本書のタイトルは『キャンセルカルチャー』となっていますが、キャンセルカルチャーそのものというより、それ以降、アメリカで起こってる凄まじい分断の様相を描いています。
発行は2022年秋で、バイデン時代になりますが、読み進めるうちに、昨秋の選挙結果に見られるように、トランプが復活してくる背景が見えてきます。もちろん著者がそれを予告しているわけではないのですが、そこに描かれている状況は、なるほど、トランプ復活も無理ないなと思わせるものがあるのです。
実は私、いま印刷所で形をなそうとしている所属の同人誌に、それと関連することを書いたのですが、この書を読んでいたらもっと深堀りしたことが書けたのにと悔やんでいます。
キャンセルカルチャーは、これまである種の権威や評価をもっていた特定の人物や団体、あるいは事柄が、実は好ましくないものであったことをSNSや各種メディアで糾弾し、その評価をくつがえしたりするもので、それはしばしばその過去にまで遡ります。
例えば、現在の黒人差別への糾弾が150年以上前の南北戦争の南軍のリー将軍の銅像などの撤去に及んだり、さらには、1776年の独立当時のジェファーソンなどの「英雄」が実は奴隷所有者であったことが暴露されたりもします。
もちろんこれらは、現実の#MeToo運動やBLM(ブラック・ライヴズ・マター)に連動しての過去の反省なのですが、行き過ぎると、中国のかつての文化大革命の紅衛兵のように、貴重な文化財も含む伝統的なものをすべてをぶち壊すことになりかねません。
冒頭に書いたように、この書は、キャンセルカルチャーとそれへのカウンターの中で見えてきたアメリカの分断そのもの具体的に論じていて、そしてそれらは、私がかねてより実感していた今世紀に入ってからのアメリカの分断の深まりを諸方面からの実在のデータを伴って見せてくれるものです。
それらは、昨年の選挙でも問題になった、中絶問題、ワクチン問題、銃規制、BLM 、環境問題、LGBT、移民、などなど多方面にわたり、具体的には民主党支持者と共和党支持者との闘争として現れています。
それらの問題はしばしば歴史的な遡及を見せ、先に見たように南北戦争や独立時の理念にまで及ぶのです。
さて、こうしたアメリカにおいての分断の激化は、一国的なものでしょうか。どうもそうでもなさそうだというのが上述した同人誌での拙論の記述でした。
何を根拠にそれをいうかというと、ブレグジット(EUからの離脱)以降のイギリスでの混迷による分断化、先ごろ行われたドイツ連邦議会選挙での移民排斥などを主張する右翼(極右も含むといわれる)政党「ドイツのための選択肢=AfD」が第2党に躍進したこと、フランスにおいてはルペン一族が率いる右翼政党「国民連合(RN)」がやはり無視できない勢力としてその支持を伸ばしていいることなど、ヨーロッパそのものが EUの開かれた欧州という理念を巡って激しい分断にさらされていることが挙げられるのです。
では日本はどうなのか?自公の多数派陥落後の政局において、ポピュリズムが台頭し、その背後には、日本保守党、参政党、つばさの党、石丸の再生の道、NHK党などなどの有象無象や魑魅魍魎が暗躍し始めています。
彼らがこの国の分断の一方を担うというより、彼らの撹乱により世論が妙に捻じ曲げられて混乱へと至るという図式は昨秋の兵庫県知事選で見られたところで、その余燼は今もなおくすぶっています。
予断を許さないのはこうしたくすぶりの火種や、小規模な放火を楽しむ輩が、前世紀のナチス時代出現に先立つボッブ(政治的ごろつき)のように、本格的な分断を煽るものに成長し、これまでの保革(55年体制のそれ)という分断の溝をさらに決定的に異質なものとして深める可能性を否めないということです。
その意味では、トランプ登場時に、この国ではこれまでの政権党が少数派になったことは、分断への猶予期間を与えられたということになり、良かったのかも知れません。
しかし、その猶予期間の終わりには・・・・。ん~~?
この書に戻りましょう。わたしたちがその大統領選においてしか知らないアメリカの激しい分断を、さらに詳しい実情とその歴史的変遷や広がりをとてもわかりやすく適切に教えてくれる書だと思います。
そして、21世紀が世界的な分断の時代になる可能性をも示唆してくれます。
発行は2022年秋で、バイデン時代になりますが、読み進めるうちに、昨秋の選挙結果に見られるように、トランプが復活してくる背景が見えてきます。もちろん著者がそれを予告しているわけではないのですが、そこに描かれている状況は、なるほど、トランプ復活も無理ないなと思わせるものがあるのです。
実は私、いま印刷所で形をなそうとしている所属の同人誌に、それと関連することを書いたのですが、この書を読んでいたらもっと深堀りしたことが書けたのにと悔やんでいます。
キャンセルカルチャーは、これまである種の権威や評価をもっていた特定の人物や団体、あるいは事柄が、実は好ましくないものであったことをSNSや各種メディアで糾弾し、その評価をくつがえしたりするもので、それはしばしばその過去にまで遡ります。
例えば、現在の黒人差別への糾弾が150年以上前の南北戦争の南軍のリー将軍の銅像などの撤去に及んだり、さらには、1776年の独立当時のジェファーソンなどの「英雄」が実は奴隷所有者であったことが暴露されたりもします。
もちろんこれらは、現実の#MeToo運動やBLM(ブラック・ライヴズ・マター)に連動しての過去の反省なのですが、行き過ぎると、中国のかつての文化大革命の紅衛兵のように、貴重な文化財も含む伝統的なものをすべてをぶち壊すことになりかねません。
冒頭に書いたように、この書は、キャンセルカルチャーとそれへのカウンターの中で見えてきたアメリカの分断そのもの具体的に論じていて、そしてそれらは、私がかねてより実感していた今世紀に入ってからのアメリカの分断の深まりを諸方面からの実在のデータを伴って見せてくれるものです。
それらは、昨年の選挙でも問題になった、中絶問題、ワクチン問題、銃規制、BLM 、環境問題、LGBT、移民、などなど多方面にわたり、具体的には民主党支持者と共和党支持者との闘争として現れています。
それらの問題はしばしば歴史的な遡及を見せ、先に見たように南北戦争や独立時の理念にまで及ぶのです。
さて、こうしたアメリカにおいての分断の激化は、一国的なものでしょうか。どうもそうでもなさそうだというのが上述した同人誌での拙論の記述でした。
何を根拠にそれをいうかというと、ブレグジット(EUからの離脱)以降のイギリスでの混迷による分断化、先ごろ行われたドイツ連邦議会選挙での移民排斥などを主張する右翼(極右も含むといわれる)政党「ドイツのための選択肢=AfD」が第2党に躍進したこと、フランスにおいてはルペン一族が率いる右翼政党「国民連合(RN)」がやはり無視できない勢力としてその支持を伸ばしていいることなど、ヨーロッパそのものが EUの開かれた欧州という理念を巡って激しい分断にさらされていることが挙げられるのです。
では日本はどうなのか?自公の多数派陥落後の政局において、ポピュリズムが台頭し、その背後には、日本保守党、参政党、つばさの党、石丸の再生の道、NHK党などなどの有象無象や魑魅魍魎が暗躍し始めています。
彼らがこの国の分断の一方を担うというより、彼らの撹乱により世論が妙に捻じ曲げられて混乱へと至るという図式は昨秋の兵庫県知事選で見られたところで、その余燼は今もなおくすぶっています。
予断を許さないのはこうしたくすぶりの火種や、小規模な放火を楽しむ輩が、前世紀のナチス時代出現に先立つボッブ(政治的ごろつき)のように、本格的な分断を煽るものに成長し、これまでの保革(55年体制のそれ)という分断の溝をさらに決定的に異質なものとして深める可能性を否めないということです。
その意味では、トランプ登場時に、この国ではこれまでの政権党が少数派になったことは、分断への猶予期間を与えられたということになり、良かったのかも知れません。
しかし、その猶予期間の終わりには・・・・。ん~~?
この書に戻りましょう。わたしたちがその大統領選においてしか知らないアメリカの激しい分断を、さらに詳しい実情とその歴史的変遷や広がりをとてもわかりやすく適切に教えてくれる書だと思います。
そして、21世紀が世界的な分断の時代になる可能性をも示唆してくれます。