Sightsong

自縄自縛日記

浅川マキ『闇の中に置き去りにして』

2009-09-02 01:13:17 | アヴァンギャルド・ジャズ

気が付いてみると、浅川マキ『闇の中に置き去りにして―BLACKにGOOD LUCK―』(東芝EMI、1998年)以来、もう10年以上新作を出していない。もっとも、数年前にコンピレーションの完結版が出るという嬉しい出来事はあったのだが。

それに、本人が歌うのをもう何年観ていないのだろう。

たぶん1995年頃に初めてマキを目の当りにして圧倒され、取り壊される前の文芸座ル・ピリエにも足を運んだ。旧作のLPやCDもかなり揃えた。2000年には新宿ピットインで、「浅川マキを聴く」という月1回のアカペラの(!)ライヴがあり、その1回目の1番目に入ったのは私である(何の自慢にもならない)。要は、かなりハマッていたわけなのだ。

しかし、独身時代はさておいて、どうしても澱んで暗い歌だから、いまや家人が起きている間はなかなか聴くことができない。そんなわけで、夜中に小さい音で再生したりしている。実は、世間のどこでも、浅川マキをかけることができる時空間は本当に少なくなっているのではないか。

このアルバムは、発売当日に買って何度も聴いた。土方隆行のギターはまったく趣味に合わず、ダッセェとさえ思っていたが、それも聴く気をそぐものではなかった。渋谷毅の作曲による「無題」(別のところでは「Beyond The Flames」となっている)での囁き、その前の妙に明るい「いい感じだろう、なぁ」が、アルバムの個人的なハイライトだ。渋谷毅はオーケストラでもそうだが、ピアノの上に置いたオルガンがまた良い。

いい歳して、夜中にぼそぼそ聴いて沁みたりして、仕方ないのだが。

「ほんと、ブルース口づさんじゃうよ
港に佇んで
出船 入船
何にも変わらない 僕は海を見ていた
そうだ、おまえは
オーティス・レディングだったか?」

(「いい感じだろう、なぁ」)

●参照
浅川マキ DARKNESS完結
ハン・ベニンク キヤノン50mm/f1.8(浅川マキとの共演)
オルトフォンのカートリッジに交換した(『ふと、或る夜、生き物みたいに歩いているので、演奏者たちのOKをもらった』)


侯孝賢『冬冬の夏休み』

2009-09-01 00:55:31 | 中国・台湾

台風が来るというので、早々に帰宅してみると、夏休み最後の日。息子はいつものようになかなか寝ない。ひとしきり本を読んでいると、皆寝てしまったので、侯孝賢『冬冬の夏休み』(1984年)を観る。

侯孝賢独特の静かな長回し、さまよえる視線。無為だからこそ忘れられない時間の流れを感じさせる、アンビエントな音空間。

たぶんヴィデオで観たのは15年くらい前だ。そのときに比べて、感じてしまう部分が明らかに多い。田畑、川遊び、亀、遊び友だち、雨のあとのひんやりした湿気、親戚の家での高揚と怖さ、畳の昼寝、町のちょっと変な人。全部、自分の子ども時代のことだ。台湾も日本も変わらない風景である。もしここに、寺でのラジオ体操が出てきたとしたら、もう泣いてしまうに違いない。

都会の子どもはかわいそうだ。

●参照 侯孝賢『レッド・バルーン』