
モルバランは駆けることも忘れてぼんやりしていた。
「どうしたの」
と、メルリッチェルが訊ねた。
「この前の強風で花が折れてしまった」
「どんな花」
「水仙」
「たくさん折れたの」
「一本だけ」
「それならいいじゃない。今年は水仙がたくさん咲いたんでしょう」
と、メルリッチェルは慰めるようにいった。
「よくはない。黄水仙だ」
「どうして黄水仙だといけないの」
「たくさん咲いたけど黄水仙は一本だけだ」
「アラアラ、たった一本の黄水仙を狙うなんて悪い風ね」
「風は悪くない。花を折ろうとして吹いた訳じゃないし、黄水仙を
狙ったわけでもない」
と、モルバランはかばうようにいった。
「それはそうね」
と、メルリッチェルも同意した。
「で、どうしたの」
と、メルリッチェルが訊ねた。
「どうしたって、そのままさ」
「じゃぁ、倒れて地面に伏せったまま」
「ああ」
「それはかわいそうだわ。花は誇りをもって立っていなければ」
「じゃぁ、どうする。添え木でもするか」
と、モルバラン。
「それも大仰で痛々しいわね」
「そうだな」
「じゃぁ、いっそのこと切り取って部屋に飾ってやったら」
「それがいい。ではそうする」
と、うなずきながらモルバランは立ち上がって駆けだした。
風が耳を切った。
「水仙、ごめん。水仙、ごめん」といっているようだった。