食後、歯にモノが挟まった状態のままでいることは不快極まりない。私には、いつも挟まりやすい箇所があって、食後の爪楊枝や歯間ブラシは必需品ともいえる。
家食にしろ外食にしろ、日本の場合には爪楊枝に困ることはほとんどない。飲食店でもそれを置かない店はまずないだろう。
しかし、諸外国では事情が異なるようで、そもそも爪楊枝を使うこと自体がマナー違反であるようなところもあると聞く。
だから、数少ない海外旅行ではあるがその際には、それらを持参することとなる。
今夏、ロシアのサンクトペテルブルクとフィンランドのヘルシンキを訪れた。やはり爪楊枝や歯間ブラシを携えて行った。
ところがである、サンクトペテルブルクの飲食店では、レストラン風のところでも、アイリッシュバーや屋台に毛が生えたようなところでも、どこにでも爪楊枝がテーブルに常備されていたのだった。
むろん、三日間の滞在だったからそんなに多くの店に入ったわけではない。しかし、おそらくそれを備えていない店はなかったように思う。
ただし、日本のものと形状がやや違って、陸上競技の槍投げの槍のように、その両端が尖っているのだ。
この両方が使えるロシア式はけっこう合理的ではないかとも思う。
ならばなぜ、日本の爪楊枝は一方のみで、しかも尖っていない側には複数のクビレがついているのかも謎である。
以前それを調べた折には、そこを折って、爪楊枝をテーブルに置く際の枕として、つまり箸置きのように使うのだというのがあってなるほどと合点したのだが、一方、いや、そんな実用性などなくて単なる装飾だという説もあるようだ。
話はやや逸れたが、ロシアでの爪楊枝の装備率の高さに感心してヘルシンキに移動し、ここでは二日半ほど滞在し、当然数回の食事をしたのだが、ロシアとはガラリと変わって、爪楊枝を、少なくともテーブルに常備している店は皆無であった。
その旨、頼めば出してくれるのかもしれないが、それも面倒なので頼んだこともない。
ひょっとしてと思って、ロシアの飲食店で余分にポケットに入れてきた何本かの爪楊枝が、ヘルシンキでも活躍したのであった。
しかし疑問は残る。サンクトペテルブルクから列車でわずか三時間余のヘルシンキでは、なぜ爪楊枝が必需品ではない(テーブルにないということはそうではないかとも思う)のだろうか、それがわからない。
もちろん、爪楊枝は日本特有のものだというのは思い上がりのようなもので、ヨーロッパでは金属製で宝飾を施した博物館級のような立派なものもある。
世界津々浦々、人間の歯間には、ものが挟まり、それをとる文化はあるはずなのだ。では、ヘルシンキの人たちはそれをどうしているのだろうか。それを知らずに帰ってきたのはうかつだった。
ムーミンやスナフキンは、歯に挟まったものをどのようにしてとっているのだろう。
家にあれば歯磨くものを草枕旅にしあれば爪楊枝せむ
《注》末尾の歌は、有馬皇子の残した二つの虜囚の歌の一つ、「家にあれば笥(け)に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」(万葉集巻二 142)のパロディ。
この歌は、好きな歌で、機会があったらなにか書いてみたい。