年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

びっくり予約殺到した豊洲本

2021年06月22日 | 宅老のグチ
本日、次の借り出しのため、築地と豊洲 -「市場移転問題」という名のブラックボックスを開封する-澤 章著を返し、予約してあった無頼派の織田作之助の本を借り出した。
 土曜日の日本経済新聞書評で気になる本があった。
食農倫理学の長い旅 -<食べる>のどこに倫理はあるのか-ポール・B.トンプソン著 太田 和彦訳
 この本も借り出したが最初の3章まで読んで、あまりこの本に関わると漬物の調査に支障が出そうだと思い返本した。内容は濃い。今まで築地で働いていた時、いつも感じていたことが書いてあった。農業の根本的問題でこの部分の研究はまだ不十分と考える。食の添加物拒否者が読んだら、悩むだろう。
 
 頂きます と挨拶して食べることの倫理。食と農の社会学というべきか。漁業でも
金子みすゞの(大漁)という詩を思い出す。
 イワシの大漁で騒いでいる港の外では、イワシの友達がその死を嘆いている。
 さて返本してから、午後から築地と豊洲の本の予約を入れようとしたら、前回借り出したとき、予約者が0だったのに十数名増えていた。他の所蔵している図書館も予約でいっぱい。豊洲地下汚染会議に参加していたので、東京都職員が小池知事の行き当たりばったりで苦労している姿が実名で書かれていた。
 今オリンピックのコロナ対策が風任せということが良く理解できる。





 

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縁座を調べる

2021年06月22日 | 宅老のグチ
日本では、明治時代初期まで家から犯罪者を出した場合、血のつながりから家族に連帯責任を科す『縁座』という制度が存在していました。
 一人の犯罪者を出すと、家族が連帯責任のように社会から糾弾され謹慎させられるのも今に残っています。法的には未成年者は親の責任が認められますが大人になると法的責任は無くて、道義的責任というものが出てきます。
 ところが縁を切ると言う制度は今では無いようでしつこい人は調べているようです。寺院に行ったとき、身元調査はお断りと掲示しているのを見ていると過去からの経歴から判断している人がまだいるようです。時期時代によって考え方とか価値観が異なっていて、仕方がなく追い込まれたと思うしかないのですが、今の価値観では許されない。
 夫の姓になった女性が夫の死後に、夫の両親の介護を離れるため、死後離婚という言葉が聞かれるようになってきます。夫婦別姓と同姓の議論の中で、隠れた介護の問題があります。100まで生きる女性と仕事で無茶な生活を過ごして早く死去した場合、長い余生を介護という人生になるとは考えたくないと思われます。不動産の物件案内で病死は事故物件の扱いから外れ、事故も3年経てば告知する義務がなくなったようだ。高齢者が多い時代に病死を事故扱いすると不動産は混乱する。

 高齢者を介護している男性のインタビュ―で&#88021というのがあったがなんだか分からない。しかし理解できたのは高齢老女がイケメン介護男性が好みであるという。これは100歳の母を介護していてすぐに分かった。子供が世間を気にしないで発言すると同じで高齢女性は男性介護士の顔面偏差値に低い人を嫌うようだ。女性の人生も終わりになると節操も消えるようである。江戸時代の大奥は3000名の女性が働いていたという。天保の改革で辣腕をふるって、幕府財政を立て直そうとした水野忠邦は大奥を制御できなかった。莫大な砂糖の消費を抑えようとしたが男という楽しみない大奥で砂糖くらいはという理屈で制御できなかった。女性の甘さ指向は今でも続く。そして太めとなり、金をかけて運動をする。
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