鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

Vol.23「サリン事件も“ゼロ百”から」

2005年12月20日 | 「考える宗教」へ

 ~~みなさん、しばらくお休みいただきました。
鹿嶋です。
 もう少し「百ゼロ思考」「ゼロ百」意識に関する考察を続けます。


              



日本人の「ゼロ百」意識はサリン事件の原因にもなっています。
 これを起こしたオウム教団には、いわゆるエリート大学生、大学院生がたくさん働いていて話題になりましたね。頭のいい若者がどうしてこんな宗教教団に誘引されたか、ともみんな不思議に思いました。

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 だが、ここにも「ゼロ百」意識が働いているのです。
 日本人一般の戦後の宗教意識はほぼ完全な「百ゼロ」ないしは「ゼロ百」思考でした。
 霊的な事実などあるはずがない、とゼロで考えていました。

 これは合理的な考え方ではありません。
 見えないものが存在するかしないかは、見えないからわからないわけです。
わからなければ、見えない存在があるかないかは合理的には五分五分でしょう。
存在しない確率は50%です。
 彼らは学校でそういう論理を学んでいるはずです。

 なのに、霊的な事象に関しては確率をゼロに見積もってしまう。
 そうなる理由は、宗教に関しては「ゼロ百」意識が心の底にあるからでしょう。

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 その状態で若者たちは、教団に接触して若干の霊的体験をさせられた。
 彼らは当初、ゼロ状態で耐えます。
 そんなこと起きないはずなのに・・・と。

 しかし、耐えられなくなると一気に百にいってしまった。
 ゼロ百は、途中がないので、ゼロでなくなると突然、百にコロンといってしまうのです。

                   

 ああいう教団に入っていたら、時々「変だなぁ~」ということにも出会うでしょう。
 でも、その体験を踏まえて変化することが出来ません。
 「ゼロ百」では、百でなくなるということはゼロになってしまうことになります。
 心理的にそこまでは行かれないので、若者たちの意識はまた百に戻ってそこに留まることになります。

 それで、多くの殺人犯罪を犯すまでいってしまいました。

 「ゼロ百」意識は日本人の宗教的純朴の原因になっています。
 それがあるからどんなに学問をしても、宗教意識は成熟していくことがないのです。
 
 これへの対策は、その「ゼロ百」意識を自覚することです。
 そうしたら始めて、変わっていく可能性、成熟する可能性が生じます。


                    
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