平成22年4月に訪れた山添村の広瀬。
西迎寺で西国三十三番ご詠歌を唱えていた観音講の婦人たちに聞いていたフクマルサン。
山添村の各地区で行われていると聞いていたフクマルの風習である。
夕方近くになれば村の人が火を点けた竹の松明を手にしてやってくる。
その場は名張川の川堤だ。
フクマルの火点け場で松明の火を持ってきた一束の藁に移して燃やした。

持ってきた半紙に包んだ洗い米を土手に供えて東の方角に向かって拝む男性はYさん。
そこに現れたもう一人の男性はNさん。
同じように松明の火を藁に移して東と南の方角に向かって拝む。

Nさんは洗い米を竹筒に入れて供えた。
それぞれの家の作法が違うようだと顔を合わせて話す両人。
フクマルサンを終えて家に戻るときも火を点けた松明を持って帰る。
その際に唱えた「フクマイリ コッコー」。
「こんな感じや」と云ってNさんが唱えた「フクマイリ コッコー」は3回。
上の組と下(しも)の組の2か所両地区で行われている広瀬ではフクマルサンをフクマイリと呼んでいる。
家に戻れば開けていた蔵の戸を閉める。
「フク(福)」を蔵に納めたということである。
松明の火はオクドさんの火焚きに点けると話すNさん。
1月7日は山の神へ参るという。
まだ陽が昇らない時間帯の4時から5時頃。
カシまたはハゼの木を掛けてカギヒキをする。
その際には「エッサッサー」と掛け声を掛けるそうだ。
家の男の人数分の石を入れた藁の房とか、木で作ったナタも供える山の神を拝見するには難しい時間帯である。
(H24.12.31 EOS40D撮影)
西迎寺で西国三十三番ご詠歌を唱えていた観音講の婦人たちに聞いていたフクマルサン。
山添村の各地区で行われていると聞いていたフクマルの風習である。
夕方近くになれば村の人が火を点けた竹の松明を手にしてやってくる。
その場は名張川の川堤だ。
フクマルの火点け場で松明の火を持ってきた一束の藁に移して燃やした。

持ってきた半紙に包んだ洗い米を土手に供えて東の方角に向かって拝む男性はYさん。
そこに現れたもう一人の男性はNさん。
同じように松明の火を藁に移して東と南の方角に向かって拝む。

Nさんは洗い米を竹筒に入れて供えた。
それぞれの家の作法が違うようだと顔を合わせて話す両人。
フクマルサンを終えて家に戻るときも火を点けた松明を持って帰る。
その際に唱えた「フクマイリ コッコー」。
「こんな感じや」と云ってNさんが唱えた「フクマイリ コッコー」は3回。
上の組と下(しも)の組の2か所両地区で行われている広瀬ではフクマルサンをフクマイリと呼んでいる。
家に戻れば開けていた蔵の戸を閉める。
「フク(福)」を蔵に納めたということである。
松明の火はオクドさんの火焚きに点けると話すNさん。
1月7日は山の神へ参るという。
まだ陽が昇らない時間帯の4時から5時頃。
カシまたはハゼの木を掛けてカギヒキをする。
その際には「エッサッサー」と掛け声を掛けるそうだ。
家の男の人数分の石を入れた藁の房とか、木で作ったナタも供える山の神を拝見するには難しい時間帯である。
(H24.12.31 EOS40D撮影)