年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

江戸の出合茶屋 花咲一男著をよむ

2008年04月15日 | 福神漬
江戸の出合茶屋 花咲一男著をよむ
出合茶屋とは江戸時代半ばに上野不忍池の周辺に出来た今風に言えばラブホテルということになる。江戸の出合茶屋はその特色として女性姿が目だっていたようで川柳にも現れている。池之端と言えば今の新宿歌舞伎町のようにいかがわしい所と明治の時代まで広く知られていたと思われる。
 あまりの風紀の乱れは寛永寺や幕府の怒りを誘い、各種の茶屋はとり壊されもした。しかし、時間が経つともともと寛永寺参詣の人達の便宜を図るため発展した盛り場は元の姿に戻っていった。天保十二年(1841)この水野忠邦の改革により取り潰しまで続いた。彰義隊と新政府軍との戦いで上野周辺の盛り場はその勢いを再びなくしたようである。
 寛永寺から店名を貰った『酒悦』は店主の努力によって天保の改革から明治前半の混乱期を潜り抜け福神漬を創生し様々の営業努力によって今に残っている。
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食料不足

2008年04月14日 | 築地市場にて
食料不足
長い間食料不足がなく、金さえあればすきな時すきなだけ食べることが出来た時代が終わりつつある。発展途上であった中国やインドが自国民を餓死させてまで主要食糧を輸出することはなくなるだろう。アメリカの農産物の輸出余力があるといってもアメリカ中部平原の地下水脈の異常低下によってだんだん栽培が困難になってきていると言う。日本に圧力かけて牛肉を輸出しようとした時代が終わるかもしれない。
 いま原油価格の高騰で穀物等の価格も連れ高になっているが原油が高くならなくても貧しい人達が豊かになれば食料は不足する。穀物等の再生産が簡単なものより漁業のような捕る食料は次第に高価格となるだろう。
 昔に戻って新しく食生活の組み立てが始まるだろう。すでに小麦の価格の改定から学校給食が変ってきている。御飯が増えるだろう。香港・フィリッピンの米騒動の展開はどうなっていくのだろうか。
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汚染除去工事

2008年04月13日 | 築地市場にて
汚染除去工事
豊洲の汚染物資の除去工事で700億の金がかかり、約一年遅れるという。予定で行けば2013年3月の移転となる。予定というかやはり強引に移転するという都の意思とも言える。
 豊洲汚染の第二ラウンドともいえて、反対している人達は除去工事費の巨額さに驚くのだろうか。それとも他の移転先等の対案を出すのだろうか。
 人工地盤を作って移転するしかないだろう。もともと埋立地のため基礎工事を十分するので原子力発電所並みの基盤を作って移転すればよいだろう。今の築地の酷さは次第にわかって来ていて皆移転は覚悟しているらしく設備投資を避けていて修理で対応している。
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ギョーザ事件で判ったこと

2008年04月12日 | 築地市場にて
ギョーザ事件で判ったこと
ギョーザ事件でそろそろ予想した結論が出そうでつまり『犯人を出さない』となりそうです。築地市場で火災があった時なかなか犯人が見つからずどうしたことかと思っていたら、漏電とかの施設の欠陥による火災となれば施設管理者の東京都の責任となり営業保障の問題となる。ギョーザ事件も展開によっては色々な問題が派生してくるのである。
さらにギョーザ事件で判ったことは中国も日本の輸入者の加工食品の検査が甘いということで価格の安さで販売攻勢をかけていたことがわかる。丁寧な仕事はそれなりの経費がかかり商品価格に反映される。途上国の製品が安定してくると初期に発生した問題から新しい問題に変る。
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カレーライスの誕生 小菅桂子著をよむ

2008年04月11日 | 福神漬
カレーライスの誕生 小菅桂子著をよむ
福神漬の史料の少なさか常陸丸の事件の記述に誤り(115頁)があって、ドイツの巡洋艦に襲われて外国人乗客のほとんどと117名の乗組員がインド洋の藻屑と消えていると書いてあるが実際はそんな人数の人々が死んだわけでなく、捕虜となって翌年無事に帰ったのである。大正6年にインド洋で行方不明となり、大正7年2月に捜索から帰った人々が発見した東京池之端・福神漬・酒悦の焼印のある木箱を持って帰ってきたため遭難を確信したが、翌3月になるとドイツに常陸丸の乗客乗員が捕虜となっている報道が出てきて郵船関係者がほっとしたところ、再度悲劇的な常陸丸船長の自殺と言う報道があって、新聞紙上をにぎわしていた。郵船の捕虜となった船員が日本に帰った頃は報道の扱いも少なく郵船の社員に福神漬を食べるとき常陸丸の悲劇を思い出させただろう。後の第二次大戦で戦地に物資輸送の任に当たった日本商船は戦火にあって死去しても語られることも少ない。
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強風の後の葉桜

2008年04月10日 | 築地市場にて
強風の後の葉桜
4月8日の強風でサクラは散って葉桜となる。どうやらギョウザ台風も後の風景は食事の様子が変ってきてしまって、中国の処置のまずさと遅れで関係ないことまで加わってきていて展開が読めない・チベットの騒動がイギリス・フランス・アメリカで騒動を引き起こし日本でどのような結果になるか、それを日本のマスコミがどのように報道するのでしょうか。またまたギョウザの決着が遅れて食の風景が変っていく。消費者の変化は激しく単純な価格改定にはついいてこなくて、値上げが認められても注文が来ない。国産の紅しょうがが売れていて中国原料のものよりはるかに高いが売れている。
満開のサクラの陰で新しい青葉が成長していて、あっという間にピンクから緑に変る。見た目には急速に変っていったように見えるが静かに青葉が成長しているのである。食の風景も同じことが起こる予感がする。
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4月の市場休

2008年04月09日 | 築地市場にて
4月の市場休
荒れた天気の翌日の市場休み。そういえばアンケートの提出期限が迫っている。来年の休みを完全週休二日にするかどうかの問題である。人手が足りなくなると休日が増える。明日もまた雨。国産食物の価格がどのようになったいくのでしょうか。
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柳橋料亭亀清楼の話

2008年04月08日 | 福神漬
柳橋料亭亀清楼の話
先日業界の長老と福神漬の話をしていた際、池田隼人首相が外遊の際に宮沢喜一氏が随員としてついていく時に柳橋の料亭亀清楼の女将が『酒悦』の福神漬の缶詰を持っていくことを薦めたという。この話で柳橋料亭の人達に福神漬はどんな関係があったのでしょうか。何か因縁がありそうです。
 さて宮沢喜一氏が外遊に出かけたときで有名なのはサンフランシスコ講和会議(1951年)のときで、当時は船で行っただろうから缶詰を積載しても重さの問題はなかっただろう。
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多品種少量生産

2008年04月07日 | 趣味としての漬物
多品種少量生産
あまり知られていないのだがプラスティックの袋は時間が経つと劣化してしまうため販売能力以上の発注をすると袋に障害が出る。シール不十分だったり破袋したりするため小さな漬物生産者は多品種の袋を使用するため原料在庫事情によって中国産の原料がほとんどを占めていても作りすぎた袋を消費者に判らないからといって使用することになる。
法律が変って表示を替えなければならなくなっても具体的によい表示の例が出てくるのが遅く使えない袋の無駄が生じる。もったいないと使用すると違反となる。
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都市の真ん中で野菜は進化する

2008年04月06日 | 築地市場にて
都市の真ん中で野菜は育つ
最近は都市の中で野菜を栽培することが研究されていますが実際のところ都市に住んでいる人達にとって野菜なんか関係ないと思っているようです。今のメタボ対策の食事は野菜を多く摂るようにする傾向があります。
 都市住人の要望が野菜の品種改良を招き、季節感の演出を要求する。早だし競争は色々な輸送技術の改革を促進した。早だし競争は江戸時代の南砂町での腐葉土の熱での温室栽培を実現した。『一富士二鷹三なすび』の言葉も生んだ。冬に温室栽培のナスを食べる贅沢がかなうように願ったのである
 戦後の農政の指導の下、伝統野菜は消えつつあるが風土に合った野菜が消えることは日本の食文化を消すことになる。
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さくら茶

2008年04月05日 | 趣味としての漬物
さくら茶
満開の桜の下、ふと思うには結納・結婚式の桜茶です。桜茶は香煎の一種で八重桜を塩漬けした桜花漬です。
 菊・サクラ・菜の花など花を塩漬けにして食べる漬物があります。季節を食べる食文化は何処の国のもあると思います。
サクラ茶は香煎の一つですが香煎としては青しそ香煎が知られ茶事に使用されるようです。サクラの色を鮮やかにするには梅酢を使用したほうがよいと聞いています。

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香港の米騒動

2008年04月04日 | 宅老のグチ
香港の米騒動
地球温暖化の影響かどうかわからないが、旱魃による米の生産量の不足によって香港で米の価格が急上昇して市民が買いだめに走っていると報道していた。
 四月からメタボ検診が始まるが食品価格の上昇によって節約・節食し、結果としてダイエットし健康な体になる気がする。新銀行東京問題のように必要なときに制度作成に時間がかかり出来たときは時代遅れとなってしまったようにメタボ検診はいらない事業となる気がする。
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福の神

2008年04月03日 | 福神漬
福の神
文字通り福神漬は福の神の食べ物として名付けられた。
 三橋健著『日本人と福の神』という本によると富貴を欲し貧賤を嫌うのは人類共通の人情であるという。新年早々は日本の福の神は忙しい。あらゆる矛盾する願いを聞き入れる八百万の神はすべて難問を解決する福の神に思える。この本によると日本人の幸福感には『表面上は現世利益を求めている人々が実際には幸福は神からもたらされるものと信じられ、海のかなたより宝物や米俵を積んだ宝船に乗って福徳が来る』 信じていて、海のかなたより来る福の神の代表が七福神である。
 明治の頃は福の神はどうも『笑門来福』という考えもあったらしい。

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言葉に残る

2008年04月02日 | 福神漬
言葉に残る
出会い系サイトと言う言葉がある。この言葉はいつごろから使われたか知れないが上野不忍池のほとりにあった茶屋が出会茶屋と呼ばれていて度重なる規制で消えていった。川柳に残る様子はかなり繁盛していたと思われる。
 寛永寺周辺は今でも江戸の昔でも観光地・行楽地であって人出が多く・上野の広小路は興業地として繁栄していた。やがて谷中の七福神めぐりが始まり、明治になって福神漬が地域の特産物として命名されていった。福神という名称は上野の付近の縁起のよい名前として知られていたのではないのだろうか。今でも販売する商品の名前で売れ行きが変ることがある。特に必需品でない食べ物の販売には工夫努力が必要となる。
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カレーライスと日本郵船

2008年04月01日 | 福神漬
カレーライスと日本郵船
郵船のカレーライスに福神漬のついた理由は、郵船のホームページに載っているが、どうして福神漬が外国航路特に欧州航路に積載されていたかが問題である。
 漬物は今でも昔でも消費者つまり食べる人からお金を原則として受け取っていない。そのような食べ物を新しく導入するにはかなり世間的に評判が経ってからになる。または宣伝して強引に販売させるしかない。そして地道な営業努力でもなければならない。ただおいしいから売れることは昔からない。おいしいものはすぐに同業他社が真似してより良いものを出してくるかより安い物をだして競争することとなる。
 福神漬が郵船に積まれたのはどのような理由であろうか。けっこう人間関係で船に積載されたかもしれない。
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