透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

ブックレビュー 2023.11

2023-11-30 | A ブックレビュー

360
 明日はもう師走! もう何回も書いているけれど、時の経つのは本当に早い。

11月のブックレビュー。

『火の路 上下』松本清張(文春文庫)
古代日本、飛鳥の謎の石造物はペルシャの拝火的宗教・ゾロアスター教と関連するのではないか。松本清張の古代史に関する「論文小説」。初読は1978年7月、45年前。

『暗幕のゲルニカ』原田マハ(新潮文庫)
ピカソの「ゲルニカ」を巡るアートサスペンス。11月は原田マハ月間、6作品読んだ。

『本日は、お日柄もよく』原田マハ(徳間文庫)
スピーチを題材にした小説。結婚式のスピーチに涙し、衆議院選挙の決起集会のスピーチに感動。原田マハさんの文章力、表現力に拍手!

『たゆたえども沈まず』原田マハ(幻冬舎文庫)
アートの世界、史実に虚を加えて浮かび上がらせたゴッホの生き様。

『カフーを待ちわびて』原田マハ(宝島社文庫)
原田マハさんのデビュー作にして第1回「日本ラブストーリー大賞」受賞作。沖縄の小島、与那喜で繰り広げられるラブストーリー、と書きたいところだけれど、どうもストーリーの展開に馴染めなかった。物語の最後に手紙で明かされる幸の過去。幸の行動から感ずる性格であれば、明青に会った当日に明かすだろうと。でもそれでストーリーが全く違う展開になってしまう・・・。

『職人たちの西洋建築』初田 亨(ちくま学芸文庫)
2002年の発行で1200円(税別)の文庫。読みたい本は高くても購入したい。何年ぶりかの再読。久しぶりに建築関係の本を読んだ。西洋からもたらされた新たな建築材料、新たな工法、新たなデザイン。これらを取り込んだ職人たちの心意気、技術力。
**(前略)建築生産に直接たずさわってきた棟梁・職人たちがいてはじめて、日本近代の建築をひらいていくことができたのも事実である。**(315頁)

『デトロイト美術館の奇跡』原田マハ(新潮文庫)
中編のアート小説。デトロイト美術館(DIA)に展示されているセザンヌの「画家の婦人」に魅せられたある夫婦の物語。原田マハさんはアートが友だちのような身近な存在になって欲しいと願っているのだろう。

**――友人たち? いったい誰のことだい?
フレッドが尋ねると、ジェンカは、少しだけてれくさそうな笑顔になって、
――アートのことよ。アートはあたしの友だち。だから、DIAは、あたしの「友だちの家」なの。
うれしそうに答えたのだった。**(26頁)

『リーチ先生』原田マハ(集英社文庫)
イギリスの陶芸家バーナード・リーチの生涯。バーナード・リーチについては名前と松本にも来たことがあるということくらいしか知らなかった。本書を読んで、ロンドン留学中の高村光太郎と知り合ったことがきっかけで来日することになったこと、陶芸を始めることになった経緯、それから柳 宗悦や後に人間国宝になった陶芸家をはじめ、何人もの人たちと交流し、活動したこと、帰国してセント・アイヴスでリーチ・ポタリーを開設し、陶芸をイギリスに根づかせていったことなどを知った。

このような史実を架空の人物を加え、リアルな小説にして多くの読者を得ている原田マハさん。読みたい作品で未読なのは『リボルバー』と『風神雷神』。12月に読もう。


 


「リーチ先生」を読む

2023-11-29 | A 読書日記

360
 原田マハさんの作品では『モダン』文春文庫を初めて読んだ。昨年(2022年)の11月に我が僻村の文化祭の「中古本プレゼント会」で見つけた本だった。今年の10月から集中的に原田さんの作品を読んでいる。


『リーチ先生』(集英社文庫2019年6月30日第1刷、2022年6月15日第5刷)を読んだ。原田さんの作品では10作目だ。

これはイギリスの陶芸家バーナード・リーチの評伝的作品とも言えるが、沖 亀乃介という一陶芸家の人生を描いた物語と言うこともできる。一言で括れば出会いと別れの物語だ。まあ、人生は出会いと別れ、この繰り返しなのだから、当然と言えば当然だろうが・・・。

1953年(昭和28年)に再来日したリーチは全国各地を訪ね歩いているが、この年に松本にも来ている。リーチが来松していることは知っていた。私の知り合いの中では最もご高齢のKBさんは、当時松本市入山辺に住んで居られ、来松して霞山荘に宿泊していたリーチが入山辺の徳運寺を散歩したり、茅葺きの民家を茶色の万年筆でスケッチしているところを見たことがあるそうだ。KBさんも『リーチ先生』を読まれたそうだが、特別な読書体験だったに違いない。

『リーチ先生』のプロローグはリーチが1954年(来松の翌年)の4月に大分県の山あいにある陶器の里、小鹿田(おんた)を訪ねてくるところから始まる。この時のリーチの世話役が16歳の陶工見習い、沖 高市(こういち)だった。

**「コウちゃん。私は君に、ひとつ、質問があります。訊いてもいいですか」**(75頁)
**「君のお父さんは、オキ・カメノスケ、という名前ではありませんか」**(76頁)
このリーチの言葉、読点の付け方が上手い。外国人であることを考慮した細かな配慮。

リーチが高市にかけたこの驚きの言葉から物語の本編が始まる。

1909年(明治42年)4月、高市の父親・沖 亀乃介とリーチが出会う。ふたりの運命的な出会い。場所は東京の高村光雲邸。このとき1887年1月生まれのリーチは22歳、亀乃介17歳。
本編では亀乃介の視点から、リーチの生活・活動の様子が描かれる。亀乃介の生活も。亀乃介は母親が働く横浜の食堂にいて、外国人の話し言葉を聞いていたので英語が話せた。

エピローグは1979年(昭和54年)4月、亀乃介の息子の高市がヒースロー空港に到着するところから始まる。高市は父の恩師であるリーチに会うためにイギリスに来たのだ。

大分の小鹿田でリーチと出会ってから既に25年の年月が流れていた。高市はふたりの小学生の父親になり、リーチが日本で出会い、交流していた仲間たちは既にこの世から姿を消していた・・・。

エピローグで原田マハさんは読者にリーチの人生、亀乃之介の人生を振り返らせる。感涙。小説の構成の妙への感動もあるけれど、リーチと亀乃介の生き方に対する感動の涙。

**けれど、たったひとり、開窯時からいまに至るまで、陶工たちを指導しながら、リーチを助け続けている陶工がいる、とアントンは言った。「もう八十代のベテランです。とてもやさしくて、とびきり腕がいいんだ」**(586頁)

ぼくはこの件(くだり)に続く次の1行を読んで、思わず「えっ!」と声に出し、泣いてしまった。

**シンシアという名の女性です、と教えてくれた。**(同頁) 亀乃介の息子と会ってシンシアは何と声をかけただろう・・・。

*****

『たゆたえども沈まず』で原田さんは画家のゴッホと弟の画商・テオ、それからやはり画商の林 忠正という3人の実在の人物に林の助手の重吉という架空の人物を加えて、リアルな物語を紡いだ。『リーチ先生』も同様で、亀乃介と高市という架空の父子を通じてリーチ像を描いた。

巻末に本書は史実に基づいたフィクションです、という注があるけれど、亀乃介と高市は実にリアルな存在感をもっている。さすが、原田さんと言う他無い。やはり巻末に協力者の一覧が載っている。その中にはリーチの孫、濱田庄司の孫の名前もある。

『リーチ先生』は美術史研究者(*1)でもある作家だからこそ描き得た小説であろう。他のアート小説と同様に。


*1 研究論文のように巻末に参考文献リストが掲載されている。


鄙里の火の見櫓のある風景

2023-11-27 | A 火の見櫓のある風景を描く
長野県朝日村古見にて 描画日:2023.11.26

 10月に開催したスケッチ展以後、初めてのスケッチです。線描も着色も調子が出ませんが、徐々に慣れて描けるようになるでしょう。
まだ雪景色を描いたことがありません。この冬に描いてみようと思います。今はそのための準備期間と考えて気楽に何枚か描こうと思います。

現段階での課題は着色時、筆に含ませる水の量の加減です。遠近関係なく一定にしてしまうとフラットな印象になってしまいます。このスケッチのように。分かってはいるんですけど・・・。

雪景色をどう表現するか、これも課題です。雪は例えば屋根の形を隠してしまいます。まず形を線描で捉える時、どうしようってなるはず。雪の輪郭をどう表現しよう・・・。それから色も隠されてしまいます。


「デトロイト美術館の奇跡」を読む

2023-11-25 | A 読書日記

420
『デトロイト美術館の奇跡』原田マハ(新潮文庫2020年)

 原田マハの『デトロイト美術館の奇跡』を読んだ。虚実織り交ぜたアート小説。

デトロイトで暮らすフレッドは長年勤め続けていた自動車会社を55歳の時に解雇されていて、― 不景気で自動車産業は著しく業績が悪化していた ― 妻のジェンカが家計を支えていた。

もともと芸術にさほど興味がなかったフレッドは**自分はアートのなんたるかを知らないし、(中略)だから美術館に行ったところで楽しめないだろう。どだい、自分のような人間が行くべき場所ではないのだ。**(22、23頁)と思っていた。だが、ジェンカに誘われて地元デトロイト市のデトロイト美術館(DIA)に出かけ、やがて足しげく通うようになっていた・・・。

ある日フレッドはセザンヌの「画家の婦人」(本書のカバーの絵)の前で**――  彼女、お前に似ているね。**(30頁)とジェンカに告げる。

*****

ジェンカが末期ガンと宣告されて・・・。
**――  あたしのお願い、ひとつだけ聞いてくれる? 
最後にもう一度だけ、一緒に行きたいの。――  デトロイト美術館へ。**(32頁) 

車椅子のジェンカとDIAへ出かけたフレッド。事前にフレッドから電話で車椅子の妻を連れて行くことを知らされていたDIAのスタッフの対応が実に自然で好い。その件(くだり)を読んでうれし涙。市民にとって美術館が身近な存在であることがスタッフの自然な対応からも分かる。

**――  あたしがいなくなっても・・・・・彼女に会い来てくれる? 彼女、あなたが来てくれるのを、きっと待っていてくれるはずだから。あたしも、待ってるわ。あなたのこと、見守っているわ。・・・・・彼女と一緒に、ここで。**(34頁)
それから二週間後、ジェンカは旅立つ。ここを読んで泣いた。朝カフェ読書でなくて良かった。

デトロイト市財政破綻 DIAのコレクション 売却へ 地元紙にこんな記事が掲載される。コレクションが売却されたら「画家の婦人」に会えなくなってしまい、ジェンカとの約束が果たせなくなる・・・。

DIAのキュレーターのジェフリーにフレッドは額面500ドルの小切手を手渡す。年金生活者のフレッドにとって精一杯の金額だった。このことがきっかけとなって、DIAのコレクションは私たちみんなの『友だち』だから助けたいという市民の想いが広がっていき、いくつかの財団からの多額の寄付が集まる。そして美術館の存続が決まる。その経緯が書名ということだろう。

アートを知らず、美術館とは無縁だったフレッドがDIAのボランティア・ガイドをすることになるまでがメインストーリー。

ボランティアの当日、フレッドがスタッフ・エントランスではなく、今までの習慣通り、正面エントランスから美術館の中へ消えていくところで物語は終わる。

アートを友だちのような身近な存在にして欲しいという原田ハマさんの願いが込められた作品。


 


ハーモ美術館で素朴派の絵画を観る

2023-11-24 | A あれこれ


ハーモ美術館(諏訪郡下諏訪町)2023.11.19

 諏訪湖畔にあるハーモ美術館には前々から一度行きたいと思っていた。信濃毎日新聞にどの位の期間だったか覚えていないが、今年この美術館で収蔵・展示している素朴派の絵画を紹介する記事が何回か掲載された。その中の1点、ルイ・ヴィヴァンという画家の「ラングル駅の風景」という作品に惹かれ、ぜひ観たいと思った。で、先日(11月19日)出かけてきた。


※ 展示室内では個々の作品の写真撮影は許可されていない。

**「素朴派の画家は、見える通りにではなく、知っている通りに描く」とよく言われます。ビバンは、まさにこの言葉にぴったりとあてはまる画家でしょう。** 遠藤 望さん(下諏訪のハーモ美術館長)は5月23日に掲載された記事にこのように書いていた。

ビバンの「ラングル駅の風景」は美術館2階展示室の中央の独立した壁面に展示されていた(上掲写真)。遠くに立つ塔もその前の家並みも一番手前の駅舎や列車もどれも同じ密度できっちり描き込んでいる。

ビバンは生まれ故郷に近いラングル駅も周辺の様子もよく知っていて、その通りに描いたのだ。遠景、近景を粗密に描き分けることなく同じように、細かな部分まできっちり。黒く輪郭線を描き、丁寧に着色している。一所懸命描いたことが観ていて伝わってくる。

リアルに描かれた絵画を観て「上手い、写真みたい」と発する人がいる。確かに自分も上手いと思う。だが、「いいな」とはあまり思わない。やはり絵は描画力、テクニックではなく、その前段の描きたいと思う気持ち、その発露だ。そこに個性、人柄が出る。

同じ展示室にグランマ・モーゼスの作品も何点か展示されていた。モーゼスおばあちゃんはもともと絵が好きだったようだが、多忙な生活でなかなか描くことができなかったらしい。で、生活が落ち着いた晩年に何点も何点も描いている。上手いとは思わなかったが、やはり丁寧に描かれた絵に惹かれた。


1階展示室にシャガールの木版画が展示されていた。「ポエム」という一連の作品が何点も。シャガールに木版画の作品があることは知らなかった。シャガールは色彩の画家、だと思う。展示されていた木版画の魅力を言葉に出来ないが、やはり色彩に惹かれた。「いいなぁ」。





「職人たちの西洋建築」を読む

2023-11-23 | A 読書日記

360
 『職人たちの西洋建築』初田 亨(ちくま文芸文庫2002年)を再読した。自室の書棚を見ていて、この文庫に呼ばれたような気がした。「もう一度読んで欲しい」と。このようなことを書店でも経験することがある。

**幕末・明治初期に近代化した西欧諸国と接して、その文明・文化を受け入れた日本において、近代化を可能にさせたものは何だったのだろうか。**(010頁)著者の初田 亨さん(*1)はこの問題、テーマに関する長年の研究成果を、読みやすく、分かりやすく本書にまとめている。

本書の最後、第六章 近代化をのりこえる職人たち に次のように書いている。掲げたテーマに対する答え、結論と言って良いだろう。

**そして非西欧社会の日本が、比較的スムーズに自分たちの近代化を成し遂げることができた背景には、激変する社会の中で、大きな時代の流れに流されつつも、古くなったものを積極的に変えていくことで高度な技術水準を保ち続け、みずから新しい世界を切りひらいてきた棟梁・職人たちが多くいたことを無視することはできない。いや、彼らがいたからこそ、日本の近代化が可能になったことをも認める必要があるだろう。**(315頁)

さらに続けて**もちろん建築家のはたした役割も大きかったが、建築生産に直接たずさわってきた棟梁・職人たちがいてはじめて、日本近代の建築をひらいていくことができたのも事実である。そしてその点にこそ、日本の近代化の独自性をみることもできるのである。**(315頁)と指摘して、論考を終えている。

職人に関する希少な記録の蒐集、丹念な読み解き。地道な研究の成果を文庫で読めるなんて、有り難い。



国宝 旧開智学校 

*1 元工学院大学教授 まつもと市民芸術館の設計コンペの審査員だったことをネット情報で知った。


 


解体撤去される火の見櫓

2023-11-22 | A 火の見櫓っておもしろい


撮影日:2021.03.07


撮影日:2021.03.07

 今年(2023年)5月27日付 市民タイムスに松本市で火の見櫓の撤去が進められていること、本年度中に10基前後の解体が予定されていることなどを報じる記事が掲載された。その後、松本市役所の消防防災課を訪ねて、解体撤去が予定されている火の見櫓が約60基あるということを聞いた。


撮影日:2023.11.21 火の見櫓の下部解体中

偶々18日に所用で松本市笹賀のこの火の見櫓の近くを車で通った時、仮囲いされていることに気がついた。昨日(21日)改めて行ってみると、既に火の見櫓の上部が解体されていた。この火の見櫓も解体撤去予定のリストに入っているのだろう。


撮影日:2023.11.22 火の見下の倉庫解体中

今日(22日)の午前中も行ってみた。解体が進み、火の見櫓はほぼ撤去され、火の見下の倉庫の撤去作業中だった。倉庫の外壁から火の見櫓の脚が出ている。そう、解体された火の見は貫通やぐらだった。

倉庫はコンクリートブロック積みの壁の上にALC版を敷き、折板で屋根を葺くという構造。設置されていた銘板により、火の見櫓は1955年(昭和30年)4月に建設されたことが分かっている。あと2年で古希だった・・・。

解体工事は今日中に終了するようだ。


 


火の見が消えた

2023-11-22 | A 火の見櫓っておもしろい

 
撮影日:2020.09.05(左)            2023.11.21(右)   

 また1基、火の見櫓が消えた・・・。

数日前、この近くの県道を走行していて、火の見櫓が風景から消えていることに気がついた。昨日21日、改めて様子を見に行ってきた。道路山水的風景に火の見櫓が立つ様は魅力的で何回かスケッチしている。

火の見櫓が消えてしまうと、風景の魅力が半減してしまうことがこうして写真を並べてみるとよく分かる。ランドマークを失って凡庸になってしまった風景・・・。


          


「カフーを待ちわびて」を読む

2023-11-21 | A 読書日記

360
 年内は原田マハのアート小説(短編ではなく長編)を読もうと思っている。『たゆたえども沈まず』(幻冬舎文庫)を読み終え、続けて『リボルバー』(幻冬舎文庫)を読もうかと思った。が、重い内容であることは容易に予測がつく。それで『カフーを待ちわびて』(宝島社文庫2022年4月19日第12刷)を読んだ。

この小説は原田マハのデビュー作。ちなみにカフーは果報のことでこの小説の舞台、与那喜島(架空の島)の方言。

沖縄の与那喜島でよろずやを営む友寄明青(ともよせあきお)は視察旅行で訪れた北陸の遠久島にある飛泡神社で絵馬に「嫁に来ないか。幸せにします 与那喜島 友寄明青」と書いていた。4カ月後、その絵馬を見たという幸(さち)から手紙が届く。**あの絵馬に書いてあったあなたの言葉が本当ならば、私をあなたのお嫁さんにしてくださいますか。**(前後略 23頁)

手紙に書いてあった通り、与那喜島に明青を訪ねてきた幸。一緒に生活し始めたふたりのラブストーリーが展開される。

幸は髪の長い女性で、白い帽子とワンピース姿で明青の前に現れる。この姿だとぼくは清楚なお嬢さんというイメージを抱いてしまうが、実際にはまるで大食い選手権のようにご飯を食べたり(114頁)、大ジョッキのビールを一気に半分飲み干したりもする(188頁)。まったく、たいしたおてんばである。(154頁)と評されるような行動もする。読んでいて幸という女性がどうしてもリアルにイメージできなかった。

また主人公の明青という30代後半になるのかな、男もいくじなしで、どうにも・・・。あなたのお嫁さんにしてくださいますかという手紙の文面の真意を確かめようともしない。

また、幸も明青に答えを訊こうともしない。ふたりの行動があり得ないと思ってしまって、ストーリーに入り込めなかった。敢えて書くけれど、同居を始めて2か月にもなるというのに、別の部屋に寝るってどういうこと。水色のキャミソールで眠る幸を覗き見したこともあるのに・・・。**見てはいけないものを、見てしまった。**(120頁)ってツルの恩返しじゃないんだから。いかんなぁ、夕方、少量摂取したアルコール効果かな。

**「なにも言ってくれないのね。ずっと一緒にいたって、私の名前さえ、呼ばない」
幸がぽつりと言った。
「いくじなし」**(199頁)

中高生のピュアなラブストーリーじゃないんだけどな。明青は幸のことが結婚したいと思うくらい好きなのに・・・。

まあ、勝手にストーリーの抜き書きをすると、イメージが変わってしまうだろうから、この辺で止めたい。

ストーリーの最後、幸から届いた手紙によって驚きの事実が明かされる。ストーリーの構成上、作者がこうしたことは分かる。分かるけれど、幸は手紙に書いた内容を明青と会ったその日に語るべきだった、と思う。

明青の友だちの息子がいじめにあっているとき**「なにぐずぐずしてんのよ!自分の息子が苦しんでいるのに、いますぐ救ってやれなくてどうすんの!(後略)」**(148頁)と、父親をしかりつけるようなら幸ならそうしたんじゃないか、でもしなかった。幸という女性がどうしてもリアルにイメージできなかった、と先に書いたけれど、このような行動もその理由。

ぼくは幸より明青の小学校の同級生、山内成子(しげこ)の方が気になった。

2005年、第1回「日本ラブストーリー大賞」を受賞したこの作品を読んで、成子と幸と明青の三角関係を期待するなんて、我が心は老い、汚れもしたということか。これはピュアなラブストーリーだというのに・・・。





「たゆたえども沈まず」原田ハマ

2023-11-20 | A 読書日記



 『たゆたえども沈まず』原田マハ(幻冬舎文庫2022年11月25日12版)の主要な登場人物は4人。ゴッホとゴッホの弟のテオ、それから画商・林 忠正と林の弟子の加納重吉。この4人の中で加納重吉だけ架空の人物。実在の人物3人に加納重吉を加えて4人にすることでこの物語は成立している。テニスやバドミントンのダブルスが3人ではできなくて、4人でするのと同様に。これは物語の展開上実に有効な設定。やはり原田ハマさんは上手い。

プロローグ。ゴッホの研究者だという日本人がフランスのオーヴェール=シュル=オワーズという村の食堂の入口で店の主人らしき男ともめている。ゴッホはこの店の3階で亡くなっていて、研究者はその部屋を見せて欲しいと男に頼むが、無下に断られてしまう。そこへやってきた「彼」が助け舟を出す。研究者と彼はその食堂で一緒に食事をする。食事を終えて別れる間際、ふたりは名乗りあう。彼の名前はゴッホと同じフィンセント。なんと彼はゴッホの弟の息子だった・・・。

パリに戻る終電までの1時間ほど、フィンセントはオワーズ川(セーヌ川の支流)で過ごそうとその川に向かう。橋の上でフィンセントは上着のポケットから手紙を取り出す。その手紙は父親に宛てた林 忠正の手紙だった。

ふいに吹き付けた突風が手紙を奪った。**それは紙の舟になって、いつまでも沈まずに、たゆたいながら遠く離れていった。**(18頁)この静かで印象的なシーンが好きだ。

重吉とゴッホの弟・テオの友情。ふたりの交流を介して描かれるゴッホの生き様。よく知られているゴッホの最期も描かれる。その時に至る直前の経緯も。

**いまではない。けれど、いつか必ず、フィンセントの絵はこの街で・・・・・いや、世界で認められる日がくるはずです。**(432頁) 夫・テオを亡くしたヨーに林 忠正はこう言って励ます。

**西の空を薔薇色に染め上げて、夕日が音もなく街並みの彼方に吸い込まれていく。**(435頁) 印象派の絵のような描写。そして物語は静かなラストへ・・・。

巧みに構成された物語。「いいなぁ、この小説」読み終えてしみじみ思った。


 


「たゆたえども沈まず」を読む

2023-11-17 | A 読書日記

『たゆたえども沈まず』
『デトロイト美術館の奇跡』
『リーチ先生』
『リボルバー』
『風神雷神』

 上掲したリストの順番で原田マハの小説を読もう、と思う。で『たゆたえども沈まず』(幻冬舎文庫2020年4月10日初版、2022年11月25日12版発行)を読み始めた。

360

『本日は、お日柄もよく』は読者として若者を意識したのかどうか、気楽に読めるようなライトな文章表現が目立っていたが、このアート系の小説は、硬い表現で綴られている。才能のある人は書き分けができるんだなぁ・・・。が、原田マハの本流はやはりアート小説なんだろうな。

**川上の空は夕日を抱きしめてやわらかな茜色のヴェールを広げていた。絹のようになめらかな陽光を弾きながら、水面がさんざめいている。**(17頁) この絵画的な表現はアートに深く関わり、キュレーターもしていたこの作家らしい。

今週末はこのアート小説を読む。


カバーはこの小説に登場するゴッホ、フィンセント・ファン・ゴッホの「星月夜」。ゴッホの油彩画の特徴は短い毛糸を並べたような描法にある。


以下追記(2023.11.17)

ぼくが感じた上の見解を見たKBさんから次のような情報をいただいた。


アムステルダムのゴッホ美術館の日本語の解説書にこのような記載があるとのこと。このようなことは全く知らずに、感じたままを書いたけれど、ゴッホは実際に毛糸で色の効果を確認していたんだ。これって常識?


「本日は、お日柄もよく」を読む

2023-11-16 | A 読書日記

360
 原田マハの小説『暗幕のゲルニカ』を読み終えたので、朝カフェ、なぎさライフサイトのスタバで読む本を同所のTSUTAYAで買い求めた。

『たゆたえども沈まず』
『デトロイト美術館の奇跡』
『リーチ先生』
『リボルバー』
『風神雷神』

メモしていた5作品はどれも画家やアートを題材にした原田マハの小説だ。でも買い求めたのはメモにはなかった『本日は、お日柄もよく』(徳間文庫2023年6月20日 49刷)だった。

この書店では文庫を出版社別ではなく、作家別に並べている。出版社別の方が整然としているので気持ちが良くて好きだが、作家別の方が今回のような場合には探しやすい。

**OL二ノ宮こと葉は、想いをよせていた幼なじみ厚志の結婚式に最悪の気分で出席していた。ところがその結婚式で涙が溢れるほど感動する衝撃的なスピーチに出会う。(中略)目頭が熱くなるお仕事小説。** カバー裏面の紹介文。

紹介文ではお仕事小説となっているけれど、これはスピーチがテーマの小説、そうスピーチ小説だ。このことを「本日は、お日柄もよく」という結婚披露宴のお決まりの(今では聞かれなくなったけれど)フレーズが書名になっていることが示している。

読み始めて、この作家はこんなライトな表現もするんだな、と思った。例えばこんな会話。**「おはよっ、こと葉。ねえねえどうだったぁ、昨日の披露宴?」(中略)「まあね。フツウだったよ」(後略)**(39頁)

主人公の二ノ宮こと葉は幼なじみの厚志君の結婚披露宴で、退屈なスピーチで睡魔に襲われ、スープ皿に顔を突っ込むというマンガチックな失態を演じてしまう。同じ披露宴でこと葉はスピーチライター、久遠久美のスピーチに感動して泣く。ぼくも泣いた。

こと葉が老舗製菓会社のOLからスピーチライターへ身を転じ活躍するまでのものがたり。

『暗幕のゲルニカ』のラストはびっくりした、なにせ主人公の瑤子が拉致されてしまうのだから。『この本日は、お日柄もよく』のラストにもびっくりした、なにせ・・・、いや書かずにおこう。 さて、次は何を読もうかな・・・。


67万部突破という人気小説