午後から大学へ。3時から二文のKさんの卒論指導。4時半から一文の卒論演習。今日は風邪で休みますと連絡してきた学生が4人もいた。数日前の冷え込みでやられたのだろうか。演習は7時に終了。五郎八に夕食を食べに行く。天せいろを注文。女将さんが「お忙しそうですね」と訊いてきたので、「そうでもありません」と答える。10月の1週と2週は、金曜6限の「現代人の精神構造」の担当回で、週に3つ大教室での講義があったのでせわしなかったが、しばらくは他の先生の担当回が続くので、1つ講義の準備が減っただけでだいぶ違う。それと、前期に比べると、後期は時間の経つのが速い。前期は夏休みが遠く感じたが、後期は冬休みが近く感じる。秋の陽はつるべ落としというが、そうした日々の集積である後期もまたあっという間に過ぎていくのである。来週はもう11月だ。
7限の基礎演習では毎回授業の前半に「グローバリゼーション」をテーマに数人の学生が発表をして、それを元にしてディスカッションを行っているのだが、みんなよく発言をする。発言することへの心理的ハードルが低いのである。このハードルの高低は年度ごとに違うのだが、今年度のクラスは歴代の基礎演習のクラスの中でも一、二を争うハードルの低さである。私が「では、この辺で」と適当なところで終了を宣言しないといつまでもディスカッションが終わらない感じなのである。いや、今日などは、私が「では、この辺で」と言っているのに、「もう少しだけ」とか言って止めないのである。半ば呆れ半ば感心する。授業の後半はグループ発表へ向けてのグループワーク。これもまた授業時間が終わっても、教室に残って続けているグループが多い。では、お先に失礼。
10時半、帰宅。メールをチェックし、一風呂浴びて、録画しておいた『Dr.コトー診療所2006』の3回目を観る。一話完結の物語と、コトーと星野彩佳の物語、原剛利・剛洋親子の物語という2つの継続する物語から構成されているが、いささか物語が過剰ではないだろうか。詰め込みすぎではないだろうか。観る側は息が継げない感じだ。最終回までホッとした気分にはさせてもらえそうもない。
7限の基礎演習では毎回授業の前半に「グローバリゼーション」をテーマに数人の学生が発表をして、それを元にしてディスカッションを行っているのだが、みんなよく発言をする。発言することへの心理的ハードルが低いのである。このハードルの高低は年度ごとに違うのだが、今年度のクラスは歴代の基礎演習のクラスの中でも一、二を争うハードルの低さである。私が「では、この辺で」と適当なところで終了を宣言しないといつまでもディスカッションが終わらない感じなのである。いや、今日などは、私が「では、この辺で」と言っているのに、「もう少しだけ」とか言って止めないのである。半ば呆れ半ば感心する。授業の後半はグループ発表へ向けてのグループワーク。これもまた授業時間が終わっても、教室に残って続けているグループが多い。では、お先に失礼。
10時半、帰宅。メールをチェックし、一風呂浴びて、録画しておいた『Dr.コトー診療所2006』の3回目を観る。一話完結の物語と、コトーと星野彩佳の物語、原剛利・剛洋親子の物語という2つの継続する物語から構成されているが、いささか物語が過剰ではないだろうか。詰め込みすぎではないだろうか。観る側は息が継げない感じだ。最終回までホッとした気分にはさせてもらえそうもない。