マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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確定申告訂正申告in奈良税務署

2016年09月14日 11時10分47秒 | メモしとこっ!(確定申告編)
東京のS出版社から支払調書が郵送された。

大柳生の太鼓踊り写真の掲載料である。

27年度分の確定申告は4日前に綺麗さっぱり提出していた。

届いた支払調書のことはすっかり忘れていた。

振り込まれたのはいつか思い出せない。

預金通帳を見れば昨年の9月に振り込まれていた。

間違いなく27年度分だ。

申告は済ませているからどう対応していいのか判らず、奈良税務署に電話をした。

電話口で返答する答えは確定申告したときの控えと支払調書をお持ちいただいて追加の訂正申告をしてくださいというアナウンスだ。

その手続きはいつまでしなければならないか。

確定申告期間の3月中旬までだが、すでに申告済みであれば急がねばならない。

提出しているから税務署処理が始まっているかもしれない。

還付金がでるならなおさらだ。

そう思って動きだす。

訂正申告の場は県庁付近にある奈良税務署。

固有の駐車場はない。

すぐ傍には県庁の駐車場があるが、税務署行きの利用は避けてくださいとある。

ぐるりと旋回して文化会館前の筋を入る。

そこにはコインパーキングがある。

短時間で終わると思ってそこにしたが、満車だった。

よくよく見れば隣に新しくできたコインパーキングがある。

なんでも2月3日までは1時間で100円。

翌日以降はなんと、なんとの値上げで1時間が400円。

4倍増しである。

ここは税務署下にある登大路町パーキング。

他の場所であれば遠くなる。

身体の具合を考えて新設したコインパーキングに停めた。

税務署玄関を入れば職員がおられる。

事情を伝えれば署内ではなく、特設会場を案内される。

ドアを開ければ署員に申告者が大勢。

ここでも事情を伝えたら並んでくださいという。

行列人数はそれほど多くない。

十数人だ。

これなら早いと思うが立ち並び。

椅子は用意されていない。

行列ができるラーメン店ではないが立ち行列なのだ。

行列待ちしていた男性は見覚えがある。

思いだした。

二条町佐紀神社の行事で度々お世話になった二老さんだ。

電車で二駅の近さであることから、毎年の申告は税務署にしているそうだ。

立ち続けて待つこと45分間。

ようやく税理士さんの審査に呼ばれたが、ここでも立ち状態だった。

事情を伝えて受け付けた書類は1件。

「訂正申告」の赤字を記された。

書類審査を終えたらe-TAXのパソコン待ち。

ここでも立って待つ。

利尿剤が利いて席を離れたいが、どうすることもできない。

辛抱するしかない。

ようやくパソコン対応の席につく。

ここでも立っての作業。

身体は目まいを起こしそうになってきた。

お年寄り、身体障がい者の人たちであれば、税務署はどう対応するのであろうか。

番号付きの整理券を配って待つ仕組みを考えてほしいと思った次第だ。

慣れている申告者は入力担当者を置かずに自分自身で入力をする。

一定の申告、例えば年金収入だけであるなら簡単で覚えやすいが、私の場合は申告内容が毎年替わる。

替わる度に面食らう。

そんな状況であれば、署員に審査してもらって、入力もお願いするのが誤りもなくきちんとできる。

そう思うのだ。

今回は一旦、申告したものの訂正。

例外な申告はややこしいパソコン処理になるであろうと思った。

事情を伝えて訂正処理をしていただく。

担当者は「控え」を一つ、一つ確認しながら入力される。

入力って、あれぇ、である。

4日に申告したデータはオールクリアー。

空っぽなのだ。

給与、年金、雑収入、社会保険、生命・損害保険まですべての項目に亘って入力する。

以前に入力したデータはリロードされないから、手間はかかるし、精査に時間がかかる。

案の定、一時所得は忘れそうになった担当者。

横でじっくり確認していた私は見逃さない。

新規入力するよりも確認に時間がかかってしまう。

是非ともシステムを改善してほしいと願うのは私だけではないと思う。

例えば自宅のパソコンでe-TAX入力した人なら、判るであろう。

「また、入力せなあかんやないか」と怒りがこみ上げてくると思うのだ。

再入力は扶養家族まである。

おかげさんですべてを終えるには待ち時間も含めて2時間弱になった。

停めた駐車場の時間は午後1時46分から午後3時41分の利用料が800円になった。

バス、電車であれば往復で960円。

若干の差がでたが車の方が時間的ロスも少なく選択は正しかったと思う。

それはそれでいいのだが、訂正前と後での還付金差はたったの765円だった。

(H28. 2. 8 SB932SH撮影)

確定申告in奈良県立図書情報館

2016年09月14日 11時02分47秒 | メモしとこっ!(確定申告編)
今年も確定申告の時期がやってきた。

申告場所は奈良県立図書情報館。

今年は例年より早めの2月2日から5日までの期間になった。

しかもだ。

これまで申告会場に斑鳩ホールもあったが、今年はないという。

混み合う時間も考えて昼までには着いて受付を済ませたいと考えていた。

今回の日程を知ったのは天理の病院に通院しているときだ。

近鉄電車の郡山駅に案内があった。

年度が間違ったと思うくらいに早くなっている。

だが、提出する添付書類が一通遅れ。

勤務先の源泉徴収票である。

今年は入院・通院もあったことから勤務ができない身体。

しかも車は運転できない身。

近鉄筒井駅に行くには通院日に合わせようとした。

予めに電話をした勤務先。

なんでも1月末にならんと書類ができないというのだ。

税理士さんの話しによれば今年度にマイナンバー制度が始まった。

その関係で勤務先では『平成26年分 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書』の提出にマイナンバーを告知しなければならない。

このことは前年11月末に申告していた。

話しによれば、マイナンバー制度は確定申告においても告知しなければならないそうだ。

ところが未配達の地域もあることから今回の確定申告では間に合わず、来年度回しとなった。

それはともかく収入関係の書類を整備していたときに気がついた。

私は年度ごとに確定申告の前後にエクセル表を用いて記録をしている。

前年度はどのような申告であったか、すぐに思いだせるようにしている。

それを開いたときだ。

「平成27年度確定申告要注意事項 アフラック介護保険解約払戻金額支払金額云万円」に支払日が平成27年1月15日のメモがあった。

思いだすに、支払い証書が届くと思っていたのだ。

それから待ち続けていたが、すっかり失念していた。

かーさんが云うには届いていないか、届いても意識せずに廃棄したのか、まったく記憶にない。

一時的な収入は金額の多寡とは関係なく税収計算される。

万が一、確定申告をしないとすれば、保険会社が支払った税収は当該の税務署に通知されるはずだ。

30年ほど前のことだ。

子供が生まれるので出産費用を捻出するに保険を解約したことがある。

知らずに放置していたら、税務署から債務支払いを求められた。

それも重加算税を支払うはめになった。

今回はそういうこともあって書き留めていた。

一時所得に計算式がある。

結果の金額が20万円以内なら申告は不要とネットにあった。

その計算をするには解約までに支払っていた保険料が要る。

その保険に入ったことも解約したときも判る。

月数と年数を計算して月額保険料を掛け算すればある程度判る。

そう思って計算すれば妥当な金額になった。

しかも20万円を切る額だ。今回の確定申告はこの件をクリアーしなければならない。

ただ、身体が思うように動かないから、医療費控除の集計はできなかった。

できなかったというよりも、する気が起こらなかったのだ。

その要因は一つある。

収入は少ないし、所得税が関係する収入はない。

給与収入はアルバイトの身。

所得税はない。

なければ医療費控除の対象となる税がないから提出しても無用なこと。

収入はそのアルバイト収入に年金収入が主だ。

他に雑収入として講演料と写真掲載料がある。

これらは源泉されているので、返ってくる余地はある。

厚生年金の公的年金には源泉がないが、企業年金には源泉がある。

これらは確実に還付されるはずだ。

生命保険、損害保険など社会保険も提出するが、これもまた所得税がないものだから無用な手続き。

ただ、国民健康保険料の支払いなども含めて、市民税や県民税の算定に活かされると聞いている。

だから確定申告に添付提出する。

問題がありそうなのは解約した返戻金だ。

奈良県立図書情報館に着いたのは11時半だった。

受付で貰った整理番号は347番。

すでに346人も申告をしにきていたのだ。

受付整理番号をもらって椅子に座る。

現在の呼び出し番号は290番だ。

57人もの人が待っている。

347番の呼び出しがあった時間は12時15分。

45分も待ったわけだが、ほんまの呼び出しはそれから5分後の12時20分だった。

実は57人の人たちが順番に待っていたわけではない。

番号を呼び出しされても人物が現われないのだ。

何人もの整理番号が飛んでいく。

おそらく、今回の申告受付対象でない土地・建物・株式等の譲渡・収用、相続税・贈与税、住宅借入金特別控除などなどであろう。

それらは直接、税務署で取り扱う項目。

番号整理表にも書いてあるし、会場も。

しかも、会場で待っている人に向けて何度も何度も繰り返す注意事項。

対象となる人たちがそのアナウンスを聞いて会場を出たのであろう。

呼び出しを受けて税理士さんが待つ席に行く。

毎年のことだが、よろしくお願いします、である。

一番気がかりだった保険の解約支払金の処理である。

何十年にも亘って支払った保険料の総額は正確でないといけないという。

電話で応えてもらっても構わないという。

その金額が判明すれば確定申告はできる。

ただ支払い証書は要るということだ。

保険会社が発行した『解約手続き完了のお知らせ』が手元にある。

それには保険の種類、証券番号、契約日(平成3年1月1日)、契約者、被保険者、振込先口座、支払日(平成26年1月15日)、手続き完了日(平成25年12月31日)、払戻金額、支援金・祝金額、未経過保険料相当額、遅延利息金額だ。

その通知には問合せ専用の電話番号も書いてあった。

いわゆるコールセンターだ。

その場で、どうぞ連絡して正確な保険料を教えてもらってくださいという税理士さん。

時間がかかると思われる緊急対応に申しわけない。

コールセンターに指示される通りに所定の番号を押す。

なんと、一回で繋がった。

一般的にはかかることがまずないコールセンター。

それが一回でヒットしたのだ。

たぶんに昼の時間帯。

問い合わせが少なかったかも知れない。

お願いした問い合わせを電話口で伝える。

現状の場の伝える急ぎの問合せ。

どうやら担当が違ったようだ。

選んだ番号を聞き誤ったのか、担当が違う部署に繋がったようだ。

話しは判りますので、直接担当する部署に繋ぎますが、最悪は午後5時になりますが・・・と云う。

それは待っておれない。

今、この時点で回答して欲しいのである。

それならば、ということで担当直通の電話番号を教えてもらった。

その番号を携帯電話で番号プッシュ。

プルプルと鳴って担当者がでた。

先ほどと同じことをこの担当者にも繰り返すように伝える。

問い合わせの支払い保険料は判りますのでお待ちくださいという。

しばらく待った電話口から伝えられた保険料の総額。

これはこれで今日の確定申告は手続きを進められる。

もう一つ必要なのが支払い証書だ。

話しのやりとりからどうやら定型はないような感じで受け取った。

調べてから後ほど連絡させてもらいますと云われて電話を切る。

回答があった保険料で再計算する。

当然ながら、若干の誤差があった。

問い合わせしている時間帯の税理士さんは提出書類の検証をされていた。

特に不備はないということだ。

念のために伝えた医療費控除。

身体の具合で整理できなかったと話せば、それは来年度のときに2年度纏めてできるというのだ。

ありがたいお知らせである。

このときの時間帯は午後1時。

ずいぶんと待ってもらった税理士さんに慰労の言葉をかけた。

昼食も摂らずに待ってもらって申しわけない。

次はパソコン入力。

椅子に座って待っている人数は30人ぐらいだろうか。

おそらく私が受け取った整理番号よりも後続の人たちだと思う。

すべてを終えて提出した時間は午後1時55分。

駐車料金は200円だった。

(H28. 2. 4 SB932SH撮影)

すがきやらーめん

2016年09月13日 09時56分49秒 | あれこれインスタント
ここにもあった「すがきやらーめん」の袋めん。

和風とんこつは2食入りだが裏面に表記された塩分含有量を見て悲しくなった。

一般の人は塩分量など意識もせずに買っていくだろうと思う。

心臓病患者でなければ私も買って食べているに違いない。

すがきやらーめんは名古屋が発祥の地やったと思う。

子どものころだった。

市場で買ったという断定的な記憶はないが棒ラーメンも食べていた時代だったと思う。

棒ラーメンは今でも売っているマルタイの棒ラーメンだ。

懐かしさを覚えるすがきやらーめんが売っている店はアピタ系。

大和郡山に店舗がありそこで売っているすがきやらーめんは知っている。

東京に住む前会社勤めのときの後輩。

後輩といっても随分とお若い女子職員。

入社直後にお連れした十津川村。

今でも覚えているようだ。

彼女のFBに突然のごとくに登場したすがきやらーめんに反応して、この日の買い物に立ち寄った奈良市大安寺町にあるイオン系ビッグ・エクストラスーパーの売り場を紹介した。



ここでは袋めんどころか店内に調理して売っている場もある。

意識していれば見つかるものだと思った。

(H28. 2. 4 SB932SH撮影)

琴平製麺所讃岐うどん本舗大宮店ぶっかけうどん

2016年09月13日 09時26分23秒 | 食事が主な周辺をお散歩
この日は確定申告。

間違いなく昼時間は越すだろうと思って出かけた。

思った以上に時間がかかって提出した時間は午後1時55分。

どこか、近くの食事処はないものか、動きだす。

図書情報館より北の筋。

そこら辺りや東側に何軒かあることは知っている。

そう思って動きだせば、すぐに見つかった琴平製麺所讃岐うどん本舗の看板。

うどんでお腹を満たしたいと思って入店した。

琴平製麺所讃岐うどん本舗は大和郡山市内にもある。

何度か入ったことはあるが、最近は食事する時間とタイミングが合わずに月日が流れていた。

入口付近に張っていたうどんメニュー。

同じ金額のかけうどんや釜あげうどん、ざるうどんよりも私が選ぶのはぶっかけうどんだ。

並で280円。大では百円アップの380円。

これで十分と思って決めた。

レーンに並んでメニューを伝える。

冷か温か。

迷うことなく冷である。

そのほうがコシの強さがよく判る。

調理していた男性もそう云った。

ぶっかけうどんは麺屋さんのクオリティが如実に判るメニューだと思っている。

つまりは基本形。

きつね、肉、カレー、おろし、とろ玉、釜玉、釜バターなどなどあってもうどん本来の旨さは伝わらない。

シンプルであればあるほど本質が判るというものだ。

もちろん高くなるということもあるのだが・・・。

シャシャッと湯切り、冷水に浸して出来上がり。

レーンに美味しそうな副食がある。

なんとなく食べたくなった120円のイナリ寿司と100円紅ショウガの天ぷらを加えたセットになった。

これだけあって税込500円。

お腹具合を満たす以上に買ってしまったのは確定申告が無事に終わったというご褒美だ。



始めの箸は当然のごとくのぶっかけうどんだ。

ひたひた出汁に天かすや刻みネギもトッピングしたぶっかけうどん。

出汁もそうだが、弾力のあるコシが強い麺が旨いのだ。

ぶっかけうどんに刻み海苔を盛っていた。

そこにはあまりみかけないモノがある。

1/4に切ったスダチである。

なるほど。

スダチを絞って喰うということだ。

指で摘まんだスダチを絞る。

ポロっとタネが器に落ちた。

なんとかせねばがっつりいただくうどんに混じって喉に入ってしまう。

箸で摘まんで取りだそうとするが、上手くできない。

箸が滑るのだ。

この箸は遣いにくい。

私が一番に好まない塗り箸である。

どこかの店も塗り箸があったが、ツルツル滑るので食べにくいのだ。

麺だけにツルツルではシャレにならんな。

それはともかく味も麺もお気に入り。

スダチを入れたらさぱり味。

これもまた良い味であるが、出汁は何を使っているのか判らなかった。

うどんを適度に食べてイナリ寿司や紅ショウガ天をほうばる。

紅ショウガ天は関西特有の味覚品。

関東では絶対味わえない。

ある関西のテレビ番組で紅ショウガ天がどの地域に売っていたか調査した。

記憶は曖昧だが西は赤穂辺り。

東は近江あたりだったろうか。

それはともかくイナリ寿司の味にはまいった。

イナリのアゲサンは薄味でしかもジューシーさがない。

寿司飯はこれもまた、申し訳ないが不味い。

味がないのだ。

スーパーで売っているイナリ寿司のほうがもっと美味いと感じた。

ちょっと研究されたらどうか、と思った。

(H28. 2. 4 SB932SH撮影)

天理ステーションストアの信華楼の焼きそば

2016年09月13日 09時15分08秒 | 食事が主な周辺をお散歩
先月の通院日に立ち寄った天理駅。

ここはJR桜井線もあれば近鉄の天理線もある天理駅。

JR高架下に商業スペースがある。

観光案内所もあればコンビニもある。

昼食に最適な店はないものかと探してみる天理ステーションストア。

JR天理駅改札口より南に歩いてすぐの処にあった。

ストアの外に立て看板があった。

中華料理屋の立て看板にはラーメン一杯400円が書いてあった。

焼き餃子は何個であるか判らないが350円だった。

どんな処なのか一度は見ておこうと思ってドアを開けた。

そこにあったのはお肉屋さん。

揚げたてコロッケを60円で販売していた。

欲しいと思うが帰路に立ち寄る場を考えて買わなかった。

奥に入れば餃子専門店がある。

店名は天雅。

7個で350円の餃子を売っていた。

後日、拝見したネットによれば人気店のようだ。

辺りをざっと見渡して思った寂れた感。

時間帯などを考慮しない通院日に利用するかもしれないと思って立ち去った。

それから一カ月後の今日だ。

診察を終えて天理駅に着いたのは午後12時半だった。

一杯400円のラーメンを味わってみたいが、心臓病には大敵のラーメン。

注文するわけにはいかない。

入店を躊躇う。

思いだしたのが中華料理の焼きそばが美味しいということだ。

30云年ぶりに味わった地元の中華料理屋「清珉(ちんみん)」の焼きそばはとても美味かった。

ラーメンが大敵なのは塩分量。

それは麺ではなくスープにある。

インスタントであろうが、袋麺であろうが、冷凍食品であってもとにかくスープにたっぷりある塩分。

それが心臓病の敵なのだ。

その点、焼きそばはスープがない。

塩分含有量は比較するに至らないほど少ない。

これだと思って入店した天理ステーションストアの中華料理は「信華楼(しんかろう)」。

席に着くなり焼きそば普通盛りを注文した。

店主が作る鍋の音が聞こえてくる。

中華料理特有の鍋音は刺激的で食欲をそそる。

頼んで5分後。

テーブルに配膳された。

焼きそばの香りが漂う。

美味さの証拠が立ちあがって鼻に吸い込まれる。



見た目はシンプル。

鮮やかな色彩はない。

炒めた具材はハクサイ、キャベツ、キクラゲ、豚肉であろう。

箸にのせてガッツリいただく。

まま美味い中華料理味。

麺はどちらかといえば、市販袋いりの中華そばのように思えた柔らかめ。

麺の判定が間違っていなければ、麺替えしてほしい。

何がって。どこのスーパーでも売っている焼きそば麺でいいのだ。

その麺であればもう少し硬めになる。

具材に特徴がある。

ハクサイは甘く、キャベツが苦いのだ。

特に太めの芯が苦い。

「清珉(ちんみん)」の焼きそばはそういうことはなかった。

キクラゲの量はごく普通。

豚肉は少々。

エビもイカもないシンプルな焼きそばであるが、不味くはない。

旨いほうだと思った。

ちなみに400円のラーメンはとんでもない特徴があるらしい。

配膳されたときはフツーのラーメンであるが、徐々に黒く変化するらしい。

メンマも黒くなるラーメン。

心臓病が完治したら試してみたいラーメンだ。

(H28. 2. 2 SB932SH撮影)

気長に待ってみるか

2016年09月12日 08時25分03秒 | むびょうそくさい
一週間経つのが早く感じる。

季節ではない。

通院する心臓リハビリがやってくるのが早く感じるのだ。

前回の先週よりワークロードの上限を上げた。

自宅周辺を歩行するピッチも上げた。

合わせて脚の力の入れ具合もあげたが、苦しさ、しんどさはまったくない。

むしろ、早く歩けるようになって気持ちがいいのだ。

朝8時前後、起床してしばらくは新聞読み。

目を覚ましてから顔洗いにトイレの用足し。

それから朝食になる。

食事を終えるのは朝9時半ぐらいになる。

そうして薬を服用して血圧を測る。

手首に嵌めてスイッチを押す。

じわじわ上昇する。

血圧の上限はだいたいが140前後だ。

さて、脈拍はどうだか。

ほぼ、40拍前後。

毎日が一定の測定値である。

それからようやくパソコンの前に座って溜めていたブログ記事をアップする。

前夜にアップしたFBの記事や写真もブログ用に置き換えて整理しておく。

それらの作業が終わるのは11時過ぎ。

隣の人間国宝さんなど心の清涼剤になっている朝の番組に作業は一旦停止。

それからが歩行リハビリの運動に移る。

最近は距離を伸ばして自宅周辺を一周する1.9km。

すたこらすたこら歩いておよそ27分程度。

帰宅してすぐさま血圧測定。

上限は180前後になっている。

それに合わせてではないが、脈拍は45拍前後。

一昨日なんかは50拍にもなった。

このまま上昇してくれればいいのだが、そういうわけにはいかないわが身の脈拍。

しばらくすればすっかり落ち着いて40拍前後。

安静状態の数値に落ち着くのだ。

そうこうしているうちに昼食時間になる。

昼間の娯楽番組で気を休めながらのパソコン作業は捗らない。

そのうち夕方の時間を迎える。

お風呂や晩飯やというている間にすっかり夜の時間帯。

これで一日を終える繰り返しの毎日である。

この日は心臓リハビリの通院日。

バスや電車を乗り継いで外来棟に向かう。

いつもの通りの受付を済ませてリハビリ室。

血圧測定は139-71で脈拍は39拍だ。

病院に着いても低空飛行の脈拍数に飽いてきた。

この日も準備体操にスクワット運動。

ややキツ目の運動に脈拍が上昇する。

ふっと上がって、ふっと下がるが、上限はだいたいが43-45拍辺りである。

運動することで心臓ポンプが気合を入れる。

回転は早くなってもしんどさはまったくないが、ときおり心電図波形が乱れる。

場合によってはT波から次のP波までがぐちゃぐちゃの乱数のような波形になる。

力強い運動になったときに起こっているようだが、二回りすれば安定する。

その次もいつもの自転車エルゴメーターのペダル漕ぎ。

この日は開始直後からワークを40に設定された。

回転数は60前後。

腕に嵌めた血圧計は129-63。

脈拍は44-45拍辺りだ。

何分間もペダル漕ぎをしているうちに回転数を自力で65に上げる。

司令塔から電気信号を送ってポンプを早める。

脈拍はは46-47拍になった。

疲れ具合はどうでしょうとⅠリハビリ療法士への答えは「まったくない」である。

K循環器医師の了解を得ながら5段上げの45。

負担感はない。

身体はなんとも感じない。

一挙に上げるのは無理を生じさせて心臓に負担をかけるかもしれない。

そう判断されてさらに5段上げ50のワーク。

血圧測定は148-69。

若干の上昇がみられるが範囲内。

ペダル漕ぎの回転数もさらに上げた64前後で脈拍は一時期に50-51拍にもなった。

今回のリハビリにこれまでとの違いがみられる。

それは不整脈の発生状況である。

自宅の脈拍計もそうだが、ハートマークの出現が少ないのだ。

これまでならハートマークは出ずっぱりだった。

それが極端に少なくなった。

Gリハビリ療法士もそう感じておられる。

苦しさ、しんどさがないのは不整脈の発生が抑えられてきたからではないのだろうか。

完全には消えていないのでなんともいえないが、最終のペダル漕ぎでは消える状態が少なくなった。

一回当たりのペダル漕ぎはおよそ28分間。

終わる5分前くらいに疲れが出ていたのかも知れない。

最終の血圧測定は134-68。

脈拍は49拍。

気持ちよく運動を終えた身体に汗がにじむ。

新陳代謝が上がってきたのだと思う。

こうした状態であったリハビリ運動。

ずっと見届けていたK循環器医師にアドバイスを求めた。

運動をしない安静状態の脈拍は40拍前後。

適度な運動をすれば45-50拍に上昇する。

このような状態で心臓ペースメーカーの装着はどうなのだろうかとクエッションした。

答えは様子をみる、である。

医師が知る範囲内の患者さんに40前後で、目まいも発症せず、問題なく暮らしている人がいるようだ。

せめて、でいえば50拍前後の脈拍は欲しいが、気長に待つことも大切。

ペースメーカーの装着は早まらなくてもいいということだった。

ちなみにリハビリ運動が終わった直後の心電図を見た。

P波は出ているし、心室状態を示すQRS波とT波も一定間隔で発信していた。

それにしても毎回思う会計待ち時間。

この日、受け取った整理番号は1397番。

電光表示板は1340番だった。

57人待ちの会計が終わったのは午後3時5分。

天理行のバスが出てしまう。

(H28. 2.23 SB932SH撮影)

負荷運動で心臓ポンプを活性化

2016年09月12日 08時11分50秒 | むびょうそくさい
循環器内科診断を経て心臓リハビリに効果を見いだす。

自転車エルゴメーターのペダル漕ぎは前週より運動に負荷かけることにした。

心臓リハビリは前週より毎週の取り組みとした。

空ける日は一週間後。

次の循環器内科診断は3月8日。

それまでの空白期間を埋めるためにも早めのリハビリ日程を組んでいた。

それだけではなく、自宅でのリハビリも負荷をかけることにした。

自宅周辺を歩くリハビリだ。

距離を伸ばして、速度を早める。

足の踏み込みも力を入れて歩く。

ぐるっと一周して脈拍を計測する。

一周が最大の距離は1.8kmだ。

これを24分間で歩く。

これまでしんどかった坂道はラクラクと登れる。

平坦ならもっと軽やかで足は自然体に前に動く。

足早は軽いのは理由がある。

ヘモグロビンが戻ってきたのだ。

内痔出血がポタポタ落ちるときは体外に血が排出される。

その量が多ければ、多いほどヘモグロビン値が下がる。

下がれば身体はだるい。

腰もだるくなり、足が上がらなくなる。

速度はひょっこら、ひょっこら歩くものだから、遅い。

ヘモグロビン値が12以上になれば身体も気分も軽くなる。

利尿剤を服用しているので、その効果もあって体重は一定の値を示す66.6kg。

ここ四日間の体重で身も心も軽いのだ。

5階の心臓リハビリ室でいつもの通りに受付する。

血圧は138-72の脈拍は40拍だ。

問診には異常を書くものがない。

再来週の予約をとって室内に入る。

始めに栄養学。

難しい話しではなく、心臓病に大敵の一日摂取量の塩分についてである。

脈拍が正常になっても摂取量制限に条件が変わるのだろうか。

およそ7カ月間もラーメンを食べていない。

インスタントであろうが、生タイプであろうが、どれもこれも塩分は6gを越えている。

お店のラーメンにはどれぐらい入っているのか判らないが、いっぺんぐらいよばれたいと思うことしばしばある。

三重県の鈴鹿に住む実弟が云った。

「食べなくてもえーやん」だ。

そうなんだけど、なんだかなぁー、である。

始めの運動は整備体操。

しんどさを感じなくなった整備体操のときの脈拍は一時的に45拍を示す場合もある。

次が伸びるゴム紐を利用するストレッチだ。

ゴム紐は四種類ある。

強い方から黒色、青色、緑色に赤色だ。

前回も強烈な青色のゴムパッチンにした。

反発が強いから力は思いっきり要る。

一時的には70拍を超えたときもあるが、すぐに落ちて47拍辺りをウロウロ。

負荷をかけた運動をすれば間違いなく脈拍が上昇する。

今回もワークを40に上げて負荷をつくる自転車エルゴメーターのペダル漕ぎ。

始めは負担をかけない10。

十数秒後に20。

そして、40に設定をあげるGリハビリ療法士。

主観的身体しんどさメーターはどれくらいと寄ってくる。

まったくしんどさを感じないから主観的メータは「楽」である。

楽々の「楽」でもあるが、気持ち的な負荷を感じるから「楽」でいいのだ。

ワークは40、回転数を一定にしながらペダルを漕ぐ。

60回転にしても「楽」。

このときの脈拍は45拍だ。

「楽」な状態にK循環器医師の診断もあって5段上げの45。

回転数が69で脈拍は50拍だ。

さらにあげてみようということでワークは50。

このときの回転数は67で脈拍は51拍である。

その間の血圧計は170-72だった。

これくらいになれば汗を感じた。

冷や汗ではなく、体感の汗である。

流れるところまでいかないが、身体が火照ってきて顎下に発汗を感じた。

主観的メーターは「やや楽」と「楽」の間ぐらいだ。

負担を感じることも、しんどさも感じないペダル漕ぎだが、筋肉に張りがあるわけでもない平坦道走行のようなものだ。

Gリハビリ療法士が云うには「負荷がなければ一定の間隔で心臓ポンプが動く。運動をすることによって負荷がかかる。そうすることで血流を促進し酸素を送り込む心臓ポンプ。心臓は大きくなって回転数(脈拍)を上げる。」

その状況にあると云う。

これでもか、とこの日の最大値になる55ワーク。

さすがに回転数は63に落ちるも脈拍は53拍になった。

このときの血圧は158-69。

やや落ち着いている。

この調子であれば3月8日に心臓ペースメーカー装着決断は・・と、ペダルを漕ぎながらK循環器医師に相談した。

返答は明言を避けたが、アンカロンの残留は人によって異なるが、3カ月、或は4カ月の場合もあるらしい。

心臓リハビリの状態から云えば、すぐに決断を選ばず、期間を伸ばして待つことを勧められた。

ペダル漕ぎを終えて装着した心電図の波形をじっくり眺めてみた。

鮮明な波形のP波も出ているし、心室状態を示すQRS波とT波も発信していたが、波形間隔(脈拍)は他の患者さんよりも長いのだ。

(H28. 2.16 SB932SH撮影)

確実性を帯びる現状

2016年09月12日 08時07分36秒 | むびょうそくさい
本日か、明日にでも連絡したいと云ったので電話口で待っていた。

いつ電話がかかるかもしれないと思って身動きもとれない。

電話があった10日は夜まで待ったが架かってこなかった。

翌日の11日は祝祭日。

病院は休みなので架かってくることはない。

そして、この日の12日も朝から待っていた。

午後を過ぎても電話は鳴らない。

夕方5時になっても架かってこなかった。

架かってこないということは緊急性がない、ということに違いない。

しかし、だ。

いつ、何時に発症するかもしれない心室細動の言葉に心が震えていた。

突然死という怖さである。

10日に架かった電話番号が残っていた。

たぶんそれであろうと思って試しに電話をした。

電話をする気になったのは私の状況は直ちに手術をすべきなのか、それとも緊急性がないのか、不安を取り除きたかったのである。

納得がいけば、それも定めと思って死を迎えられる。

そう、思って医師の意思を確かめたかった。

午後6時半に架けた電話が鳴った。

受診したのだ。

受話器をとって声が聞こえた。

これこれ、かくかくしかじかで、電話を待っていると伝えた。

電話口から聞こえた声は耳覚えがある。

そう、前年夏に手術前処置をされた主治医のT循環器内科医師だった。

電話を架けると伝えていた医師は只今院外。

戻ってくるのは、夜遅くになるかもしれないという。

伝言をしておくが、気がつくのが遅くなるかもしれないという。

それから30分後の午後7時に電話が鳴った。

Y医師からである。

遅くなって申し訳ないと詫びる医師。

K循環器医師との協議、アドバイスも受けて、私が望むアンカロン錠効果切れまでを重んじてそうすることになったという。

心電図結果によれば具体的な心室細動の状況は発症していない。

恐れがあるということだ。

心電図にあるのはP波とQRS波の間隔だ。

間が広がるときもある。

そういう状態から心室細動の懸念がある。

懸念があるといっても、現実にそうなるのか、ならないのか、誰しも断定できない。

ただ、このまま一カ月後に結論付ける心臓ペースメーカーの対応だ。

ご自身の判断で納得する結論をもって処置をするということだ。

もしかとして一カ月後の診察日までに脈拍が上がるかもしれないということだ。

上がらなければペースメーカーの埋め込みを決断する、ということだ。

ペースメーカーは一旦、装着すれば二度と戻ることはできない。

装着してから後悔してもアカン、ということだ。

装着すれば半年ごとの検査や数年おきの機械の交換など施術をしなければならない。

死ぬまで付き合わなくてはならないペースメーカー生活になる。

できることなら自分自身の身体で元の心臓に戻したい。

誰しもそう思うであろう。

決断日は翌月3月8日の診察日。

我が心臓よ、なんとかガンバッテくれと云いたい。

ちなみにペースメーカーの装着施術は入院を要する。

施術日を前もって決めておく。

実はこの件があって施術日を設定していたとY医師が話す。

これについてはキャンセルしたという。

施術日の前日に入院する。

服用しているワーファリン錠は停止だ。

血液サラサラは施術に相応しくないということだ。

ただ、このワーファリン効果の体内残留具合で施術日が伸びる場合もありそうだ。

施術は数時間。

その日より一週間後に機械の検査を行う。

三日続ける場合もあるらしい。

若い患者さんは5日間で退院する場合もあるが、だいたいが8日~10日の入院期間になるらしい。

(H28. 2.12 記)

残り一か月の猶予期間を待たずにペースメーカー宣告

2016年09月11日 21時20分29秒 | むびょうそくさい
利尿剤を増やして体調に変化が見られるか。

一週間後の診察結果は右へ行くか左へ行くかの選択になるであろう。

そう思っていた。

利尿剤の増強、それを服用したのは2月3日からだった。

その日の体重は前日と同様の71.0kgだ。

4日は70.4kg。

5日は70.2kg。

6日は69.2kg。

7日は68.6kg。

8日は68.0kg。

診察日の本日は67.2kgだ。

日々を送るにつれて減少状態を身体で感じる。

利尿剤のラシックスは0.5増やして2錠にした。

朝に昼に各1錠ずつ服用する。

もう一つは血圧を下げて、なおかつ尿量を増やす25mgのアルダクトンAを昼に1錠服用する。

一週間前までの利尿剤はラシックス1.5錠を朝に一回飲んでいた。

これだけでは効き目がなく、起床直後に測る体重は70.6kg辺りを前後していた。

身体の重みを感じるし、足取りは重たい。

心臓辺りに押さえつけられるような圧迫感があり、深呼吸をすることができないうっ血状態だ。

お腹は張ってキンキンの膨満状態。

お腹を押さえても跳ね返される。

膨満状態では食事をしたくもない。

食欲がわかないのだ。膝から下、足の甲まで浮腫みがある。

悲鳴を上げているように見える履いた靴下の痕。

指で押せば穴ぼこ。凹んだままである。

そのような状態では心臓リハビリのロードワークに負担がある。

ペダルもそうだが、整備体操、ストレッチも力を入れることができなかった。

こうした状態は体内の水ぶくれ。

それを吐きだす利尿剤の効果もあって体重は日々減少した。

その身体で自宅付近を歩くリハビリ運動。

ちょっとした坂では足もあがらない。

のろのろ歩きで一周1.5kmが30分間。

それがなんとなんとで、25分に短縮された。

歩行リハビリは身体的に無理すれば心臓に影響を与える。

負担もかけたくないからのろのろ歩く。

これぐらいが限度だと思って歩行していた。

この日の診察は午前10時半からの採血から始まる。

バス、電車を乗り継いで行こうと思っていたときのことだ。

一旦は止みかけた雨が再び降りだした。

しかも、強い風に煽られて横殴りの雨になった。

乗り換えの際には倒されるのでは・・と思って、急遽決断。

車で行くことにした。運転は止められていたが、私の判断で行くことにした。

脈拍は40拍前後。

運転中にめまいを起こす可能性もあって運転を停止していたのだが、退院後の日常では目まいを発症したことはない。

うっ血状態、浮腫みも症状が見られない。

極めて身体が軽い状態に頭もすっきり感。

万が一、あったとしても我が一人。

そろそろ運転で病院を目指す。

次男が見つけた平日月曜から金曜までの期間が無料の駐車場に着いたのは10時15分ころだった。

同駐車場から徒歩5分ほどで着く外来棟。

ここにも駐車場があるが、朝から昼頃までは満車になる。

外来棟の駐車場を利用する車は道路に待ち行列。

おそらく10分はかかるであろう。

機械受付を済ませて正式な受付をする。

そして、4階の総合受付に移動する。

いつもの通りの血液検査であるが、この日は数分待ち。

いつもなら30分間も待たなければならないが、この日はひっそり状態。

拍子抜けになる。

受け取った採血番号は436。

採血実行中の番号は427だから、待ち行列がいかに少ないかよく判る。

次は心電図検査。この日の診察にレントゲン撮影はない。

溜まった水を検査することもないと判断されたと思う。

その場を介護士さんが、通りがかった。

顔馴染みの介護士さんは僧帽弁成形手術の際に入院した棟の受け持ちだった。

前年の8月15日に退院してからだから、半年ぶりだ。

なんとなく「痩せたんちゃう」と云えば「そうではなく肥えたんですよ」と返す。

そんなことはない、やはり痩せて見えると念押しすれば笑顔になって「痩せたことにしておく」と云いながら患者さんを乗せた車イスを押していった。

心電図検査は待つ時間、検査時間ともそれほど時間をとらない。

レントゲン撮影もそうだが、患者数が少ないのである。

これらを終わって循環器内科の受付。

いつものように診察前の血圧・脈拍測定。

この日は145-78に40拍だった。

血圧を下げる薬を飲んでいるが、一向に効き目が現われない。

内科診察を受ける患者さんは多い。

多いし、時間がかかる。

3診あっても待ち時間はいつも長時間。

予約した時間は12時だったが、結局は30分オーバーの12時半だった。

診察室の前室でしばらく待つ。

診察は主治医のY医師。

心電図の結果でいえばよろしくない、である。

脈拍数は現状維持。

しかも、脈の間隔がときおり広がることもある。

しかも、司令塔が電気信号を発信していないというのだ。

このまま放置しておけば、致命的な状況に陥る。

前年の夏に僧帽弁形成手術をした際に心臓の司令塔なる部分が停止したのだ。

その際に別の司令塔ができた。

それが不整脈を司令するようになった。

その後の12月、電極カテーテルアブレーション処置にて心房粗動を除去した。

ずっと休んでいた自然体の司令塔が動きだしたが、数日だけだった。

投与していたアンカロンの残留が司令塔の動きを邪魔している。

残留期間は3カ月間。

その間に少しでも脈拍が上がればと思っていたが、2カ月間も経過したが代わり映えしない身体。

医師がいうには司令塔は休みすぎたのか、仕事を放棄したのであると診断された。

心不全は手術以前からあったと云われていた。

手術によって不整脈が発症した。

元々の心臓は、本人が意識しない心不全・不整脈状態であったのかもしれない。

これを治すにはどうするか。

服用する薬はない。

薬剤では電気信号を発信する司令塔に回復は見込めない、ということで、埋込型の心臓ペースメーカーの処置しかないのである。

この件は、何度も聞かされていた。

当病院でなく、おふくろが入院した12月に再会したS医師もそう云っていた。

Y医師は云った。

アブレーション処置をしたK医師とも相談した結果が埋込型の心臓ペースメーカーの処置である。

しかしだ。

Y医師ら他の医師も云われていた3カ月間。

残留効能が消えるかどうかはもう1カ月待って欲しいと願った。

向こう一か月間の猶予期間をもらった。

その間はどうするか、である。

ここ数日間はうっ血症状も、膨満も、浮腫みもほとんどなく、身体的には身体が軽い。

しんどさもなく圧迫感もない。

内痔の出血も停まってヘモグロビン値も12になった。

そのことで腰のだるさも消えて足取りが軽くなったのだ。

今回の血液検査においてもBNPの値が大幅に改善している。

前回は496.1だったが、約半分の253.1になっていた。

BNPは脳性ナトリウム利尿ペプチドの略。

心臓の負荷が増えるとか、心筋肥大が起こるとBNPの血液濃度が増加する。

値が高いほど心臓が良くないというわけだ。

数値が半滅したということは負荷も半滅で身体的負担が少なくなったということだ。

もうしばらくすれば・・・そう思いたいから猶予期間をもらったが、どうなるのか・・・誰しも判らない。

次回の診察は1カ月後の3月8日。

その日に審判(神判)が下される

それまでの期間で注意しなくてはならないものが利尿剤だ。

効き目が濃すぎてしまえば脱水症状を起こす。

それを避けるには体重の増減である。

もしも、66kgを切ることになれば昼に服用するラシックスとアルダクトンAは停止する。

停止してから66kg以上になれば、良しだ。

だが、1kgも2kgも増えることになると判断した場合は復活する。

その都度、医師を仰ぐことなく、身体的状況を一番判っている本人が自己自身の判断で投与を操作してくださいと伝えたY医師は翌月の3月末をもって退職される。

所見など親身になって対応してくださった医師は主治医でなくなる。

次の診察後には別の医師に継がれることであろう。

ちなみにY医師は勉学のためだと思う大学病院に戻ると話していた。

こうして、一か月間の猶予期間宣告を受けた診察を終えて予約していた心臓リハビリ施設に向かう。

いつもの通りに血圧、脈拍を測って問診票に記入する。

次の予約は1週間後に2週間後も、である。

つい先ほどに受診した脈拍・信号を発する司令塔の心電図を看た医師は云う。

これまで養生してきたリハビリは、運動負荷をかけることによって、仕事は復活だと勘違いしてでもいいから司令塔の信号を発するかもしれないというのだ。

息苦しさなどから解放された現状でなにをすべきか。

体力的に負荷をかけることによって心電図に良い傾向がでるかもしれないので、Gリハビリ療法士と相談の上、実行してほしいと伝えられていた。

その件を伝えるまでに私の顔を見たGリハビリ療法士は、顔も体調も元気なときだったころに戻っている、というのだ。

見た目でも判る体調具合の変化。

そりゃそうだ。

前回はうっ血症状に膨満状態。

息苦しさもあって整理運動もできなかった。

自転車エルゴメーターのペダル漕ぎのワークは20に抑えていた。

それが限界だった。

そのときとは格段の差がある体調・・ではなく、体力状況はすこぶる元気だ。

体内に膨れ上がっていた「水」も排水されて、体重は軽くなったことも伝える。

今回はワークを40に上げて負荷をつくる。

そうすれば心臓が驚いて司令塔が発する信号が出るかもしれない。

負荷をあげることで脈拍も上昇する。

そうするようにお願いした。

相談でもない、お願いは了承されて整理運動に入る。

事前に計測した血圧は156-78で脈拍は40拍。

整備体操は力を入れてやってみる。

遅れもなくすんなりとできる。

次はストレッチ運動だ。

ぐーんと伸びるゴムパッチン、ではなくゴム製のストレッチ運動用具だ。

今回の道具は一番キツイものを遣おうと云われて手渡された。

たしかに、伸び率は険しく反発力も高い道具は、よほどの力を入れない限り、伸びないのだ。

体力増強に相応しい道具である。

整備体操時の脈拍は45拍。

ストレッチ運動の場合は49拍にも上昇した。

これらの運動をした次はいつもの自転車エルゴメーターのペダル漕ぎに移る。

最初はグー、ではなくワークは10。

カラカラの回転に踏み込む力は要らない。

これをワーク30に上げてもらった。

がつんとくるのは切り替えたときだけ。

ワークが上がってもラクラクのペダル漕ぎだ。

これまでペダルの回転数は指導もあって50前後に落としていた。

前年の9月ころは60前後にしていた回転数は身体に負担をかけるということで落としたのだ。

今回のリハビリ目的は逆に負担をかけるということだ。

回転数も上げる必要性がでてきた。

そう思って、足取り軽く55回転数でペダル漕ぎをした。

特にしんどさもなく感覚的指標は「ラク」を指さす。

敢えていうなら「ラクラク」である。

心臓リハビリ運動ではいつもK循環器医師がついている。

携帯型心電図や酸素吸入機で計測されるデータを看ている。

運動する患者さんの状態を看ているのだ。

K医師は僧帽弁うっ血症状で入院したときのもう一人の主治医。

入院棟の患者も看ているが、普段は心臓リハビリ室におられる。

運動する度に体力状態などを伺ってくれるありがたい医師が云った。

運動をすればP波が正常に出現している。

司令塔は役割を果たしていた。

仕事を忘れていた司令塔は運動負荷をかけることによって、思いだしたかのように働いていた。

午前中に検査した心電図結果によれば、P波は出ていない。

出ていないというよりも、後ろのQRS波とT波の後から出ていたというのだ。

つまり、電気信号を発してはいるものの、遅れて出ているのであった。

明らかに負荷のかかっていない午前中の検査時と心臓リハビリ運動状態では、司令塔のP波の出具合が違うのだ。

見込みは、まだあった。

結論を決めつけるのはまだ早い。

負荷運動を続けるということだ。ワーク30に回転数を59にしたペダル漕ぎは50脈拍。

さらに負荷を上げたワーク40に回転数が59の場合では脈拍は52~54拍に上昇する。

このときの血圧は151-52。

感覚的負担感は「ややラク」だ。

血圧計は何度か勝手に動く。

136-50もあるということは一時的、或はそのときの状態によって変動していることが判った。

呼吸はまったくしんどさを感じないリハビリ運動は来週も挑戦する。

それまでの自宅リハビリはどうするか。

歩行リハビリに力をかける。とぼとぼ歩くのではなく、力いっぱい踏み込んで速度を早くする。

距離を伸ばす。できれば自転車で走ってみたい、と思った。

こうして終えたこの日の診察、リハビリは気持ち的にも光明を見出したかのように思えた。

すべてを終えて会計処理。

整理番号は1567番。

プレートに表示される会計済みの番号は1470番。

20分はかかるだろうと思って、病院1階の売店に行く。

時間帯は昼時間をとうに過ぎた午後2時40分。

少しばっかりの副食をと思って品定め。

弁当を食べるには重た過ぎる。

軽食で良いのだ。

そう思って決めた惣菜パン。

山崎製パンの「大きいオムソバ」だ。袋を見れば電子レンジでチンしたほうが良いかもと思って店内のレンジで20秒チン。

ちょっと物足りないと思ってさらに10秒チン。

袋は熱でパンパンに膨れていた。

ロビーに空いているソファがあった。

その場で食べる熱々のオムソバパンは持つことさえしにくい。

袋を空けておちょぼ口でつっつくようにパンを齧る。

がっつりは食べられない熱々。

ふーふー冷ましながら食べた。

オムソバのソバはソースこってりの焼きそば。

旨いと思ったが、「オム」は味のしない「オム」。

お腹が減っていたので、気にすることなく完食した。

それから会計の待ち行列についた。

順番が廻ってやっと終えた時間は午後3時15分だった。

翌日10日の午後4時ころだ。

前日に診察されたY医師より電話があった。

診察後ももう一人の医師と相談したようだ。

その結果は重要なことを伝える。

心電図を再検証した結果ではQRS波の間隔が広がっている。

それは異常な不整脈。

電極カテーテルアブレーション処置をして2カ月間の心電図状態を検証した結果である。

どうやら別の不整脈が発生しているのだ。

それによって心室細動が発症。

小刻みな脈があるようだ。

その状態であれば、いつか突然に心臓が痙攣して停止すると云う。

つまり、この状態で次の診察をまっておれば、万が一の手遅れになることが予想されるというのだ。

電話口から伝える心室細動による心臓停止だ。

予断は許されない状態である。

心室細動になれば、心室のポンプ機能が失われて血液を送りだせない。

結果として血圧がゼロになり、脳はうっ血状態。

意識は消失。その状態で心室細動が続けば死に至る。

心室細動は自然に治まることはないのだ。

しかしだ。前日の心臓リハビリ中に看ていたK医師は心電図、並びに負荷運動することによる脈拍上昇に、Y医師が云うような問題の指摘はなかった。

Y医師はいう。

入院中もP波は出たり、出なかったり、だ。

計測する状態によって変化が見られる。

早急にK医師とも相談して、埋込型心臓ペースメーカーの対応有無、並びに有りであれば手段・日程について選択を協議する。

本日か、明日にでも連絡したいと云った。

その晩から寝床は寝室に二つが並んだ。

夜中に突然の痙攣があるかもしれない。

そう思ったかーさんも不安に陥る。

これまで何十年間も別々の部屋で寝ていた。

心の安心さがなければ悔いが残る。

そう思って寝床が並んだのだ。

(H28. 2. 9 SB932SH撮影)

悩ましい・・・いつ決断される

2016年09月10日 08時02分19秒 | むびょうそくさい
3週間ぶりの診察日。

前回より血圧を下げる、タナトリル薬剤を服用するようになった。

併せて排出する尿量を増やすためにラシックス利尿錠剤は1.5倍になった。

0.5倍の錠剤は半錠だ。

決して商売繁盛ではない。

それから数日後のことだ。

変化が見られるまでの脈拍は43拍辺りだった。

このまま順調に上昇すると思っていた。

意に反して元に戻って40拍前後。

稀には38拍まで下がる日もある。

血圧といえば、下がるどころか175まで伸びる上昇値。

体調にも変異がある。

それはうっ血状態と足の浮腫みだ。

辛いのはうっ血症状である。

例えば立っているとする。

立ったままの常態であれば、何事もないような表情で立っている。

テーブルイスに座るときも平然としている。

うっ血症状はあまり感じない。

ところがだ。

立ち位置から腰を下ろした瞬間にうっ血が発症する。

イスに座っていた状態から寝床に入るときもうっ血する。

とにかく腰を屈めたときに発症する。

頭に血がのぼって押さえつけられる。

胸は息苦しい。

お腹は膨満状態になって靴下や靴を履くときな難儀する。

寝床に入ろうとすれば、横になってから一挙に布団を被ることはできない。

一旦は座ってジワっとうっ血が消えることを確認してから横になる。

横になってもドックドク感は頭の中で杭を打つように響く。

足の浮腫みを見ればぷくぷく状態。

焼けたモチが膨らんでいるような感じにも見受ける。

これらのうっ血症状の原因は何か。

答えは簡単。

電極カテーテルアブレーション処置をする日の数日前まで服用していたアンカロンが犯人だ。

服用をやめても体内に残留しているアンカロンが心臓の脈を抑え込んでいるのだ。

心臓はポンプ。

血流を適正な状況で送りだす。

送りだすポンプに力強さはない。

ないから40拍前後の脈拍。

これが50拍を超すようになるまで待つしかない。

つまり、残留する薬のすべてが体外に流れるまでまつしかないのだ。

しかしだ。

待つだけではうっ血症状は出っぱなし。

心臓ポンプに力がないので血流を体内に送ることができない。

少しでもうっ血症状から解放するには利尿剤しかないのが現状だ。

2週間前にその状態に陥ったが、緩む日もある。

緩めば上昇機運に乗ると思って一日をそういう状態で暮らす。

翌日は元に戻る。

それに繰り返しに辟易していた。

この日の診察はなんとかうっ血症状を緩和してほしいという願いを込めて病院に出かけた。

朝のバスに乗って電車駅まで向かう。

前回もそうだったが、平日の早朝便の割には乗客が多い。

これまで地元の停留所で乗るときにはごくごく数人だった。

ビジネスマンを辞めてからは早朝バスに乗ることはない。

この現象は一体何であろうか。

停留所に着いたら地元民が三人。

バス待ちをしていた。

地元民の話しによれば、奈良市側の停留所辺りに介護施設ができたことによって施設の職員の出・退勤にバスを利用しているそうだ。

なるほど、である。

それにしても、である。

朝のバスは難儀する。

定刻時間には必ずと云っていいほどバスロータリーに着かない。

理由は明確だ。

近鉄電車が通る遮断機が下りたまま。

失礼な言い方だが、平日は込み合う車の関係もあって遮断機を潜るに云十分もかかる場合が多い。

遮断機が上がっても次の列車が来る。

北からは橿原神宮行き。

南からは西大寺若しくは京都行きが往来する。

上がってはすぐに警報がなって遮断機は下りる。

待ち受けた車は数台。

通り抜けたところで警報が鳴る。

遮断機は再び下りて停止する。

バスはその都度にエンジンを切る。

こういう具合だから駅に着く時間は一定ではない。

ないから電車に乗り遅れる。

バスロータリーに停車したら駆け足で近鉄電車の郡山駅に向かう人は多い。

私はそういうことができない身体だ。

一歩、一歩がとても遅い。

駆け足でもなく、急ぎ足であれば心臓に負担がかかって息苦しくなり、うっ血症状になる。

だから、カメ歩きになる。

駅に着いたら電車は出たばかり。

待つこと次の便。

徐々に遅れだす病院行き。

平端駅で天理行きの乗り換えもある。

天理に着いたらダッシュ。したいが、できないのでカメ歩き。

JR奈良駅行きのバスに乗ろうとしてもなかなか着かない。

距離はそれほどもないのになかなか着かない。

この日は行きも帰りも遅れが徐々に遅延する。



病院に着けばいつもの通りに診察は機械受付で処理をする。

数台あるうちの一台に診察カードを挿入した。

ふと目が下にいった。

機械に診察カードが置いてあるのだ。

どなたのカードなのか、判らないが、取り忘れたような感じでない処に置いてあるのだ。

いつからあったのか知るすべはないが、このまま放置するわけにはいかない。

病院にはボランテイアのサポーターが機械付近に立っている。

機械受付の操作が判らない人に支援するサポーターであるが、置き忘れた診察カードには気がついていない。

そのサポーターを呼び止めようとしたときだ。

エスカレーターから降りてきた男性と目があった。

忘れもしない桜井市の北白木の住民だ。

度々の村行事を取材した北白木。

祭りごとはいつも顔ぶれが同じだ。

間違いないとお互いに気がつく。

なんでも半年に一度は検査をしなくては・・と話していた。

ゆっくり話はしたいが、置き忘れた診察カードが気にかかる。

手を挙げて機械にサポーターを誘導して事象を伝えた。

サポーターは大急ぎで受付に並ぶ人たちに声をかけて持ち主を探し出した。

ほっとする。

正式な受付を済ませば4階の総合受付に移動する。

いつもの通りの血液検査であるが30分待ち。

発行された番号は289に290。

待ち行列の直近番号は220番だから70人待ち、血液検査だけでも大渋滞だ。

その間を利用されて放射線科受付に行かれたらどうかと案内された。

血液検査まではたっぷりの時間がある。

胸部レントゲンは待つ時間も撮影時間も短い。

正解の道筋案内であったが、戻ってからも5分ほど待つ。

「289番の方、お入りください」のアナウンスに血液検査待合室に移動する。

ここでも待たされた5分後、ようやく呼び出しである。

この日の検査は循環器内科と心臓血管外科の二つの科の検査があるから本数は多い。

次は心電図検査だ。

一連の検査を終えてやっとこさの循環器内科。

前回、心臓血管外科医師から受け取った循環器内科医師へのお手紙を添えて受付した。

手紙の内容は服用する薬剤の一本化である。

医師の呼び出しまでに済ませておく血圧・脈拍測定。

血圧は175-84.脈拍は38拍だ。

待つこと1時間。

予定では10時半だったが、大幅に超えて10時50分になっていた。

体重は若干増しているが、ほぼ一定内におさまっている70kg。

前回、利尿剤を1.5倍したが尿量はそれほど増えていない。

うっ血症状や足の浮腫みを看てもらう。

アンカロンの効き目が切れるのは止めてから3カ月間。

人によっては半年後も場合もあるとY医師は話していた。

このまま脈拍が上がらなければ・・・電極カテーテルアブレーション処置をされたK医師と相談の上、次の手を決断するという。

それは心臓ペースメーカーの埋め込みである。

Y医師の判断は最悪したくない処置。

経過状況を伸ばしてでも埋め込みは避けたいという考えだ。

埋め込みをすれば、もう元には戻らない。

一生、埋め込んだ状態にはしたくないという考えである。

私もそうしてほしいが・・・だ。

今日の血液検査の結果である。

一つはヘモグロビン値。

わずかであるが上昇している11。

最近はポタポタ出血も見られない。

もちろん、値が上昇したのは薬剤のフェログラデュメットが寄与したものである。

BNPの値は前回の診察よりも百アップした。

その範囲であれば、特に問題はないようだ。

もうひとつの検査結果は胸部レントゲン。

うっ血症状は見られるが、肺の水溜まりは多くないという。

うっ血症状は血液循環の問題。

肝心かなめの心臓ポンプ力のひ弱さに尽きる。

とにかく脈拍を上げるには利尿剤の適用薬に手を加えることしかできない。

加えるといっても薬剤に何かを入れるワケではない。

量と薬剤の見直しだ。

結論から言えば、ラシックスは0.5増やして2錠にする。

服用は一挙2錠ではなく、朝に1錠、昼に1錠だ。

もう一つは血圧を下げて尿量を増強する25mgのアルダクトンAを1錠だ。

アルダクトンA錠は服用した記憶がある。

同病院で入院していたときのことだ。

手術を終えて十日目の8月10日だった。

それから数日後の8月13日。

足の浮腫みが消え、尿量も安定したことで停止した錠剤である。

錠剤のなかでも血液サラサラ系のワーファリンは心臓血管外科が内診していた。

今後は循環器に一本化したほうが診察も手間がかからなくなると前回診察された医師の判断。

その手紙を受け取ったY医師も同意されて纏めることになった。

帰り際に気が付いた1件。

つい3日前に奥歯の一部が欠けた。

被せていた歯の元歯が欠けたのである。

地元の歯科医師に行きたいが、可能なのかどうかである。

可能は可能。

ただ、受診される際には心臓弁の形成手術を施したことと服用する薬にワーファリンがあることを伝えれば良いということだった。

薬剤の効果はいち早く検証したいと判断された医師は次回の検査日を一週間後の2月9日にされた。

この日の午後は心臓リハビリも入っている。

いってみれば、その日に合したということだ。

循環器内科の診察を終えたら心臓血管外科。

一日の複数科の診察は疲れがでるが、仕方がないことだ。

診察は前回同様のH血管外科医師。

服用薬剤の一本化を奨めた医師である。

状況はどうかと問診に答えたうっ血症状に足の浮腫み。

同じように症状を訴える。

それについては循環器内科の指示を仰ぐ利尿剤の適用。

口を挟むことはない。

今回は心臓血管外科の血液検査もあった。

結果といえば、特になにもないということだ。

診察は逐一ではなくなり、手術後の弁形成状態の検査だけになる。

検査は前回検査より一年後。

今年の9月初めに心エコーによる検査となる。

半年後プラス1カ月であるが、予約された日は9月6日だった。

忘れないようにいろんな処に印をつけておくことにした。

すべての診察が終わって会計処理。

番号札は774に775だった。

表示されている会計処理を終えた番号は660。

私の番号が表示されるのは20分後になるだろうと思って待った。

結局は25分もかかった。

番号が表示されたら機械で入金処理をする。

薬が出ているので持ち帰る。

ようやく帰れると思って病院前の滞留所で待つ。

前便のバスが出たばかりの時間帯。

午後12時25分に到着するバスを待つ。

それより早く着いたミニバス。バスとの名前であるが、大型ではなく、小型でもない一日2便で往復する天理駅-苣原間のコミュニテイバスだ。

地域の人に限ってではないコニュニテイバスは一般の人も利用できるとアナウンスされた。

これは良かれと思って何人かが乗車した。

このバスにはイコカカードは使えない。

現金扱いなのだ。

しかもだ。コースは別所からプライスカット店など数か所を経由して天理駅に着く。

そうであれば、後続のバスとほぼ同時間になる。

イコカカードが使えないこともあって後続のバスに乗ることにした。

天理ステーションストア内の食事処で昼食を摂って帰路につく。

天理駅で待つこと15分。

乗る電車は普通電車の各駅停車。

平端駅までだ。平端駅からは乗り換えするが、待っていた電車は西大寺行きの急行。

この日に用事に筒井駅で下りなければならない。

ところがだ。筒井駅に急行は停まらない。

仕方なく後続の普通電車を待つこと10分。

この日は往路も復路も待つ時間がやたらと多い。

やっと着いた筒井駅の用事は源泉徴収票だ。

勤務先はしばし休んでいる。

顔を出しておきたいこともあってこの日に立ち寄る。

立ち寄りは予め電話を入れていた。

が、選任担当者は事情で出かけている。

副医院長に現在状況などを伝えて時間稼ぎ。

そうこうしているうちに戻ってこられた。

ようやく入手した源泉徴収票は今週中に提出する確定申告書類の一つ。

すべて揃ったことで整理する。

あれやこれやで朝の7時50分に自宅を出てから戻った時間は午後3時40分。

長い旅に疲れがどっとでた。

(H28. 2. 2 SB932SH撮影)