透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

信濃町の火の見櫓

2024-10-25 | A 火の見櫓っておもしろい


(―)上水内郡信濃町野尻 444型トラス脚 2024.10.**(撮影日不明)

 上掲したのは松本市内にお住まいのKさんから送られてきた火の見櫓の写真。Kさんの姪御さんが撮った写真とのこと。豊科のカフェで昨年の10月に開いた「火の見櫓のある風景 スケッチ展」で姪御さんにもお会いしているかもしれない。

さて、火の見櫓。

一見して珍しい姿かたちだと分かる。脚元から直線的に逓減している櫓のてっぺんにちょこんと屋根と見張り台を載せているかのように見える。
見張り台は櫓から外側に張り出すことなくぴったりに合せている。

姿かたちの印象が昨年(2023年)2月に見た北杜市長坂町の火の見櫓(写真② 森林の監視用だろうか。では監視目的は?)とよく似ている。

屋根形状は判然としないが方形(ピラミッド型)だろうか。櫓の部材構成が送電鉄塔を思わせる。櫓の中間と屋根下に半鐘を吊り下げてある。

隣りの防災行政無線に役目をバトンタッチして、泰然としている様子にも見えるが、所在なさそうにも見える。どちらかといえば後者かな。



(再)山梨県北杜市長坂町 2023.02.05





戦前の手曳き型消防ポンプ

2024-10-20 | A 火の見櫓っておもしろい


(再)塩尻市洗馬 48○型ブレース囲い 2024.10.19


 手すり付きの本格的な踊り場が3つも設置されていて、下から2段目と3段目の踊り場には半鐘が吊り下げられている。がっちりした火の見櫓。




この火の見櫓は今までに何回も見ているが、今回注目したのは櫓の下に置かれている「ガソリン消防喞筒機(?)」。喞筒はポンプのことで、しょくとう、またはそくとうと読む。取り付けられているプレートにガソリン消防喞筒機(機とは違うのでは?)とある。手曳き型消防ポンプだ。製作昭和12年4月と刻字されている。

いつ頃からここに置いてあるのか分からないが、雨ざらしにならない場所に保存していただきたいな、と思う。

手回しのサイレンをで囲った。T形のハンドル(?)を倒し、ふたりで曳いたのだろう。関心があるのは火の見櫓で、このようなものにはそれほど関心があるわけではないが、覗いてみた。こんなサイトも見つかった。 →こちら


佐久市御馬寄の火の見櫓

2024-10-14 | A 火の見櫓っておもしろい


1524 佐久市御馬寄(みまよせ) 44〇型トラス脚 2024.10.05

 群馬県高崎市倉賀野にある洋菓子店・ミリオンを出発したのは午後1時45分だった。ここ、佐久市御馬寄に着いたのは午後4時30分。その後、立科町から岡谷市に出て、塩尻峠を越え、自宅に着いたのは午後6時32分。走行距離約151km。

スレンダーで随分背の高い火の見櫓で、遠くから見えていた。少し手前にも1基立っていたが、スルーしていた。この火の見櫓も駐車スペースが見当たらず、辛うじてこの1枚を撮った。この日最後の火の見櫓。

梯子桟のピッチ(間隔)が不明だが、仮に0.4mとすると、火の見櫓の総高はおよそ20mになる。細身だから高く見えるのかもしれない、桟のピッチを.035mとすると総高はおよそ18m。

櫓の上部にバルコニータイプの踊り場・カンガルーポケットが設置されている。このカンガルーポケットの平面形は四角だが、前面が半円に近いものもある。この日見た火の見櫓は9基だったが、どれも個性的。

ヤグ活も15年目(2010年5月に始めた)だが、これまで飽きることなく続けてこられた理由として、姿かたちが多様なこと、それぞれの火の見櫓には建設されてから今に至るまでの歴史・物語があることが挙げられる。後者は短時間ではなかなか知ることができないが、そのような存在であることは常に意識している。

火の見櫓は今や絶滅危惧種。だからこそ、ヤグ活して記録に残すことには意義があると思う。これからも続けていきたい。


 


佐久市塚原の火の見櫓

2024-10-12 | A 火の見櫓っておもしろい


1523 佐久市塚原 44〇型ショート3角脚

 44〇型、柱4本で櫓の平面が4角形、屋根も4角形、見張り台が円形が東信地域では最も多く、66%(218/329)を占める。実に3基に2基はこのタイプ。


屋根:カチッとしていて変形しそうにない軒の4隅にくるりんちょとは言えないような半円形の蕨手がついている。半鐘がある。サイレンやスピーカーが無いのは好ましい。

見張り台:手すりは飾りっけ無し。床は井桁状に構成した下地材に幅の狭い平鋼を1方向に敷き並べている。


簡素な踊り場 必要最低限の設え 開口はロング3角型。


補強部材をショート3角に構成した脚部は短脚。南信地域に多く50%を占めるトラス脚と比べると実にシンプル。この潔さは好ましい。


 


安中市松井田町の火の見櫓

2024-10-12 | A 火の見櫓っておもしろい


1521 群馬県安中市松井田町 44〇型 2024.10.05

 午後1時45分 高崎市倉賀野町の洋菓子店・ミリオンを出発。帰りはカーナビのお嬢さんの案内に素直に従うことにした。彼女が示したのは国道18号で軽井沢町に向かうコース。晴れ男効果がすっかりなくなってしまったらしく、天気はあまりよくない。

松井田で出会った火の見櫓はコンビニの駐車場の隣りの敷地に立っていた。コンビニコーヒーで少し休み、火の見櫓を観察した。残念ながら脚部はフェンスの内側からは見ることがっできなかった(写真①)。フェンスの外側に出るようなことをしてはいけない。4本の柱を横架材で繋いでいるが、見た目にその間隔が少し広めかなと思うが、櫓が細めだから、このくらいがちょうど好いのかもしれない。


出来れば無い方が好いでっぱりがあるが、仕方がない。ミリオンの火の見櫓もそうだったが、この火の見櫓も見張り台と比べて屋根が小さい。でも、①の全形写真を見ると、こういうバランスもあり、だと思う。残念ながら半鐘は無く、替わりにサイレンが設置されている。これはよくあるパターン。


櫓の中程にある踊り場。外付け梯子から櫓内に入るための開口にはUを逆さにしたアーチ形の部材が使われている。なかなか好い形。この開口部も私の注目ポイント。


脚が少ししか見えていないが、③と同様の形の部材が使われたロングアーチ脚ではないかと思う。

この先、碓氷バイパスで濃霧のくねくね道路を走行することになるとは・・・。


 


新たなシンボルとして

2024-10-11 | A 火の見櫓っておもしろい


1520 群馬県高崎市倉賀野町(洋菓子ミリオン) 44〇型交叉ブレース囲い


 何年も前に入手して、我が家にずっと置いてあった消防信号板を5日に高崎市倉賀野町にあるミリオンという洋菓子店に届けてきました。このお店のオーナー・長井さんも火の見櫓が大好きということが縁で知り合いになりました。

消防信号板は見張り台の手すりに設置されました(写真① 長井さん提供)。来店されるお客さまにも火の見櫓に注目していただきたい、との願いから駐車場に向けて設置したとのことです。水平ブレースも設置されていますが(写真②)、これが火の見櫓の底というか、底面という雰囲気を出していて、なかなか好いです。

信号板は黒くてシックな火の見櫓にマッチしています。似合いのカップルというところでしょうか、下道を5時間かけて届けた甲斐がありました。ピカピカの半鐘も好いですね。外灯も設置されていますね。


ハロウィンな店内 2024.09.05

お客さまにも火の見櫓に興味を持っていただけるように、存在感をアピールして欲しいな、と思います。七夕のときはお客様に短冊を飾っていただいたり、クリスマスシーズンにはイルミネーションで飾ったらどうでしょう。お店の新たなシンボルとしても頑張って欲しいと願っています。


 


火の見櫓を転用した東屋が高崎市にもあった

2024-10-11 | A 火の見櫓っておもしろい


群馬県高崎市根小屋町 2024.10.05

 群馬の火の見ヤグラー・長井さんの案内で高崎市根小屋町にある火の見櫓の脚部を転用した東屋を見た。私の分類だとロングアーチの脚部が東屋に上手く利用されている。鉄骨で屋根の骨組みをつくり、方形(ほうぎょう)の屋根を載せている。屋根は鋼板の瓦棒葺き。ここはミニ公園で滑り台や鉄棒があるが、あまり利用されているようには見えなかった。どんな姿かたちの火の見櫓だったんだろう・・・。


長野県東筑摩郡山形村 2012.08.05

これとよく似た東屋が長野県の山形村にもある。トラス脚を上手く活かしてつくられた東屋 屋根下地は木造で鋼板の平葺きかな。

遠く離れた地でよく似た東屋がつくられたことは興味深い。


 


高崎市請地町の火の見櫓

2024-10-09 | A 火の見櫓っておもしろい


1519 高崎市請地町 44〇型ロングアーチ脚 2024.10.05

 背の高い火の見櫓が高崎市立北小学校の北隣りの敷地に立っている。群馬のヤグラー・長井さんに案内していただいた。梯子桟の数を写真とSVの画象で数え、桟の間隔を測らなかったので仮に40cmと仮定すると、見張り台の床面の高さは約15.6m。床から屋根の頂部までを2.5mと仮定すると、この火の見櫓の高さはおよそ18mとなる。この火の見櫓はかなり背の高い部類に入るだろう。


梯子の掛け方がよく分かる。


屋根の鋼板がかなり錆びていて、変形している。床面の開口の上に手すりを設置してある。


火の見櫓が高い割には脚が短い。


銘板に昭和25年9月とある。


これは地面の蓋。カテゴリーが違うが、ま、いっか。


 


高崎市矢中町の火の見櫓

2024-10-08 | A 火の見櫓っておもしろい


1518 群馬県高崎市矢中町 2本柱梯子掛け 2024.10.05

 分類するのに、なんとも悩ましい姿かたちをしている。帰納的にタイプ分けしていると、どのタイプにも属さないものが出てくる。それで、分類を修正する。この繰り返し。柱が2本だと立体構造にはならないので、分類上、立体構造であることという火の見櫓の条件を満たさない。




コンクリート柱を2本並べて建て、柱のてっぺんを2本の等辺山形鋼で挟み込んで固定している。山形鋼の中央から半鐘を吊り下げ、2本の山形鋼の上に束を立てて、てんびん梁を架け、その中央に棟木を渡して、その上に切妻形の鋼板を載せて屋根にしている。梯子を左寄りに設置して、半鐘を叩きやすくしている(右利きが多く、半鐘を右手で叩くから)。

あいにく雨降りでよく観察できなかったし、思うような写真も撮れなかった。


同じタイプと見做せそうなものを山梨県甲州市大和町で見ている(2017.10.09)。


 


佐久市内山の火の見櫓

2024-10-07 | A 火の見櫓っておもしろい


国道254号沿いの小高い場所に立つ火の見櫓

2022年7月8日。群馬からの帰路、下仁田町から佐久市入りして、ここを通過した(左手前から右奥へ)。その時、この火の見櫓にやぐらセンサーが反応したが、疲れてもいてスルーしていた。

今年4月2日、ヤグ活で近くまで行ったものの、この火の見櫓のことをうっかり忘れていた。加齢に伴う脳の劣化が原因か・・・。今回は出かける前からこの火の見櫓だけはどうしても見なければ、と思っていた。


1517 佐久市内山 444型たばね脚 2024.10.05

東信地域では44〇型が多く、この火の見櫓のような444型は少ない(1割弱)。たばね脚(写真では分からないが)は多く、6割を占めている。赤色灯がついている。東信では多いと思う。


屋根と見張り台の分類は未だ考え中。


簡素なつくりの踊り場

櫓の交叉ブレースが一番上だけ平鋼で、あとはリング付きの丸鋼でつくられている。今回は消防信号板に目が行く。


 


佐久市平賀の火の見櫓

2024-10-07 | A 火の見櫓っておもしろい

 既に群馬県で2022年7月と同年8月に火の見櫓めぐりをしている。前稿に書いたが、今月5日に消防信号板を届けるために高崎市倉賀野町まで日帰りで出かけてきた。高速道路を使わなかったのは途中でミニヤグ活をしたかったから。

佐久市から国道254号で群馬入り、下仁田町から富岡市、甘楽(かんら)町を通って高崎市入りした。朝6時30分に自宅を出発して、嫁ぎ先の洋菓子屋さんに到着したのは11時20分ころだった。158kmの距離をおよそ5時間で走行したことになる。

東信地域では佐久市が火の見櫓の数が最も多い(*1)。市内を走行中に何基か目に入ったが、ヤグ活をしていると目的へ到着するのが遅くなったしまう。ぐっとこらえて、2基だけ観た。


1516 佐久市平賀 444型複合脚(正面たばね脚、残りの面交叉ブレース囲い) 2024.10.05






櫓の下半分は緑化されていて、様子がよく分からない。使われなくなってだいぶ経っていることが分かる。全形が見える状態で管理されていればうれしいが・・・。


*1 堀川雅敏さん作成の「長野県市町村別火の見櫓分布図」(『松本の本 第2号』2020年度版(想雲堂発行)による)



良縁を得て

2024-10-06 | A 火の見櫓っておもしろい

 
嫁ぐ日の朝、リビングにて撮影       無事、イケメン火の見君のお父さんに手渡すことができました。
 
 何年か前に長野県の山形村で解体された火の見櫓に設置されていた消防信号板を、村の担当課の許可を得て入手しました。

自室に飾っていましたが、この度縁あって、群馬県高崎市倉賀野町にある洋菓子屋さんのところに移設設置された火の見櫓と一緒に暮らすことになりました。ハロウィンが近づいていますので、半鐘は白い布を身にまとい、お化けに仮装しています。

昨日(10.05)、届けてきました。届け先まで自宅からおよそ150kmの距離がありますが、行きも帰りも高速道路を使わず、一般道を走りました。途中、沼らない程度にヤグ活をしたかったからです。

群馬のヤグラーさんに案内していただき、高崎市内の火の見櫓を見ることができました。忙しいのに、案内していただいたお店と火の見櫓のオーナー・長井さんに感謝します。ありがとうございました。

往路復路でも数は多くはないですが火の見櫓を見てきました。次稿から紹介していきます。
 

2024-09-22 | A 火の見櫓っておもしろい


 インスタグラムに今まで観てきた火の見櫓を紹介しています。それが一通り終わったら、『信州火の見櫓めぐり』という本に出来ないかな、などと考えています。北信から南信まで市町村別に整理して、短文を付けて・・・。


『あ、火の見櫓!』を自費出版したのが2019年9月。あれから早くも5年経ちました。その後、火の見櫓のタイプには地域性があることを数字で示すことができたり、脚のタイプ分けを試みたりしています。これらを加えて拙著の改定版を出すのも好いかもしれません。

これ、目標というか、夢です。