スケジュールロボット(以下
スケロボと略記)なるものを奇妙な老婆から衝動買いしてしまったのは、去る九月の今池祭りのバザールでのことだった。
その折りの詳細については以下を参照されたい。
http://pub.ne.jp/rokumon/?entry_id=364553
それ以来、ほとんど忘れていたのだった。
ほとんどというのは、全くということではない。ときどき脳裏をかすめることはあったが、わざわざ引っ張り出してマニュアルを読み、操作するなどいささか面倒な気がしてことも事実だったし、また、それほど空いた時間もなかった。
しかし、不思議に、突然気が付くと何にもすることがない、中途半端な空き時間が出来るもので、私が、そのスケロボを改めてとりだしてみたのもそんなときだった。
無造作に古新聞に包まれた包装を解くと、そこに
ガリ版刷りのマニュアルらしきものにくるまれた不格好なブリキの人形のようなものが現れた。
念のため、くるまれていた古新聞の日付を見ると、1972年9月30日のもので、
「日中国交正常化なる」という大見出しが踊り、前日、北京で行われた調印式の模様が当時の
田中首相と周恩来首相が握手を交わしている写真とともに伝えられていた。
マニュアルは読みにくかった。ガリ版刷りでしかも青インクのそれは、所々かすれていたりした。それを何とか判読し、余分な文句や形容を除いてまとめてみたのが以下である。
【このマシンとその概要
】
これはあなたの
スケジュールを管理し、その実現を支援するものです。
ただし、単なるメモではなく、もっと
積極的にあなたの定めたスケジュールの実施をサポートします。
【マシンの機能
】
前項で述べたように、どうしても
今日消化しなければならないスケジュールをインップトすれば、それは必ず実現します。
ただし、後述するような制限項目がありますので、それらは除外されるか、インプットしても無効になります。
【予定のインプット
】
今日一日の予定を
具体的に音声でインプットします。ロボットの耳元で、出来るだけ
明瞭にそれを述べてください。
このマシンは、
日本語版ですが、ある程度の外来語は理解可能です。
ただし、
新しい総理が(Who?)、
自己の政策を曖昧に表明するために用いるような外来語は意味不明語とみなされ、多用すると故障の原因となります。
なお、方言につきましては、東北弁、名古屋弁、関西弁、九州弁など、北海道から沖縄に至るほとんどの方言に対応していますが、2chのみで流通している
ネットウヨ的ボキャブラリーや、
名古屋市千種区今池五丁目**通り一帯のみで流通している狭域言語などには対応致しておりません。
【インプット上の要件
】
いつ、どこで、誰と、何を、どうするか(
4W1H)を明確にインプットしてください。
ただし、あまりにも
物理的要件を無視したものは不可です。例えば、午後一時に南極でA氏に会い、午後二時には札幌の時計台前でB女史に会うといったものです。
この場合には、移動に必要な時間も含めてインプットしてください。
しかし、前のスケジュールなどが押した場合、
多少の時空間の変形により、現行物理学では不可能なサービスを行いうる場合もあります。
ダブルバインド(相矛盾する指令)は一切受け付けません。その場合にはマシンの自爆をも含めて故障を覚悟してください。
【インプットの内容制限
】
このマシンは、基本的には
「ロボット憲章」に準じます。ですから、犯罪行為、人間を心身共に傷付ける行為、その他公序良俗に反する行為はインプット段階で拒否されます。
あるいは、運良くインプット段階をパスしたとしても、途中で修正機能が働き、良からぬたくらみは実現しません。それらは、このマシン内の
「倫理検討委員会」パーツによって判断されますが、それを除外することはマシンそのものの破壊以外に不可能です。
なお、それぞれの年代に関する倫理観の変遷については、予め
製造より100年間の変遷を見越したプログラムが編入されています。
【マシンのメンテナンスとバージョンアップ
】
メンテナンスは不要です。物理的な外圧などに対してはそれらを全て排除する機能を内蔵しています。
バージョンアップもありません。先に見た「倫理委員会」パーツのように、状況に応じた
自己更新を遂げる機能を内蔵しているからです。
【最重要の注意事項
】
このマシンに一度インプットした命令は、これを取り消すことや修正することは出来ません。
従いまして、スケジュールをインプットする場合には、先ず
自分の頭でしっかり先を見越して実施してください。
最初に述べましたように、このマシンは
「あなたのスケジュールを作る」のではなく、
「あなたのスケジュールを管理し、その実現を支援するもの」なのです。
では、このマシンの活用により、あなたの生活が合理的かつ順調に進むことを祈ります。
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以上がマニュアルの概要であった。
私は何かとんでもないものを手に入れたのであろうか?
それとも、気休めサプリメントのようなものに過ぎないのであろうか?
おそるおそるそのマシンを手にしてみた。ヘチャムクレのロボットは、気のせいか小馬鹿にしたような表情で私を見上げ、胸にはめ込まれた時計状のもののみがコチコチと、私のかすかな期待と、そしてそれを上回る不安とを刻み続けるのであった。
さてどうしたものか。(続く
かもしれない)