雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

武者の心映え ・ 今昔物語 ( 25 - 12 )

2017-08-13 08:37:06 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          武者の心映え ・ 今昔物語 ( 25 - 12 )

今は昔、
河内前司 源頼信朝臣という武者がいた。
東国で良い馬を持っていると聞いた人のもとに、この頼信朝臣が馬を譲ってもらえないかと使いを行かせたところ、馬の持ち主は断りかねてその馬を都に上らせることにした。
ところが、その道中で、ある馬盗人がこの馬を見て、どうしても欲しくてたまらず、「何とかして盗もう」と思って、密かに後をつけていたが、この馬について都に向かっている武士たちは隙を見せることがなかったので、盗人は道中では盗むことが出来ず、京まで後を追って上ってしまった。
馬は無事京に着いたので、頼信朝臣の厩に入れられた。

すると、ある人が頼信朝臣の子の頼義に、「あなたのお父上の所に、すばらしい馬が届けられましたよ」と教えたので、頼義は「その馬が詰まらぬ人に貰われてしまうかもしれない。そうならないうちに自分が行って見て、本当に良い馬ならば、わしがぜひ貰ってしまおう」と思って、父の家に出かけて行った。
雨が激しく降っていたが、その馬をどうしても見たかったので、雨をものともせず夕方に訪れると、父は子を見て、「どうして長い間顔を見せなかったのか」などと言いながら、なるほどと気が付いて、「さては、『この馬が来た』と聞いて、『これを貰おう』と思って来たのだろう」と思ったので、頼義がまだ言い出す前に、父は、「『東国から馬を連れて来た』と聞いているが、わしはまだ見ていない。馬をよこした者は、『良い馬だ』と言っている。今夜は暗くて何も見えない。明朝見て気に入れば、すぐに持って行け」と言った。
頼義は、自分から言い出す前にこう言われたので、「ありがたい」と思って、「それでは、今夜は父上の御宿直(オントノイ・警護として泊ること)を勤めまして、明朝拝見いたします」といって、泊ることになった。
宵の内は雑談などして過ごし、夜が更けると父は寝所に入って寝た。頼義も脇に寄って物に寄りかかって横になった。

こうした間も、雨音はやむことなく降り続いていた。
真夜中頃、雨にまぎれて馬盗人が忍び込み、この馬を引き出して逃げ去ってしまった。
その時、厩の方で下人が大声で叫んだ。「昨夜連れて参った御馬を、盗人が連れて行ってしまったぞ」と。
父の頼信は、この声をかすかに耳にするや、近くで寝ている頼義に、「あの声を聞いたか」と呼びかけもせず、飛び起きると同時に着物を引き寄せ裾をはしょって、胡録(ヤナグイ・矢を入れる武具)を掻き背負い、厩に走って行って、自分で馬を引き出して、そこにあった粗末な鞍を置くと、それに乗ってただ一騎で関山(セキヤマ・関所があったことからの呼称で、逢坂山のこと。)に向かって追って行った。
心中で、「この盗人は、東国の奴で、あれが名馬だと見て、『盗んでやろう』と後をつけてきたが、道中では盗むことが出来ず、京まで来て、この雨にまぎれて盗んで逃げたのであろう」と思い定めて、このように追って行ったのである。

一方、頼義も下人の声を聞いて、父が考えたのと同じように判断して、父に様子を告げることなく、まだ昼の装束のままで寝ていたので、起きるや否や、父と同じように胡録を掻き背負って、[ 欠字あるようで、意味不詳な部分ある。]馬を引き出し関山目指して、ただ一騎で追って行った。
父は、「わしの子は必ず追いかけてくるだろう」と思っていた。子は、「わが父は必ず追いかけていて、前を行っているだろう」と思い、それに遅れまいと、馬を走らせて行ったが、賀茂川原を過ぎると、雨が止み空も晴れてきたので、さらに馬を早めていくうちに、関山にさしかかった。

かの盗人は、盗んだ馬に乗り、「もう逃げ切れた」と思ったので、関山の脇の水のある所を、それほど急がせもせず、水たまりをじゃぶじゃぶと音を立てて歩かせていたが、頼信はその音を聞くと、暗くて近くに頼義がいるかどうかも分からないのに、まるで前もって攻撃する場所を決めていたかのように、「射よ。あいつだ」と頼信が叫ぶと、その声が終わるか終わらないかのうちに、弓の音がした。
矢が的中したらしい音が聞こえてきたうえに、走って行く馬の鐙(アブミ・足をかける馬具)が人が乗っていない音がカラカラと聞こえてきたので、さらに頼信は、「盗人は、もはや射落としたぞ。急いで馬に追いつき、馬を取ってこい」とだけ命じると、馬をつかまえてくるのを待たず、そこから引き返して行った。頼信は、馬に追いつき、連れて帰途に着いた。
この騒ぎを聞きつけた郎等たちが、一人、二人と追ってきたのと出会った。京の家に帰り着く頃には、二、三十人になっていた。
頼信は家に帰り着き、ああだった、こうだったといったことは一切口にせず、まだ夜明け前だっので、もとのように寝所に入って寝てしまった。
頼義も、取り返してきた馬を郎等に預けると、寝てしまった。

その後、夜が明けて、頼信が起き出してきて頼義を呼び、「よくも馬を取られなかったことだ。よく射たものだ」などとはまったく口に出さず、「あの馬を連れて参れ」とだけ言ったので、引き出してきた。
頼義が見ると、なるほど、まことに良い馬であったので、「それでは頂戴いたします」と言って、貰い受けた。その上、昨夜は何も話がなかったのに、立派な鞍が置いてあった。夜に盗人を射た褒美と考えてのことであろう。
実に不思議な者たちの心映えである。優れた武者の心映えとはこのようなものなのだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆




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