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透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「「廃炉」という幻想」

2022-02-27 | A 本が好き 

 拙ブログの前の記事「ブックレビュー 2022.02」に、将来歴史の教科書に太文字で表記されるであろう出来事が続いていると書いた。そこに挙げた福島第一原発の大事故はなんとなく過去の出来事のような捉え方になってしまっている。だが、事故処理は続く、この先まだ何年も何年も・・・。



25日(金)の午後、久しぶりに松本駅近くにある丸善に立ち寄った。買い求めたのは『「廃炉」という幻想 福島第一原発、本当の物語』。 **私事になるが、筆者は福島第一原発事故、通称1F(いちえふ)事故の発生初日から現在まで、民放テレビ局の記者として、一貫して1F事故収束を取材している。**「はじめに」にこのような著者・吉野 実さんの自己紹介がある。これも光文社新書。

読み始めるといきなり次のような記述があった。**高い放射性物質であるデブリ取り出しについては、これまで、わずかなサンプルの取り出しもできず、技術的には全く見通しが立っていない。現場は成算も立たないまま、様々な試みをしているが、大量のデブリ取り出しができる保証はない。
百歩譲って、デブリ取り出しに成功したとしても、現状では、デブリや、原発解体に伴って発生する膨大な廃棄物を、安定的に保管する場所は存在しないし、見つかる目途も全くない。(後略)**(26頁)

デブリってなんだっけ? デブリとは燃料と構造物等が溶けて固まったもの(原子炉建屋の概念図などは東京電力のホームページに掲載されているので検索・確認願います)。

このデブリの取り出しについて著者の吉野さんは無理なんじゃやないか、という見解をお持ちなのだ。本書の帯に**不可能に近い「デブリ取り出し」**とある。

デブリの量は1、2、3号機で合計880トン(もっと多い可能性もある)(45頁) こんなに多いのか、びっくり。

バイアスがかかっていようがいまいがそれは自分のフィルターを通して判断するだけ。本書を読んで、福島第一原発の現状と今後に関する知識を得ることができれば・・・。

余談だが、本書に掲載されている写真や図の大半がカラーだ。美術作品を取り上げるような新書、例えば先日読んだ『日本美術の核心』矢島 新(ちくま新書)などは掲載する絵画がカラーの方が有難い、割高になっても。


 


「6 男はつらいよ 純情篇」再び

2022-02-27 | E 週末には映画を観よう

 寅さんシリーズ全50作で特に印象に残る5作品に次ぐ作品とマドンナは次の通り。

第  6作 純情篇 若尾文子
第17作 寅次郎夕焼け小焼け 太地喜和子
第27作 浪花の恋の寅次郎 松坂慶子
第38作 知床慕情 竹下景子
第39作 寅次郎物語 秋吉久美子

第6作「純情篇」を観た。この作品のあらすじは省略する(過去ログ)。

長崎港。五島行きの船が出てしまって、寅さん思案橋ブルース、もとい思案。寅さん、赤ちゃんを背負った若い女性に声をかける。なんだか薄幸そうな雰囲気のこの女性、宮本信子が演じる絹代。この映画の公開が1971年1月、となると製作されたのは前年で、この時1945年生まれの宮本は25歳。絹代は遊び人の夫に愛想をつかして故郷・五島に帰るところだった。宿代が足りないことを寅さんに告げて、お金を少し貸して欲しいという。寅さん「来な」と一言。寅さんは幼い子どもを連れた絹代と鄙びた旅館に同宿する。

寅さんが隣の部屋で寝ようとした時、絹代は服を脱ごうとしている。
「泊めてくれて、何もお礼できんし・・・」

この時、寅さんは
「あんた、そんな気持ちで、このオレに金を・・・、そうだったのかい」

この後、寅さんは絹代を優しく諭す。その長台詞は省略するが、この時の寅さんの心根に涙した。今こうして書いていても涙が・・・。

この後、絹代は実家で父親(森繫久彌)と再会する。父娘の情にふれた寅さん、故郷が恋しくなって、柴又へ。帰ってみるととらやの2階には夫と別居中の夕子(若尾文子)が下宿していて、寅さんお決まりの一目惚れ。

その後の流れは省略。

とらやに迎えに来た夫と夕子は帰っていき、寅さん失恋。

ラスト、旅に出る寅さんと柴又駅のホームで小さいころの思い出話をするさくら。ふたりの会話を聞いていてまた涙。ますます涙もろくなった。

電車に乗り込んだ寅さんの首にさくらは自分がしていたマフラーをかける。
「あのね、お兄ちゃん。つらい事があったら、いつでも帰っておいでね」
「そのことだけどよ、そんな考えだから、オレは一人前に・・・」
「故郷ってやつはよ・・・」
「うん」
「故郷ってやつはよ・・・」
電車のドアが閉まる
「なに?」

電車が走り出す。

この後、寅さんがなんて言ったのか分からない。続く台詞は観る者に委ねられている。

遠ざかっていく電車をじっと見送るさくら。実にいい場面だ。

正月のとらやに絹代が夫と子どもと一緒に来ている。この時寅さんは旅の空。絹代が五島の父親に電話する。近況を聞きながら泣く父親。その様子を見てまたしても涙、涙。

寅さん映画、いいなぁ、好きだなぁ。


 


ブックレビュー 2022.02

2022-02-26 | A ブックレビュー

320

 1995年、阪神・淡路大震災の惨状に、こんなことは生きている間に二度と起きないだろうと思った。ところが2011年、今度は東日本大震災、福島第一原発の大事故でまたもや大惨事に。その後も豪雨が毎年のようにこの国を襲い甚大な被害が発生している。そしてコロナ禍。2年以上もマスク生活を強いられるなどということを誰が予想できただろう・・・。そして今後はロシアのウクライナ侵攻。将来歴史の教科書に太文字で表記されるであろう出来事がいくつも続く。大変な時代を生きているのだ。ところでウクライナといえば、名作「ひまわり」の印象的なシーン、あの広大なひまわり畑シーンの撮影地なんだとか。

こんな前置きをしてから書きにくいが、月末だからブックレビュー。2月の読了本は6冊。このところ新書を読むことが多い。

『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』今村翔吾(祥伝社文庫2021年20刷)
江戸の火消たちが活躍する時代小説、となれば読まないわけにはいかない。江戸の消火事情が分か。。

『いま、幸せかい? 「寅さん」からの言葉』滝口悠生(文春新書2019年)
「伯父さん」
「何だ?」
「人間てさ」
「人間?人間どうした?」
「人間は何のために生きてんのかな?」
「何だお前、難しいこと聞くなあ、ええ?」
「うーん、何て言うかな。ほら、ああ、生まれてきてよかったなって思うことが何べんかあるじゃない、ね。そのために人間生きてんじゃねえのか」

『毛 生命と進化の立役者』稲葉一男(光文社新書2021年)
驚異のミクロの世界。神さま(造物主)は決して手を抜かず、微細な部分もきっちりデザインしている!

『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』伊藤公一朗(光文社新書2018年10刷)
データ分析の基本のき、因果関係分析入門。

『日本美術の核心 周辺文化が生んだオリジナリティ』矢島 新(ちくま新書2022年
日本美術に関するなるほど!な解説。キーワードは庶民性と素朴な造形。

『メタバースとは何か ネット上の「もう一つの世界」』岡嶋裕史(光文社新書2022年)
**リアルでは男性の人が、メタバースでは女性のアバターを使い、婚姻することは可能か。それを女性と信じて婚姻した配偶者が、実は相手がリアルでは男性だったと知ったときに、詐欺罪は成立するのか。人間が操るアバターだと信じて疑わなかった相手と結婚したら、その背後にいたのがAIだったときどうするのか。**(244頁) ??? こんな状況を想定することが必要になるんだろうか、混乱してくる・・・。


 


「松本の本」

2022-02-24 | A 本が好き 



 『松本の本』第3号に掲載予定の原稿を書いています。で、ブログの記事が書けません。年1回発行のこの雑誌、第2号に「火の見櫓」について書きましたが、今回は松本のマンホール蓋について書いています。発行はまだ先ですが、今から楽しみです。他の皆さんどんなテーマで書くのかな。

  


 


メタバース

2022-02-21 | A 本が好き 



 信濃毎日新聞の2月16日付朝刊文化欄に人類学者・磯野真穂氏の「生活の仮想空間への移行に危機感」という見出しの論考が掲載されていた。この論考のキーワードは「メタバース」。

論考を読んで次の件(くだり)にサイドラインを引いた。

**私たちの身体の捉え方、感じ方も、言葉に合わせて変化してゆくということだ。言葉は言葉のみでは止まらず、現実の実感を変えてゆく。**

**人類学者のメアリー・ダグラスが、社会のイメージは身体に反映されると述べたように、理想とされるIT機器のイメージは私たちの身体に当てはめられる。** なるほど確かにスペックが高い人などと言うようになった。

**身体の「デフォルト(初期設定)」は両親からもらったそれではなく、自分が描く理想のそれとなってゆくはずだ。生まれ持った身体はその理想に向けて、あらを削られ続ける対象と化すのである。**

**メタバースは、かつてなく自由なようで、最も管理された世界であることは知っておくべきだろう。なぜならメタバースは見えない誰かによって常に整備され、監視された世界であるからである。** 見出しの「生活の仮想空間への移行に危機感」はこの警告的指摘に因るのだろう。

この記事のようにメタバースという言葉がメディアに出るようになったが、どのような意味なのか、どのような世界なのか全く知らない。

書店で『メタバースとは何か ネット上の「もう一つの世界」』岡嶋裕史(光文社新書2022年)を目にして、買い求めた。全く無縁な世界とも言い切れないように思うので読んでみようと思った次第。朝カフェで読み始めた。

480


 


「日本美術の核心」

2022-02-20 | A 本が好き 

360

 巣ごもり読書。『日本美術の核心 周辺文化が生んだオリジナリティ』矢島 新(ちくま新書2022年)を読んだ。本書の内容を一言で括るとすれば、日本美術のオリジナリティの分析。

オリジナリティ、即ち日本において独自に発達してきたと考えられる造形は西欧的なファインアート(著者・矢島氏の定義をまとめると高い完成度を誇り、見る者を威圧する純粋で立派な造形となろう)をはみ出す部分にこそあると矢島氏は指摘する。ファインアートという観点から中国も西欧と事情が似ているということも本書の論考では考慮すべきで、**西欧と中国は世界の美術をリードしてきたツートップである**((12頁)という認識が示されている。

矢島氏は錦絵や俳画、文字絵、茶の湯の器物、神仏像(円空の刻んだ像に代表される)など江戸町人に親しまれた美術品をはじめ数多くの作品を例示しながら、リアリズムよりもデザイン的な造形や素朴な造形に魅力があると説いている。

デザイン的な造形ということでは、私は本書でも取り上げている尾形光琳の「燕子花図屏風」(写真下『日本美術史』カバー図版)がまず浮かぶ。この作品の魅力は燕子花(かきつばた)という単一のモチーフによってグラフィックに構成された「繰り返しの美学」にある。素朴な造形となると、帯の左上、白隠の「達磨像」はじめ、さらっと描かれたまさに素朴な絵がいくつか浮かぶ。


『日本美術史』 美術出版社1999年18刷

日本美術のオリジナリティは中国の周辺に位置し、そのファインアートの規範をある程度逃れることができたことに起因するという著者・矢島氏の見解が「周辺文化が生んだオリジナリティ」という本書の副題に表れている。また、『かわいい禅画』や『日本の素朴絵』、『ゆるカワ日本美術史』などの書名からも矢島氏の日本美術の見方、捉え方が窺える。

思い出すのは『日本辺境論』新潮新書(2009年5刷)。この本で著者の内田 樹氏は日本の「辺境性」に注目して日本文化の特徴を論じているが、その指摘に通じるように思う。

以下『日本辺境論』について書いた過去ログの再掲

この本での論考の結論部分として、**私たちは華夷秩序の中の「中心と辺境」「外来と土着」「先進と未開」「世界標準とローカル・ルール」という空間的な遠近、開化の遅速の対立を軸にして、「現実の世界を組織化し、日本人にとって現実を存在させ、その中に日本人が自らを再び見出すように」してきた。**という辺りを私は挙げる。


さて、次は何を読もうかな・・・。


中川村の火の見櫓

2022-02-18 | A 火の見櫓っておもしろい


(再)上伊那郡中川村 4脚444型 撮影日2022.02.17

 所用で中川村へ。帰路この火の見櫓と再会できた。1基、また1基と姿を消している火の見櫓。このような状況にあって、1年半ぶりに再会できたことは幸せなことだ。





脚部のデザインが正面だけで他の3面はブレース入りで櫓のままというのは残念だが、末広がりのフォルムは美しい。2020年10月16日に見た時は消防信号板があったが(過去ログ)、昨日(17日)は無かった。


てっぺんの避雷針と見張り台の手すりに同じようなデザインの飾りが施されている。消火ホースを引き上げるために柱の上端から腕木を出して滑車を付けている。見た目は芳しくないが必要なものだからと割り切って見るしかない。


外付け梯子から踊り場へ、移動しやすいよう手すりに配慮している。





163枚目

2022-02-18 | C 名刺 今日の1枚

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163 

**日本の絵画は西欧や中国の絵画よりも、「美」を大切にしているのではないか。** 『日本美術の核心』(ちくま新書2022年)で著者の矢島 新氏はこのように提起し、続けて西欧や中国の絵画は美よりも真実や真理を優先しているように見えると指摘している。(81頁)この本にいついては稿を改めたい。 

江戸末期に日本に入ってきた写真技術。写された人物を見て、絵画とは違うそのリアルさに驚いたに違いない。このことがphotographを真実を写すという意味で、写真と訳したことにも表れているのではないか。photoを原義通り光としてphotographを写真ではなく、光画とでも訳していたら、と思うことがある。そう、写真は真実を写すわけではない。

前置きが長くなった。久しぶりにプライベートな名刺を渡す機会があった。相手は上條紗季さん。この写真は彼女の印象とは違うような気がする。どう違うのかについては触れない。

火の見櫓に全く関心のなかった彼女が俄かに興味を持ち始めて、出先で出会った火の見櫓をスマホで撮って、見せてくれるようになった。火の見ヤグラー、やぐらおじさんとしては嬉しい限り。

やぐら女子になって欲しいなぁ。


写真と名前の掲載は本人の了解済み


「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」

2022-02-14 | A 本が好き 



 限定的な知の領域について深く知るためには専門書を読む必要があるだろうが、広大な領域をあちこち覗いてみるのに新書は向いていると思う。私のような発散型の人間には安価な新書はありがたい。

『毛 生命と進化の立役者』では鞭毛や繊毛の精緻な構造を知ることができた。ネットで微小管と検索すればいくらでもヒットするが、私は紙の本を読むことで知の世界を覗くことが好きだし楽しい。専門的な内容を理解できなくても構わない。

先週末、巣ごもりで読んでいた『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』伊藤公一朗(光文社新書2018年10刷)を今日(14日)朝カフェ読書で読み終えた。

本書はデータ分析の「基礎のき」を説いている。難しいことを分かりやすく解説することは難しいと思うが、本書は記述が論理的でその流れも明快で分かりやすい。著者の伊藤氏が日本ではなくアメリカの大学(シカゴ大学)で教鞭を取る研究者であることも無関係ではないかもしれない。本書の構成として「論理構成図」が載っているがこのような本はなかなかないと思う。

**データ分析の力が特定の専門職に就いている方だけではなく、これまで以上に多岐にわたる職種において要求されるようになってきている。**(はじめに 3頁) 

第1章で真っ先に示された、広告の影響でアイスクリームの売り上げが伸びた?という例題の解説、以降示される例題の解説になるほど!

興味深いデータ分析の世界。


RCT(ランダム化比較試験)、RDデザイン、集積分析、パネル・データ分析



寅さんシリーズ 印象に残る場面

2022-02-13 | E 週末には映画を観よう

 男はつらいよシリーズ全50作品(第49作と第50作をカウントしないで48作品とする見解もある)を第49作(第25作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」のリマスター版)を除き、全て観た。寅さんの片想いパターンの作品の方が多く、その逆、マドンナが寅さんに恋愛感情を抱くという作品は少ない。印象に残るのは全て後者のパターンで次の5作品だが、これらを2回観終えた。

第10作「寅次郎夢枕」八千草薫
第28作「寅次郎紙風船」音無美紀子
第29作「寅次郎あじさいの恋」いしだあゆみ
第32作「口笛を吹く寅次郎」竹下景子
第45作「寅次郎の青春」風吹ジュン

5作品の印象的な場面を以下に記す。

第10作:寅さんが千代(八千草薫)さんと亀戸天神でデートする場面、第28作:光枝(音無美紀子)さんが柴又駅前で寅さんに亡くなった夫との約束の真意を確認する場面、第29作:かがり(いしだあゆみ)さんの色香(丹後の実家に帰ってしまったかがりさんを訪ねた寅さん。最終の船便が出てしまって泊めてもらうことに。居間でふたりだけで飲む場面と離れの2階の寅さんが寝ている部屋にかがりさんが入ってくる場面)、それから鎌倉デートでかがりさんが、旅先の寅さんとは違う・・・、という次の場面。

「今日の寅さん、なんか違う人みたいやから」
「私が会いたいなあ、と思ってた寅さんはもっと優しくて、楽しくて、風に吹かれるたんぽぽの種にたいに、自由で気ままで・・・、せやけどあれは旅先の寅さんやったんやね」
「今は家にいるんやもんね、あんな優しい人たちに大事にされて」

第32作:朋子(竹下景子)さんが柴又駅のホームで寅さんの気持ちを確認して悲しそうな表情をする場面、第45作:蝶子(風吹ジュン)さんが寅さんと浜で歌う場面。

これらの中から、敢えてひとつを挙げるとすれば・・・、柴又駅のホームでと朋子さんが見せた悲しく、寂しそうな表情。ふたりは以下のような会話をする。その時、雰囲気を察したさくらはその場から少し離れている。さくらはいつも場の空気というか雰囲気を読み取り、その状況に相応しい振舞いをする。すばらしい女性だと思う。

この作品の後、竹下景子は第38作、第41作でもマドンナを演じている。これは彼女の演技を山田監督が高く評価した結果だと、私は思っている。第38作、41作で彼女はそれぞれ違う役を演じている。

「ごめんなさい」と朋子さんが切り出す。
「え、何?何が・・・?」
「いつかの晩のお風呂場のこと」
「え、何だっけな」ここでも寅さんはとぼける。
「あ~、あのことか」
「あの三日ほど前の晩に父が突然お前今度結婚するんやったらどげな人がいいかって訊いたの」
「それでね・・・、それで、私・・・」
「寅ちゃんみたいな人がいいって言っちゃたんでしょ」
朋子さん頷く。
「和尚さん笑ったろ。おれだって笑っちゃうよ。ハハハ なあ、さくら」
「ね、寅さん。私、あの晩父ちゃんの言うたことが寅さんの負担になって、それでいなくなってしまったんじゃないか思うて、そのことをお詫びしに来たの」
「おれがそんなこと本気にするわけねーじゃねーか」

落胆した朋子さんは
「そう・・・。じゃ、私の錯覚・・・」と悲しそうな表情に。
「安心したか」という寅さんのことばに朋子さんは目を潤ませ、首を横に振る。
「お兄ちゃん東京駅まで送ってあげたら」とさくら。
「もういいの、私はこれで。さくらさんありがとうございました」


 


「毛 生命と進化の立役者」

2022-02-12 | A 本が好き 

360

 『毛 生命と進化の立役者』稲葉一男(光文社新書2021)を読んだ。


出典:小林製薬のウェブサイト

書名の「毛」は髪の毛や体毛のことではなく、細胞についている繊(せん)毛、鞭毛と呼ばれる微細な毛のこと。繊毛ということばは喉薬の説明などで目にすることがある。

「生命と進化の立役者」と副題にあるように本書には細胞の毛が生命活動と進化を支えているということが書かれている。電子顕微鏡的なミクロの世界、それが地球規模の環境変化にも関わってくるという話。

オタマジャクシのような姿の精子の尾っぽは鞭毛。その鞭毛は一体どのような構造をしているのか、波打ち運動はどのようなメカニズムによるのか、本書の解説にびっくり。すごい、造物主はこんな微細なところまで抜かりなく精巧にデザインしている!

微小管(理化学研究所の関連サイト)、9+2構造、チューブリン、ダイニン、ノード繊毛・・・。初めての用語に戸惑いながらも読み続けた。

本書の章立ては次の通り。
はじめに
第1章 孤独な戦士「精子」
第2章 体内の毛なしに生きられない
第3章 毛のルーツは生命のルーツ
第4章 美しいナノ構造のひみつ
第5章 波打つ仕組み
第6章 細胞の毛は環境問題につながっている
おわりに

細胞の毛は生命の誕生や進化にも関わっている! 器官の形成を司り、例えば心臓が左にあることにも関係している! それから回りの環境からの刺激(光や音、臭いなど)のセンサーの役目もしているし、自然環境の変化への対応にも関わっている。

自分が知らない驚きの世界を覗いてみるのは楽しい。


 


「いま、幸せかい?」

2022-02-06 | A 本が好き 

360

 『いま、幸せかい? 「寅さん」からの言葉』滝口悠生(文春新書2019年)を読む。

大の寅さん好きだという作家・滝口悠生さんが寅さんシリーズ最後の作品「お帰り寅さん」を除く全49作の完成台本を読み通して名場面をピックアップして、「家族について」「世ちがらい浮世のこと」「恋愛について」「女性の生き方について」「旅と浮世のこと」「みんなが語る寅さん」というテーマにまとめて紹介している。

寅さん映画で好きな作品も印象に残る場面・台詞も人それぞれ。本書に収録された台詞を読んで、意外に思ったり、確かに、と納得したり、楽しかった。

「私、人妻になって初めて寅さんの魅力わかったんだもん」 え、こんな台詞、誰が言ったんだっけ? そうか、あけみちゃんか。(*1)(199頁)

「伯父さん」
「何だ?」
「人間てさ」
「人間?人間どうした?」
「人間は何のために生きてんのかな?」
「何だお前、難しいこと聞くなあ、え?」
「うーん、何て言うかな。ほら、ああ、生まれてきてよかったなって思う
ことが何べんかあるじゃない、ね。そのために人間いきてんじゃねえのか」
「ふーん」
「そのうちお前にもそういう時が来るよ、うん。まあ、がんばれ、なっ」
(221、222頁)

寅さんを送って柴又駅まで行った満男君が寅さんに生きる意味を問うこの場面はぼくも印象に残っている(過去ログ)。だが、この場面だけピックアップしてもなぜ満男君が寅さんにこんな哲学的な問いかけをしたのか分からない。やはり作品を通しで観なくちゃ・・・。

また、全作品を観ようかな。


*1 タコ社長の娘



「火喰鳥 羽州ぼろ鳶組」読了

2022-02-06 | A 本が好き 



 第166回直木賞を『塞王の楯』で受賞した今村翔吾さんのデビュー作『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』(祥伝社文庫2021年第20刷)を読み終えた。

**「拙者は折下左門と申す者。主君戸沢考次郎様の命を受け罷り越しました。是非とも当家にお迎えしたい」
源吾が住むおんぼろ長屋に、立派な身なりの侍が使者として訪れた。(中略)
「松永殿のお力が必要なのです」**(13頁)

壊滅的な状態となった出羽新庄藩の火消し組の再生を託された男、松永源吾。組織の一からの立て直し、まずは人材確保から。

主要なメンバーが火消し組に加わってきた経緯がそれぞれ章立てされ、短編として成立するのではないかと思われるほどの密度をもって描かれる。膝の故障を抱えている「土俵際の力士」、軽業師で惚れた女のために借金をしている「天翔ける色男」、引きこもりの天才的な学者「穴籠りの神算家」。

再スタートした火消し組、ぼろ鳶組と揶揄されるような集団でメンバーに加わった彼らがそれぞれの個性、能力を発揮して江戸の大火で活躍するようになっていく・・・。物語の後半は江戸のまちで火災を頻繁に発生させる火付けを探すというミステリアスな展開。

物語の起伏がかなり「増幅」されて描かれているのは、映画にも見られる今時の流れか。

火消し組の頭・源吾を支える妻の深雪はしっかり者、実に魅力的な女性で存在感がある。夫を励ます深雪のことばに涙。このことを追記しておきたい。

作者の応援メッセージを次のように読み取った。ぼろを纏っていたって心は熱く! 人生決して諦めちゃ、いけねぇ。


江戸の消防事情について詳しく書かれているのもうれしかった。

追記:2023.02.01再読


特異な姿 洗心亭

2022-02-04 | 建築・歴史的建造物・民家

 立春、名のみの春。平日のそれも昼食にすき焼きを食すなどという贅沢とは無縁な身だが、昨日(3日)その機会があった。そう、昼食に長野のすき亭ですき焼きを食した。りんごで育った信州牛は美味であったが、食レポは資格なし故、略す。

すき亭別館の洗心亭について。

女将さんと思しき方からいただいたリーフレットによると、この建物は明治21年(1888年)、渋温泉(山ノ内町)に建設された大湯(公衆浴場)で、多くの浴客に愛されれたという。昭和36年(1961年)、鉄筋コンクリート造で改築されることになり、木造の大湯は解体撤去されることになっていたが、篤志家が払い下げを受け、保存してきたとのこと。その後、昭和48年(1973年)にすき亭の前庭に移築復元された。その際、浴場は茶室に改修されている。店員さんに訊けば見学可とのこと、食事の後、見学させていただいた。




湯気出しの櫓の壁面は塞がれている。繰り返しの美学な軒下の持ち送りが外観上の特徴でなんとも魅力的だ。持ち送りは単なる飾りではなく、梁の補強の意味もあるだろう。多雪地域で軒にも雪の荷重がかかるので。


重厚な唐破風 


懸魚 松に鶴。


茶室の扁額「水月」


蹲踞 左に湯桶石、右に手燭石、それから前石


平六畳の茶室 畳は床差し敷。天井には蛭釘、その向きから流派が裏千家だと分かる。 

このように建築文化が大切に守られているのは嬉しい。