鈴木邦男『竹中労 左右を越境するアナーキスト』(河出ブックス、2011年)を読む。昨年末に出た本だが、数日前、そうとは知らず書店で見つけて驚愕した。なぜ新右翼の論客・鈴木邦男が、正反対に立っていそうな男の評伝を書くのか。もっとも、1997年に『僕が右翼になった理由、私が左翼になったワケ』(和多田進との共著、晩聲社)を面白く読んだ記憶があり、ガチガチのイデオロギーを持つ人ではないことは知っていた。それにしても、である。
本書を読むと、それは何も著者だけのことではないとわかる。竹中労自身が、反権力、反体制、社会変革の理想を追う中で、敢えて右と左を衝突させ、その過程から大きな動きを生み出そうとしていたアジテーター、オーガナイザーであった。むしろ著者は竹中に大きな衝撃を受け、影響されていくのである。野村秋介との同志的な連帯さえもあったという。
それだけではない。カダフィ大佐がまだ独裁者に堕す前の80年代、リビアを拠点とする革命に期待して頻繁に訪れ、日本赤軍や「よど号」グループとの接点を持っている。そこでの大会に、重信房子を引っ張り出そうとしたり、野村秋介を連れてこようとしたり、もう滅茶苦茶である。傍目にはアナーキー極まるヴィジョンだが、そこには理想があった。
私にとっての竹中労は、『琉球共和国』や『断章 大杉栄』を書いた人物だった。本書を読むと、竹中が活動のなかでしばしば言及していた、里見岸雄という人物(国柱会を創った田中智学の息子)のことや、羽仁五郎についても知りたくなる。