都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
「○○さんの奥さん、不倫していたんですって・・・。」
「何よ、そんなこと・・・。ざらにある話で、珍しくもないわよ。」
いやいや、そんなことは、ざらにあっては困ります。
よくあることを表現するときに「ざらにある」といいます。「ざら」とは何でしょう。
ざら
1[名]
1 「ざら紙」の略。
2 「ざらめ糖」の略。
3 ばら銭。
「夜盗ども見ろと両手で―を寄せ」〈柳多留・五〉
2[形動][文][ナリ]
1 いくらでもあって、珍しくないさま。「その程度の作品なら―にある」
2 むやみやたら。
「それは勿論―に人に見せられるものでない」〈福沢・福翁自伝〉
大辞泉
『大辞泉』で「ざら」を見ると上記のように載っています。
さらに、調べると下記のように載っています。
ざら‐がみ【ざら紙】
1 良質でない西洋紙。新聞用紙などに用いる。ざら。2 わら半紙のこと。
ざら‐め【粗目】
1 「粗目糖」の略。2 「粗目雪」の略。3 かき氷に無色の砂糖シロップをかけたもの。みぞれ。
ばら‐せん【散銭】
硬貨などの、こまかいぜに。小銭(こぜに)。ばら。
大辞泉
江戸時代の人たちは、「「小銭」の中でも一文銭を「ざら」呼んだそうです。今でいえば「十円玉」といったところでしょうか。
もちろん、当時の庶民といえば、長屋に住んでいて裕福ではありませんでした。「小銭」しかない状況が日常だったのです。
このことから、「ざらにある」といえば、庶民が「小銭」しか持っていない当たり前の状況をさすようになったのです。
そこから、多くあって珍しくないことを言うようになったのです。
「五百円硬化ならまだしも、十円玉ならざらにある。」のは、重くて財布が膨らむばかりです。
どうせなら「福沢諭吉」で、膨らませたいです。しかし、私の財布に「諭吉先生」が長期滞在してくださることは、ざらにはありません。
「諭吉先生」といえども、ざらにあっては置き場所に困りますが・・・。 北海道では「小銭」のことを「ざら銭」といいます。
したっけ。