透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

ヒマワリが横を向くのはなぜか

2010-08-31 | A 読書日記

 先日、カフェバロのテラス席でヒマワリを眺めていて、なぜ上を向いて咲かないのだろう、と思ったことは既に書いた。



ヒマワリが東を向く理由の説明、これはなぜ上を向かないのかという疑問にも答えることにもなる。そのような記述がないかさがしてみた。

**まず、花が上を向いていると日光がまともにあたるため、花の温度が、横を向いているときよりも三~八度も高くなる。このように温度が高くなることは、受精や結実にたいへん不都合だという。** 

ならば、北を向くのがいいのではないか。なぜ東を向くのか・・・。**東を向いていると朝日があたり、夜露が早く乾燥するので、病原菌のまんえんを防ぐことができる**なるほど。

説明はさらに続く。**花が横を向いていることは、雨を避け、花の湿度を下げることにも役立っているという。高湿度は病原菌のまんえんを招きやすく、このこともヒマワリにとって有利な条件なのであろう。**なるほど、なるほど。

著者の瀧本 敦さんは続けて**この説明に納得するかしないかは読者の自由である。**と書いているが、私は十分納得できた。

これで、バロでFさんやKさんに説明ができる。

メモ) このような説を唱えているのはオーストラリアのラング、ベッグ両氏。


黄金比

2010-08-31 | A あれこれ


路上観察 カフェマトカ

板張りの壁 白い塗装
四角い看板 丸い看板

居心地がとてもいいだろうなって
手づくりのファサードを見て思う

マトカの外壁の高さと横幅って黄金比に近くないかな?
黄金比はおよそ5:8

で、この壁はおよそ5.5:8 
どうだろう・・・


 


052 053 千差万別

2010-08-29 | A 火の見櫓っておもしろい




052 大町の郊外、木崎湖の近くの見櫓

 すっと伸びた三角錐。これなら屋根がなくても全く違和感はない。この櫓は屋根が無い方がいい。下から二段目のところにちゃんと半鐘が吊るしてある。てっぺんのデザインがなかなかいい!


053 池田町(安曇野ちひろ美術館のある松川村の隣町)の火の見櫓(追記 現存しない)

■ この火の見櫓は屋上に立っている。これまた今まで目にしたことのないフォルムだが、バランスよくまとまっている。

火の見櫓は千差万別、みんなちがってみんないい。


 


安曇野の道祖神

2010-08-29 | B 石神・石仏



安曇野市堀金の道祖神 

 酒器を手にし、お互い相手の肩に手をかけている。細かな線ははじめから省略してあったのか、摩耗したのか。このくらいの表現が好ましい。

野ざらしにしていない道祖神、地元の人たちがいかに大切にしているかが分かる。碑の裏に建立した年、文久二年と地元の石工の名前が彫ってあった。


松本の道祖神

2010-08-29 | B 石神・石仏


 烏帽子型の自然石に彫られた道祖神。祝言跪座像は抱肩握手像と共に道祖神の代表的なタイプ。

松本市新村の狭い生活道路脇で見かけた。路駐して写真を数枚撮る。刻字の有無などは確認せず。

男神、女神とも腕が短くやや不自然な感じがする。見つめあうふたり、仲がよさそう。細かなところまで彫られている。石工の誠実な仕事。

メモ)
『道祖神』 降旗勝次編/鹿島出版会 昭和50年発行 にこの道祖神の写真が掲載されている。周りには全く家がない。

― 細身の火の見櫓には荷が重すぎないか

2010-08-28 | A 火の見櫓っておもしろい



 安曇野市明科の火の見櫓に付けられている銘板。地元集落のシンボルをつくったという鉄工所の誇りがこの立派な銘板から感じられる。昭和38年、古き良き時代にできた火の見櫓。

*****

都市計画が専門の西村幸夫氏は『火の見櫓 地域を見つめる安全遺産』に「地域遺産としての火の見櫓」という論文を書いている。

この論文のなかで、西村氏は火の見櫓の新しい役割としてまちづくりのひとつの契機と考えることを提唱している。

火の見櫓の文化財としての価値を明らかにする作業を通して、**火の見櫓のある風景をたんなる当たり前の風景として見過ごすのではなく、日本の地域づくりの貴重な努力が生み出した文化的な風景だとして価値づけることがまずは必要であろう。**と指摘する。

更に火の見櫓を地域のまちづくり運動の業績を示す一里塚として見直すべきだとし、**火の見櫓を生みだしてきた地域の力を、防災だけでなく、地域づくり全般へ戦略的に拡げて、地域経営の道筋を語る必要がある。そのとき火の見櫓はそうしたエネルギーの象徴として、十分に役割を果たしうると思う。**としている。

西村氏が次に挙げているのは景観的な価値から火の見櫓のある風景を再評価すべき、という提言。火の見櫓は風景の中に在って全く違和感はない。日本の風景によくなじむランドマークだと思う。

たかが火の見櫓、されど火の見櫓。でもこんなに期待してしまって、細身の火の見櫓には荷が重すぎないか、と心配になる。

メモ) 
1 本には全国の火の見櫓の写真が何基も載っていて興味深い。徳島県藍住町奥野というところにある火の見櫓はすごい。自然木そのままの立ち姿、そこに見張り台と半鐘が設置されている。高過庵の火の見櫓版と書けばその姿のイメージが伝わるかもしれない。
2 昭和38年といえば1963年、このブログ今回が1963稿、偶然。 




 


「ぶらりミクロ散歩」

2010-08-28 | A 読書日記


 やっと火の見櫓の呪縛から解放された!?

岩波新書、8月の新刊から手にしたのがこの本。顕微解剖学が専門の著者が電子顕微鏡で台所にある食べ物や庭先に咲く草花など身近にあるものを覗く。

まずは著者を苦しめた尿管結石のミクロな姿。鋭い刃物の寄せ集めのようだ。こんなものが尿管にあれば痛いはずだ・・・。ヤダヤダ。

ショウジョウバエの目。視細胞がドーム状の曲面に規則的にびっしり並んでいる。ミクロの世界の繰り返しの美学。

キンポウゲ花弁の表層構造。これは現代アート。こんな絵を描くアメリカの画家、名前が出てこない・・・。東京都現代美術館で展覧会が開催されたような気がするが。

サクラソウの花粉。三角おにぎりに三角模様というか・・・、この美しい形をどう表現したらいいのだろう。

やはり自然はすごいと思う。ミクロな世界も手を抜くことなくきちんとデザインしている・・・。




― 2300基!

2010-08-28 | A 火の見櫓っておもしろい



 安曇野市明科で見かけた火の見櫓。真っ先に屋根のてっぺんの矢羽根に目が行った。鉄工所のおじさんが楽しんでつくったにちがいない。



平面形が三角形の櫓に円形の見張り台と円形の屋根。3本の柱の上端を結ぶ梁にも柱と同じアングル材が使われている。梁にフラットバーを渡して避雷針を受け、半鐘を吊り下げている。見張り台の手すりは飾りっ気なし。私好みのシンプルなデザイン。

昨晩(27日の夜)読んだ『火の見櫓 地域を見つめる安全遺産』鹿島出版会 によると長野県内の火の見櫓の数は2300基くらいと推定されるという。松本在住の方が1870基確認したそうだ(2004~2005年)。

先日松本から明科経由で池田町(北安曇郡)までの間、20数キロの道路沿いに11基の火の見櫓を確認した。確かに数が多いと思う。今回取り上げたのはその内の1基。

**火の見櫓の個性豊かで細長いプロポーションを見ていると、まるで人が立っているように思えてくる。**

先の本に出てくるこのくだりを読んで、やはりそうか・・・、と思った。著者は人と書いてはいるが、若い女性に見えているに違いない。





火の見櫓研究の決定版!

2010-08-27 | A 火の見櫓っておもしろい



 「U1さんのブログって、この頃火の見櫓ばっかりであまり本が出てきませんね」と言われてしまった。で、今回は久しぶりに本を取り上げる。今回、カテゴリーをどうしようか迷ったが、火の見櫓っておもしろいに入れておく。

先日ある方がこの本を松本市の図書館で借りて、私に見て欲しいとカフェ・バロにわざわざ持参、預けて下さっていた。感謝。早速注文して、入手した。

あとがきに**本書を編むにあたって、火の見櫓を知る決定版にしたいと思った。そこで、建築、都市計画、サウンドスケープ、防災の専門家に論究していただき、(後略)とある。7人の著者のうち、今川憲英氏は構造デザインの、西村幸夫氏は都市計画の専門家だ。

なかなか中身の濃い本と出合った。今夜はブログをこの辺で切り上げてこの本を読むことにしよう。読了後ふたたびこの本について何か書こう。

『火の見櫓 地域を見つめる安全遺産』火の見櫓からまちづくりを考える会編/鹿島出版会


なぜ 横向きに咲く?

2010-08-26 | A あれこれ

 カフェ・バロにはテラス席がある。

テラスの前にはヒマワリが一列に並んで咲いている。ヒマワリは東を向いて咲いているので、東向きのテラスの席からはヒマワリの後ろ姿を眺めることになる。

テラス席でコーヒーを飲みながらふと思った。なぜヒマワリは上を向いて咲かないのだろう。ユリやキキョウもそうだ、なぜだろう・・・、と。

しばらく前に書いたが、ヒマワリは小さな花がいくつも集まってできている。こういうのを「花序」というのだった。ヒマワリは周囲の舌状花と中の筒状花で構成されている。もし上を向いて咲いていたらどうだろう、雨の日には筒状花には水がたまってしまう。

ユリもキキョウもアサガオも然り。筒状花、鐘状花が横を向いて咲くのは雨水がたまらないようにするためではないだろうか。

では水がたまるとどういう不都合があるのか。水の重さで花の付け根のところで折れてしまうかもしれない。いやそんなことはないだろう。そうなる前に花が横を向いて排水するにちがいない。そしてまた上を向けばいいのだ。

ちょうど・・・、名前が思い出せない、竹筒で水を受けていっぱいになったら下を向いて排水して、元に戻るときポンと音を出す・・・、和風の庭の設え、あれと同じように。もっともヒマワリは水がたまったくらいでは折れそうにないが。ユリはどうだろう。折れてしまいそう。

では他に何か困ることはないだろうか・・・。花粉が流されてしまうかもしれない。そうなれば受粉できない。これは困る。でも本当に花粉って簡単に水で流されてしまうものだろうか・・・。おそらく簡単には流されないだろう。

チューリップのように合弁花でなければ(離弁花というのだった)上向きに咲いても雨水がたまることはないから一向に困らない。

正解は? 

バロのお客さんで植物に詳しい方に訊いてみよう。


原風景としての諏訪湖

2010-08-23 | A あれこれ





■ 昨日(22日)の午後茅野市民館のマルチホールで行われた伊東豊雄さんと藤森照信さんのトークセッションを聴いた。

朝9時から整理券を配布するとのことだったから、その30分前には館外の行列に並んだ。番号40の整理券を受け取ってから、原村まででかけた。その成果が前稿に載せた火の見櫓というわけだ。

*****



空飛ぶ泥舟に乗りこんだ伊東さんと藤森さん 地元長野のテレビ局の取材を受けていた。窓から顔を出すふたり。アップの写真ももちろん撮ったが、有名人の顔写真を載せるとまずいだろう(肖像権の問題)、いや有名人でなくても・・・。

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午後2時から始まったトークセッション、気心の知れたふたりとあって終始和やかに進んだ。予定の2時間では終わらず質疑応答を含めて3時間かかった。

藤森さんは伊東さんの原風景として諏訪湖を挙げる。伊東さんの建築にある「水平感」。これは諏訪湖の水面だという指摘。

伊東さんも『透層する建築』青土社(2000年発行)に収録されている「湖に捧ぐ」という文章の中で**湖は常に中心であり、大きな自然のステージであった。すべての視線は湖にいつも向けられていた。山を望むときは大概は湖を越えた向かいの山を仰ぐのであり、背後の山を振り返ることは滅多になかった。**と書いている。

過去ログ ←参照

ここでトークセッションでも話題になった「中野本町の家」を挙げる。伊東さんのお姉さんの住宅だが、伊東さん30代半ばのこの作品は実質的なデビュー作、と言ってもいい。

で、この住宅の空間構成は諏訪湖と諏訪湖を取り囲む里山からきていると読み取れると藤森さんの指摘を理解した。

なるほど諏訪盆地を住宅にしたのか、すると中庭が諏訪湖というわけか・・・。帰宅後この本を取り出してプランや写真を眺めた。素直に納得できた。こういう捉え方は好きだ。

ちなみに藤森さんは京都駅の空間構成を設計者の原廣司さんの育った伊那谷を建築化したものだと指摘している。

トークセッションの最後に藤森さんが伊東さんにぶつけた質問。上がり(すごろくの上がりと同義)の建築として何を目指すか。伊東さんの答え「自由」。

建築は人の行動をどうしても拘束してしまう。野原のように自由に歩きまわることができる建築ってできないものだろうか・・・、という伊東さんの想い。

なかなか興味深い対談だった。