和歌や狂歌でも知られていた沢庵
沢庵の和歌の師は細川幽斎であり、三斎・忠利・光尚と四代にわたって親交があった。沢庵の和歌を細川幽斎がほめたそうです。
品川・東海寺を訪れた家光公が、船に乗ろうとして見送りの沢庵和尚とで禅問答を交わしたとされます。『海近くして如何か是東海寺(遠海寺)』、沢庵答えて『大軍を指揮して将軍(小軍)というが如し』
沢庵の歌
後撰夷曲集(寛文十二年刊)近世文学資料類従 狂歌編3 404頁
香物
大こうのもとはきけど糠みそに打ちつけられてしおしおとなる
大こう とは豊臣秀吉のことと大根を掛けている
糠とは康の字が入っており家康を意味する
大根(秀吉)が糠みそ(家康)に漬けられて、しおしおとなる(屈服する)。
大根の糠漬を知っていた証拠である。
家光と老臣会議の後、沢庵と二人で夜、遅くまで話しこんだと、沢庵和尚が故郷に宛てた手紙に書いてあります。
沢庵の和歌の師は細川幽斎であり、三斎・忠利・光尚と四代にわたって親交があった。沢庵の和歌を細川幽斎がほめたそうです。
品川・東海寺を訪れた家光公が、船に乗ろうとして見送りの沢庵和尚とで禅問答を交わしたとされます。『海近くして如何か是東海寺(遠海寺)』、沢庵答えて『大軍を指揮して将軍(小軍)というが如し』
沢庵の歌
後撰夷曲集(寛文十二年刊)近世文学資料類従 狂歌編3 404頁
香物
大こうのもとはきけど糠みそに打ちつけられてしおしおとなる
大こう とは豊臣秀吉のことと大根を掛けている
糠とは康の字が入っており家康を意味する
大根(秀吉)が糠みそ(家康)に漬けられて、しおしおとなる(屈服する)。
大根の糠漬を知っていた証拠である。
家光と老臣会議の後、沢庵と二人で夜、遅くまで話しこんだと、沢庵和尚が故郷に宛てた手紙に書いてあります。