父が書いたカルテを廃院時に処分した。父の書いたカルテをみたらすべてドイツ語であった。自分が学生時代は半分がドイツ語時代の教授で半分が英語系の教授だったため、チャンポンで講義を受けた記憶がある。解剖学なんぞは、ラテン語、ドイツ語、英語、日本語の4ヶ国語で医学用語を覚えさせられた。過渡期だったのだろう。でもそんなこと今ではほとんど役に立っていない。いまは英語と日本語だけらしい。
父が書いたカルテを廃院時に処分した。父の書いたカルテをみたらすべてドイツ語であった。自分が学生時代は半分がドイツ語時代の教授で半分が英語系の教授だったため、チャンポンで講義を受けた記憶がある。解剖学なんぞは、ラテン語、ドイツ語、英語、日本語の4ヶ国語で医学用語を覚えさせられた。過渡期だったのだろう。でもそんなこと今ではほとんど役に立っていない。いまは英語と日本語だけらしい。