2週間弱ほどインドとタイに滞在した。もちろん仕事であるから余裕はあまりないのだが、空いた時間に、バンコク市内の写真ギャラリー「カトマンドゥ」に足を運んだ。シーロム通り、大きなヒンドゥー寺院の角を入った路地にある。名前の通り、ギャラリーのカードには、ネパール・カトマンドゥの寺院の特徴とも言うべき両目がプリントされている。
入ってすぐに、見覚えのある作品に気がついた。マニット・スリワニチプーンによる、アウトフォーカスでの仏教僧レプリカのモノクロ写真シリーズ『Masters』であり、今年の5月に六本木の「Zen Foto Gallery」で観たものだ(>> リンク)。それらは2枚だけであり、他にもタイの日常や事件を捉えたモノクロのスナップ作品が数多く展示されていた。
ギャラリーの店番に訊くと、これもマニット、あれもマニット、全部マニットの作品だよ、彼はバンコクに住んでいるんだよ、ここのギャラリーも彼が運営しているんだよ、との返事。多数常設されているのは当然なのだった。東京で観たんだけど、と振ってみると、すぐにそのときの図録を棚から取り出してきた。しかしそれよりも、スナップ作品のほうにより好感を覚えたこともあり、他の写真集『Protest』(2003年)を買った。
官僚にセクハラを受けたと主張し服を脱ごうとする女性。ノーファインダー撮影か。
これは2002~2003年に、バンコク市内で繰り広げられた様々な抗議活動を集めたものだ。タクシン政権の時代であり、ここに観ることができるものは、おそらくは経済成長を最優先させた政策と引き換えに奪われた生活や、価値や、自然である。巨大ダムに土地を奪われた人びと。外資による雇用の条件の悪化と首切り。仏教を国の基本に据えよとの声。学生たちの抗議。警官や機動隊の強面。
もちろんテキストとセットでの観賞ではあるが、写真そのもののクオリティは高く、プリントもしっかりしている。広角レンズで地面すれすれから座り込む人たちに迫る視線が良い。抗議はイノチガケでもあり、そのためもあるのか(と想像しかできないが)、ヤケクソでユーモラスでもある。官僚にセクハラを受けたと主張し役所の玄関前で服を脱ごうとする女性がいる。ダムのせいで魚が獲れなくなったと、座り込んで魚網を編み続けるパフォーマンスがある。タクシン首相を路上のランチに招こうとするパフォーマンスもある。自分のような環境の仕事も、ここにある無数の声とは無縁のところに位置していることに否応なく気付かされる。
ところでタクシン元首相に恩赦としてパスポートを再発行する件、どうなったのかと思っていたら、つい昨日に実行されていた。来月またタイに行くつもりだが、さてどうなっているか。
●参照
○ゲルハルト・リヒター『アブダラ』、サイ・トゥオンブリー、ティム・ポーター、マニット・スリワニチプーン、フィロズ・マハムド