マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

かつや大和郡山の赤辛カツ丼は絶品ごっつ盛り

2021年07月11日 09時19分32秒 | 食事が主な周辺をお散歩
好結果の診察に歓び

食事はワンコイン以内にしなきゃならん百円玉を5枚もって出かけていた病院。

診察を終えて会計を済ませた時間は午後1時45分。

ほんまにお腹が減ってきた。

好みの味に思った処はどこにする。

帰路に一番近いセブンイレブン。

先月に食べた辛いラーメンを探したが姿は見えない。

ガソリン補給に立ち寄った向かいにあるコンビニはファミリーマート。

食事の棚を見れば、ほんまになにもない。

こりゃえらいこっちゃ。

仕方なく行先を西に替えた。

まっすぐ走ってもまま時間がかかる国道。

今国府までにあるかつや。

ここが一番近いのである。

新聞チラシに同封していたかつやキャンペーン。

牛丼&かつ丼は私にとっては特別でもなんでもないから、痺れるほどの旨さに浸りたいから、これしかない。

注文したメニューは赤辛カツ丼。

真っ赤に染まるハデ色の丼。

もう一度食べたいと心から思っていた数カ月間はじっと我慢の子にしていた。

数カ月前の5月7日が初の味わい。

感動の味よ、もう一度、である。

お腹は減っていてもご飯の量は抑える。

今回もまたご飯は少なめにお願いして作ってもらった赤辛カツ丼。

見ているだけで目が滲みる。

花山椒もどっさり盛ってくれた効果は目に現れた。

この刺激がたまんない。

箸で作った真っ赤かなカツを一口。

旨しのカツは揚げたてほくほくのトンカツ。

辛みばかりが目立つカツが美味い。

玉ねぎなんか染まり過ぎてなにがなんだかわからないぐったり姿、じゃなくトロっと感が舌に纏わりつく。

いやもう、ほんまに美味い。

痺れるほどの旨さとはこういう味だ。

中途半端な辛味なんて無用。

今回もまた100円割引サービス券利用。

600円を手渡したらお釣りが51円。

そう、10%税込み価格が549円。

5月は8%のころで537円だったから、12円アップ。

味の値打ちに変わりはない。

(R1.10.15 SB805SH撮影)

ほぼ復帰したヘモグロビン値に歓ぶ

2021年07月10日 09時52分46秒 | むびょうそくさい
翌年4月には戻ってくるが、別院勤務になったK循環器内科医師の代わりに就いた交替医師の診察日。

9時5分血液検査受付待ち行列が30人。

三連休明けの火曜日に、こりゃ遅くなること間違いなし。

その時点の呼び出し番号は300番。

9時38分受付発行番号が390番。

採血は10時10分だろうなと予測する。

その予想はピタリと当たった10時25分。

心電図検査も待ち行列に5人も。

呼び出しは10時42分。

上半身の着衣はみな脱いでベッドに横たわる。

その際、仰向けになったときである。

痛みが腰上部に走った。

未だ治らない8月14日に発症した筋肉痛が長引いている。

検査も長くて終わったのは10時52分。

循環器内科の受付が55分。

予定では11時の診察であるが、たぶんに呼び出しは12時になるだろうな。

K医師退職のため後任に着いたM医師が診察してくださる。

12時25分過ぎても呼ばれることもなく壁面にある電光番を見たら60分遅れの11時予約診察中表示。

12時42分になって、やっと呼ばれた。

これまで3人の医師に診ていただいていたが、当面は替わることなく続けますのであらためて宜しくと伝えられた。

目眩はないですか、ふらつきはどうですかの問診に、まったくありません、と伝えたら、そうです、ヘモグロビン値が11に、大丈夫です、と太鼓判。

二桁値になって安心できるのも内痔核腫れを抑える軟膏が効いているからだ。

出血が止まったここ4週間の快便のおかげ。

尤も黒便はフエロの結果であるが、動悸はまれに感じるので予兆の可能性もあるのでワソランを飲むこともあるが、いつもすぐ動悸が消える一時的対応で済んでいる。

次回の消化器内科の診察は11月19日。

そのときに、追加したフエロの停止を相談してくださいと伝えられた。

診察は、午後1時に終わった。

次回は、1月7日が予定日。

その日は、山の神の日なので取材する可能性が高くに、1週間前になる年末の12月24日の午後3時にしてもらった。

来館患者少ないからその方がいいだろう、ということだ。

ところで、先日泌尿器科で流量検査した半分残る原因は膀胱中葉張り出し。

4ヶ月後にまた同じ結果であるなら手術対応。

で、あるが、ワーファリンは3ヶ月停止といわれた。

その対応は心臓病患者にとっては、致命的。

M医師は、万が一、その処置をするなら入院し、状況把握。

なおかつワーファリンより落ちる処方箋で対応できるから紹介状を書いてもらってください、といわれた。

(R1.10.15 SB805SH撮影)

豊浦町・北外れの狸地蔵に数珠繰り地蔵盆

2021年07月09日 10時14分20秒 | 大和郡山市へ
『奈良のむかし話』だったか、それとも『大和の民話』であったのか、記憶は遠い彼方に・・。

幼児だったころの息子たちに、暮らす地元に残る説話の一つでも、と思って買った小さな装丁の絵本。

今じゃ、どこに行ったやら・・。

不確かな記憶であるが、大和郡山市内の旧村の一つに揚げられる豊浦町に伝わる昔話がある。

「豊浦のたぬき」に登場する狸の住まいは、集落北東200メートルも離れた地。

生い茂った木斛(※モッコク)の木に柿の木。

その北向こうに近鉄電車の橿原線がある。

長閑な田園地に走る列車を撮ってみたくもなる景観地

遠目でもわかるその場所。

夏場であれば、青々繁る稲作地。

稲の葉が揺れる様は、まるで緑の海のようだ。

ぽっかり浮いているかのように見える樹木。

その下に覆いかぶさるようにひっそり佇む地蔵堂がある。

こおりやま民話絵本の会代表・中田光子が出版元の『大和郡山の語り伝えたいふるさと民話』。

その一話に藤戸輝子絵・文の「豊浦のたぬき」がある。

そのクロが住んでいたとされる地蔵堂。

悪戯好きな狸のクロが、常日頃かわいがっていた豊浦の村の人たち。

その恩に報いるために得意の「化かし」で、戦から村を守った、という昔話が伝わる

狸と村人が、醸し出す人情味あるほのぼの話が絵本に・・。

ヤンチャ狸のクロ」のタイトルで紹介する絵本文。

「豊浦の北の外れにクロ狸がすんでいて、他愛ないいたずらを繰り返していました。しかし間抜けないたずらばかりなので村人はとくに狸を憎むということはしませんでした。ところがある日、戦がはじまってしまいました。両軍にらみ合いの緊迫した中、クロは戦を止めようと金色の山車に化けました。両軍の大将は不思議な気持ちになって戦をやめてしまいました。戦は止まりましたが、クロ狸は化けることに精を使ったので死んでしまいました。村人はその骸を丁重に地蔵堂に葬りました」。

狸と村人の人情話が、今も伝わる豊浦の地である。

奉る地蔵尊に、当番の人たちは、毎月交替で花を供え、8月24日に地蔵盆を行っている。

その日の夜。

陽も落ちた時間帯に行われる数珠繰り地蔵盆である。



そのことを教えてくださった人は、豊浦の地に住まいするNさん。

4年前の平成26年。Nさんが公開していたFB記事に紹介された。

実は、Nさんは、豊浦の年中行事取材に知り合った豊浦の人。

地蔵堂が建つ場を訪れたのは、Nさんに地蔵盆を教えてもらってからの平成28年8月24日

前々から存じていたが、足を運んだのは、この日の昼間だった。

取材したい豊浦の地蔵盆であるが、先に予定が入っていた県内各地の地蔵盆取材の数々がある。

桜井市箸中・下垣内愛宕地蔵尊祭りをはじめ、宇陀市榛原町・篠楽(ささがく)の地蔵さん聞き取り、吉野町柳・上柳の地蔵盆、大淀町増口(ましくち)・下ノ町および上ノ町の地蔵盆、吉野町丹治・向丹治の地蔵盆、同町・丹治上第一垣内の地蔵盆、大淀町中増(なかまし)の地蔵盆、大淀町西増(にしまし)の地蔵盆、吉野町香束(こうそく)の地蔵盆、吉野町山口の地蔵盆・・。

それはさておき、集落内にある氏神社は八幡神社である。

本瓦葺きの三間社流造り。

屋根に千鳥破風は二つ載った珍しい建物は、県の指定文化財になっている。

貴重な無形民俗文化財があった。

マツリに奉る竹製で組んだ家形の仮屋。

その仮屋は、トーヤ(※当家)の屋根、つまり2階部分の1階屋根瓦(※下屋の差し掛け屋根の瓦)に据えていた、県内でも珍しい形態

しかも、そこに梯子を架け、八幡神社の分霊を祀った仮屋に、トーヤ(※当家)は、その梯子に足をかけて登り、ローソクを灯し、酒、水、塩を供える

豊浦の年中行事を初めて拝見したのは、平成16年9月26日に伺った仮屋建て。

翌年の平成17年最後に、以降の秋例祭に行われる遷し廻しの仮屋は、組み立て式・家形木製に替わった。

さて、前置きが長くなってしまった。

数珠繰り法要する場にシートを敷いて、布地マットをその上に・・。

地蔵尊前の場は砂利道。

厚さのあるシートにマットを敷いて冷たくないようにしておく。

実は、そのシートマットのいちばん下に敷いたのは”みしろ”。

”みしろ”は、”むしろ”(充てる漢字は筵)が訛った言葉。

奈良県内事例に、よく耳にする”みしろ”。なぜか、私も訛って、”みしろ”と、つい、口にしてしまうことがある。どうやら口癖がついたようだ。

男の子、女の子の名前を書いた提灯の数は多く、2段に22張りも並ぶ。

今流の名前だけに新調しなおしたのだろうか。



提灯吊りの仕掛けは青竹。

伐った3本の竹。

葉を落として、節取り。

すべすべの青竹は、水平に据えた竿。

提灯を吊るす箇所をpp紐で括っていた。

提灯下に並べたお供えの数も多い。

集まった人たちは女性ばかりの12人。

うち女児は2人。

導師を務める2人は、前の席に就いて伏せ鉦を打つ。

もう一人は、数取りを担う。

私が到着した時間帯は、すぐにでも始まりそうな時間帯の午後6時半過ぎ。

取材に待っていたNさん。

これまで行われてきた豊浦の年中行事のときの様相が蘇ってくる。

豊浦の大とんども取材したことがある。

朝の早い時間帯に行われる豊浦の大とんど。

住まいする地元行事にあるが、なかなか行けなかった大とんど。

拝見した年は、平成25年の2月3日だった。

元々は2月1日に行っていた大とんどは、現在第一日曜Bに移しているニノ正月のとんど。

ここ豊浦の他に、小南町、丹後庄町、番条町、井戸野町、稗田町、大江町、白土町、天井町、長安寺町、筒井町、柏木町、美濃庄町、額田部町、矢田町(南垣内・寺坂深谷垣内・清水垣内・横山)など、大和郡山市に多数見られるニノ正月のとんどである。

神社行事に直接は入っていないが、神社役の年当番にあたる本当家(ほんとーや)に相当家(あいとーや)の二人が準備し、組み立てる。

豊浦の戸数は20軒であるが、年中行事にかかわる旧村戸数は15軒。

6年に一度の廻りに当番する家が2軒ずつ。

二人の当家が、役に就く。

軒数と一致しない当番の廻り。

諸事情を鑑み、地域あげて対応されているのだろう。

場に数珠を設え、当番の人は提灯に火を灯す。



一つ、二つ、三つ・・・灯りが増えるにつれて、地蔵盆に相応しい風情を描いてくれる。

撮る位置を替えて、集落西に鎮座する八幡神社のモリが見える。

気持ちも高ぶってくる時間帯に、また一つ、二つ、三つと増えていく提灯の灯り。

なんとも言葉が出ない幽玄な情景。

一気に暗くなってきた。

午後7時。

さあ、始めましょうか、と前に座った導師が伝えた。

カン、カン、カン、カン・・・・。撞木(しゅもく)で打つ鉦の速度は、早いほうに思えた。

周りは、長閑な田園地。



カン、カン、カン、カン・・・と聞こえる甲高い音色。

田園一帯に拡がる音色は、どこまで聞こえるのだろうか。

カン、カン、カン、カン・・・に合わせて数珠を繰る。

右に、右へと数珠を繰る。

大人も子供も同じ。

右に、右へと数珠を繰る。

1分ほど経ったころの音色。



打ち方は、先ほどからの打ち方から、速度を緩めた。

落ち着きを取り戻したかのように思えた、鉦打ちの調子。

カン、カン、カン、カン・・・の音色は、収録していてもわかる、甲高さのある鉦の音。

カン、カン、カン、カン・・・よりも、キン、キン、キン、キン・・・の音色に近い高音だ。

数珠繰りする皆さんは、調子に合わせて唱えるお念仏。

「なんまいだぶ~ なんまいだぶ~ なんまいだぶ~ なんまいだぶ~」の念仏は、耳にはいらない。

甲高い音色は、収録した動画であっても、念仏は聞こえない。

高音に、お念仏がかき消される。

県内各地にある伝統行事の鉦念仏は、いずこも同じようにかき消される。

数珠繰りに、鉦念仏撮影に集中していたとき、ふと視線を落としたローソクの灯り。

一人の女性の動きを見つめていた。

ローソクを立てている道具は、一斗缶を半分に切ったものだろう。



その内部に据えた1本のローソク。

風に吹かれることなく、煌々と・・。

金属製の一斗缶。

内部反射したローソクの灯りによって輝いていた。

そのローソクに近づける1本のお線香。

火点けをした線香は、どこへ持っていく。

導師の右手に置いた灰を盛った線香立てであろう。

実は、火点けしたこの線香は数珠繰りの数を数える数取り道具である。

数取り道具の数々を見てきた事例に、この形式は初めてである。

暗い屋外に数珠繰りする回数を数える灯りの数。

工夫を凝らした数取り道具は、感動もんだ。

民俗に、さまざまな形はあるが、ここ豊浦町以外に、同様事例はあるのだろうか。

数取りに線香は使うことは多々ある、と思うが、昼間。それも屋内で行われる行事ならば、電灯の明かりが用を足す。

ここ豊浦は、街灯のない、闇夜の田園地。

光る線香の火をみて数を知る百万遍数珠繰り。

尤も、実際に百万遍もしている地域はないだろう。

ここ豊浦では、「ひゃっぺん」する、という数珠繰り。



県内各地で行われている数珠繰り。

百篇も数珠繰りするのは、年寄りにとってはもう無理など、と云って、50回。

いつしか10回に落としたという講中もある。

高齢化した講中では、それが現状なんです、という地域も少なくない。

上から覗き込んだ手つくりの線香立て。

線香の火が、点々・・。

その様相は、まるで宇宙だ。

星座が拡がる銀河のように・・・。

これで100本。



数珠が一周するたびに房を数え、そして灯した線香の灯り。

この日の夜に、星座は見られなかったが、ここに小宇宙があった。



カン、カン、カン、カン・・・の念仏鉦が止まったのは、数珠繰りが始まってから35分も経ってからだ。

百万遍ならぬ、ひゃっぺん繰り返した数珠繰りを終えた数珠は、数珠箱に収める前にもう一つのお役目がある。

念仏を唱えて数珠繰りしていた人たちすべてに身体堅固。

導師さんは、数珠を束ねて背中をさする。

上から下へ丸めた背中にあててご加持する数珠に、ありがたく手を合わせる。

一人、一人の背中にご加持の身体堅固。



数珠繰りで繋ぐ身体堅固のように思えた。

これより沢山の御供を配られる。

参加できなかった人たちにも配られる御供。

受け取ったお家もまた御供下げにご加護を受けるのだろう。

平成23年から27年当時の私は、接骨鍼灸院に通院される患者さんを送迎する仕事に就いていた。

ここ豊浦にも患者さんを送迎していた。

杖をついて送迎車が停車する場までやってくる。

ご家族も付くことはあるが、お一人の場合もある当時95歳のNさん。

しっかりした記憶に、聡明なNさんもかつては数珠繰りをしていたお一人。

今夜は、お家で待って御供を受け取られることだろう。

提灯の灯りが消される前にお願いした念仏鉦。

刻印の有無を確認したく、承諾いただいたNさんともに判読した文字は、「西岡乙松 梅岡常□ 吉岡忠太郎 豊田宗平二 北川総松吉 西岡岩松 □□□□川西彦治郎 豊浦村 観音講中」。



年代はわからないが、7人とも姓、名がある。

判読できないまったく不明な四つの字を田文字のように固めたものも、ある。

おそらく川西彦治郎氏が、伏せ鉦をつくったときの施主であろう。

7人の名前で思い出した「豊浦八軒」。

昭和62年5月、ぎょうせい刊・大和郡山市文化財審議会編の『ふるさと大和郡山歴史事典』に書いてあった「豊浦八軒」である。

「小泉初代藩主の片桐貞隆が死去した寛永四年(1627)10月。
貞隆の子、貞昌が家督を相続したが、弟の勝七郎貞晴に三千石を分知。その三千石の内、二百十六石を豊浦村に。貞昌が、屋敷造営に銀七百匁を支出し、この地に屋敷を設けた貞晴は、分家として永く続いた(※原文をわかりやすく要約した)」とある。

屋敷から馬に乗った貞晴は、小泉城に日参していた・・。

初めて豊浦の行事取材をしたとき、本当家を務めたYさんから聞いたような記憶がある。

豊浦集落南に東西を往来する現在の県道大和郡山環状線を、馬に乗って闊歩していた小泉の殿さん。

ここ豊浦から真っすぐ西ではないが、直線距離にして片道2.8km。

遠いといえば、遠い距離を毎日往復していたのだろう。

たぶんに、その時代のころだと思われる推定年代。

村の人口は、増えもせず、減りもしない豊浦村。

大和郡山では、最も小さい村を形成していたとされ、そのことから「豊浦八軒」と呼ばれていた。

その豊浦も、明治21年の町村制施行のころの戸数は16戸、86人の集落になっていたようだ。

伏せ鉦にあった刻印名・過去帳から、当時の伏せ鉦・観音講の年代から推定できるかもしれない。

ちなみに今日は晴の日だったが、雨天もここで、というわけにいかず、その場合は公民館に集まって数珠繰りをしているそうだ。

(H30. 8.24 EOS7D撮影)

往路、復路の踏切待ちに遭遇したチンチン電車

2021年07月08日 10時19分28秒 | いどう
大阪・住之江の地。

往路に遭遇したチンチン電車こと安孫子電車。

両方とも通称の路面電車。

幼い、子どものころから乗っていた路面電車。

母親に、大ばあさんに連れられて出かけた大阪・大都会とか、隣町の住吉大社へ。

長居公園通りに踏切待ち。

右手、すぐ近くに住吉大社がある。

介護のおふくろに医院行き。

そして久しぶりに顔見世した孫とも一緒にしたかっぱ寿司。

用事を済ませて帰路に就く復路もまた踏切待ちに遭遇。



滅多に遭遇することのない2台の路面電車にご対面が嬉しい。

(R1.10.14 SB805SH撮影)

スーパーサンデイ御崎店のミノのたたきは絶品

2021年07月07日 09時29分37秒 | あれこれテイクアウト
おふくろが住まいする大阪・住之江にあるスーパーサンデイ

加賀屋店は若干距離が離れている。

より近いのは御崎店。

おふくろが通院する循環器内科に歯医者、耳鼻科、眼科医院。

介護の日もあるが、その都度にやってくる。

毎週火曜日は買い物ヘルパーさんのお世話になっているが、息子の私が医院行きなど、送り迎えに来たときは必ず立ち寄ってあげるスーパーサンデイ御崎店。

カートを押して商品を探す買い物の楽しみ。

目で見て触ってみて買い物するのが一番。

ほんの少しの場と時間であるが、自分で探せるのが一番嬉しいという。

そのスーパーサンデイ御崎店に来る度に買ってしまう商品がある。

お店内で調理していると思われる鶏のたたき

これがほんまに美味い。

当初は、そんなに置いていなかったが、いつのまにかどっさり置くようになった鶏のたたき。

ここんところ、2度だけであるが、売り切れたのかさっぱり見ない。

この日もそうだったが、肉棚にあった一品。

それがミノ肉のたたきだった。

旨そうなミノのたたきは買い物かご行き。

器に盛って添え付けのタレ漬けでいただく。



発泡酒もチューハイも日本酒も美味くなる絶品味。

どこにも売っていない自家製のミノ肉のたたきはいつも棚に並べてほしい、と希望する。

実は、その後の29日も買い物にきたスーパーサンデイ御崎店。

その日も鶏のたたきがなかった。

なんとなく不信に思えて商品を並べていた店員さんに尋ねた。

答えは・・えっ、である。

肉屋の社長がこれまで作っていた鶏のたたきは、「もうしない」と、いい出したそうだ。

その理由はわからないが、もう見ることどころか、食べられなくなったショックが大きい。

ネットであちこち見れば鶏肉を買ってきて手作りしている人がいるらしい。

作り方に若干の差異はあるし、加熱に茹でを要する点もあるが、これなら我が家でも作れるやろな、と思った。

(R1.10.14 SB805SH撮影)

孫の顔見たさ願いに選んだ食事処は長蛇の列のかっぱ寿司南津守店

2021年07月06日 11時38分30秒 | 食事が主な周辺をお散歩
長男の結婚式に参列するため就業事業会社の許可をもらって日本国に一時的帰国をしていた次男におふくろから電話が架かった。

孫の顔を見たいというおふくろの願いを叶えたく大阪・住之江に向かう。

介護の身であるおふくろ。

週に一度は外出することになっているが、介護施設の送迎車に乗って通所施設のデイサービスの通いだけだ。

たまに、というか月に一度や二度は通院する医院通いがある。

そのときの送迎は私の担当。

外出さる際も自家用車の送迎であるが、その際に利用する昼食と買い物がある。

外出することで気分転換。

介護者にとっては、外の空気に季節を感じ、品定めに触れるのも大事。

かかりつけのケアマネージャーに教わった大切なこと。

次男の顔を見たさに昼食を一緒にしよう、ということになった。

食事処は月に一度は出かけて美味しいにぎり寿司を味わっているかっぱ寿司。

次男もそこで良い、という。

ハンドルはかっぱ寿司南津守店を目指す。

到着した時間は正午時間の5分前。

いつになく駐車する車が多い。

おふくろを連れてかっぱ寿司に出かけるのは、大方が平日。

土曜、日曜も来店することはない。

広く設置されている待合椅子も閑散としるが、本日は違った。



椅子に座って待っているお客さんは8人。

席があいていたのか、案内はスムーズに動いて丁度12時に着席した。

10月1日より始まっていた秋のネタ祭り。

秋の貝三昧にあん肝、牡蠣、のどぐろ、雲丹・・などのにぎり寿司ネタのパネルがある。

席についたとき、否が応でも目に入るネタ祭りパネル。

秋のかっぱ寿司 豪華ネタ!!新物ウニ のどぐろ」とある。



にぎり寿司写真に新物ウニ軍艦、天然ののどぐろ塩炙り、瀬戸内産蒸し牡蠣ポン酢ジュレ、瀬戸内産蒸し牡蠣ガリバタ炙りが美味そうに見える。

いつものようにタッチパネルに触れて注文する本日第一号の寿司ネタは4皿。



3種のまぐろにサーモン、かつおたたき。

実は、次男が頼んだ3種にぎりだった。

次もまたまぐろが2皿。



これはおふくろの要求である。

次は180円の肉厚とろ〆鯖の押し寿司。



これもまたおふくろの要求するネタである。

分厚い鯖ネタに大満足だ。

次は一貫180円の北海道産ほたて。



帆立を注文するのはかーさん。

この日のネタは小ぶりなんだ。

次のネタもまたかーさん。



いつもと同じ真いかに鮮極生えび。



飽きない味は安心できる味でもある。

ようやく口にすることができた私の注文品は瀬戸内産蒸し牡蠣ポン酢ジュレに280円の秋の貝三昧。



三昧ネタは石垣貝に蝦夷あわびと赤貝。



蒸し牡蠣ポン酢ジュレは、牡蠣味よりもジュレが勝っている。

蒸している関係なのだろうか、海の味がしない。

ジュレで誤魔化されたのかな・・。

秋の貝三昧はどれもこれも美味しい。



歯ごたえはあるし、貝の味もする。

特に美味かったのが蝦夷あわび。

石垣貝も赤貝もコリコリ感を味わえる。



次もまた注文した極上もんの天然のどぐろ塩炙り。

2貫で280円と多少値を張るが・・味は唸るほどでもなかった。



脂がのっているような、ないようなどっちつかずの食感に旨味の少なさ。



次の注文品は次男。



大葉のせ甲いかに180円の北海道産水だこ。



甘海老に鮮極生えび、オニオンサーモンマヨネーズかけもペロッと食べる。



美味そうだから注文してというおふくろが食べた瀬戸内産蒸し牡蠣ポン酢ジュレ。



一つ食べてもういいという。

牡蠣の味が物足りなかったようだ。

とっておきの一杯を頼んだ海鮮入りレベル2のシビ辛ソース。



これが美味いんだなぁ。

どうやら辛さが好みなのは私だけ。

はしゃぐ私をしり目に注文した200円の鶏のから揚げ。



4個を次男、おふくろ、かーさんが取り合って食べていた。

月見とろろ軍艦って美味しい、とかーさんがいうから注文した。



とろとろ感はあまり好きではないが味は美味しいと感想を伝える。

本日も出ましたえび天にぎり。



おふくろもかーさんも食べる絶品味。

サクサク、カラッと揚がったえび天は絶妙な味。

油も温度も良いのだろう。

纏めて注文したイカの雲丹和え軍艦にあん肝ポン酢ジュレ軍艦、秋鮭のキムチ軍艦。



あん肝は潰しだからほんまの旨味は消えていたがポン酢ジュレで救われた味。

こいつぁ美味い、旨い❣に、ぺろっと食べたイカの雲丹和え軍艦。



あの嫌らしいウニ漬け味でなく本物味。

へぇー、である。



秋鮭のキムチ軍艦は辛い上にさらに辛くしてシビ辛ソース落とし。

キムチだけでは味わえない極上味はやはりのシビ辛。



これってほんまにいける。

そう、思って一貫注文のサーモンにシビ辛ソース落とし。



見た目の劇的に変わる発色。

観て楽しむサーモンのシビ辛ソース落としも美味い。



そんな辛いもんがダメな口のかーさん。

美味い、旨いというものだから鮭のキムチ軍艦を追加。

このまんまでも美味しいやん、といった。

試し喰いに一挙頼んだ次男。



一貫あじに一貫たこ、一貫秋鮭のキムチ軍艦、一貫いかオクラ、とろ〆鯖、一貫海鮮うま辛。





ほんまよく食べる。

次男の食欲に釣られたかーさんも追加で頼んだ一貫赤貝に石垣貝一貫つぶ貝。



貝づくしをぺろっと食べる。

かっぱ寿司は一貫でも注文できるシステム。

美味しいにぎりいろいろあるけど2貫ずつならお腹がパンパンになる。

その点、一貫なら味わいに楽しみが拡がるのが嬉しい。

しばらく鳴りを潜めていたおふくろが干ぴょう巻を食べたいという。

かっぱ寿司の干ぴょう巻は美味しい。

今日は調子がいいから食べたいという。



巻きの海苔が固くないから年寄り向き。

味わって食べられるのが嬉しいという。

一貫喰いに注文したつぶ貝に大葉のせ甲いか、一貫鮮極生えび。



が、なんと鮮極生えびじゃなくて、〆はまちの姿で運ばれた。

これも美味しいから文句も言わずに喜んで食べた。

脂がのったはまち。

旨いやん。

かーさんとおふくろは〆に入った。

〆はにぎりでなく200円の香ばしコーヒーゼリー。



寿司屋さんの味とは思えないほどに美味しいデザートだ。

次男は最後の最後に200円の贅沢チョコレートケーキを食べた。



これも美味しいというかっぱ寿司のデザートは侮れない。



私はデザートでなく、残っていたシビ辛ソースを垂らして食べたい一貫サーモンとたこにぎり。



さらに追加で食べた一貫海鮮うま辛もシビ辛まみれ。



〆もシビ辛ソースで大満足した。

なんぼほど喰うねん、と思うくらいの皿積み。

ふだんと違って次男とともに食べた支払い額は6236円。



いつもの3人で食べるときよりも倍額になっていた。

秋のフェアは贅沢ネタ祭り。

季節ネタに期間限定もあったかっぱ寿司。

また食べたくなる。

(R1.10.14 SB805SH撮影)

追い飯風混ぜご飯の素・台湾まぜそば味に真・燃えよ唐辛子を添えて食べる乾麺うどん

2021年07月05日 15時08分46秒 | カンタンオリジナル
台風19号(※1令和2年2月に台風15号は令和元年房総半島台風、台風19号は令和元年東日本台風と、43年ぶりに名付けの方針決め→令和3年5月までに定める<※2「大規模損壊1000棟以上、浸水家屋1万棟以上、相当の人的被害」などと設定>-気象庁発表)の影響だと思われる異常な湿気。

昨日、一昨日に続いてこの日も湿気むんむんで暑苦しく感じる。

昨夜は、扇風機を廻して寝たが、一昨日はエアコンの利用もしていたくらいの気持ち悪い日。

風雨厳しい午後3時に発令された避難指示。

地区は明日香村の細川だった。

特に何事もなかったかのような奈良県を通り過ぎた台風19号。

午後7時前に伊豆半島に上陸したと報道が伝える。

東京下町は河川の氾濫危険水位に達したという情報に落ち着いてられないが、大風はこれから。

その後のニュースに八王子市を流れる南浅川とか、青海市を流れる成木川が氾濫。

都内世田谷でも玉川が氾濫するなど複数の県に亘って数河川の氾濫情報が飛び交っていた。

ここ数日間の台風報道は大風対策ばかり。

これほどの大雨台風になるとは、どこも報じていなかったように思えるのだが・・・。

高台にある千石に暮らす長男夫婦は、心配ナイサーとメールを送ってくるが、カナダの国から上海経由で日本に戻ってくる次男は空港でやきもき。

出発は安全をとって十分に判断してから飛ぶことになるだろうが、今夜は無理かもしれない。

そう、思っていたら夜の9時半ころにメールがあった。

今、関西空港に着いたというメールにほっとした。

とはいっても、午後10時35分発の関西空港駅に乗れても、乗り換えにる新今宮駅経由でJR大和小泉駅に着くのは日付が替わる直前の午後23時56分。

タクシーで帰っておいで、といいたいが・・予想を覆し、関西空港駅発が21時56分の新今宮駅着が22時37分。

乗り換えに22時47分発~23時17分、JR大和小泉駅に着いた。

それから数時間後。

北の方面に向かった台風19号。

この日の深夜。

いや、時間も午前1時。

岩手県や宮城県にも大雨特別警報が発令された。

仙台に住む実弟宅は高台。

心配するまでには至らないが、今夜もまた寝にくい夜を過ごすことになった。

で、深夜の1時に伝える青葉台映像。

幹線道路が冠水状態になっているではないか。

明朝に連絡がついた実弟。

「何事もなかったから安心してや」と答えたので、おふくろに安心通信を伝えた。

おふくろといえば、大阪で介護施設の通所サービス。

朝の迎えは多少の遅れはあったが、室内でリハビリに入浴。

昼食にいつもと同じ時間に間食。

世間の心配をよそに愉しんでいたと電話で伝えてきた。

我が家の一日は、台風が通り過ぎるまでは、ぴしゃっと閉めた雨戸でその景色が見えない。

気分は落ち込む日の昼めしに冷たい乾麺でも食べよう。

茹でる、冷ますまで多少の時間を要する乾麺。

さて、今日の味わいは何にするか。

3週間前に味わった追い飯風混ぜご飯の素台湾まぜそば味が半分も残っている。

前回は生地がたよんない白石温麺(うーめん)

今回は、一般的に売っている乾麺うどん。

買い置きしていたからすぐに間に合うインスタントなうどん麺。

お皿に盛ってパラパラ振りかける追い飯風混ぜご飯の素台湾まぜそば

静岡県静岡市にあるニチフリ食品の製品。

百均のダイソーで売っていたお味抜群のお気に入り。

それだけじゃぁ、物足りなさを感じて刻みネギに味付け海苔に加えてもう一つある。

これが決め手だと思っていたアサヒグループが作った辛菓子。

セブンイレブンで売っていた真・燃えよ唐辛子

決して燃えよドラゴンではない。

試しに買った真・燃えよ唐辛子は、ときおり食べたくなる口直し。

刺激があるから、元気になる。

これをちょっとだけ取り出して小皿に数個。

箸の頭でもいいから叩いて細かくしたら特別な辛味調味料になる。

これをパラパラ振って出来上がり。

いやもうなんというか、これが美味すぎくん、である。

旨味のある台湾まぜそば味が主役なのだが、辛味があるだけシャキッとする。

湿気もぶっとぶくらいにシャキッとする。

刺激的な辛味は、何日か前にも使用した。

ちょっとだけピリリと思って振りかけた冷ややっこ。

ガツンをくる辛味に出汁を絡ませて食べた冷ややっこが美味い。

台湾まぜそば味の乾麺うどんもまた美味し。

こりゃもう病みつき。

今度は、ノーマル味のインスタント袋麺で試してみたい。

(R1.10.12 SB805SH撮影)

HottoMotto北郡山町店の牛とじロースかつ丼

2021年07月04日 08時03分59秒 | あれこれテイクアウト
テレビで宣伝していた。

10月1日からは消費税が10%にアップする。

HottoMottoは、「暮らしの応援と日ごろのご愛顧への感謝をかねて10月14日までの期間限定キャンペーン。



人気のロースかつ丼を百円引き。

390円のサンキュー価格にしちゃいます」と元気を補給する。

この期間はロースかつ丼だけでなく同価格で販売している牛とじロースかつ丼もある。

恩恵は期間内、そう思って機会を待っていた。

三の丸会館トレーニングルームで消費した歩留まり脂肪

落ちたかどうかは疑わしいが、帰路にあるHottoMotto北郡山町店。

「さんま焼けました」の幟も立っているが、目もくれずに注文する牛とじロースかつ丼。

ご飯の量は少し減らして、とお願いしたら、お値段は替わりませんが・・、という。

どこでもそうだが、ご飯を減らしたら、値下げの要求か、と思ってしまうようだ。



HottoMotto北郡山町店は持ち帰り専門。

イートインコーナーはない。

なくとも自宅でゆっくり食べる方がいい。

蓋を開けたらいい香り。

添え付けの七味唐からしをパラパラ落としていただく。



がっつり食べたのは牛とじから、だ。

これが実に旨い。

ご飯に滲みた甘めの醤油タレ。

がっつりこれだけでも美味い。

その上に香物もある。

しっとり感のある香物。

ご飯がぐいぐい進む。

ついついそうしてしまう牛とじロースかつ丼。

次はロースかつとともに味沁みご飯を食べる。



揚げてから持ち帰るまでの時間に蒸されてしまってサクサク感は消えているが、甘味のあるタレに玉子とじが、これをフォローしてくれる。

いやもこれは絶品の味。

私的にはもう少し濃い目の味が欲しかったが、十分の旨さをもっている。

“小盛”のご飯であったが、満腹感が凄い。

次回の来店が、あれば・・10月15日から発売される590円の海鮮えび天とじ丼を食べたい。

えび天が3本も盛っている丼。

天丼タレも美味そうなので、次の機会待ち、とした。

ところで、業態はかつ丼専門店の“かつや”がキャンペーンする期間限定の企画商品がもうすぐ食べられるそうだ。

商品名は「牛丼かつ丼」。

盛りは丼形態でなく皿盛り。

二つの商品をただ並べて盛っただけの「牛丼かつ丼」。

玉子とじでなく、そのまんま。

紅生姜を添えたのは牛丼的。

かつ丼にそれはない。

最終兵器がいったい何なのか。

さっぱりわからない。

比較するのも気の毒だが、HottoMottoの牛とじロースかつ丼に軍配を揚げたい。

(R1.10.11 SB805SH撮影)

ファミリーマート五條病院前店のとろーりたこ焼き

2021年07月03日 09時25分18秒 | あれこれテイクアウト
自宅を出るのが少し遅くなった。

ガソリン補充もしたからまたまた遅れ。

途中の橿原曲川では地道になるが大和郡山から京奈和道路が繋がって和歌山手前の五條まではスイスイ。

カーナビゲーションが示す地道コースでは霊安寺町に着く時間は正午の12時半。

お昼抜きにならざるを得ない予定時間が、大幅に改善され、五條市野原にあるファミリーマート五條病院前店に着いた時間は12時5分。

大幅に改善された時間短縮のおかげで昼めしが口にできる。

と、はいっても余裕はない。

買ってすぐに食べきるメニューにさんざん悩んで選んだ税込み370円のとろーりたこ焼き。

電子レンジで温めてくれたが焼きたて、できたて熱々にはほど遠い。

尤も、猫舌の私にとっては助かる温めのとろーりたこ焼き。

剥がしにくいフイルムは焦れば焦るほどに破れない。

昔にあったあのおにぎりのように、ピッと引っ張ればすぐにほどけるフイルムにどこかの会社がチャレンジしてくれないか、いつもそう思って剥がす。

小袋は二つ。



たこ焼きソースにマヨネーズ。

はじめにとろーっと落とすソース。

次はマヨネーズ。

ビーム状にビビビ・・。

どちらも誤って斜めにでもなったら、車内がとんでもないことになるから、より慎重になる。

たこ焼きに必須のつまようじはセットされていない。

Tポイント支払いで手に入れたとろーりたこ焼き。

レジの女性は必要だと推察されて箸袋を入れてくれた。

だから、今回は、箸つまみで食べる。

甘めのソースにマヨネーズ。

とろっとしたたこ焼きをぺろっと一口。二口、三口・・・。

よく見りゃ底面に鰹節と青のりが出てきた。



こりゃおかしいだろ。

鰹節と青のりはソースを垂らしてから振りかけるもの。

それがなんで底にあるのだろうか。

不思議なたこ焼き形態に、ファミリーマートの商品作りチームに問いたい。

(R1.10. 9 SB805SH撮影)

利用初めの三の丸会館トレーニング

2021年07月02日 09時18分47秒 | むびょうそくさい
心臓のリハビリ運動を兼ねて利用することにした三の丸会館トレーニングルーム。

入退室に必要な登録カードを作ってから、ほぼ1カ月。

利用する機会がうまく嚙み合わないことも理由の一つであるが、最大の理由は、身体事情である。

登録直後の20日ころ。尿の出具合が悪いし、血液の流れも。

そのことによって足に浮腫みが。

根本原因は、内痔核からの出血による血液欠乏。

ヘモグロビン値は、歩くのも難しい状況に陥っていた。

24日の診察に摘要してくださった処方箋は、鉄分補給のフエロデユメット錠。

完全回復までは相当な日数を要するが、当面は身体が軽くなったような気がする

それはそれでよかったが、今度は腰痛だ。

腰の辺りの痛みから、その上のところまでが痛みが走る。

血液欠乏時期に無理した可能性もあるが・・・。

腰痛は、9月27日からはじまり、連日連夜の毎日が痛くて難儀した。

その痛さは翌月の10月6日も、ずっと続く症状。

そもそもの原因は、8月14日に起こした尻もちによる衝撃によって発症した腰痛である。

痛みから解放されたい。

そう思って決断したリハビリ運動。

ペダルを漕ぐだけの運動なら腰に負担はかけずにいけるだろう。



そう思ってやってきた初利用の日。

利用時間は、午前11時から12時まで。

駐車場は閑散状態だから、トレニングルームも空いているだろう、と思って入室した。

利用者の入退室時間はバラつきがある。

仮に、利用者のすべてが入室であってもたかだか8人。

トレーニング機器は、3種類。

ランイングマシンにエアロバイクの他、座った状態で筋肉運動をするウエイトトレーニングマシン。



それぞれ3台、3台に4台の設備に、マットもある。

たまたまなのかわからないが、はじめの30分間は、エアロバイクのペダル漕ぎ。

以前、退院したてのころ。

入院していた病院内にある心臓リハビリ室。

そこでほぼ1年半も運動していたエアロバイク運動などは、平成29年3月末に卒業した。

あれから、2年半。

1年間は、自宅周辺を歩くリハビリ運動もしていたが、それもおふくろの介護に力を注ぐため、平成29年9月ころにやむなく中断した。

それから数えても丸々2年間は、運動からは遠ざかっていた。

お腹のぽっこりをなんとかしたいのもあるが、スタミナもつけたい。

走るのはもってのほかだが、有酸素運動にいちばん効果的な運動が自転車のペダル漕ぎ。

40歳半ばからはじめた自転車乗り。

長距離、中距離とずいぶん走った。

情報処理会社を辞めてからは地元貢献に選んだ市役所の臨時職員を経て別途に務めた接骨鍼灸院の通勤は自転車だ。

おかげでスリムな身体になっていた。

そんなことは、ともかく、本日より再開したリハビリ運動は、エアロバイクが中心のペダル漕ぎ。

始めのワークは40。

両手を金属ハンドルに触れていたら自動計測された心拍数は56拍辺り。

45ワークを50に上げたら63拍。

5分おきにワークを下げる40ワーク。

最後に1分間のクールダウンに汗は出ないが、左腰の痛みは少々の痛みで終わった。

8日のリハビリは午前11時から12時まで。

入替りあるもほぼ8人。

自動停止はいつ止まるのか・・。

およそ40分間の自転車ペダル漕ぎ。

初動40ワーク。

10分後に45ワーク。

15分後のワークを50。

回転数を一定に保った心拍数は59拍-62拍。

常にハードマークが点滅になった。

これって不整脈やん。

始動後35分過ぎたころから汗がじわーっとわいてきた。

9日は水曜日。

三の丸会館は休館日であるから、必然的にトレーニングルームは利用できない。

10日の駐車場は1台が空き。

本日も8人が利用していた。

40ワークに初動回転数を一定に保った52拍の心拍数。

以降、5分おきにワーク替え。

45ワークもほぼ同じ。

50ワークの心拍数が59。

思いきって55ワークにしても67拍。

落とした50ワークでも、一時的に上昇する73心拍数。



クールダウンに汗にじんで終えたが、稼働中は、ずっとハートマークが点滅ってどういこと・・

11日は出遅れて、午前11時半から12時半まで。

11時半ころになれば、駐車場に空きがあるは、トレーニングマシンのすべてが利用中。

空きが出るまで待つしかない。

その時間10分。

正午時間になったら、ほとんどの利用者は帰られ、4人が残った。

始動の40ワークより、5分おきに5ワークずつアップしていく。

マックスワークは55だ。

下りも5ワークずつ、刻んで落としていく。

50ワーク以上の場合は、一時的に心拍数が70拍越えもある。

今日は、20分も運動すれば、汗がにじんだ。

利用状況のだいたいが掴めた以降は、同じような取り組みを続けていくことにした。

12日は、台風19号の襲来予報を考慮に臨時休館。

13日は日曜。

市のイベントでもある「こおりやま音楽祭「楽」開催につき、三の丸駐車場は満車につき締め出し。



すぐ近くのタイムパーキングに停めてはじめた本日のトレーニング。

14日は臨時休館。

15日は、利用可能。

日々、時間帯によって、トレーニング利用者の顔ぶれは違っている。

この日の利用時間は、午後4時半から5時半。

数日間、様子をうかがっていた夕方時間帯の利用者は、5人くらいのようだ。

昼めし前のトレーニングよりも、夕方近い時間帯のほうが、アルコール飲料者にとっては、えー時間になる、と思った。

(R1.10. 7~15 SB805SH撮影)