虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

アルゴゲームに夢中

2014-12-22 15:39:17 | 虹色教室の教具 おもちゃ

『アルゴ』は相手のカードの数字を当てるゲームで、算数オリンピック委員会、東京大学数学科の学生らと

ピーターフランクル氏が共同で発明、開発したゲームです。

くわしい遊び方は、アルゴの公式ホームページで紹介されています。

 

虹色教室では、初めて遊ぶ子たちとは、1色だけのカードを使って遊んでいます。

くわしい遊び方は、幼児にもできるアルゴカードゲームの遊び方の記事で紹介しています。

これはこれでとても面白いです。幼い子たちもすぐに夢中になります。

 

女の子たちもアルゴに夢中です。

 


給食当番さん くわしい作り方

2014-12-21 22:35:51 | 初めてお越しの方

少し前に紹介した「給食当番さん」の作り方がわかりにくいようだったので補足します。

偶然、紙コップの底を押してみたらできた形が面白かったので思いついたアイデア。

底を押すのがめずらしいのか、子どもに大人気の工作です。

 

<給食の帽子部分の作り方>

紙コップの中に手を入れて、内側から底を押して

コップの底部分の糊をはがしていきます。なかなか破れない作りです。

 

 

ちょっと力はいりますが、簡単にはずれます。こんな感じになります。

別の紙コップを写真のように切って

かぶせます。顔や服のボタンなどを描いたらできあがり。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

<おたまの作り方>

 

ビー玉など丸いものにアルミ箔をかぶせます。

 

ビー玉を半分くらい包むようにしてお椀のような形に整え、

取っ手の部分は細くなるようにします。

 

アルミ箔は硬いものでこすると光沢が出ます。

 

ビー玉を取り除きます。

 

給食用のお盆やおかず入れもこんなふうに作れます。

 

トング等も工夫して作ってくださいね。

 


『ピッケのつくるえほん』で、こんな作品が……!?

2014-12-21 17:46:24 | 初めてお越しの方

 

小2のAちゃん。

『ピッケのつくるえほん』のアプリを使ってこんな作品を作ってきてくれました。

文字を打つと出てくるイラストを上手に利用して、自分の世界を表現しています。

 

さいしょに……

いのちって、知ってる?

いのちがないと生きていかれない。それぐらいいのちは、大切なのです。

大切ないのちです。

だいじに、しましょうね。

いのちに、つられてくらしている。

 

あるいている。命があるから。


絵本の文章は、Aちゃんが考えたそうです。

そういえば、先月のAちゃんが入っているグループのレッスンで、

紙で絵本を作った際、子どもたちが、コウモリについて説明する図鑑風の絵本を

作るのに熱中していたのを思いだしました。

 

コウモリの手はどうなっているの?

 

 

グループレッスンは、工作やアルゴゲームで大いに盛り上がりました。

算数の学習は、かなり難しいものにチャレンジしましたが、

全員、とてもよくできていました。

 

 


ベネッセの『これからの幼児教育』

2014-12-20 18:11:31 | その他

ベネッセ総合教育研究所が作っている園向けの総合情報誌を

ダウンロードしたところ、とても興味深くて面白い内容でした。

「園向け」とありますが、親御さんが、家庭で子どもといっしょに遊ぶ際の良い指針になると思いました。

 

http://berd.benesse.jp/magazine/en/booklet/?id=4308

 

雑誌の写真の下に「こちらから今月号全体のPDFがダウンロードできます。」という欄があります。

 


自閉症の子の遊び と 子どもの興味を保障すること 1

2014-12-19 14:35:53 | 初めてお越しの方

教室の子の親御さんからいただいた非公開のコメントに、

「子どもの興味を保証することが私のやるべきことだと実感しました」

という言葉がありました。

 ちょうどこの数日、自閉症の子たちのレッスンが続いていたのですが、

その度に、この言葉を心の中で反芻していました。

わたしの場合、保障という漢字を使ったほうが自分の思いに近いのですが、

「子どもの興味を保障すること」が、わたしのしたいことだし、できることだ、

と自閉っ子たちとの関わりの中で強く感じました。

 

虹色教室には、一部ではありますが、自閉症の子たちが通っています。

とはいえ、療育向けに構造化された空間ではないので、多動の激しい子の場合、

教室に来初めてからしばらくの間、次々新しい刺激に目移りしたり、

手あたり次第、おもちゃを出して散らかすことがあります。

 

これまで、何度も、そうした時期を経て、今では落ち着いて

さまざまな活動にじっくり取り組めるようになった自閉っ子たちを目にしていても、

新たに出会う子がうろうろそわそわして遊びが成り立たない期間は、

「ひとりひとりのケースは別物だから、多動が激しい子にすると、

この環境は刺激が多すぎるんじゃないか。この子の特性にとって、

うちの教室は適しているんだろうか」と気を揉んでしまいます。

 

それでも回を重ねるうちに、

「やっぱり、この環境でしかできないことがある。この子にとって、こうした関わりは大切だ」

と思う瞬間にぶつかるのです。いつも……。

 

周囲の環境の意味を

自閉症の人たちにわかりやすく整理して伝えるTEACCH(ティーチ)や

行動の原理をもとに行動の問題を解決しようとするABAという療育の方法が

自閉症の子らと接する上で欠かせないことは、確かなのです。

それは、自閉症の子らと過ごしていれば、体験的にわかってくることです。

でも、その一方で、

刺激過多のために一時は混沌としてしまうこともある今の教室の環境で、

自閉症の子たちにできることに魅力を感じているし、信頼を寄せてもいるのです。

 

 いったい何ができるのか、どんな魅力があるのか、

これまで自分でもよくわからなかったのですが、

「子どもの興味を保障すること」ではないか、といただいたコメントから

思い当たりました。

 

 教室での活動中、こんなことがありました。

人との関わりとコミュニュケーションの取り方に極端な偏りがあるAくん。

多動が激しく、次から次へと目についたおもちゃを出したがって

床にぶちまけておしまい、という遊び方が続いていました。

 

そんなふうに遊びとはいえないような遊び方をしている時期にも、

あれこれ手を出すゆえに、Aくんはこういう色や素材が好きなんだな、

こんな展開を面白がるな、こういうシチュエーションだと集中するな、

こんな潜在的な力がありそうだな、といった気づきがありました。

また、Aくんが選らんだものを使って提案した遊びが、Aくんに強く響いて、

教室に来るたびにやりたがるようなこともありました。

 

最初から目につく刺激を減らして、

Aくんが取り組む作業をこちらが設定してしまうと、Aくんの好みや関心に気づくのが

難しくなるし、Aくん独自の関心を出発点にして遊びを提案していくこともできません。

ですから、混沌とした時間は時間で、それなりに価値があると感じています。

といっても、いつまでも混沌とした時間が続くわけではない、という

自分の経験や勘への信頼があってのことなのですが……。

混沌とした時間にバラバラに気づいた子どもの好みや関心と

こちらの提案が子どもに響いたという体験が互いにリンクしあって

雪だるま式に大きくなっていき、最終的には、本人が心から満足して持続して

楽しめる活動というものが生まれてくるのです。

 

Aくんは上の写真にある人形劇の劇場が大好きで、それを目にしたとたん

取ってもらいたがります。以前、わたしが、「はじまり、はじまり~」と言いながら、

閉じていた劇場のカーテンを開いて、

人形を登場させるシーンを演じたところ、Aくんに大ヒット。

それ以来、毎度毎度、Aくんが「はじまりはじまり~」と言ってカーテンを開けて、

人形を登場させるシーンを演じてくれるのです。

といって、劇が始まるわけではなく、

まるで儀式のように「はじまりはじまり~」の場面だけが繰り返えされる

こだわりの強い遊びになっていました。

 

教室には、ハムスターのフィギュア、船の立体模型、ポタポタ液体が落ちてくるおもちゃ、

決まったミニカーなどAくんがいつも触りたがるおもちゃがあります。

ハムスターのフィギュアは算数の教具に使っているので

100匹以上あって、透明のケースに入っています。

先日も、「ハムスター、ハムスター!」と言い出したAくんに、

そのハムスターが入っているケースを取ってあげると、床にぶちまけて、

ぐちゃぐちゃにしていました。

 

この日、Aくんは、「はじまりはじまり~」と言いながら、

人形劇場のカーテンを開けて、舞台にぐちゃぐちゃにしたハムスターを並べ出しました。

たまたまなのかあえて選んでいたのか、Aくんが同じ色のハムスターを4匹並べたので、

わたしはハムスターの背中をなでながら、

「おんなじ、おんなじ、おんなじ、おんなじハムスターだね。」

と言いました。それから、異なる模様のハムスターを手にして、

「これはちがうね。おんなじじゃない!バツバツ~!」と言いました。

 

すると、Aくんの顔にたちまち満面の笑顔が広がりました。

Aくんはうれしくてたまらない様子で、それらのハムスターをどけると、

今度は背中に線のあるハムスターを並べ出しました。

わたしは再び「おんなじ、おんなじ、おんなじ、おんなじハムスターだね」と言い、

異なる模様のハムスターを手にして、

「これはちがうね~!バツバツ~!」と言いました。

 

それからAくんとわたしはしばらくこの遊びを繰り返していました。

これまでのAくんは、同じ台詞を言って、

同じ展開で遊ぶことへのこだわりがあったのですが、

この日のAくんは、4ひきの次は5ひき、5ひきの次は6ぴき、次は7ひき……と

自分でハムスターの種類を変えるたびに、並べる数を1ぴきずつふやしていきました。

途中から、背中に線のあるハムスター、線のないキャラメル色のハムスター、

背中に線のあるハムスター、線のないキャラメル色のハムスター……といった具合に、

2種類のハムスターを交互に並べていき、それに対するわたしの反応を

楽しんでいました。まるで、Aくんとわたしの間で、物を使って会話をしていて、

その会話が一方通行に停滞することなく、

次々新しいアイデアを含みながら進んでいるようでした。

 

 そんなふうやり取りを楽しんだ後だからか、

この日の工作は、普段の何倍も熱心に長い時間、取り組んでいました。

ヨーグルトのカップでハムスターを作っています。お母さんといっしょに作っていた

立体のビー玉コースターは、いつの間にか、ハムスターが上へ下へと移動できる

迷路つきのお家になっていました。

 

写真は、いっしょにレッスンしているBくんとわたしが作った

車が上や下へ移動できるようになっている立体迷路です。

Bくんの今の工作での課題は、作ってもらいながら、工作時間を楽しむことと、

シールを貼ったり、マジックで描いたり、ハサミで切ったりする作業への意欲を

育てることなので、工作作品で遊ぶことが活動の主になっています。

 


給食当番さん

2014-12-19 12:07:16 | 工作 ワークショップ


紙コップの底を指で押しあげて、のりを剥がします。
 
ゆっくり破らないようにする作業……結構はまります。
 
小学生にさせると喜びます。集中力がつきますよ。

紙コップの給食エプロンを着せたらできあがりです。

モーターをブロックに装着する方法

2014-12-19 11:52:34 | 工作 ワークショップ

ブロックに、レールや磁石、レンズ、モーター類などを加えた遊び方を

紹介します。

 

 

 

下の写真は、ブロックで作った塔にピタゴラスイッチのような仕掛けや

巻き取り式のエレベーターを取りつけて遊んでいるところです。

科学への興味を育み考える力を高めます。

 

 

モーターをブロックに装着するのに輪ゴムを使っています。

電池とモーターに輪ゴムを貼り付けているだけですが、

ブロックで作った世界に観覧車や風力発電、色混ぜ実験の道具、

ヘリコプターなど加えたい時に役立ちます。

3歳と4歳の○くんと●くんは、このモーターの工作に夢中でした。

2歳の妹さんも、自分で回転させては大はしゃぎでした。

 

 

飛ばし道具、鈴、振動でメロディーが流れるゴール用の小道具などを

使って遊び中。

 


工作をするうちに、算数や国語が得意になっていくための小さな工夫。

2014-12-19 10:08:48 | 工作 ワークショップ




子どもたちと工作をするとき、私は ごく自然に

「算数の世界で学ぶ言葉」を使うようにしています。

工作では、箱や折り紙などをよく使いますよね。

そのある形や部分を指して、

「○○を貸してちょうだい?」「○○と△△どっちがいい?」などたずねるときに、

自然に、算数に関わる言葉を使うのです。

基本の基本は「形」を表す言葉。

「四角、三角、丸、だ円、五角形、正方形、長方形、二等辺三角形」などです。





たとえば、「四角い紙と、だ円の紙はどっちがいい?」などと使います。

立体を表わす「三角すい、四角すい、円すい、正20面体、立方体」などの呼び名も

自然に使います。

また、子どもとのやりとりの中で、「長さ、高さ、深さ、浅さ、広さ、垂直、平行、

直角、角度、拡大、縮小、重なり、○パーセント」など、もどんどん使っています。

たとえば、「そこの面は、80パーセントくらいに色を塗ってね」など。





また、物差しや三角定規、分度器、コンパス、量り、メジャーといった道具も

2,3歳の子とする工作でも自然に使うようにしています(危険なものは、

扱いは保管に注意しています)。

子どもに教え込むことはひとつもありません。

子どもたちは、自然に家の中のテレビや冷蔵庫といった名前を覚えますし、

テレビのリモコンや電話の使い方を覚えますよね。

それと同じように算数に使う道具の使い方や目盛りの読み方も、

いつの間にか覚えてしまいます。

工作でそうした言葉に親しませるとき、無理矢理教え込むことは、

一切しない方がいいです。

何度も何度も工作で遊ぶうちに、子どもたちはその言葉が何を表すのか、

身体にしみこむように理解していきます。

物差しの目盛りの読み方にしても、ただ読めるだけでなく、

単位の変換や小数点や分数の概念や、概数の意味まで理解していきます。

工作の世界では、「だいたい3センチくらいのひもがいる」ということが

よくあります。それは、概数について理解するチャンスです。





また、箱を切り開いて使用する工作をしていれば、

頭の中で図を自動的に組み立てることができるようになります。

展開図を見るだけで、それが立体になるとどのような形になるのか、

わかるようになってきます。



たとえば、3、4歳の子が、紙皿をちょっと切って工作するようなときにも、

「円の中心が知りたいわ。丸い形のおへそよ。」と言って、

2回半分の折って、交差する部分が円の中心にあたることや、

半径がどれにあたるかを見せてあげることができます。

もちろん、教え込む必要はないのです。

ただ、工作で得る知識は、無駄な先取りにはならず、とても実用的ですから、

「円の中心に穴を開けて、くるくる回る回転ずしを作りましょう」

「半径の長さに、コンパスをグーンと広げてね、足が痛いよって言うかな?

そして、くるんってバレエみたいに回ったら円が描けちゃうよ」といった会話に

すぐに使っていけます。

 

もちろん、一度にたくさん使う必要はなく、

もう1ヶ月、「毎日、毎日、紙皿で船作ってるわ」なんてときに、ついでに、

水に浮かべるときに、「指の上に、円の中心のところを乗せて、そーっとそーっと

動かしてみよ」といった楽しい誘いをしてみるといいですね。

工作をしながら、自然に算数に親しませるコツは、

虹色オンライン教室の 学ぶことが好きになる工作遊び でもたくさん紹介しています。

 

もくじを、体験別に整理しています。


9歳の壁 と 『虹色オンライン教材 学ぶことが好きになる工作遊び 』 

 

 

工作をするだけで、算数が得意な子になっていく方法に続いて、

工作をするだけで国語が得意な子になっていく方法を紹介します。

作品がどんな出来栄えでも、ただめちゃくちゃになぐり書きをしただけでも、

何を作ったのか言うとき、子どもはとてもうれしそうです。

「ドレッサー」とか「お友だちの顔」とか「小鳥と私」とか「宇宙船」など

タイトルを漢字やカタカナまじりで紙に書いて、作品を飾るときに添えてあげます。

作品についての説明を子どもからよく聞いて、短い文章にして書いて、

いっしょに添えてあげるのもいいです。

子どもは自分の作品を捨てたがらず(どんなにゴミくずのような作品でも……)

タイトルを何度も読んでもらいたがったり、自分でも読もうとします。

子どもは勉強にために文字を学び始めるよりも、

誰かに思いを伝える手紙やメッセージカードや自分の作品につけるタイトルや

その日の出来事を書いた日記などで文字と親しんでいくことを好みます。

工作をするとき、このように文字や文章とも親しめるようにしておくと、

遊ぶ時や、能動的に創造的に活動する時に、

文章を書くことを積極的に取り入れるようになってきます。





工作をするとき、身近な大人が「最初に」とか「だから」とか

「それから」といった接続詞を使って、ていねいに説明するようにすると、

文章を組み立てるのが上手になってきます。

どうして工作をするとき……なのかというと、

工作中はお手本を見せて解説することが多いからなんです。

たとえば、ティッシュ箱で自動販売機を作るとしますね。

「まず、はじめにティッシュ箱の一番、面積が小さな面を下にして、立てるわね。

ほら、これ、ちっちゃいでしょ。こっちはでかい。小さな面が下よ。

それから、上にある同じように面積が小さい面に穴を開けます。

ここからジュースを入れるの。

最後に、ジュースが出てくる穴を作らなきゃね。どこに開けたらいいと思う?」

のように、「はじめに」「それから」「最後に」を使って、

何段階かの手順に分けて説明すると、こうした表現に慣れていきますよ。




工作というのは、子どもと素材とのコミュニケーションとも言えるし、

子どもとイメージの世界のコミュニケーションとも言えます。

上手な作品を作るということに縛られず、物作りを通して満たされる

自分の内面を外の世界にアウトプットしながら

それに形や言葉を与えていく過程を親子で楽しんでくださいね。

 

問い方で思考力が変化する

2014-12-19 10:07:00 | 工作 ワークショップ
子ども時代というのは、

自分の心の中の声、つまり内言が発達していく時期です。

内言というのは、「音声を伴わない自分自身のための内的言語で

主として思考の道具に用いられる」といわれています。

サピア・ウォーフの仮説によると、言語はその話者の世界観の形成に関与する、

とされています。

 

わたしも子どもの内言の内容や発達いかんによって、

その子の思考力の幅や質や世界の認識そのものが違ってくると思っています。

なぜ子どもを大人の指示で動かして、競争させて、強迫的に何かを訓練させることが

まずいのかというと、最も重大な害は、

子どもの内言を失わせること、心の声を陳腐なものにさせること、

内面を雑音だらけにすること……と言えると思います。

 

子どもにできあがっているものを見せて、

「どうしてこれは動くんだと思う?」とたずねると、

「そんなの、~にきまってるじゃん」「そんなの当たり前じゃん」と

馬鹿にしたように、つまらなそうに言い捨てることがあります。

 

でも、大人が問い方をちょっと変えると

同じ子らが、たちまち夢中になって考え始めます。

黙って、見つめる目の真剣さから、心の中で内なる対話が活発に行われているのが

わかるときがあります。

 

問い方をちょっと変えるというのは、場合によりけりなのですが……

わたしが上の写真で子どもたちに「動く仕組み」について考えさせているシーンを

例に挙げて説明させていただきますね。

 

子どもたちの前で、「見ててね」と言いながら、

トイレットペーパーの芯を転がして見せます。

「動け、動け」と芯を指さして命令していると、前方に転がっていきます。

「どうして転がっていくのかな?」と尋ねると、

「丸いとこがあるから」とか、「コロコロするから」などさまざまな意見がでました。

 

そこで、「それなら、動け動け、ストップ!戻れ~って戻ってくるように

するにはどうしたらいいのかな?」と尋ねると、身を乗り出して

トイレットペーパーの芯をにらみつけて黙っています。

 

芯のひとつに小さな紙を貼って、

転がすときには紙を芯の側面にぴったり沿わせて転がすと、

転がるうちに紙が広がって芯は止まり、

戻ってきます。

その時、「動け動け、ストップ!戻れ~」と声をかけて、手で動きを表現すると、

まるでわたしの声や手の動きに従うように動くトイレットペーパーの芯を

手品を見るように見つめる子らは、同時にこの種を見破ろうと必死になって

頭を絞ります。

 

次に、芯のなかにビー玉を1個貼り付けたものも転がしてみます。

これも、「動け動けストップ!戻れ~」の指示に従います。

 

そんなとき、子どもは、「どうしてなんだろう?~だからかな?でもちがうみたい?

どうしてだろう?」とそれをすっきりとした言葉で言い当てたくて、

でも簡単そうでも言葉が見つからなくて、

もやもやした思いを抱えた状態で集中しています。

 

トイレットペーパーの芯で「動け、動け、とまれ、もどれ」という動きについて

考えてみる前に、写真のようなひもを広げると上に登っていく仕組みを子どもたちに

見せました。

すると、大人の方々は驚いて、「どうして登るのか」と気にかけていたのですが、

子どもたちは、「なんだ、そんなのひもを引っ張ったから上がるんじゃん」と、

鼻も引っ掛けない様子でした。

コップの底部分の直径と飲み口の直径の違いによって、

物が上下に移動するのですからなかなか面白い仕掛けなのですが、

「最初からできあがっている感じ」や「大人が子どもに決まったひとつの答えを

出すのを求めているような雰囲気」があったのかもしれません。

こんなふうに、いかにも答えを出させるための質問、

子どもに知識を与えるための問いかけ、という雰囲気では、

子どもの頭はフリーズしたまま動かないものです。

大人が喜ぶような人工的で完成度が高そうな学習であるほど、

子どもにすれば、「すでに大人がわかっているんなら、わざわざ自分が考えなくても、

大人に正しい答えを教えてもらってから答えればいい」

「他の子ら答えて、間違えたら、自分は間違えなくても正しい答えが言える」と

考えてしまうのかもしれません。

 

疑問を抱くこと、内言を育てること、自分の心の中で考えを追う楽しみを育てるには、

「教えよう」「知識を与えよう」という大人の押し付けがほんの少しでも透けて見えたら、

逆効果にもなってしまいがちです。

 

それなら、どのようにすると、子どもは自分の心のなかに疑問を抱き、

自分と対話し、自分自身で考えを深めていくのでしょう?

 

それには、子どもへの問いかけ方を工夫する必要がありますが、

その前に、普段の親や先生の子どもへの接し方が、

近視眼的でないことが重要だと思っています。

 

大人が子どものアウトプットに注目し過ぎない、子どもの今を評価し過ぎない、

子どもに自分ができているかどうか、上手か下手かに注目させるような言動を

つつしむことが大切です。

そういう意味で、たとえプールやソロバン教室のようなものでも、

まだ小学校にもあがっていないうちから「○級」に合格したかどうかといった刺激に

さらすことは、とても危険なことだと感じています。

 

なぜかというと、子どもはこの広い世界のなかではとても小さな存在で、

心がいつもまだ知らない広い世界に向かって開かれていなくてはならないのに、

年がら年じゅう、「小さな自分」にばかり注目するように癖付けてしまっては、

金魚蜂のなかの金魚のように、

認識している世界が狭い子になってしまうからです。

 

自分が今、何を上手にできようと、できまいと、

魔法のような不思議さと、たくさんのやってみたいことと、

できるようになりたい憧れと、人と人が関わる場で新しく生まれてくる物語に

どっぷりつかていることができるかどうかが、

子どもの将来の伸びしろの大きさを決めるように感じています。

 

自意識過剰になって「小さな自分」にばかり注目するのでなくて、

自然に、今ある世界にいることができて、そこで、泣いたり、笑ったり、

恥ずかしがったり、怒ったり、ぐずぐずしたり、寝ていたり、ふざけていたり、

夢中になっていたり、感動したり、うまくいかなくてイライラしたりすることが、

とても重要だと思っています。

そうした感情が突破口になって、広い世界に対して、

将来、出入りすることができるようになる入口が作られるからです。

 

子どもが知らない価値はたくさんあります。

「なぜ」という疑問は無数にあって、それぞれに対する答えも無数にあります。

「○級」を取得するために必要なものだけが世界を形作っている価値だと誤解して

しまうと、子どもの周りにどんなにすばらしい価値あるものがあっても、

その子が感じとれるものはごくわずかになってしまいますよね。

 

工作イベントにぜんまい式のおもちゃを分解したものを持っていくと、

手のひらに乗せて、真剣に見つめている子がいました。

 

「ぜんまいの動きを使って、何かできないかな?」とアイデアを募ると、

トンネルをくぐらせるアイデアと、ひげそりのシェーバーを作る案が出ました。

 

素朴に、ただ考えること……

それが、たまらなく面白い体験でもあるのです。

 

結局、どんな問い方が子どもの思考力を育てるの?

内言を発達させるの?

と疑問を抱えたままの方がいらっしゃるかもしれませんね。

 

私が思うのには、

子どもの感情が揺さぶられるような問い方、

それまであたり前だと思っていたことの思いもかけない側面を発見した時、

つまり「びっくりした」時にちょうどいい問いを投げかけることだと思っています。

 

問いといっても必ずしも言葉で問いかけるのではなく、

無言の手助けがそのまま子どもへの問いである場合もあります。

あえて問わないことが、問いになることもあるでしょうね。

 

感情が揺さぶられるとき、人は本気で考えるものです。

つまり、揉め事のあるところには、

思いっきり知恵を絞る絶好のチャンスがあるということです。

 

問題を解決するために頭を使うのは、国の場合も、危機に面した時ですよね。

 

子どもたちにしても、自分や友だちが揉めていたり、

何だか心が納得しなくてジレンマに陥ったりするときこそ、

みんなを巻き込んで考えることを楽しむチャンスでもあるのです。

工夫して解決したときには、本当にうれしいし、

解決しないときには、心に残るストーリーが記憶に刻まれますから。

 

今回の工作のワークショップには3歳の内弁慶の女の子☆ちゃんが参加していました。

☆ちゃんは神経が過敏で繊細で恥ずかしがり屋さん。

反抗期の真っ最中ということもあって、お友だちと仲良くしたいけれど、

近づき過ぎるのは怖いし、

みんなといろいろしたいけど、自分の物を触られるのは嫌だし、

大好きなお友だちは自分の思うように手をつないでくれないしで、気持ちが高ぶって、

廊下の暗闇に隠れてしまいました。

 

誰にも貸したくないとばかりにねんどで作ったお料理と、

チーズの箱で作った椅子を抱えています。

 

そこで、わたしは☆ちゃんに、「ここに☆ちゃんのお部屋を作ってあげようか?」と

たずねました。

すると、☆ちゃんは目をキラキラさせてほほえんで、こっくりしました。

 

段ボールを貸してくださる方がいたので、それを立てて壁やドアにすると

素敵なお部屋ができました。

 

すると、うらやましそうに他の子らがぞろぞろ集まってきました。

お友だちが口ぐちに「お家に入れてよ」と懇願しますが、

☆ちゃんは「いやー!だめー!」と断固拒否。

ちょっとお姉ちゃんの◇ちゃんが「ケチはだめ」とばかりにたしなめて、

軽く☆ちゃんのおでこをペチリとたたきましたが、

☆ちゃんは誰も家に入れようとしません。

 

どうしても家に入りたかった●ちゃんが、ワンワン大きな声で泣き始め、

「●ちゃんにもお家を作ってあげよう、ここではどう?これはだめ?」と

なだめすかしても泣きやみません。

●ちゃんは、●ちゃんで、自分の家が欲しいのではなくて、

「意地でも誰も入れないぞ」とがんばっている☆ちゃんの感情が

その場にかけている不思議な魔法が魅力なのです。

 

本当に、どうしてこんなに手に入らないものは魅力的なんでしょうね?

 

この後で、激しい「お家に入れて!」「いや!」の争いは、

素敵なドラマを生みました。

というのも、実はそれまで☆ちゃんは、●ちゃんが好きで、仲良くなりたくて、

手をつないでもらいたくてしかたがなかったのです。でも、追いかけ回されて、

友だちになって~と迫られると、逃げたくなるもので、

●ちゃんはずっと☆ちゃんを拒否していました。

 

それが、突然、

ものすごく魅力的な豪華?(段ボールの壁の……↑の写真のスペースです)な家の

持ち主となった☆ちゃんの株は、この揉め事で一気に急上昇し、

●ちゃんの大泣きの末、☆ちゃんと●ちゃんは仲良さそうに手をつないで

ずっと遊んでいたのです。

 

子どもの思考力を育む問い方、

やっぱりよくわからなかったという方がいらっしゃるかもしれません。

確かに、「問いといっても必ずしも言葉で問いかけるのではなく、

無言の手助けがそのまま子どもへの問いである場合もあります」というあたり、

何が言いたいのやら……と。

 

前回、☆ちゃんがその場にいる緊張から暗い廊下に身をひそめてしまった話を

しましたよね。

そうした時のサポートの仕方というか、大人の心のあり様のようなものが、

自分で考える子になるか、自分で考えようとせずに、すぐに他人に頼ったり、

すぐにあきらめたり、すぐにキレたり、大人の指示に従いすぎたりする子になるかを

分ける分岐点となるように感じています。

 

どういうことかというと、

人が頭を使うのは、必要があるときで、必要があるときというのは、

解決したい問題を抱えているときですよね。

動物を箱に閉じ込めたら、一生懸命知恵を絞って出ようとしますよね。

でものんびり餌を食べているときに、いくら「頭を使え」と命令したところで、

考えようとはしないでしょう。

 

子どもにしても同じで、子どもは自分で「あれが欲しい」とか、

「お友だちと遊びたい」とか、「あんなことができるようになりたい」といった

欲望を感じて、すぐにかなえられないとジレンマに陥ります。

葛藤を抱えて、泣いたり、わめいたり、自分の殻に閉じこもったりします。

 

そのひとつひとつの欲望は、ある意味、子どもにとって非常に大事な

成長の起爆剤です。

 

子どもが自分で作りだす自分の発達をうながすための創造物であり、

道具といえるのです。

 

ですから、

大人が葛藤が起こらないように、揉め事がないように先に手をまわしてしまうとか、

葛藤が起こるやいなや、解決法を提示して大人が解決してしまうということは、

ママ友の関係維持にはいいことかもしれませんが、

その分、子どもの成長を遅らせてしまうのではないでしょうか。

 

といっても、子どもたちが揉めるがままに放っておいたのでは、

暴力に訴えるようになったり、友だちと遊ぶのを怖がるようになったりしかねません。

 

それなら、どのようにサポートすればいいのでしょう?

 

子どもが葛藤を抱えているとき、

大人は子どもが自分たちで解決していく力を尊重しつつ、次のようなサポートができます。

 

◆ 危険のない形で、感情を十分表現させる。子どもの気持ちを受け止める。

 

◆ 新しい別の視点から今起こっている出来事を眺めるヒントを与える。

 

◆ 創造的な解決法をしめす。

 

◆ 子どもが葛藤に陥っている本当の理由を見抜いて、

心から満足できる体験が味わえるようにする。 

 

◆ 子どもが葛藤の末、

手にいれようとしている新しい理想的な自分像に気づいておく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

葛藤があるところには、たいてい成長の可能性があります。

 

暗い廊下に隠れてしまった☆ちゃんの行動も、

☆ちゃんが今の状態よりもより成長した自分になりたいという

向上心が潜んでいます。

 

これまではお友だちといっしょの場所でも

☆ちゃんはママとふたりで仲良く遊んでいれば満足だったのです。

 

でも、そうじゃなくなった。

それだけじゃ、イライラする。ママじゃなくて、お友だちと仲良くなりたいって

欲望が目覚めてきたのです。

でも、どう振舞ったらいいかわからないし、何だか怖い。拒否されそうだし、

実際、強く拒否されもするから、先に自分が乱暴に振舞っておく。

でも、それでは少しもお友だちと仲良くなれない。

 

そんな悪循環から抜け出すすべもなくて、暗い場所に隠れてしまったのでしょう。

 

そうした時に、近くにいた大人が☆ちゃんと同じ視点で、

今起こっている揉め事を鎮めることばかりに気持ちを集中させて、

「~言いなさい」とか、「仲良くしなさい」とか、「優しくしなさい」と指示して、

納めてしまったのでは、その出来事が成長には結びつかないかもしれません。

 

今回の工作の集まりは

「虹色サークル」という虹色教室通信の読者の方々が作っているサークルなので、

こうした子どもの揉め事にも、親御さんたちは余裕を持って、見守っておられました。

 

それで、

◆ 危険のない形で、感情を十分表現させる。子どもの気持ちを受け止める。

 

◆ 新しい別の視点から今起こっている出来事を眺めるヒントを与える。

 

◆ 創造的な解決法をしめす。

という3つは、自然と親御さんたちの間から、子どもを主にした形のアイデアが出て、

「問題が起こった時やイライラを抱えてしまった時、

知恵を絞って、工夫すると、こんな楽しい結果が得られるんだ」と

子どもが気づけるようなサポートをしておられました。

たとえば、☆ちゃんのお家に入れてもらえなくて悔しがっていた子には、

戸の隙間を利用して、忍者の密文をやりとりする新しい遊びを提案していました。

 

ただ、

◆ 子どもが葛藤に陥っている本当の理由を見抜いて、

心から満足できる体験が味わえるようにする。 

 

◆ 子どもが葛藤の末、手にいれようとしている新しい理想的な自分像に気づいておく。

という2つについては、

「やれやれ、揉めてたのがおさまったわ~」とホッとした時点で、

次につなげる視点は持っておられないようでした。

 

そこで、工作後の大人だけの勉強会では、

雑談を交えて、子どもを成長させる環境やサポートについて

親御さんたちの話し込むことになりました。

 


工作やブロックが好きじゃない子も工作やブロックをしなきゃいけないの? 

2014-12-19 10:03:46 | 工作 ワークショップ

 リクエストをいただいていた過去記事を紹介します。

 

虹色教室通信では

子どもたちが工作やブロック遊びといった物作りを楽しんでいる姿を紹介しています。

そうした画像を見るうちに、

「うちの子は工作やブロックが好きじゃないけど、好きじゃない子にもやらせなきゃ

いけないの?」と悩む方がいるようです。

 

もちろんやりたがらないものを無理にやらせる必要はないはずです。

 

ただ、「やりたがらない」の背後にあるものを、安易に好き嫌いの問題とだけ捉えて、

「うちの子にはあってないようだから、させなくていいわ」と白黒つけちゃうのは

どうかな、と思っています。

 

別に工作じゃなくてもいいし、ブロックじゃなくてもいいけれど、

子どもには、おもちゃに遊んでもらうんじゃなくて、

自分で遊びを作りだしていくようなシンプルな素材との付き合いが

必要だと思っているのです。

 

わたしが子どもの頃は、地面や草木や外の世界にある、ありとあらゆるものが

子ども自身が創造的に遊びを生み出していくための素材として利用されていました。

 

「子ども時代、工作もブロックもしたことがない」という方も、

地面に円を描いて石けり遊びをしたり、線を引いてドッチボールをしたり、

階段を上り下りしながら、じゃんけん遊びをしたり、どろだんごを作ったり、

草花でままごとの料理を作ったり、フェンスを上って新しい道を開拓したりした

覚えはあることと思います。

そうした自ら作りだしていく遊びの場では、子どもから子どもへ、

伝承されていく学び合いが常に行われていたし、自分の気持ちを表現したり、

自分の考えを伝えたり、黙々と素材の感触と触れ合うゆったりした時間が

ありました。

 

「こういうふうに遊びなさい」と大人に遊びを決められたり、

「こういう遊び方しかない」とおもちゃに遊び方を限定されたすることなく、

その日の気分と自分という個性とひらめきや想像の

全てをオールマイティーに受け入れて、さらなる発展をうながしてくれるような

遊びの世界は、今の時代、大人が意識して環境を整えてあげないと

存続できないようなところがあります。

 

もちろん現代の子どもの周りにも土や草花やフェンスや階段はあります。

でも、それらに自由に働きかけることは

今の子に許されていないし、そうした遊びの手本もありません。

 

異年齢の子どもたちが自由に外遊びをする姿が減り、兄弟姉妹が減り、

遊び時間が減り、遊びを伝承する子どもの文化が衰退し、

子どもの世界に大人が良かれと思うあれやこれやが侵入しているのが、

今の子の現実です。

 

自分で判断したり、考えたり、工夫したり、「わたしはこういう子だ」とか

「今はこういう気持ち」というものを表現したりするもの。

 

「やーめた、やっぱりこうしよう」と自分の意のままに変更したり、

破壊したり、塗りたくったり、ちまちました作業に没頭したり、

巨大なものを完成させる夢を抱いたりできるもの、していいもの。

 

物と物を会話させたり、他の子のすることに興味を持ったり、感動したり、

自分の作り上げたものに感激したり、称賛されたりするような

人と人とをつなぐ役割を果たしてもくれるもの。

 

そうした変幻自在に子どもの力で創り上げていく遊びは、

どの子にとっても大切なもの、重要なものだと感じています。

 

もちろんそれを「工作」や「ブロック」に限らなくてもいいのです。

 

でも子どもにはそういう遊びの経験がいる、ということは現代の子育てでも

心に留めておく必要があるのではないでしょうか。

 

もし「工作」や「ブロック」に興味がない子なら、

「知育玩具」や「パズル」や「絵本」でいい……というのではなく、

やはり「工作」や「ブロック」ぐらい自由度が高く、能動的に働きかけられるような

「ごっこ遊び」「劇遊び」「お姫様ごっこ」とか「秘密基地作り」とか

「冒険遊び」などが楽しめるような環境を用意してあげることが大事かな、

と思っています。

 

以前、近所の児童館で工作教室をしていた時のこと、児童館の館長さんから、

「とにかく遊びというと、物を破壊したり、投げたり、足蹴りしたりすることだけ

で終始する子があまりに多いので、どうしたものかと思っています」

という相談をいただいたことがあります。

 

児童館には毎日、大勢の幼児や小学生が集まっていたのですが、

どの子も成長して子ども同士で遊ぶようになったとたん、

おもちゃを破壊して遊ぶことしか興味を示さない……ということを危惧して

おられたのです。

「破壊が創造の第一歩ということはわかります。

子どもだってストレスもあるでしょうし。

でも、破壊しかしなくて、遊びが生まれないというのはどうしたものか……」

館長さんは、そう言って、ため息をつかれました。

 

児童館の館長さんの心配は

ある地域の限られた子どもたちの姿ではなくて、

ごく普通の大多数の子らが大人の管理を離れて、

自由な遊び時間を手にした時に陥る姿だと思います。

 

虹色教室では、子どもの創造的な活動に対する意欲が生まれやすいように、

お友だち間の学び合いや協力が起こりやすいように

さまざまな工夫を凝らしています。

 

物作りの技術を身につけつつ、

人と響き合う楽しさ、アイデアを出し合う面白さ、

自分の全エネルギーを無駄にも思えるような何かに投入してみる満足感、

問題を解決した時のスカッとする気持ちなどを味わうことができるような

環境を物の面でも人の面でも整えるようにしているのです。

そうした種まきや地道に心を耕す過程があってこそ、

子どもたちが主体的に遊びを生み出して、お互いの心を共鳴させあいながら

楽しい時間を作りだすことができているのです。

また遊びがそのまま学びの好奇心になり、学ぶ時の姿勢になり、学習動機や意欲にも

つながっているのです。

 

子どもたちはみんな現代っ子ですから、もともと想像力や創造力が豊かで、

自分で考えて遊びを作りだし、お友だちと協調して遊び、

問題が起これば解決することができる子というのはごくわずかです。

 

教室に来ている小学生にしても、こちらが遊びを豊かにする方法を伝え、

子どもの心に「豊かさのある面白い遊び」という火を灯さなければ、

それぞれ好き勝手に自分で完結する遊びをしようとしたり、

遊びもしないのに教室を散らかしてまわったり、室内でボール投げをしたりして

ゲラゲラ笑い転げる……という児童館の先生が嘆いておられた「破壊する遊び」だけに

興じるところがあります。

それが幼児期に聞き分けよく育ってきた小学生たちが好む遊びだからです。

 

そんな子どもの遊びの世界の質の低下を目にすると、

大人たちは教育のことばかり語り合っていていいのかな、と疑問を抱きます。

子どもの遊び世界とはそのまんま子どもたちの内面世界の現れではないか、

と感じるのです。また、子どもの生きている世界の投影でもあると思われるからです。

 

子どもの遊びの世界が衰退し、瀕死の状態にあるということは、

子どもの内面世界が枯渇し、子どもを取り巻く環境が寂しいものとなっていることを

伝えるSOS信号とも受け取れるからです。

 

 幼い男の子たちが車や電車のおもちゃが気に入ると、

「何が楽しいのかしら?」と呆れるほど、

来る日も来る日も、ミニカーを前に動かしたり、後ろに動かしたりしながら、

遊び続ける姿がありますよね。

 

親御さんに、「この1月ほど、どんな遊びをしていましたか?興味を抱いていたものや、

好きになったものはありますか?」とたずねると、

目の前の子が車を前後に動かす姿に視線を投げながら、

「ずっと、あればっかりです。いつも車でしか遊ばないから、別のおもちゃも……と

思うんですが、それしかしたがらないんです。

ひとりで遊んでくれるし、つい楽なんで放っといちゃうんですが、

もうちょっと遊んであげた方がいいでしょうか?」

「プラレールを買ってあげたところ、毎日、レールをつないで電車が走るところを

いつまでの眺めています。それ以外の遊びがないので気になるのですが、

誘ってもそれしかしたがらないのです。

いっそのこと、好きなおもちゃ類を片付けちゃった方がいいんでしょうか?」

という質問が返ってくることがよくあります。

 

 本人が好きなことを存分にしているのですから、いいにはいいのでしょうが、

遊べば遊ぶほど、遊びの幅が狭くなって、

親御さんやお友だちがその遊びに参加する隙もなくなってしまうのは、

ちょっと気になりますよね。

 

遊びのパターンが固定されて、柔軟性が失われると、

いつも同じことが、一貫したテーマで再現されないと落ち着かなくなるし、

遊びが、外の世界を遮断する道具になってしまうこともあります。

 

車の好きな子には思う存分、車で遊ばせてあげたいけれど、

遊び道具や遊び方の一部に、創造的に変化させたり、

自分の思いを表現できるような柔軟性のある素材や方法を取り入れるようにすると

いいな、と考えています。

 

 

ひとつのおもちゃやひとつの遊び方にこだわりが強くなると、

お友だちが近づこうものなら、「自分の遊びを邪魔される」

「自分のおもちゃを奪われる」と身構えたり、威嚇したり、人を避けたり、

不安のあまり放心したようにボーっとなってしまう子がいます。

 

お友だちからお気に入りのおもちゃを奪われないかと緊迫した様子で遊ぶ子は、

お友だちが持っているおもちゃが目に付くと、

「それを自分のものにできないんだったらこの世の終わり」とでも

言いたげな態度に転じることがよくあります。

 

お友だちと過ごしている間中、

「自分のおもちゃを触られたくない」という気持ちと、

「他の子の持っているおもちゃが欲しい」という気持ちの間を行き来していて

その中間がないのです。   

すると遊びがいつまでも発展しないし、遊びが発展しないということは、

精神的な成長が停滞することにだってつながります。

 

虹色教室では、子どもの遊びの世界が、外の世界のあり様を受け入れやすい状態を保つよう、

また遊びが身の回りの環境への開かれた窓の役割を担うように……という意味もあって、

1歳、2歳という幼いうちから、遊びに物作りを取り入れています。

 

具体的な例を挙げると、たとえば、電車でひとり遊びをしている子がいれば、

ブロックで隙間を作ってもいいし、空き箱に穴を開けてもいいし、

椅子の隙間をそのまま利用してもいいのですが、それを切符の券売機に見立てて、

切符が出てくる遊びを加えるようにするのです。

 

 

工作といっても、紙を乱雑にチョキチョキするのが楽しい時期の子もいるでしょうし、

細い紙を用意してあげて、一回、はさみを開閉するだけで

チョキンチョキンと切符ができていくのを喜ぶ時期の子もいるでしょう。

お母さんに切ってもらいながら、紙だったものが自分の見立てる力で切符に様変わりして

しまう魔法に夢中になる子もいます。

「切符!切符!」と遊んでおきながら、ふいに紙をパラパラ散らして、

「雪!」と命名して笑みを浮かべる子もいます。

 

そのように物作りを遊びに取り入れたとたん、自分の頭の使い道が広がり、

「今日、駅で~した」と自分の体験をもっと遊びに入れてみようとしたり、

「切符だけじゃなくて、お金もいるよ」と知恵を披露してみたり、

「ジュースが出てくる機械とアイスが出てくる機械とトーマスの出てくる

ガチャポンも作る!(作って!)」と創作することと想像力を使うことで、

たちまち億万長者なみに自分の欲するものが手に入る喜びに浸る子もいるのです。

 

 

↑の写真はビー玉をセロファンで包んで信号機を作っている様子です(色の順番は

間違っていますが、本人の好きなように)

駅で信号機を発見した男の子の感動を、遊びの中で再現しているところです。

100円ショップのプッシュライトを当てると、信号を順番に光らせて遊べます。

 

こんなふうに、遊びにいつでも物作りを取り入れられるようにしていると、

「駅に信号があった!」という子どもの感動が、光の性質や信号機の仕組みといった

ものに広がっていくきっかけにもなるのです。

 

また物作りを遊びの世界に取り入れると、「お手本をよく見て真似る」

という学びの姿勢を身につけさせる機会が増えます。

できるようになったことを、お友だちに教えてあげるようにもなります。

 

そのように物に固執しなくても、さまざまな心を満たしてくれるものがあることを

知るにつれ、子どもたちはお友だちと過ごすのが楽しくなり、

上手に遊べるようになってきます。

 

既成の完成されたおもちゃには、

たいてい子どものアイデアや想像が入る余地がありません。

 ↑の写真はブロックでケーキを作った子の作品。

これから、お友だちとそれぞれ作ったケーキを持ち寄ってパーテーをする予定です。

プレゼントを包み、ろうそくを立ててご機嫌の女の子。

急に思いついたように、赤い部分をはずして、

「火が危ないから、ろうそくを消しておくわ」と言いました。

自分が今、思いついたこと、知っている知識、想像したこと、願い事、

自分の中に生まれた物語……

そうしたものを、遊びの世界にリアルタイムに活かしていくには、

自由に作り変え、自由に見立てることができる素材が必要ですよね。

 

工作やブロックのように自由度の高い遊びは、

子どもの頭と心の可動領域を広げます。

子どもの内面世界を目で見て触ることができるスペースを作りだします。

 

 工作やブロックが好きじゃない子も工作やブロックをしなきゃいけないの?4

工作やブロックが好きじゃない子も工作やブロックをしなきゃいけないの? 5

工作やブロックが好きじゃない子も工作やブロックをしなきゃいけないの? 5補足