 ( 1829 )

2025-03-11 13:09:15 | 小さな小さな物語 第三十一部

『 経営の神様 AIでよみがえる 』
という見出しを見つけました。11月28日の毎日新聞朝刊の記事です。
その記事の一部を使わせていただきますと、
「パナソニックホールディングスとPHS研究所は、両社を創業した松下幸之助氏( 1894 - 1989 )を再現したAIを開発したと発表した。質問すると、幸之助氏の著作や発言のデーターを基に本人の思考を反映した回答を生成し、本人の話し方を再現した音声で答える」とあります。

「経営の神様」などと言いますと、少々オーバーな表現のようにも聞こえますが、私などには、まったく抵抗なく受け入れることが出来る表現です。
考えて見ますと、その神様が亡くなられて、はや35年が過ぎていることになります。若い方々にとっては、すでに歴史上の人物になりかけているのかもしれません。
このAIは、なお改良を続けるそうで、「経営理念の研究や社内勉強会の企画などに活用する」とされていて、残念ながら一般公開はされないようです。
ただ、松下幸之助氏に関する書物は今でも簡単に手に入りますし、ご本人の著作もかなりあります。ややもすると、合理化や効率化、あるいは他者排斥こそが経営の真髄のように言われがちな今日だけに、「経営の神様」が残された言葉を味わってみるのも、意味があるかもしれません。

これは、ずいぶん前のことですが、ある電気店の店主からお聞きした話です。
そのお方は、長年、ナショナル(パナソニックの前身の商標)の特約店(正しい呼び名ではないかもしれません。)を経営されている方でした。
ある時、幸之助氏はすでに一線から身を引かれていて、相談役だったのではないかと思うのですが、当時の松下電器産業が販売不振に陥り、業績もかなり悪化したときがありました。そこで、幸之助氏は、販売部門の先頭に立って、全国行脚をなさったことがありました。当時、ナショナル製品の販売の主流を担っていた特約店を、地域ごとに集めて、幸之助氏自身が先頭に立って販売促進の協力を依頼して回ったようです。
その店主の方も、そうした会合に参加され、その時のことを話してくれました。
幸之助氏は、松下本社の商品開発力や特約店への支援不足を、頭を下げて謝って、「何としてもナショナルを蘇らせて下さい」と訴えたそうです。
すると、数十人の店主たちからは拍手が起り、何人かは幸之助氏のもとに駆け寄り、「会長(?)、あなたに、頭を下げさせて申し訳あります。頑張ります、頑張りますとも」などと言葉をかけ、何人もの人が涙を流していたそうです。
「『いい親父たちが泣きやがって』と思いながら、気がついたら、私も涙を流していましたよ」と、その店主の方は私に話してくれながら、涙を浮かべておられたのを覚えています。

当時、私は、このお話を聞いたとき、まるで教祖と信者みたいだと感じました。
松下幸之助氏というお方の経営能力など、私などにはまったく判断出来ません。ただ、このお話を聞いて以来、松下幸之助氏を、とてつもない人間力をお持ちの方だと判断するようになりました。
これは、確か、ドラッカーの書に書かれていた言葉だと思うのですが、「経営者が必ず身につけていなければならない大事な要素が一つだけある。それは品格である」と教えています。
松下幸之助氏が「経営の神様」と称されたのには、確かに一代でわが国有数の企業に育て上げた、いわゆる経営力に優れていたのでしょうが、その基板をなすものは、人間力、あるいは品恪と言われる資質を磨き上げられていたからではないでしょうか。
これは、何も経営者に関わらず、大小に関わらず組織の上に立つ人は心すべきだと思えてなりません。

( 2024.11.29 )

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さまざまな顔 ・ 小さな小さな物語 ( 1830 )

2025-03-11 13:05:22 | 小さな小さな物語 第三十一部

毎年のことながら、十二月の声を聞くと、月日の流れる早さを思い知らされます。
一年は、おまけの年もありますが、ふつうは三百六十五日、一年は十二ヶ月と決まっていますが、『時』の流れる早さは微妙に違っていて、十二月は他の月とは違うスピードで流れるような気がしてなりません。
一年を十二ヶ月に区切った先人の知恵は、月の満ち欠けから生み出されたものでしょうが、一年を生きる上で、実に大きな働きをしているように感じます。もし、一年に「月」という区分けがなくて、三百六十五日を通しで過ごすとなりますと、一年は、何とも変化に乏しいものになったような気がします。
「今日は、令和六年の三百三十六日か・・」などと言い出しますと、少々悪ふざけが過ぎるかもしれませんが。

お陰様で私たちが頂戴している十二ヶ月には、それぞれ顔を持っているように思います。
一月には一月の顔が、二月には二月の顔が、そして、三月以降も同様で、季節を反映したり、行事に彩られたり、時には、それぞれの私的な事情なども影響を与えます。そうした中で、十二月は、一年の終りの月ということもあって、他の月とは少し違う顔を持っているような気もします。
十二月のことを師走と呼ぶことがありますが、こうした異名は各月にあります。十二月の場合も、少し調べるだけでも十個を遙かに超えます。幾つか挙げてみますと、「師走(シワス)」「極月(ゴクツキ)」「暮来月(クレコヅキ)」「春待月(ハルマチヅキ)」「限月(カギリツキ)」「弟月(オトトツキ)」「親子月(オヤコツキ)」など、まだまだあります。読み方も数種類あるようですが、意味の分りにくいものもあります。
例えば「師走」ですが、現在の私たちは、「普段ゆったりとしている師(僧侶または先生)でも、十二月になると忙しく走り回るから」といった意味で理解しているのがほとんどですが、実は、平安時代の頃には、すでにこの言葉の語源は不明だとされていたようなのです。
「弟月」も、いくつかの説明がされているようですが、「一年で一番末の月だから」というのには納得出来ます。
「親子月」も同様ですが、「旧年十二月を親、新年一月を子と見たてて」と言われるとよく分りますが、「十二月は星が多く見える時で、月を親、星たちを子と見たてて」と言うのもあり、私はこの説明が好きです。

少々くどくなりましたが、複数の名前や性格を持っているのは、何も「月」に限ったことでなく、物や人や自然現象などにも多く見られます。ダイナマイトなどもそうですし、私たちの命の古里ともいうべき海もそうでしょう。 
中でも人間様は、顔も心も腹も、時と場合によって、二つも三つも持っているようです。名探偵などは変装上手ですし、かの江戸川乱歩氏の名作には怪人二十面相が登場しますし、寄席芸に至っては、百面相さえ演じられます。
政治家などは、幾つの顔を持ち、幾つの腹を持っているのか知りませんが、心根などは厚いベールで包み込んで、幾つもの顔とそれと見せない腹芸を駆使できないことには一丁前の政治家とは言えないのかもしれません。

私たち自身も、時には、顔も心も腹も変化しているようです。
あまり激しく変化する人とは、お近づきになりたくないような気もしますが、まったく変化しない「一本気」というのも、付き合いにくいものです。
観音様は、衆生を救うためには、姿を変えて現れるといわれていますから、顔や姿を変えることは、必ずしも良くないことではないのですが、近しい人との間では、あまり揺れ動くことのない付き合いをしたいものです。
ただ、相手には、顔も心も揺らぎはほどほどで、腹芸といえば見え見えの愛嬌程度というのを望むのですが、さて、自分自身の方はといえば、「こんな仕打ちを受けて、にっこり笑えというのか」という気持ちを抑えるだけの表情も腹芸も、もちろん心根も持ち合わせていないのですよ、ねぇ・・・。

( 2024.02.08 )

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エンゲル係数の理論内に収まる生活 ・ 小さな小さな物語 ( 1831 )

2025-03-11 11:31:28 | 小さな小さな物語 第三十一部

「再生エネルギーが電気代高騰の一因」という記事を見ました。
この数年、原油などの価格高騰、円安などにより、電気料金やガス料金が高くなっています。年々厳しさを増す猛暑は、家庭の光熱費負担をさらに厳しくしています。政府は、電気料金などに補助金を実施したり、終了しては復活させたりと、何とも一貫性のない施策を繰り返しています。
私たち下々の苦しい生活を少しでも緩和させようと政府も腐心されているのでしょうが、その電気料金の中に「再生エネルギー賦課金」が、そんな施策をあざ笑うように増加しています。
地球温暖化云々と言った遠大な課題のため、再生エネルギーの比率を高めていかなくてはならないという事のようですが、そのコスト増を使用者に分担させるという手段は、うっかりしていると合理的なように感じてしまうのですが、何だか変なような気もします。

先日、「今年の7~9月のエンゲル係数が29.3%になった」と言った記事が出ていました。
わが国のエンゲル係数は、2001 ~ 2014 の間頃は概ね23%程度、2015 ~ 2019 の間頃は概ね25%程度、2020 ~ 2022 の間は27%前後、そして、直近では、30%に向かって順調に増加中です。
「2%の物価上昇」という立派な目標をかかげて下さったおかげで、エンゲル係数は見事なまでに順調に増加しており、私たち下々の生活を圧迫してくれています。ただ、今から60年ほど前のわが国のエンゲル係数は38%程度だったというデーターがありますから、30%程度は十分堪えられるので、どんどん値上げいたしましょう、という意見をお持ちの人もいるのでしょうねぇ。

エンゲル係数というのは、1857 年に、ドイツの社会統計学者であるエルンスト・エンゲル氏が発表したものです。えんげるの法則とも言われますが、一般に、家庭の総支出のうちの食料費支出の割合が、低いほど生活に余裕があり、高いほど生活が逼迫しているというものです。
国家や民族や生活様式によっても差があるでしょうし、当時に比べて現在は、例えば通信費などの比重が増えるなど消費内容は変化していると思われますが、エンゲル係数の理論は今も健在のようです。
もちろん、食費関係の支出よりも、生活の余裕度を示す指数はあると提唱された方もいるようですが、わが国では、この種の統計では、エンゲル係数より有力な指数はないようです。
そういえば、再生エネルギーのコスト高分を国民に分担させる一つの原因は、エンゲル係数を低く見せるためではないかとも思うのですが、これは「げすのかんぐり」でしょうね。

私たちの日々の生活は、係数を気にして生活しているわけではありませんが、国家のさまざまな施策は、こうしたデーターに基づいて立案・実施されているのだと思うのですが、多くの国民を対象とする制度は、どうしても不具合・不公平な面が発生してしまいます。
「103万円の壁」が話題になり、まるで鬼の首でも取ったようなつもりで検討が行われているようですが、単純に「178万円]に引き上げたりすれば、新たな障害が多出するはずです。
また、生活保護制度は、わが国の国民にとっては最後とも言える「安全ネット」だと思うのですが、実は、それより明らかに厳しい条件下で生活している人が少なくないはずです。そうした人の数を政府は把握しているのでしょうか。社会は適切な手を差し伸べているのでしょうか。
先に述べましたエンゲル係数は、生活が苦しいほど高くなる傾向があるのは確かですが、ある限界を超えますと、その指数は低下を始めます。「飲まず食わず」という生活を強いられますと、エンゲル係数は低下するのです。
この国に生れて、この国で懸命に生きている人の誰もが、「エンゲル係数の理論内に収まる生活」が保てる社会でありたいと願うばかりです。

( 2024.12.05 ) 

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未熟な未熟な四字熟語 ・ 小さな小さな物語 ( 1832 )

2025-03-11 11:30:11 | 小さな小さな物語 第三十一部

「四字熟語は四字熟語か?」という見出しを何かで見た記憶があります。
四字熟語については、当コラムでも何回も使わせていただかせていますし、ある時期にはかなり熱心に勉強したこともありました。
もちろん、それらの多くを記憶しているわけでもなく、その意味もうろ覚えのものがほとんどですが、何かの折に、ふと思い浮かべ、引用するなどして利用させてもらっています。
四字熟語や名句や語源などを集めた本などを何冊も読んだはずですが、その中に、「四字熟語」について説明されている物はなかったような気がします。

「四字熟語」を辞書で調べてみますと、「漢字四字で構成される成句や熟語」とあります。
それでは、成句や熟語とは何かとなりますと、その意味を調べますと、ますます複雑になり「四字熟語を定義すること」は簡単なことではないようです。つまり、絶対必要な条件は「漢字四つ」ということのみで、それ以外の「成句や熟語」の部分は、狭苦しい条件で縛り付けるべきではないような気がします。
そう考えますと、「四字熟語も四字熟語」ということになりますが、四字で表現される言葉はまだまだ増えていくでしょうから、「まだ完成途上の未熟な四字熟語」ということではないでしょうか。

そう考えますと、「民主主義」という言葉もよく似ているような気がします。
「民主主義」の語源は、ギリシャ語の「人民」と「権力」という語を結合させたものだそうです。
その意味するところは、「権力は人民に由来し、権力を人民が行使する」という考え方であり、そうした政治形態を指します。そして、基本的人権・自由権・平等権、あるいは、多数決原理、法治主義などがその目指すための手段と思われます。
第二次世界大戦において、イギリスを勝利に導いたウィンストン・チャーチル元首相は、「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」と述べたと伝えられています。この言葉は、「民主主義こそが最良の政治体制だ」と述べていると説明されることが多いですが、少し違うような気もします。
確かに、チャーチルというお方は皮肉な物言いが多かったそうですが、この言葉の場合、「民主主義が最良」と言っているのではなく、「民主主義は最悪だが、これまでの政治体制よりましだ」と言っているのであって、いつの日にか、民主主義を上回る優れた政治体制が登場することを否定しているわけでは無いと思うのです。

欧米を中心に、多くの国々が民主主義政治を目指して来ました。民主主義先進国と言われるような国から見れば、明らかに違う政治体制を取っている国の多くも、自らは、民主主義国家だと主張している所が少なくありません。
それはともかく、この数年、民主主義国家と言われる国々で、その政治体制に綻びのようなものが見えてきているように思えてなりません。例えば、その根幹をなす「多数決の原理」も、多数の支持さえ受ければ品格も何も関係ない、といった風潮が見られることが多く、時には、諸悪を包含した多数勢力も力を持ち始めてます。
チャーチルが亡くなって60年ほどが立ちますが、未だに民主主義を遙かに勝る政治体制は登場してきていません。とすれば、「最悪の中でもまだましな政治体制」である民主主義を育てていくしかないのかもしれません。
つまり、「民主主義」も四字熟語の仲間かもしれませんが、「まだ完成途上の、未熟な未熟な四字熟語」なのでしょうねぇ。

( 2024.12.08 )

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国家の崩壊 ・ 小さな小さな物語 ( 1833 )

2025-03-11 11:28:46 | 小さな小さな物語 第三十一部

内戦が続き、多くの難民を輩出し続け、体制内でも残虐な弾圧政治が行われていたと伝えられてきたシリアのアサド政権が崩壊しました。
内戦は十数年に及んでいると思うのですが、ここしばらくは、ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルとハマスやラヒズボラとの紛争に世界の関心が集まっている感がありましたが、その間隙を突くように反政府勢力が攻勢をかけましたが、わすが12日ほどでアサド政権は崩壊、アサド大統領は家族とともにロシアに亡命しました。
反政府軍によるダマスカス侵攻に当たっては、政府軍の抵抗はほとんどなかったと伝えられています。おそらく、中東問題や軍事の専門家といわれる人たちの中で、このあっけないほどのアサド独裁政権の崩壊を予測した人はいらっしゃったのでしょうか。

新聞などの解説によりますと、これまでアサド政権を支えていた、ロシア・イラン・ヒズボラの三者が、いずれも自分たちの紛争への対処で精一杯で、アサド政権への十分な軍事支援は行えない状態になっていたようです。また、もともとアサド政権を支えている勢力は、人口の1割程度だそうですから、一端崩れ始めると、民衆による支える勢力は極めて脆弱だということになるようです。
現在のところ、反政府軍への政権委譲は武力を伴わない形で進められるように伝えられていますが、アサド政権を担ってきた勢力の一部や、反政府軍といっても、一枚岩ではないようですし、どの程度組織だった統制が確立しているのかも不明ですから、シリアという国家がどのような変貌を遂げるのか、現時点で見通すことは難しそうです。

国家が成立に至るには、さまざまな行程を経ているようです。
わが国などは、地理的な条件もあって、比較的早い段階で国家が形成されたと言えます。神武以来というのは言いすぎでしょうが、飛鳥時代、もう少し下るとしても、平安時代の頃からは、一応「日本国」は出来上がっていたと考えてよいような気がします。
しかし、当時の為政者たちにある「日本国」というのがどういう形体、あるいは範囲と考えていたのか、正しくはよく分りませんが、当時の為政者と、現代のわが国とには相当の差異があるでしょうし、今日の姿に至るには、それなりの歴史があり、言い尽くせないような悲劇が数多く繰り返されています。
その原因は、自然災害もあれば人為的な行動もあり、また、わが国自身による事もあれば、他国からの圧力もあります。それは、逆にわが国が善悪両面で他国に影響している事もあるはずです。

今、シリアが新しい局面に立っていることは確かでしょう。
しかし、新しいスタート地点に立ったと考えるには、あまりにも課題が多すぎるような気がします。政権の崩壊と言っても、今回の場合は国家の崩壊と言っても過言ではないような変化が必要とされているように思われるからです。
例えば、アサド政権下で権力側にあった人々の影響をどう考えるのか。新しい政権作りを進めるとみられる反政府勢力が、幾つかあるとされる集団が協力関係を築くことが出来るのか。さらには、国土の広い範囲が戦乱に荒廃してしまっている状態をどのように復興させるのか。人々が生活出来るだけの衣・食・住をどのように確保するのか。これまで、さまざまに影響を与え、あるいは美味い汁を吸っていた勢力や国々とどう調性を図るのか・・、等々、解放を喜んでいる人々の映像を見ると、心が痛みます。
今、私たちの国では、国会が開かれ、さまざまな討議が行われています。いずれも、私たちの生活を良くするために腐心してくれているのでしょうが、シリアの人々から見た場合、どのように見えるのでしょうか。
恐怖政治と呼ばれるような強権をほしいままにし、他国からの軍事支援を受けていても、国家の崩壊は、私たちが考えているより遙かに簡単に怒ると言うことを、私たちは今少し真剣に考える必要があるように思えてならないのです。

( 2024.12.11 )

 

 

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二人の歌聖 ・ 小さな小さな物語 ( 1834 )

2025-03-11 11:26:36 | 小さな小さな物語 第三十一部

つい最近、万葉集の勉強を始めました。
と言っても、図書館にある万葉集に関係しているような本を、片っ端から読みあさっている程度ですが、これが、なかなか面白いのです。
万葉集は、そのほとんどが万葉仮名を用いて記されていますが、当然ながら私には手も足も出ませんので、ごくたまに私たちがよく目にする読み下しされた物と比べる程度です。
万葉集には4,500首以上もの歌が載せられていますが、そのうちの2,100首ほどは作者不明になっています。
まだ全部に目を通すことは出来ていませんが、パラパラと見ていくだけでも、よく知っている歌や、どこかで見た覚えのある歌が意外に多いような気がしました。実は、万葉集は私たちと案外近い所に存在しているのかもしれません。

それにしても、万葉仮名というのは、実にすばらしい知恵だと思いました。
正確な発生経緯などは勉強していないのですが、要は、古代の日本で使われていた言葉を表記するために、漢字の意味はまったく無視して、音だけを借用して当てはめて表記しているのです。
古事記や日本書紀は漢文が主体として用いられていますが、歌謡の部分などには万葉仮名が用いられています。その事から、当時は、上流階層に限られたのでしょうが、かなり広く用いられていたのかもしれません。しかし、現在の私たちが見ることが出来る文献としては、万葉集が突出している事から「万葉仮名」と名付けられたようです。

万葉集には、現在に伝えられている著名な歌人やドラマの一場面を彷彿とさせるような相聞歌などが数多く登場します。
その中に、柿本人麻呂と山部赤人という歌聖がおります。
この歌聖と称せられるようになったのは、古今和歌集の紀貫之による仮名序の中で、
『 かの御時、正三位柿本人麿なむ歌の聖なりける。
      ( 中略 )
  また、山の辺赤人といふ人ありけり。歌にあやしく妙なりけり. 
  人麿は赤人が上に立たむことかたく
  赤人は人麿が下に立たむことかたくなむありける。 』
と記しており、これを以て後世の人は二人を歌聖と呼ぶようになったのです。
もっとも、貫之は、人麿は「歌の聖」と述べていますが、赤人は「人」と述べていて、歌の技量は同等としているだけで、歌聖は柿本人麿一人だという人もいるようです。
いずれにしても、二人は宮廷歌人として名高い存在であったことは確かのようです。また、貫之は人麿を正三位と述べていますが、実際は、人麿も赤人もその動静は万葉集にのみ残されていて、正史には見当たらないようなので、二人とも貴族ではなく六位以下の官人だったと考えられます。

しかし、二人とも教科書の定番といいたいような歌を詠んでいます。 
人麿 『東(ヒムガシ)の野にかぎろひの立つ見えて かえり見すれば月傾きぬ』
赤人 『田子の浦ゆうち出でてみれば真白にぞ 富士の高嶺に雪は降りける』
(この歌は、新古今和歌集では「田子の浦にうち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ」となっていて、これが小倉百人一首に選ばれています。)
万葉集には、紀貫之が勝手に述べただけとはいえ、歌聖と称される歌人が二人もおり、天皇や皇族や貴族をはじめ、あらゆる階層の人々の歌が載せられています。特に、2,100首にも及ぶ作者不明の作品は、詠み手の俗姓は想像し放題なのです。
それぞれの作者がどのような思いで詠んだのか、その心境や目にした風景を想像することはとても楽しいものです。
『万葉集の風景』というカテゴリーで、出来るだけ多くの歌をご紹介していきたいと思っておりますので、ぜひ覗いてみて下さい。

( 2024.12.14 ) 

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