鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

創造主、ゴッドの存在が前提

2004年11月13日 | 聖書思想の基礎知識
 聖書はキリスト教の教典です。キリスト教の教え(教理)は、この教典の中に納められています。ですから、その教えを知るには、聖書の思想を知ればよいことになります。

 聖書は、旧約聖書と新約聖書からなっています。
旧約聖書は、自らについて、万物の創造者(主)、ゴッドから人間に与えられたメッセージだとしています。それを霊感の豊かな人が受信して、言葉に記録したものだといいます。この人を預言者といいます。創主のメッセージを「言葉」として「預かる」「者」という意味で、先のことを予言する「予」言者とは違います。

 そういうわけですから、聖書の出発点は、この創造主が存在するという認識にあります。そして、聖書では、その神が世界で最大の権威と力を持った神だというのです。果たして、そういう神様が存在するでしょうか?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ゲスト掲示板

2004年11月13日 | ゲスト掲示板
ご意見・ご感想をどうぞ。
コメント (25)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

KINGDOM原理とは?

2004年11月13日 | KINGDOM原理からの聖書解読

 このカテゴリーでは、聖書の論理を、新しい視点から捉えてみようと思います。具体的には、「天の王国」の論理から理解しようとします。

 聖書は、こういう王国世界が、我々の住む宇宙を超えたところに、存在するという大前提で出来ている本なのです。聖書が、我々人間に希望を与え、楽しくさせてくれる源がここにあります。

 聖書は自らを、そういう王国の王である創造主、ゴッドからのメッセージであるとしています。

      @      @      @

 邦訳聖書で「天国」とか「御国」と訳されている場合の、英語は通常“kingdom of heaven"です。これは直訳すると、「天の王国」です。

 kingは王、domは領域、領地です。天国とは、正確にいえば、「王の統治する領国」なのです。

 そこでの「王(King)」は、創造主ゴッド(GOD)です。(その王国の相続権を与えられているのが、創主の独り子、イエス、というのが聖書の大原則です)

      @      @      @

 民主国、共和国に生まれすむ我々にとって、王国は独特の存在です。

 民主国における領地の所有者は、国民です。対して、王国では王です。

 民主国での法は、人民が話し合い、利害を調整しあって造ります。対して、王国では「王から出た言葉」が法になります。

 王は一方的・独裁的に政治を行います。だが、その目的は人民の幸福にあり、その幸福の大きいことが王の栄誉になります。

      @      @      @

 天の王国の王である創造主は、全知全能です。だから民の幸福を完全に実現できている存在です。

 人民に当たるのは、当初は天使でした。天使は、その幸福を願う「全知の王」の言葉(法)に従って生きるのが、最良の幸福の道でした。

 後に、創主は我々の今住む地上に、人間を造ります。地上も本質的には天の王国の一部であります。だからここでも、天の王国の法に沿って生きるのが、最大の幸福の道となります。

<KINGDOM原理を人間に知らせようとする本が聖書>

 これが、KINGDOM原理です。それから見ると、聖書というのは、この原理を人間に知らせよう、とする本といえます。

 そして「知らされて従ったものには、王(創主)の子になる資格を与えよう」という意図もとに送られたメッセージを記録した本、見ることも出来ます。 

 ですから、聖書は、「天の王国のロイヤルファミリー(王室家族)になるためのノウハウ」を記した本ということも出来ます。

 このカテゴリーでは、その観点から聖書の論理を、考えていきましょう。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Vol.10 『この世を創ったのは霊イエスだった! (1章10節)』』

2004年11月13日 | ヨハネ伝解読






ヨハネ神学独特のイエス理解をもうひとつあげておきましょう。
同じ1章ですが、10節に飛びます。




<世はこの方によって創られたのに・・・>


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=
「・・・・世はこの方によってつくられたのに、この方を知らなかった」
  (1章10節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヨハネはここでこの世を創造したのは霊イエスなのだ、といっています。
彼の霊感がそう感知したのでしょう。

通常の理解では、父なる創造神とされていますので、これはもう独特です。




<「創世記」の難解聖句も解決>

この把握は、「創世記」における次の聖句への疑問も解消してくれます。

          
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=
「創造主は『われわれに似るように、われわれの形に人を作ろう。・・・・・・』
と仰せられた」(創世記、1章26節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          


これは聖書を初めから読み始めるとすぐにぶつかる難解聖句です。
まず「われわれ」とはなにか? がわからない。

創造主お一人でなく「われわれ」と複数なのです。

創造主が複数となれば、父・子・聖霊の三者しか考えられません。
そこで読者は苦し紛れにそういう風に解釈します。

だが、それですと「我々の姿に似せて」がおかしくなります。
とくに父なる創造神は空間的にも無限の広がりを持った無限者です。
空間的無限者は「形がありません」ので、
「我々の姿に似せて」が意味をなさなくなってしまうのです。

そこでまた苦し紛れをする。
「我々に似せる姿」とは、その性格や本性だとしてしまうのです。

だけど、「姿」を「性格や本性という抽象的なものにするのは無理がありますよね。

百歩譲って、そういうことにしても、
「人間の性格や本性」がどういう風に創造神に似るんでしょうかね。

この解釈は無理なのです。

+++

ところが、この世を創造したのは実は霊イエスだった、とすると
ここはぱらりと解けていきます。

姿は外形的な姿と素直にとれるようになります。
霊イエスは、今の人間のような姿を前もって持っていたと考えられます。
人間はそれに似せて作られた、と素直にイメージできます。

では「われわれ」という複数になるのはどう理解したらいいか?
それは「天使」だと考えたらいいのです。
霊イエスには天使が付き従っていた、としたらいい。
イエスに天使が付き従うのは、聖書では自然なことです。




<アブラハムが産まれる以前から・・・>

霊イエスがこの世を創った、というヨハネの理解は、
ヨハネ伝の次の聖句も明確にしてくれます。

          
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=
「諸君に真理を告げます。アブラハムが生まれる前から、わたしはいるのだよ」
(8章58節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          


これはユダヤ人たちと論争したときに、イエスの口から出た言葉として、
ヨハネが記録しているものです。

アブラハムはユダヤ民族の始祖です。
イエスはその2000年後にこの世に人の姿で生まれています。

ところが「そのアブラハムより前から自分は存在している」
とイエスは言ってのけています。

ユダヤ教の長老その他のユダヤ人は、頭にきて石を投げつけようとする
・・・そういう場面でのイエスの宣言です。

これも「この世を創ったのは霊イエスだとすると、すっきり理解できる台詞です。




<これもヨハネの疑問への解答か?>

もしかしたら、ヨハネにはまず、このイエスの言葉が記憶にあったのかもしれません。
そして、これは具体的に何を意味しているのか・・・という疑問があった。

同時にまた、前記した創世記1章26節の「我々に似せて・・・」
という言葉への疑問もあった。

これらの答えを思案していて、あるとき、
「この世を創ったのは霊イエスだとすると、つながる!」
という霊感がきたのかも知れません。神学的霊感ですね。

当面、春平太にはそのヨハネ理解が一番ぴったりきています。







コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Vol.9 『「生き霊」のイメージ(1章1節)』

2004年11月13日 | ヨハネ伝解読







さて懸案の問題に入ります。

創造霊と共にいた「ことば」がどうして創造主という「霊」になるのか?

つづめていえば「ことばがどうして霊になるのか」「ヨハネはこの点どう考えていたのか」
ということです。





<言葉は「思い」を含む>

まず言葉一般について考えてみます。

人間が話す言葉って何でしょう?
それは「思い」を含んでいます。

我々は言葉を使う際には、なにか、「思い」ないしは「イメージ」を持ちますよね。
石という言葉を発する際には、まず、道ばたに転がっている硬い小さな個体のようなものを「思って」いる。
そうイメージしています。

そのイメージを人に伝えたいとき我々は「イ・シ」という音を発します。
この音はそのイメージにつけた記号です。
「石」という文字も同じく記号です。

つまり、言葉とは「思いに記号がついたもの」です。

+++

この記号と思いとの対応関係は、国によって異なります。
日本では道ばたに転がっている硬い小さな個体のようなイメージに、「イ・シ」という音や「石」という文字を対応させています。

これがアメリカでは、対応する記号が「ストーン」という音になったり、「stone」という文字になっています。

 このように民族や文化によって対応「記号」は違いますが、言葉が「思いやイメージ」を含んでいることは確かです。





<「思い」の深いのが「念」>

ちなみに思いの深いものを「念」と言います。
さらにその「念」にイメージの中で筋道づけたものを「理念」といいます。
「理」は「筋道」という意味です。

がともあれ「言葉が常に思いを含んでいる」ことは確かです。
言葉が発せられたということは、念が発せられたことでもあります。

言葉は念でもあるのです。
そしてヨハネは言葉のもつこの側面に着目していたと思われます。





<霊は「思い」を持つ意識体>

そして思い(意識)を発する本体は意識体です。
その意識体が霊です。

創造霊も意識体であって、思いを発します。
天使や人間といった造霊もまた意識体であって思いを発します。





<霊から出た「思い」が独立した霊となるという思想>

 結論的なことを先にいってしまうと、ヨハネは
「意識体から思い(意識)が出るとき、出た思いが独立した意識体になることもある」
という考えを持っていたと思われます。

こういう思想は人間世界には結構あるようです。
たとえば日本の時代劇に、敵に見立てた小さな人形を柱に貼り付けて、
「死ね!」「死ね!」と釘を打ち付けたりする場面があります。

昔実際にそういうことが良くされたようですが、あれもやはり、
そういう「思い」が独立した意識体(すなわち霊)となって、
その相手のところに行って健康を害する可能性を期待しているからでしょう。

どうも人間社会には意識体が強烈に念を込めると、そ
れが意識体として独立して動き出すことがあるという思想があるようです。





<それらしき実例もある>

 また、それは思想だけでもないという経験を春平太はしております。
鹿嶋は現役教師時代、ゼミナールというのを長年続けていました。 
3~4年次にわたる2年間の小グループ講座なので、学生と個人的にも親しくなります。

彼らの中には霊感の開けたものもおりました。 霊が見えるという学生も二人いた。 
一人は男子、一人は女子です。 
彼らの体験談にはとても作り話と思えないものが多く、興味を持ってよく耳を傾けました。

女子学生の方が卒業して会社に就職しました。
その彼女が何年かして先輩の女性上司社員から攻撃を受けるようになりました。

先輩はどうしてもやめさせたくて、何かに憑かれたように毎日のように攻撃したそうです。
そうたなかであるときから女性上司の背後に憎しみに満ちた顔の「生き霊(いきりょう)」が
みえるようになった」と彼女はいっていました。

結局彼女はその上司のいじめ攻撃に耐えれきれず退社しました。

「生き霊」は現実にあるかも知れないのです。


+++

ヨハネはそういうイメージで創造霊とそこから出た「ことば」(思い、念)を
とらえたのかもしれません。

創造霊という意識体から深い思い(意識)が出たとき、それが独立した意識体になったとの霊感をえた。
その意識体が霊イエスであったとのイメージを得たのではないかと思われます。

まとめましょう。

~「思い」は「ことば」でもあるから、創造主から出た念をヨハネは「ことば」と表現した。
そしてそれが独立の意識体(霊)となった。「霊イエス」になったと解した。

そしてその霊は創造神から「出た」ものだから(創られたのではなく)、
創造神と同じく創造霊だったのだ。ヨハネはそうと述べていると鹿嶋は解します。

ちなみに創造霊という意識体の意識は常に「聖なる」意識、ということに聖書ではなっています。
霊イエスも創造霊ですから、父なる創造神と同じく「聖なる霊体」ということになります。







<「生き霊イメージ」のプレゼント>

 意識体から出た「ロゴス」が独立した生き霊(意識体)になって行動する、
というイメージは、ヨハネ伝にとても明確なイメージを与えてくれます。

イエスのこういう聖句もあります

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=
「わたしが諸君に話したことばは、霊であり、またいのちだよ」
(6章63節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここでの「ことばは霊であり」は、なかなかわかりにくい漠然としたところです。
だが、これは~

「イエスという意識体から出たことばは、イエスから分離独立した意識体となる。
すなわち独立の生き霊になって活動する」

~とイメージすると、突然理解がはっきりしてきます。

もう一つイエスの言葉をあげましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=
「わたしを拒み、わたしの言うことを受け入れない者には、その人を裁くものがあるよ。
わたしが話したことばが、終わりの日にその人をさばくのだよ」
(12章48節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これもわかりにくいでしょう。
比喩表現として解するとある程度処理できそうでもあります。
すなわち「最後の審判でさばかれるとき、イエスの語ったことばが法となる」というのを、
「ことばが裁く」と比喩的に述べたとするわけです。

だけどこれは「生き霊イメージ」を用いると、もっと理解が鮮明になります。
すなわち
 ~「イエスの話したことばが独立した生き霊となっていて、
その霊がイエスを拒んだ人に有罪宣言する」
~ともっと直接的にイメージできるのです。





<言霊(ことだま)の思想>

一般思想としても、「人間の口から出る言葉には霊がこもっている」というものがあります。
それを表現するのが「言霊(ことだま)」という語です。

分離独立した意識体になるかどうかはともかくとして、人間の言葉には霊がこもっている。
そして人の言葉の場合は、とりわけ「念」が強いと、
それは発する人から分離して独立の意識体(霊)になる、という思想にもつながっている。

それが時代劇における「死ね!死ね!」だった、と位置づけると、
全体を体系的にイメージできるのではないか、と思われます。







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Vol.8 『「ことば」はロゴス(1章1節)』

2004年11月13日 | ヨハネ伝解読



前回までの考察では、今ひとつはっきりしないところが残ります。

「ことば」がどうして「霊」になるのかということです。

もう一度聖句をみてみましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=

「「・・・・・・・ ことばは創造主と共にあった。 
ことばは(創造)神であった」)

(1章1節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まいったなぁ~。
言葉がどうして霊になるのか?

その問題に入る前に脇道に入っておきましょう。
先に用語についての留意点をみておきます。


                   


<創造主関連の言葉>

ヨハネ伝に記された「ことば」という語は英語の聖書ではWordと大文字で始めた語になっています。

ふつうの「言葉」はwordと小文字ではじめますので、
それと区別するために「ことば」は使われていそうです。

聖書では、創造神(創造主といってもいい)から出た言葉を大文字で始めています。
こうして人間の言葉と区別するのです。

+++

聖書では他にも、創造主に関わることを大文字で書いて一般の語と区別している例が見られます。

同じ神でも創造神はGodです。
この世では他にも「神」とされる霊がいろいろあります。 それらはgod ないしはgodsです。
「神々」といった感覚ですね。


                  



<言(げん)はどうか?>

ところが日本語には、頭文字を大文字で書くというような表記法はありません。
だから、そこで創造主関連の「ことば」と、一般用語の「言葉」とを区別する表記ができません。

そこで創造神の言葉を「言」と書いて「ことば」と読ませている例もあります。
さらにこれを耳で聞いても区別できるようい「げん」と読ませて、
音においても区別しているケースもあります。

だが、これもしっくりきません。
言(げん)という語は、日本語としてはなじみが薄いからでしょう。




                  



<原語はロゴス>

ヨハネはヨハネ伝をギリシャ語で書いています。
そしてヨハネ伝冒頭の「ことば」をヨハネはギリシャ語の「ロゴス(logos)」という語で記しています。
この言葉は「概念、意味、論理、説明、理由、思想、原語、理性、理法」等々の
多様な意味を持っています。

ロゴスという言葉も我々日本人にはなじみが薄いのですが、
いっそのことこれを使うという手もあるかな、と春平太は思います。

「初めにロゴスがあった。 ロゴスは創造主と共にあった。 ロゴスは創造主であった」といった具合にですね。

「言(げん)」と同様になじみ薄いのですが、どうせ薄いのなら、
ロゴスの方がはっきりしていいようにおもうのです。
 
通常は「ことば」でいって、特に一般語と混同して欲しくないときにはロゴスを使うという、折衷案も悪くはありません。

+++

しかし、こうしたことはヨハネの考えを考究するのには、
さほど大きな要素にはなりません。

だが日本人が聖書をやる場合にはこういう用語上の問題がある。
このことには留意しておいていいように思います。


                    


コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Vol.7 『はじめに”言葉”があった(1章1節)』

2004年11月13日 | ヨハネ伝解読

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 =聖句=

 「初めにことばがあった。ことば創造主と共にあった。ことば創造神であった」(1章1節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                  



ヨハネ伝はこの一文から始まっています。
もう、はなからヨハネ神学そのものですね。

参るなぁ~。 本当に弱ります。
何言ってるか、さっぱりわからない。



                  



<創造主(神)は時間的無限者>

そこでまず比較的わかりやすいところから・・・。

創造主は「万物の創造主」でしょう。
後にイエスが「父なる神」という創造主です。

創造主は霊的存在です。 だから創造霊といってもいい。
創造霊は「自分以外の万物」を創造しています。
すべてのものを創造しているというのなら、創造霊は無限の過去から存在していることになります。

つまり、存在の初めがない。
もし存在し初めたときがあったら、それ以前のものは「わたしが創った」といいがたいでしょう。
だから、永遠の過去から存在しているのです。

そして、同様のことは未来についてもいえますので、
創造霊は永遠の未来に渡って存在することになる。

つまり、創造霊は時間的に無限者なのですね。



                  


<「ことば」はイエスらしい>

では「ことば」はどうか?
文脈からして、どうもこの「ことば」はイエスのことを言っていそうです。
2節でこの「ことば」をうけて「この方は」といっていることもそれを示唆しています。

さらにヨハネはこの方をイエスとして話を展開していきます。
だからこれはイエスなのです。

むろん、この段階では地上に来る前の、「霊としてのイエス」です。

ではそのことばが「はじめにあった」とはどういう意味か?
イエスには存在の初めがあるということでしょう。

そして「そのイエスはまず初めには、父なる創造霊とともにいた」
~とヨハネはいっていそうです。



                  



<霊としてのイエスは創造霊>


さらに「ことば(イエス)もまた創造神(霊)であった」とヨハネはいいます。

う~ん、また難しいですね。

ここでヨハネが言わんとしていることは~
このことば(イエス)は、創られた存在ではない、
創造霊から「出た」存在だ~ということではないでしょうか。

聖書は、「霊にも創造霊と造霊がある」という思想です。

創造主によって「創られた霊」は「被造霊」です。

聖書では具体的には、天使と人間が登場します。

しかし、初めに創造主とともにおられた「ことば(霊イエス)」は「創られた」霊ではない。
父なる創造神と同じく創造霊である。

~そのことをヨハネは「言葉は(創造)神であった」と表現しているようです。

まだ考究すべき所はあります・・・。
次回以降で考えましょう。



                  





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Vol.6 『イエス・言葉・肉体の相互関係』

2004年11月13日 | ヨハネ伝解読



ヨハネの意識の中で「つながりの予感」を与えるものはもうひとつありました。
「イエスのことば」に関するものがそれでした。


                  


イエスは後にこうも言っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=

「諸君がわたしのことばにとどまるなら、諸君はわたしの本当の(変わらざる)弟子になるよ」
(8章31節)

「諸君がわたしにとどまり、わたしの言葉が諸君のうちにとどまるなら、
わたしに求めるものは、何でもかなえられるよ」
(15章7節)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


~これは前回あげた次の聖句と関係がありそうです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=

「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、
わたしのうちにとどまり、わたしもそのもののうちにとどまるよ」(6章56節)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり前回(6章56節)では「イエスの血を飲み肉を食べる」と
その人は「イエスのうちにとどまる」、し、
かつ「イエスもその人の中にとどまる」といっています。

今回の聖句(8章31節)では「弟子たちがイエスの『言葉』にとどまる」といい、
また(15章7節)では、「イエスの『言葉』が弟子たちのうちにとどまる」
といっています。                  


                  


もしかしたら「イエスのうちに」というのは、
より具体的に言うと「イエスの言葉のうちに」ということではないのか。

また、そういうことなら、「イエス」とはより詳細には
「イエスの言葉」にイコールではないのか。

端的には、「イエスとはその言葉」ではないのか・・・・。

そしてその言葉がヨハネたち12人のうちにとどまるには、
「イエスの肉を食べ血を飲まねばならない」ということになれば、
一体イエスの言葉とその身体とはどういう関係にあることになるのか? 



                  



ヨハネの中で、これらの疑問はぐるぐる回っていたのではないでしょうか。

・・・そしてあるとき啓示が来た。
ヨハネの霊感にそれが受信されました。

「イエスの身体は言葉が変化したものではないのか!」と。

その言葉はもちろん人間の発する言葉ではありません。
創造主から出た言葉です。

そして、その言葉が変化したのがイエスのこの世での肉体だとしたら・・・・。
ならば、イエスの身体を槍で刺したら「血と水が出た」というのもありうることだ。

そうだ、この地上ではイエスは言葉が変化して人の姿をとられていたのだ!

・・・ここまできて、ヨハネはイエスの伝記を書き始めることが出来たのではないでしょうか?

彼の最初の一文は~

「はじめに言葉があった」(1章1節)

~でした。



                  





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Vol.5 『最後まで残った疑問』

2004年11月13日 | ヨハネ伝解読


 自らの神学を含めてイエスの伝記を書こうとしていたヨハネには、
論理的に解明できない疑問が残っていました。

「イエスのからだは何だったろうか?」がそれです。

人間の身体とは違う、という確信はありました。
その最大の手がかりは、十字架上のイエスの身体に起きたことでした。


                  


<血と水が出た!>

 それをヨハネ伝19章に彼は記しています。

~イエスが十字架にかけられたときの場面です。
ヨハネはその下に、イエスの生母マリアとともにいます。
死んでいくイエスをじっとみています。

死んだイエスの脇腹を、ローマの兵士が槍で突き刺します。
「するとすぐに血と水が」出ます!
ヨハネ伝で彼は、その事件を記してすぐに、次の文を追加しています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=

「それを観た者が証言をしているのである。あなた方が信じるためである。
彼が言っていることは真実である。彼自らが、自分の言っていることを真実だと知っているのだ」
(19章35節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ここで「それを観た者」とか「彼」とは、著者であるヨハネ自身です。
それをこういう文体で書いているのです。

ヨハネ伝には他にも、著者自らを第三人称で書いたところがあります。
「イエスが愛した弟子」などがそれで、ヨハネはこれで自分のことを言っています。

それにしても、これほどに重ね重ね「私は自ら観たのだ、これは真実(不変の事実)なのだ・・・」
と言うところは、ヨハネが書いたものには他にありません。
見ようによっては異例にくどい。どうしてでしょうね。

ヨハネには、この「血と水が出た」という事件は重要な事実だったからです。
彼にはこの事態は「イエスの身体は人間のそれとは違う」ことを示唆していました。
そしてヨハネはそのなかに福音の神髄を予感したのです。

だから彼は、それについての自らの認識を確かめるように書いています。
「あれは夢でも幻想でもない。間違いなく血と水が出たのをみたのだ、
自分は間違いなくみたのだ」
~と繰り返しています。

そこにはまた、この箇所を軽く読み飛ばしたりしないように、いう願いもあったでしょう。
これを「まさか・・・」との気持ちをまじえて読んでいたのでは、
もう福音の核心は明かせないのだよ、という思いもあったのでしょう。



                  


<イエスの肉を食べ血を飲むものは>

そしてその事実は、イエスが語った一連の教えとつながりがあるはずだ。
ヨハネはそう予感していました。 教えとは~

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=

「人の子(イエス)の肉を食べ、血を飲まなければ、諸君のうちにいのちはないよ」(6章53節)

「私の肉を食べ、私の血を飲むものは、永遠のいのちを持つよ。私は終わりの日にその人をよみがえらせるよ」(6章54節)

「わたしの肉はまことの(不変の・・・鹿嶋、註)食物であり、血はまことの飲み物だからだよ」(6章55節)

「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしもそのもののうちにとどまるよ」(6章56節)

「生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者も、わたしによって生きるのだよ」(6章57節)

「これは天から下ってきたパンだよ。諸君の先祖が食べて死んだようなものではない。このパンを食べる者は永遠に生きるのだよ」(6章58節)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

~でした。

ヨハネは考えました。
イエスのこの一連の言葉と、十字架上で確認した「イエスの身体は人間の肉体と違う」ということとは
つながりがあるはずだ。

人間の身体と違うから、イエスはこういうことがいえるはずだ。

そういう予感はありましたが、ヨハネにはそのつながりを知的に見出すことがなかなか出来ませんでした。

そのことは、ヨハネが伝記執筆に踏み出すのに壁になっていたのでした。




                  



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Vol.4『ヨハネ伝には神学がある』

2004年11月13日 | ヨハネ伝解読




 ヨハネが書く事実は自ら体験したこと
~これは、彼の福音書にも独自の特質を産み出しています。

伝記記述の中に、神学がちりばめられていること、がそれです。



                  


<神学とは?>


神学とは「聖書の語句の間に秘められている論理体系を浮上させる知的作業」です。
英語ではtheology, これは学問科学でのセオリー(theory: 理論)の語のもとになっています。

核心ある事実情報があると、それを手がかりに推論を大胆に進めていくことができます。
自信を持って論理的思考が展開できるのですね。

で、かれはそれをした。それ故「ヨハネ伝には神学がある」とも言われています。 
ヨハネの展開した神学論理だから、ヨハネ神学という言葉も現れています。




                  




<取材情報の限界>


念のため申し添えておきますと、事実情報が取材によるものである場合には、そうはいきません。
そこにはどうしても一定の漠然さが伴うのです。

すると、著者としては「そういう事実があった(らしい)」ということまでが、
言える目一杯にのところとなります。

それを踏まえて「ならばこうであろう」と確信を持って推論するは難しいのですね。 
平たく言えば、「さらに一段と踏み込んで書く」ことは困難なのですね。



                  



<聖書の中の聖書>

ヨハネ伝には非常に有名な聖句が記されています。
次のものは「聖書の中の聖書」という人がいるくらい有名な聖句です。


                         
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
=聖句=

「創造主は、そのひとり子を賜ったほどに、この世を愛された。
それは御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠のいのちを得るためである」(3章16節)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
          


でもよく見るとこれは観察したり取材したりして得られる情報ではありません。
こんな証言するひとはいませんよね。

これはヨハネが、福音に秘められていると洞察した論理です。

彼が直接体験した事柄を踏まえて洞察した、彼の神学理論なのです。



                  





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Vol.3 『聞き書き情報と直接体験情報』

2004年11月13日 | ヨハネ伝解読




取材して得た情報と直接見聞して得た情報との違いについて今少し見ておきましょう。

前述のように、前の三人の著者は人々に取材して、そこから聞いたことを書いています。

マルコは、イエスの12使徒の一人であるペテロから聞いた話を元にマルコ伝を書いたといわれています。

マタイはは、それを踏まえた上で、さらに取材を重ねてマタイ伝を書きました。

ルカはそのマタイ伝を読み、その上にさらに取材を重ねてルカ伝を書いたといいます。


                  



<確かマリアとかいったなぁ・・・>

取材して書いた文と、直接見聞して書いた文とでは、事実に関する確信の度合いも違ってきます。
たとえば、四福音書はみな、イエスが十字架にかけられて死んで、
三日目に復活したことを記しています。
しかし復活したイエスに最初に会った女性に関する記述は違っています。

マリアという女性だったとしていることは四本とも同じです。
だが、ヨハネ伝ではそれは「マグダラのマリアだった」と記しています。
他方、マタイ伝ではそれは、「マグダラのマリアと、もう一人別のマリアだった」
と記しています。

「もう一人別のマリアだった」というと記述に漠然としたところが感じられるでしょう。
おそらく、人々の間で言い伝えがなされていくうちに、
それがどういうマリアであったか、漠然としていったのではないでしょうか。

人々の記憶のうちでは「なにかマリアとかいう名の女性だったようだ」
というニュアンスになっていくのは自然なことです。

証言の中には「マグダラのマリアであった」というのもあったでしょう。
だがマタイとしては、それらを「総合して」マリアを複数として記したのでしょう。


復活したイエスに最初に合ったのは「マグダラのマリア一人である」
とするヨハネの情報は確実です。
ヨハネ伝にはこういう記述があります~

「イエスの死体がお墓から無くなっていた、そしてイエスに会った」
という報告をマリアから聞いて二人の弟子が墓に走った」、と。

この二人とは、イエスの両脇を固めた格さんと助さんでした。
すなわちペテロと著者ヨハネ自身だったのです。 
ヨハネの情報は直接体験によるものなのです。

+++

余談ですが、こういう記述の違いをもってして、聖書は信用できないといったらおかしいですよ。
「聖書は皆聖霊の導きによって書かれたもの」といいます。
だが、そうかといって著者の細かな一挙一動を聖霊が動かしているというのはおかしい。

たとえば、著者が執筆中にペンを落っことしたというようなことにも、
聖霊は働いているでしょうか。
執筆中に瞬きを二回したのも、聖霊の導きによるでしょうか。
それまで導かれるとしたら、人間はロボットと同じになります。

だが執筆の大枠は聖霊に方向付けられている。
これが「聖霊の働きによって書かれたもの」の意味でしょう。

取材した過程で、「マリアが複数らしく感じられてきた」というのは、
聖霊の導きによるものではないのです。
人間マタイの脳神経系におきた心理的現象です。

でも、イエスが復活したこと、最初にそれをみた女性の名前はマリアであったこと、
といった情報~この大枠は、聖霊の導きによるものと受け取っていいと思います。



                  



<これは二番目のしるしだ・・・>


ヨハネ伝は事実に関して詳細かつ確信に満ちて書かれてもいます。
これも例示しておきましょう。

ヨハネは、イエスが、結婚式に列席していて、水をワインに変えるという奇跡を行ったことを記しています。
そして、これがイエスの行った「最初の」奇跡である、と書いています。
イエスの宣教活動のはじめからぴったりとついていたからこそ、書けることです。

ある役人の息子が死にかかっていて、イエスに助けてくれと頼んできた事件もヨハネは記しています。
これに対してイエスは「あなたの息子は助かる」という言葉を発します。
すると、ちょうどその時刻に息子は病から回復しました。

ヨハネはこれについても「イエスがユダからガリラヤに来てなされた第二のしるし(奇跡)である」
と書いています。詳細ですね。

+++

復活したイエスに対する弟子たちの反応についても詳しいです。

最初は、弟子たちのいる部屋に現れたとヨハネは言います。
トマスという使徒はそのときその場にいませんでした。 

トマスはその話を聞いて、「自分はイエスの手の釘あとに指を差し入れ、
(槍で刺されたた)脇腹に手を入れなければ、信じない」といいます。
すると、後にイエスがトマスの前にも現れて、彼の不信仰をたしなめます。

ヨハネはこれを記して「これが弟子たちに現れた二度目だ」と書いています。

その後、テベリアの海辺で魚を捕っている弟子たちのところにイエスは現れます。 
ヨハネは「これが三度目だ」と書いています。

ここまでくると、もう嫌みに感じる人もでるかも知れませんね。 
ヨハネは「俺の伝記は他とは違うよ」と、強調しすぎるんじゃないの?・・・と。

その動機は鹿嶋には判りません。「ヨハネの記述は詳細で具体的だなあ」と思うのみです。


                  



<なさったことは他にも多くある>

 ヨハネ伝の終盤の文章にもヨハネの持っていた情報の特殊さが現れています~。

 「イエスのなさったことは、この他にも数多くある。もしいちいち書きつけるならば、
全世界もその書かれた文書を収容しきれないであろう」(21章25節) 

余裕ですね。
彼はそれほど多くの直接体験情報を持っていたのです。

取材をする必要はほとんどありませんでした。
ヨハネの場合は、その無数の直接経験素材から書くべきものを選択する必要だけがあったのです。



                  {/beers/}





コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Vol.2 『共觀福音書とヨハネ福音書』

2004年11月13日 | ヨハネ伝解読



前回述べたように、四福音書のうちのはじめの三本は、取材して書かれました。
一大教団を開始させたイエスについては、いなくなった後にもいろんな噂話が残ります。
自ら証言する人もいます。三人の著者はそれらを取材して書きました。

取材は同じ証言でも複数の人に聞いて確かめてなされます。
いわゆる「裏を取る」というんでしょうかね。そうやって出来るだけ情報を確かなものにしようとするわけです。

証言者たちは「私も見た」「私も観た」といいます。
このように複数の人が共に観たということを書いたという意味で、
はじめの三本は「共觀福音書」と呼ばれることもあります。

その点ではヨハネ伝は別格です。
ヨハネは、イエスが宣教活動を始めた最初から、そのそばに付き添って、多くのことを直接見聞してきました。
それを元に書いているのです。



                 


<では核心を書くか・・・>

春平太は、このヨハネの気持ちを勝手ながらこう推察しています。

ヨハネは大教団となったキリスト教団の大御所です。
無論、それまでに書かれた伝道用の書物にみな目を通していたでしょう。

そして考えました。
マルコもルカもマタイもいい伝記を書いた。パウロも素晴らしい手紙をたくさん書いた。
これらがでたことによって、諸教会の人々はより効率的にイエスの教えを学んでいる。

だが、これらはまだ、主イエスの教えの核心をズバリついてはいないなぁ。
その周りをぐるぐる回っているなぁ。

パウロもよくやった。立派な解説を手紙の形で残した。
だが、彼もやっぱり、本質の周りを回っているなぁ。

では、私が、その核心を書こうか。私も歳とった。
書き残すべきだろう・・・。もう、書くべき時がきた・・・。



                 
 

<天才の認識方式>

ヨハネはいわゆる天才タイプの人だったと鹿嶋は思っています。 
天才の認識方法は独特です。 直感でもっていきなり本質を洞察するのです。
 
そして、あとからそれをしぶしぶ書く。 洞察を言葉で伝えるのは至難の業です。
だが、ヨハネにも余生が少ないと自覚するときが来るます。 そこでしんどい仕事に入るのです。

他の使徒や伝記著者などに比べると、ヨハネの知的資質は飛び抜けています。

伝記著者では二番目の知性はルカだったように鹿嶋には見えます。
彼は医師だったと言われています。だがその彼もヨハネには遠く及ばないように思います。



                 





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Vol.1 『四本のイエス伝記』

2004年11月13日 | ヨハネ伝解読



~~絵画は「使徒ヨハネ」(1866)by Peter Nicolai Arbo~~





<はじめに>

このたび2004年から始めた連載『ヨハネ伝解読』の加筆・修正をこの場で始めています。
今は2012年ですから、8年ぶりの修正となります。

この作業にとりかかった契機は、若干込み入っています。

少し前に、鹿嶋はあるスモールサークルの人々に誘われて、聖句吟味会に加わったことがありました。

ところが、しばらくやっていると、その集団の目的は聖書探究にはなかったことが判ってきました。
主目的はむしろ、ある社会改革活動をするところにあった。
そのために聖書の言葉を役立てるべく聖書を研究しようとしていたのでした。

+++

主目的を聖書の探訪におくことと、それを社会改革活動におくこととは、
大差ないように見えますが、実質は大きく違ってきます。

聖句探訪そのものを主目的にすれば、聖句を制約なく自由に吟味することになります。
知的・霊的関心に導かれて水のように吟味していくことになる。

他方、社会活動にやくだてようとして聖書を読めば、自由な探訪でなくなります。

まず、解釈がそれに役立つようになることを期待されます。
実践目的に直接役立たない解釈は歓迎されません。
それは時として、攻撃を受けることもあります。

このように、ある目的のための手段とすれば、聖書に自由で虚心坦懐に向き合う姿勢がなくなるのです。

聖句の自由探究を宝とする鹿嶋は、そのグループを去ることにしました。


+++

その際、予想通りの非難・攻撃も出ました。

「ただ聖書を極めるためというのは、人間の行き方としておかしい。
イエスだって社会のために活動をしていったのではないか・・・」等々。

どうも、社会活動に燃えている人からすると、聖書吟味そのものを目的にするのは、
社会的に見て非生産的にみえるようです。
時として反社会的なことをしているようにすら見えることもあるらしい。

だが鹿嶋は、やはり、その場は去ることにしました。
そして、グーグルプラスの動画で、聖書に関する談話をしようと思い立ちました。

鹿嶋の自由な吟味が、その人々にもお役に立つことを期待しています。
自由な吟味には、思いがけない発見があるのです。

+++

春平太は、その素材に『ヨハネ伝』(ヨハネによる福音書)を選びました。

鹿嶋はこのブログで「ヨハネ伝解読」を2004年以来続けて来ていましたので、
その成果も活かして話そうと思いました。
 
ところが読み返してみると、気に入らないところが沢山出てきました。
実は、聖句というのは、読み返すと別の解読も出てくることが永遠に続く不思議な素材なのですが、
とにかく気に入らない。

これでは話の材料にならない、と思えてきます。
それで、このブログの文を修正しながら動画談話を行うことにしたのです。

+++

実は春平太も、聖書の細かいことをあれこれ考えるのに意味はあるか、とふと反省することがあります。

聖句の吟味そのものを目的とする作業は、社会的に非生産的なことかも・・とふと思うこともある。

だがそういう活動を動画で放映することは、やはり相応の社会的貢献になるのではないかと思い返しました。

特に我が国では、宗教の書物というのは他愛のないものという印象があります。
所詮「鰯の頭も信心から」というのが宗教だから、その教典もつまるところは
そんな程度のものだろうという感覚をやはりもつのです。

でも、少なくとも聖書は底知れない深さを持っています。

動画での細部に及ぶ吟味を見ていただくことによって、
聖書という書物がこんなにも奥深いものであったのか、
と知っていただくだけでも価値あることではないか。
そう思い返しました。

このブログはそういう連載談話のために、前稿を修正した談話のための素材です。
これを読むことによっても、聖書の奥深さを感知する方が一人でもでたら幸いです。

では、「修正・ヨハネ伝解読」を始めます。



                  


<「福音書」の意味>

聖書には、「福音書」と称される書物が4本収録されています。 中身は、イエスの伝記です。
それを伝記と言わずに福音書といいます。

福音とは英語の「グッドニュース(good news)」の訳です(英語ではゴスペル(gospel)ともいいます)。
「いい知らせ」ですね。

この「いい知らせ」の「いい(good)」に、日本では「福」という字を当てました。
幸福の福で、意味は「よきもの」です。
「お知らせ(news)」には「音」という字をあてました。そしてちょっと凝って「イン」と読ませました。
福音書は「フクインショ」となったわけです。


                  


<なぜ「いい知らせ」か?>

イエスの伝記がなぜ「いい知らせ」になるのでしょうか?
それは伝記そのものを読んでいくうちに悟られることでしょうが、簡単に言うとこういうことだと思います。

そこには、イエスが人々に伝えたことがたくさん記されています。
中には人間が幸せになる方法が記されています。それも肉体だけでなく、霊の幸福も含みます。

イエスの教えでは霊は永続するとされていますから、
永続する幸福をうる方法も書かれていることになります。 

もちろんそれを受け容れない人には「いい知らせ」にはなりませんが、
伝記を書き残した人や編集した人たちは、それが真理だと確信していました。 
その著者たちの姿勢にたって「いい知らせ」の書物、すなわち、福音書といっているわけです。



                  



<四本の福音書>

四本の伝記のうち、ヨハネという著者が書いたのが「ヨハネによる福音書」です。
それは伝記でもありますので、「ヨハネ伝」とも言います。
「・・・伝」といった方が「・・・による福音書」というより短くて簡明ですね。

四本の伝記をまとめて「四福音書(しふくいんしょ)」と言います。
これらが書かれた年代順に挙げますと「マルコ伝」「マタイ伝」「ルカ伝」「ヨハネ伝」です。
ヨハネ伝は最後に書かれているわけです。

これらが聖書に収納されている順番は、年代順とちょっと違います。
二番目に書かれた「マタイ伝」が最初にくるように編集されている。そして他は、年代順になっています。

最後の伝記を書いたヨハネは、イエスをもっとも近くで直接取り巻いた12人の弟子の一人でした。
この12人を12使徒(しと)といいます。

ヨハネはその12人の中でもイエスに最も近い人でした。
使徒の中でもイエスの両脇を固めるというか、鞄持ちというか、二人の側近がいました。
ペテロとヨハネです。

ヨハネは水戸黄門で言えば、助さん格さんのうちの助さんのような存在でした。
だからイエスの言動に関する情報を沢山持っていました。

イエスの教えは、イエスがいなくなった後に急速に広がり、イエス教団は一大教団となります。
ヨハネもペテロも、その本部の奥の院から全教団を指揮する大指導者となっておりました。

ヨハネはそれまでに書かれていった三本の福音書に目を通しておりました。
そして、晩年になって、これらの福音書に記録されていないことを書こう、と腰を上げたのでした。



                  




(次に進むには、この下方~コメント欄のすぐ上~にある、
<<Vol.2.・・・という寺のある箇所をクリックします。

以後の回も、同様に進んで下さい)


コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする