コララインとボタンの魔女3D<日本語吹替版>
2009年/アメリカ
‘古い井戸’を探す理由
総合 100点
ストーリー 0点
キャスト 0点
演出 0点
ビジュアル 0点
音楽 0点
子供向けのアニメーション作品だと勘繰っていたせいで、観終わった後、この作品の内容がよく飲み込めなかった。最大の疑問は何故コララインは何でも願いが叶う夢のような‘別の’世界へ留まることを拒んだのかである。何でも願いが叶うのであるならば目をボタンにするという条件くらい受け入れればいいことではないのか? 何故ならばコララインが目をボタンにするということは、コララインがワイビーからもらったコララインと瓜二つの人形のようになるということと同じだからであり、コララインが自分と瓜二つの人形を(勿論コララインに反抗しないから)粗末に扱うことはないからである。いくら幸せではあっても人形ではなく人間でありたいというコララインの気持ちは理解できないことはない。それは原作にいない、映画のオリジナルキャラクターであるワイビーという存在にヒントが隠されている。ワイビーは彼の祖母に‘ワイボーン( Wyborne = Why Born?=何故生まれたの?)’と呼ばれているが、それならばワイビーは‘Wybie = Why Be?=何故存在するの?’と解釈できるはずである。つまりこの作品は人間の‘実存’を問うという、見た目とは裏腹の重いテーマを扱っているがために最初私にはよく分からなかったのである。
このように解釈するならば作品の冒頭でコララインが古い井戸を探していた理由も理解できる。井戸とは英語で‘well’だが、言うまでもなく‘well’には‘幸福’という意味もある。両親に構ってもらえないコララインは最初は‘古い幸福’を探していたのだが、ラストでコララインが‘別のママ’の手と2つの世界を繋ぐカギを‘古い井戸’の底へ葬るという意味は、人形のようなままでいれば味わえるような‘古い幸福’を葬るということで、コララインは新しい門出をワイビーの祖母も招いて祝うことにするのである。
R―1ぐらんぷり、あべこうじが優勝(読売新聞) - goo ニュース
今回のR-1ぐらんぷり2010の結果は誰もが納得できるものだったと思う。ただ
不思議なことに決勝に残った3人は3人ともに一回目のネタの方が良かった気が
する。今回最も問題だったことは陣内孝則が的確に指摘していたが、審査員の
板尾創路の審査の仕方である。板尾はネタの出来の善し悪しではなく、自分の
個人的な趣味に合うかどうかで点数をつけていたように思う。シュールなネタを
好んで高得点をつけていたようだが、好き嫌いの点数の落差が大きいために、
板尾創路の点数によって一回目の順位が決まるような形になってしまっていた。
今回結果的にあべこうじがグランプリを受賞したから良かったが、板尾創路は
明らかに審査員に向いていない。