■ この1年間に約200基の火の見櫓を観た(974~1176)。長野県内はもとより静岡県まで足を延ばして川根本町や富士宮市の火の見櫓も観てきたし、所用で東京まで出かけた際、東大和市の火の見櫓も観てきた。「火の見櫓っておもしろい」の来夏の出版を目指して準備を進めてきた。このような私的生活を振り返ると、私の今年の漢字は「櫓」、かな・・・。
本年も拙ブログをご覧いただき、ありがとうございました。
皆さん良い年をお迎えください。
2018年12月31日
透明タペストリー工房 U1
■ この1年間に約200基の火の見櫓を観た(974~1176)。長野県内はもとより静岡県まで足を延ばして川根本町や富士宮市の火の見櫓も観てきたし、所用で東京まで出かけた際、東大和市の火の見櫓も観てきた。「火の見櫓っておもしろい」の来夏の出版を目指して準備を進めてきた。このような私的生活を振り返ると、私の今年の漢字は「櫓」、かな・・・。
本年も拙ブログをご覧いただき、ありがとうございました。
皆さん良い年をお迎えください。
2018年12月31日
透明タペストリー工房 U1
■ 今年、ブックレビューに載せた本は53冊、この中から今年の3冊を挙げる。
『西郷札』 松本清張短編全集1/光文社
松本清張のデビュー作にして直木賞候補作。今年松本清張短編全集全11巻を読んだ。印象に残る作品が何作かあったが、1作品挙げるとすればこれ。
『流れとかたち』 エイドリアン・ベンジャン J・ペダー・ゼイン/紀伊國屋書店
「コンストラクタル法則」が支配するかたちの進化。**流れるもの動くものはすべて、存在し続けるために(生きるために)進化するデザインを生み出す。これは願望でも目標でもなく、自然の傾向、つまりは物理的現象なのだ。**(29頁)
樹木、河川、動物の身体構造、空港施設、道路網・・・、生物・無生物を問わず、すべての形は流れの最適化に向かって進化する。
『維新革命への道』 苅部 直/新潮選書
**明治維新で文明開化が始まったのではない。すでに江戸後期に日本近代はその萌芽を迎えていたのだ。**
明治維新は歴史的必然。
■ 2018年12月に読んだ6冊の本
『「維新革命」への道 「文明」を求めた十九世紀日本』苅部 直/新潮選書
明治維新は外発的に、それもそれ以前の近世と断絶したかたちで突然なされたという認識が一般的だと思う。だが、本書は実はその下地(近代西洋思想に共感し、自然科学を理解できる下地、素養)が既に江戸時代に出来ていて、明治維新は内発的になされた、西洋化は必然だったということを実証的に論じている。今年の3冊候補。
『フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝帯の正体』藤岡換太郎/講談社ブルーバックス
フォッサマグナの西側の境界線上に住む者として、無関心ではいられない。フォッサマグナがどのように出来たのか、その謎の解明に挑む。実に興味深く、おもしろい内容だった。
『新東京風景論 箱化する都市、衰退する街』三浦 展/NHKブックス
昔の東京は好かった、ということか。
『コンビニ外国人』芹澤健介/新潮新書
多文化共生社会の構築
農業や漁業始め、この国の産業は外国人の労働力に頼ることで成り立っているのが現状だ。外国人と共生することを前提とした社会をきちんと築かないとこの国はやがて沈没する・・・。
22世紀には人口が半減すると予測されている。現在の社会・経済システムを維持しようとしないで、その人口規模に合ったシステムって構築できないのかな、とも思うのだが。
『ふしぎな県境 歩ける、またげる、愉しめる』西村まさゆき/中公新書
人の趣味を覗いてみるのも楽しいものだ。知らなかった、福島県に幅1メートル、長さ8キロのエリアがあるなんて。
『徳川家康の江戸プロジェクト』門井義喜/祥伝社新書
江戸が自然の地形を活かしつつ、改変してつくられた都市であることを再認識する。読みやすく、歴史に詳しくない私のような一般読者向け。
『家康、江戸を建てる』も読みたい。再読中の『江戸の都市力』鈴木浩三/ちくま新書の内容と重なる。
■ 今年も残すところあと数日。この一年を振りかえり、私の三大(という程でもないが)出来事を挙げておきたい。
①カフェ・バロ閉店(3月18日)
毎週金曜日の仕事帰りに通い詰めたサードプレイス(家庭でも職場でもない第三の居場所)が無くなってしまった・・・。いまだバロに代わるサードプレイスが見つからない。過去ログ1
②静岡火の見櫓巡り(5月26日、10月7日、10月28日)
静岡県まで出かけて火の見櫓巡りをした。川根本町、富士宮市で是非見たいと思っていた火の見櫓を見ることができた。過去ログ2 過去ログ3
③同級会@上高地(8月25、26日)
高校の同級生と上高地で再会、旧交を温めた。H君とは30数年ぶりの再会だった。過去ログ4
日常生活から少しだけはみ出しただけの出来事が数回あっただけの一年であった。日々同じことの繰り返し、判で押したような生活。このような一年が実はありがたいことだと思う。
■ 郵送されてきたクリスマスのポストカードに貼ってあったモダンなデザインの切手。さまざまなデザインの切手があるようで、初めて見るものが時々ある。この切手も初めて見た。
これは一体何の切手だろう・・・。
■ 今朝(24日)書店で年越し本を探した。
小説がいいな、と文庫のコーナーをじっくり見たが、読みたいと思う本が見つからなかった。で、新書のコーナーへ。新書も読みたいと思う本が見つからない・・・。ようやく『徳川家康の江戸プロジェクト』門井慶喜/祥伝社新書を読んでみようと、書棚から取り出した。
分厚い新書を2時間で読み終えることはできないが(*1)、集中すれば半日もあれば十分だ。この本もいつものカフェで小一時間読み、続きを家で読んだ。年越し本のつもりが読み終えてしまった。
利根川東遷、浅瀬の埋立、ふたつの上水道建設等々、江戸は人工都市だ。2020年のオリンピック開催に向けて人工都市の改変が進む。江戸に始まった人工都市の歴史は続く・・・。
これから類書『江戸の都市力』を再読する。この本が年越し本になるだろう・・・。来年は江戸に関する本を集中的に読んでみようかな。いや、限定しない方がいいか。
*1 新潮新書は2003年に刊行が始まった。ネットで調べると通勤の行き帰りの電車で読める新書というのがコンセプトだったようで、キャッチコピーは「現代を知りたい大人のために 700円で充実の2時間」、分厚いものはない。
■ 『ふしぎな県境』西村まさゆき/中公新書を読み終えた。
この本の帯に「幅1メートル×長さ8キロの福島県に行ってみた」というコピーがある。手元にある福島県の地図(昭文社の分県地図 昨年11月に福島県の狛犬と火の見櫓巡りをしたが、その時に買い求めた)を見ると、確かにある。西村さんが「盲腸県境」と名付けた福島県の領域が飯豊山(いいでさん)の山頂の先まで伸びている。知らなかった、こんなところがあるのなんて。
この本には全国13ヵ所のおもしろ県境が紹介されている。
その内の1ヵ所、第6章。
**県境マニアは、よく冗談で「これだけ幅が狭いと、片足ずつ山形県と新潟県において、福島をまたげるかもね、アハハ」なんて言うのだが、標高二〇〇〇メートル近い山にわざわざ登ってそんな冗談をほんとに実行する人はいない。**(62頁) でも西村さんは実行してしまった。
前稿に載せた本の帯には福島県を跨いで、新潟県と山形県に立つ著者・西村さんの写真が載っている。私は福島県で道路をまたいで立っている火の見櫓の写真を撮っただけだが、西村さんは福島県をまたいで立つ自身の写真を撮ったのだ。難易度が違う。スゴイ! 登山経験がほとんどない彼は中級以上の飯豊山を、依頼したガイドと共に登る。その山行の様子が写真付きで本に載っている。何カ所も鎖場がある山で確かに難易度は高そうだ。
なぜこのような盲腸県境ができたのか? 著者は信仰の山・飯豊山の歴史をひも解いて、答えを導いている。なるほど、と納得した。
第13章では町田市、相模原市の飛地が境川の両岸にいくつも点在していることも取りあげ、なぜそうなったのか、理由を両市の担当者にヒアリングして求めている。蛇行している堺川に沿って引かれていた都県境だが、河川改修によってまっすぐになった後も都県境が昔のまま、その結果、川の両岸に飛地として残った、というわけ。なるほどな理由があったことが分かる。
どんなものでも入りこんでみると、そこは広くて深い世界だということを改めて感じた。
さて、次は年越し本。
■ 世の中に存在するもの、それが自然のものであれ人工のものであれ、趣味の対象になっていないものはない。雲好き、国道好き、灯台好き、城好き・・・。「火の見櫓っておもしろい」の出版を考えるようになって、マニアな人が書いた本が気になりはじめ、何冊か読んだ。
今日(23日)書店で『ふしぎな県境』西村まさゆき/中公新書を買い求め、早速読み始めた。
群馬、埼玉、栃木の三県境があり、そこが県境マニアの聖地になっているということを何かで読んだことがあるし、その場所の写真を見たこともある。また、長野県飯田市と静岡県浜松市の境、兵越峠で毎年秋に行われている「峠の国盗り綱引き合戦」のことも新聞記事で知っているし、和歌山県には三重県と奈良県に挟まれた飛地があることもやはり何かで読んだ。
この本は今日明日で読み終えてしまうと思う。だから、年越し本にはならないだろう。ならば年越し本は? まだ分からない・・・。
181222付日本経済新聞より
■ 『コンビニ外国人』芹澤健介/新潮新書を読み終えた。
本書でも紹介されている毛受敏浩氏(日本国際交流センター執行理事)が先日NHKのラジオ深夜便の明日への言葉というコーナーで「今、移民を考える」と題して話をされていた。
メモした話の内容
日本の人口は減少の一途で22世紀になると半減する。
日本は外国人がいないとまわらない社会になっている。
移民という言葉に反発が強く、定住外国人という表現をしている。
新宿区では12パーセント(約42,000人)が外国人、今年の成人式では45パーセントが外国人だった。
ドイツでは600時間のドイツ語講習の受講を義務付けていている。韓国でも同様のことを義務付けている(確か415時間だった)。
介護問題など、日本に時間的な余裕はない。
持続的な国にするために優秀な外国人に来てもらうようにする必要がある。
知らない外国人を遠ざけないこと、日々の暮らしから一歩踏み出すこと。
*****
本書ではコンビニで働く留学生にインタビューしたり、技能実習生や地方の自治体を取材したりして得た日本の産業の労働実態を報告し、課題についても論じている。
**「若い人は出ていくばかりで、地元に残っとるのは私のような年寄りばかりでしょう。「正直、これからどうすればいいんじゃろ」と頭を抱えておりました」**(206頁 広島県安芸高田市の市長のことば)
安芸高田市では多文化共生推進室を設置して、外国人の定住支援に向けて、英語、中国語、ポルトガル語の通訳を配置したという。
**「どこの自治体も人ごとじゃないんですよ。人口減や老々介護は全国共通の問題です。いまどき『ワシは外国人は苦手なんじゃ』とか言っている場合ではないんです。『多文化共生』は私たちの必須科目なんです。(後略)**(208頁)
日本で暮らす外国人の数は約270万人で京都府の人口(全国13位)とほぼ等しいという。この現実を踏まえ、「多文化共生」を受け入れないとこの国はいずれ消滅するという厳しい状況を認めなければならないということか・・・。
「火の見櫓っておもしろい」書籍化プロジェクト進行中!
■ 火の見櫓巡りが趣味の私。新聞記者(タウン情報(現在のメディアガーデンプレス))、信濃毎日新聞)の取材にその魅力を語り、ラジオ番組(FMまつもと「夕暮れ城下町」、FM長野「ラジモ!」)やテレビ番組(長野朝日放送「abnステーション」)に出演する機会も得た。後は本を出すだけ、と冗談で友だちに話していたが、それが実現に向けて動き出している。本好きの私としてはとてもうれしい。
先日、出版に向けてお世話になっているK君から本文や写真のレイアウト、文字のサイズ、フォントなどについて数パターン示された。
私の希望を伝え、とりあえず全章についてたたき台のゲラ(編集のことをよく知らないが、「ゲラ」で良いのだろうか・・・)をつくってもらうことにした。
表紙をどうするか、K君にスケッチにしたらどうかとアドバイスされた。どのような視点から火の見櫓を観察しているのか、分かるようにすべきだと。社会学的なアプローチもあるし、建築工学的なアプローチもある。他にもいろんなアプローチがあるでしょうと。載せる写真のデータをきっちり揃えること、各章のとびらの扱い・・・。まだまだやることがたくさんある。
ブックデザインはおもしろい。
撮影日時 181220 07:08AM
平安の才女は春はあけぼの、冬はつとめてが好いと随筆に書いた。
では夏は?秋は?
思い出せない・・・。
で、調べた。
そうか、夏は夜、秋は夕暮れか。
なるほど、確かに。
■ **ベトナム経済の趨勢を見るとき、それほどの時間を経ないで、日本に働きに行きたいと思う若者の数は減少しよう。特に農業や建築業の現場で働きたいという人は、もう数年もすればいなくなるだろう。**12月16日付信濃毎日新聞5面のサンデー評論に掲載された川島博之氏の評論 ベトナムの経済成長の状況から川島氏はこのように推測する。同評論で川島氏は優秀な人材が日本を出て働く時代が迫っているとも指摘している。
**「純粋日本民族」という幻影に固執する保守層の離反をおそれ、現政権は、既に定着している、あるいは改正法により来日する外国人労働者を決して「移民」と呼ぼうとしない。それは、陳腐な政治的手管であると同時に、現実から目をそらし、自分たちの閉鎖性を不問にして内にこもる日本社会の怖気を示しているのかもしれない。**12月17日付信濃毎日新聞6面の文化欄に掲載された岡田憲治氏の論考
先日成立した改正入管難民法に関する記事が連日掲載されている。このことに無関心ではいられない状況だ。そこで『コンビニ外国人』芹澤健介/新潮新書 を読んでみることにした。
**「いま日本には外国人が増えて困るという人もいますが、東京オリンピックが終わったらどんどん減っていくと思います」(中略)「同時に日本はすでに労働人口も減り続けているので、本来は外国人の労働力をうまくつかわないと経済成長できませんが、外国人はきっと増えません。なぜなら日本は外国人労働者の受け入れ制度が整っていませんし、多くの外国人が『日本は不況だから稼ぐのは難しい』『人口不足で残業が多くなるのはいやだ』と考えるからです。そうなるとより多くの労働力が減って、日本の経済はますます傾いていくでしょう」**(上掲書8、9頁) これは筆者のインタビューに対するコンビニで働くベトナム人留学生のコメント。
「多文化共生」社会の構築を進めていかないと、この国に22世紀は来ないかも・・・。
この本を読み終えたら、感想を書きたい。