別当の地位を狙う ・ 今昔物語 ( 28 - 18 )
今は昔、
金峰山(ミタケ・キンプセンとも。金峯山寺。奈良県吉野の霊場。)の別当(最高責任者)をしていた老僧がいた。昔は、金峰山の別当は、その山の一﨟(イチロウ・最長老。一番の﨟が多いこと。「﨟」は出家得度した僧が、一夏イチゲ九十日間修行すること(安居アンゴ)で、その回数の多寡が修業の程度を測る目安とされた。)の者を登用した。最近ではそうではなくなった。
ところで、長年一﨟である老僧が別当を続けていたが、二番目の﨟である僧がいて、「あの別当、早く死なないものか。そうすれば、自分が別当になれるのに」と強く願っていたが、別当はかくしゃくとしていて、とても死にそうもなかった。そこで、この二﨟の僧は、困り果てて思いついたことは、「あの別当の年齢は八十歳を超えているが、七十歳にも見えないほど元気なのに、自分もすでに七十になってしまった。もしかすれば、自分は別当になることが出来ずに、先に死んでしまうこともあり得る。されば、あの別当を打ち殺させたいが、それでは事が明らかになってしまうだろう。ここは、毒を食わせて殺してやろう」と心に決めた。
「三宝(仏・法・僧を指すが、ここでは「仏」の意。)が何と思し召しになるか怖ろしいが、といって他に方法もない」と思って、その毒について思いめぐらすうちに、「人が必ず死ぬ毒は、茸の内の和太利(ワタリ・月夜茸の古名。)という茸こそ一番だ。人がそれを食えばそれにあたって必ず死ぬ。これを取ってきて、美味しく調理して、「これは平茸です」と言って、あの別当に食わせれば必ず死ぬだろう。そこで、自分が別当になろう」と企てた。
ちょうど秋のことなので、自ら人も連れずに山に行って、たくさんの和太利を取ってきた。
夕暮れ方に僧房に帰ると、誰にも見せないで、全部を鍋に切り入れて、とても美味しそうな炒め物に料理した。
さて、翌朝、未だ明けきらぬ頃に、別当のもとに人を遣って、「すぐにおいで下さい」と言わせると、別当はほどなくして杖を突いてやって来た。
この僧房の主である二﨟は、差し向いに座って、「昨日、ある人が立派な平茸を下さったので、それを炒め物にして食べようとお呼びしたのです。年を取りますと、このような美味い物が食べたくなるものです」などと話すと、別当は喜びうなずいて座っている。そこで、飯を炊き、あの和太利の炒め物を温め、汁物にして食わせると、別当はたくさん食べた。二﨟は本当の平茸を別に用意していてそれを食べた。
すっかり食べ終えて、湯など飲んだので、二﨟は、「うまくいった」と思い、「今に食った物を吐き出し、頭を痛がって暴れ回るだろう」と、待ち遠しく見ていたが、まったくその気配がないので、「どうしたのだろう」と怪しんでいると、別当は歯もない口元を少し微笑ませて、「長年、この老法師は、これまでこれほど美味く調理された和太利を食べたことがありませんなあ」と言って座っているので、二﨟は「さては和太利と知っていたのだな」と思うと、驚いたどころの話ではなかった。恥ずかしさに何も言えなくなり、奥に引っ込んでしまったので、別当も自分の僧房に帰って行った。
なんと、この別当は長年にわたって和太利を好んで食べていたが、あたることのない僧であった。それを知らずに謀ったが、すっかり当てが外れてしまったのである。
されば、毒茸を食っても、まったく当たらない人もいるのである。
この事は、その山に住んでいる僧が語ったのを聞き伝えて、このように、
語り伝へたるとや。
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