透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

路上観察 まだまだ蔵

2009-08-30 | A あれこれ


■ 路上観察、今回は塩尻市洗馬の蔵。もっと正面から写真を撮りたかったが、手前の木が邪魔をしていた。

資料には表日本では簡素なものが多く、裏日本では装飾過剰なものが多い、とある。裏日本は冬、雪に覆われて無彩色の世界になってしまうことと無関係ではないかもしれない。そういえば九谷焼も色彩が豊かだ。

松本平辺りは両者の中間的な意匠なのだろう。蔵の窓廻りの意匠は無彩色、形はシンプルだが洗練されたものが多い、と思う。

この蔵はまぐさ(窓上の梁形)が曲線で構成されていて、濃い黄色が使われている。塩尻市洗馬では何棟もの蔵を見かけているが、彩色された蔵を他には知らない。

探せばまだまだいろんな蔵と出会うことが出来そうだ。

懸魚?

2009-08-30 | A あれこれ


 懸魚(げぎょ)? 大町市内で路上観察。新しい住宅では珍しい、と思って写真を撮った。

母屋と棟木は大概同じサイズ(細かいことを言えば、母屋は90×90、棟木は105×105が一般的か)だから破風板でどちらの小口も塞ぐことができるはず。では、野球のホームベースを縮めたような形の懸魚は一体何故ついているのだろう・・・。

棟木に母屋より断面寸法の大きな材料を使っているのだろうか・・・。近づいて軒天井を観察すべきであったが、それは躊躇った。次回確認しよう。




松本平に見られる本棟造りの烏おどし(上)と懸魚(下) 

以下、ついでに烏おどしについて記す(以前も同じようなことを書いているが)。

『民家巡礼』溝口歌子・小林昌人/相模書房には**スズメオドシに相当するものをカラスのつく呼び名でカラス・カラスオドシ・カラスドマリなどと言う地方もあるが、ここでは聞かなかった。松本平でも「カラス鳴きが悪いと不幸がある」という俗信がある位だから、そのカラスを飾るはずもない。**とある(塩尻市洗馬岩垂地区)。 

『民家のデザイン』川島宙次/相模書房では烏威しとなっている。縁起の悪いカラスがとまらないようにカラスオドシという名前が付けられたのではないかと思うが、この飾りそのものを烏に見立てているという見解もあるということか。

スズメオドリとしている資料もあるが諏訪地方で見られるスズメオドリ(下の写真)とは明らかに異なる。区別すべきだと思う。


大町のカフェ

2009-08-29 | A あれこれ

 

UNITE 

 水平連続窓といえば20世紀を代表する建築家、ル・コルビュジエが唱えた「近代建築の5原則」のひとつ。大町市内のUNITEの外観、曲面の白い壁とこの水平連続窓が魅力的。
レトロモダン、とでも評したらいいのか・・・。モダンなんだけど、どこか懐かしい雰囲気も漂っている、そんな感じだ。

店内、都会的でおしゃれ。カウンター席の濃いオレンジ色の椅子とペンキ仕上げのプレーンな壁に掛けられた絵がアクセント。大きな焙煎機が据えられていて、「おお、これは美味いコーヒーが味わえそう」と思う。

このカフェのショップカードを週末によく行くカフェ・シュトラッセで見かけていた。カードのデザインと店内の雰囲気がよく似ている。デザインで大切なのは、やはりトータリティ(一貫性)だと思う。そういえば昔、宮脇檀さんが新宿のザ・バーン(記憶が曖昧で定かではないが)を設計した時、内装だけでなく、食器選びやカードのデザインまで全て手掛けたと聞いたことがある。

コーヒー豆の歩留りはそれほど高くはないらしい。「ハンドピック」でかなりはねてしまう、と若いマスターから聞く。

ケニヤを注文する。まろやかな味、ほどよい苦み、美味。また行こう。


 


「絵画と写真の交差」

2009-08-24 | A あれこれ



 松本市美術館には地元出身の草間弥生のドットな作品が常設展示されています。設置されている自販機もこの通り。右横にはドットなベンチがチラッと写っています。



松本市美術館で開催中の「絵画と写真の交差 印象派誕生の軌跡」を観てきました。

地方都市の美術館はどこも入館者数が伸びずに苦戦しているようです。日本は美術館の数が多いんでしょうね。開館直後に行きましたが、会場内は閑散としていました。東京の美術館の混雑ぶりからすれば、拍子抜けです。なかなかいい企画だとは思うのですが、一般の人にはあまり馴染みのないマニアックな展示かもしれません。

展示は絵画と写真という、共に「光と時間と空間」を表現する芸術が互いに影響しあいながら変化を遂げてきたということがよく分かる構成になっていました。

絵画は写真をデッサンや構図に利用し、写真は絵画の表現に近づこうとしたんですね。クールベの「水平線上のスコール」という荒れた海を描いた作品は、それとよく似た写真(タイトルは控えなかったのではっきりしませんが、「海原を覆う雲」かな?)を意識して描いたことが分かりました。

絵画的な表現を試みた写真も何点か展示してありました。「壺にミルクを注ぐ女性」というフェルメールの絵のような作品(タイトルからして似てますよね)もあってなかなか興味深かったです。

会期は9月27日(日)までです。


カフェで読書

2009-08-23 | A 読書日記



夏のフォトアルバム 090822

昨日(22日)の夕方、「あの夏、少年はいた」持参でカフェ・シュトラッセへ。収録されている資料「教生期」を読む。雪山汐子さんは教生として国民学校で過ごした一夏の出来事をノートに綴っていた。その200頁にもなる記録からの抜粋。

**わき立ちて一斉にあげる子らの手やわれにむかひてかくも直ぐなる** 初授業の様子を詠っている。

**警報、解除になってほっとする。日本はどうなるのか。午前中は防空壕の整備作業。すっかり疲れてゐる。(後略)** そうか、戦争中だったんだ、と改めて思う。

それにしてもすごい、二十歳になるかならないかの教育実習生がこんな記録をつけていたなんて。

教え子の岩佐さんが深夜に見たのはDVDに録画しておいた「戦争を伝える」というシリーズ。その中で放送した「昭和万葉集」という番組だった。略歴年表によると、1979年に講談社刊行の『昭和万葉集』に短歌4首が掲載され、同名のテレビ番組の取材を受けて放送されたのだった。汐子先生が55歳の時だった。

短歌を詠んでいなければ番組に出ることもなかった・・・。いくつもの偶然が重なって再会できた二人。奇跡としか思えない。

事実は小説よりも奇なり、か・・・。


アルコールな夜 テレビを観て過ごす

2009-08-22 | A あれこれ

 今夜は独身。缶ビール片手にテレビを観る。少し酔っているから、危ないかも。

NHK思い出のメロディー 

菅原都々子が出ている。「憧れの住む町」昭和25年!の紅白で歌った歌。矍鑠(かくしゃくってこんな難しい字なんだ)としておられる。驚き。

岩崎弘美、おっと宏美。川上弘美をパソコンが覚えているのかな。スター誕生に出た彼女をおぼろげながら覚えている。おお、こまどり姉妹! 三沢あけみ 昭和38年の「島のブルース」この人は昔と少しも変わっていない。

二葉百合子 昭和47年の「岸壁の母」、豊かな声量にびっくり。テレビアニメのジャングル大帝、テーマソングの作曲は富田勲だったのか・・・。天童よしみ「川の流れのように」、やはり美空ひばりの歌唱力はすごかった・・・。

石野真子「狼なんか怖くない」昭和53年、ということはもう30年も前か・・。相変わらずチャーミング!じゃないか。 いしだあゆみが和服で登場。ちょっとふけちゃった。「ブルー・ライト・ヨコハマ」をカラオケで練習してきたそうな。緊張してたみたい。本当に久しぶりの五輪真弓。声は昔と変わっていなかった(って、声は変わらないのかも)。怖い表情してたな。


9時半過ぎから女子バレーの中国戦を見る。会場の東京体育館は槇さんの設計。

昨夜のオランダ戦は完勝だった。優勝候補と言われるチームに圧勝。で、今夜対戦する中国は目下3敗、勝ち無し。だが対日本戦の勝率は8割を超えている。
ほろ酔い中年は選手たちのテクニックなどには注目しない・・・。

リベロ佐野優子、クールな表情がイイ、イイ!!
坂下、アンタはすごい。サーブもアタックも。ンで、ガッツポーズがいい。
竹下しゃん、アンタのトスワークは素晴らしい!
狩野舞子を出せ~い。カワユイではないか。高校生の頃、あんな子が丘の下の女子高にいたら・・・って別にどうにもならなかったか。

第1セット、リードされている、落とした・・・。
第2セット、3枚ブロック!も決まったけど、やっぱり中国のアタックは強烈。
第3セットもリードされて・・・。ぽっちゃり顔の荒木キャプテン頑張れ。

さて、寝よう。


「あの夏、少年はいた」

2009-08-22 | A 読書日記

 終戦記念日の夜、NHK衛星第2テレビで「あの夏 60年目の恋文」というドキュメンタリー番組を観たのは全くの偶然でした。

新聞のテレビ欄で「食は文学 荷風と谷崎」という番組を見つけて、観ようと思っていたのですが、観ることが出来ずにその後に放送されたこのドキュメンタリー番組を偶々観たのでした。

この番組の元になったのがこの『あの夏、少年はいた』という往復書簡集だと知って、早速注文しておいたのですが、昨日届きました。



太平洋戦争の末期、昭和19年の夏、奈良の国民学校の4年生だった岩佐さんは教生として教壇に立った10歳年上の雪山汐子先生に淡い恋心を抱いたのでした。

それからおよそ60年という歳月を経て、NHKの「戦争を伝える」という番組で汐子先生の消息を偶然知った岩佐さんは**あの昭和19年の夏、御本人の計り知れぬところで、あれほどまでに恋い焦がれていた少年のいたことを、素直に受け止めていただきたいと思うのです。**と先生に「恋文」を送ったのでした。この手紙から始まったふたりの往復書簡を収録したのが本書です。

ふたりの豊かな表現の手紙に惹かれました。岩佐さんは映像作家として活躍しておられ、雪山(旧姓)さんは歌人であり児童文学作家ですから当然かもしれません。

60年経っても岩佐さんにとって雪山さんはやはり先生なんですね。手紙からそんな雰囲気が感じられます。

当時雪山先生がつけていた「教生日記」が見つかってふたりの前に60年前の夏が甦ってきます。日記には岩佐少年の「このごろの雨」という詩も記されていて・・・。

「「往復書簡」を読んで・・・」という章には8人の感想が載っていますが、女優の吉行和子さんの「羨ましい」という文章が印象的でした。

吉行さんは新宿の喫茶店で直接岩佐さんからこの奇跡としかいいようのない体験を聞いた時、今日はこれで帰りますと早々に席を立ってしまいます。そして泣きながら新宿の地下道をずっと歩き続けたのでした。

一体なぜ泣いてしまったのか・・・、**あれはきっと、羨ましくてたまらなかったのだ。そんな素敵な思い出を持っていることに、そして、私なんか、何もないよ、と情けなかったのだ。**と吉行さんは振り返っています。

60年ぶりに初恋の先生と奇跡の再会を果たした上に、交わした手紙をまとめた本まで出版できたなんて、岩佐さんが羨ましい。

『あの夏、少年はいた』川口汐子、岩佐寿弥/れんが書房新社


夏の高校野球

2009-08-22 | A あれこれ
 高校野球は連日熱戦が続く。長野日大、初回に取られた5点を取り返して同点にした時点では、もしかして、もしかしてと期待したが、その後大量失点してベスト8には進出できなかった。でも、選手たちの健闘に拍手!貴重な経験になったと思う。

昨日(21日)の花巻東(岩手)と明豊(大分)の試合を車を運転しながら聞いた。土壇場最終回で見せた花巻東の粘り。明豊のピッチャー今宮君、先発したが、途中で交替。9回1アウトから再びマウンドに立って、いきなり150キロを越える直球! バッターを追い込んで、スライダーで連続三振! 試合は延長10回表、花巻東が執念の勝ち越し、勝利。

ああ、一度でいいから母校を甲子園で応援したい。



『甲子園を忘れたことがない』萩元晴彦/日本経済新聞社(昭和56年)

著者の萩元氏は昭和22年の夏、地方大会(信越大会)の決勝戦で延長23回!を1人で投げきって勝利し、甲子園に出場した。

2009-08-21 | A あれこれ


 友人のブログにこのところ橋がよく取り上げられている。橋の歴史やデザインに関する論考は興味深い。私にはとても書けないので、別のアプローチで。

これは中山道の宿場、奈良井宿の近くに架かる木曽の大橋。この木造の太鼓橋の架構がどのような理屈で成立しているのか、私には構造的な説明はできない。

架構を構成する部材が「繰り返しの美学」を成してはいるが、このように曲線というか曲面上に展開していると、なぜか繰り返しているという感じ、「繰り返し感」が薄い。やはり直線上、フラットな平面上に展開するというのが条件だ。

橋は人の出会いや別れを演出するドラマチックな舞台としてしばしば小説やドラマに登場する。古くはラジオドラマ「君の名は」。昭和20年5月、東京大空襲の夜に焼夷弾を避けながら偶々一緒に避難して数寄屋橋にたどり着いた一組の男女。ふたりは半年後の再会を約束して別れるが・・・。この番組を聞くために、放送日の夜は銭湯の女湯が空になったそうだ。

藤沢周平の短篇集『橋ものがたり』新潮文庫に収録されている「約束」では**「五年経ったら、二人でまた会おう」(中略)「どこで?」「小名木川の萬年橋の上だ。お前は深川から来て、俺は家から行く。そして橋の上で会うことにしよう」お蝶は続けざまにうなずいた。すると、涙が眼を溢れて頬に伝わった。「二人だけの約束だ。誰にも話すな」「いいわ」**と、萬年橋が幼なじみの再会の場所になる。

内容はよく知らないが、「マディソン郡の橋」という映画でも橋が重要な舞台となっていたのではなかったか。

人生というドラマを演出する舞台、藤沢周平がしたように橋をそんな視点で観察してみたらどうだろう。今まで見えなかった何かが見えてくるかもしれない・・・。

繰り返しの美学

2009-08-20 | B 繰り返しの美学



 長野県内の某市役所 3階建ての庁舎

1階のスペースが上階よりも広いというのはよくあるパターン。内部の機能的なレイアウトを考えれば、その必然性が理解できる。その場合1階部分の屋根をどう処理するかがデザインの課題となる。陸屋根の場合もよくあるが、この庁舎はヴォールト状の屋根を繰り返すという構成になっている。上階も外壁の外側にリブ状のパターンを繰り返している。

設計者もおそらくリズミカルな繰り返しを意識してこのようなデザインをしたのだろう。

平面的に展開されている繰り返しの美学だの繰り返さない美学だのと、取り上げてはいるが、このような繰り返しが、あくまでも基本だ。


たかが5センチ されど5センチ

2009-08-20 | A あれこれ

 突然ですが床から便座までの高さはどのくらいでしょうか。

自宅で測ってみましたが、およそ41.5cmでした。この値は少し高めかもしれません。これが、例えば老人ホームや多目的便所などに設置する便器の場合、車イスからの移乗を考慮してのことでしょうか、46cm位になっています。そう、一般的な便器に比べて5cm位高いんです。

車いすの座面の高さとほぼ同じ高さにすることで移乗を少しでも容易にし、立ち上がるときも楽なようにというメーカーの配慮でしょう。ところが老人ホームですと、この高さの場合、床にきちんと足がつかないお年寄りがおられるんですね。以前「車椅子は椅子か?」で書きましたが床に足が付かないとダメなんですよね。ダメって踏ん張れないから出にくいというわけなんです。

ここで問題になるのが、使いやすさを優先するのか、介護のしやすさを優先するのかということです。使いやすさを優先するなら、一般的な高さの便器にすべきだと思いますが介護のしやすさを優先するならば、高い便座の便器にすべきでしょう。前述のように車椅子からの(車椅子への)移乗が容易ですし、お年寄りが立ち上がりやすいから介護も楽になるからです。

便器の使いやすさ、ということについてお年寄りがコメントするということはほとんどないでしょうから、介護員さんの注意深い観察が無ければ気が付かないことだと思います。相手の視点で、そう、介護員さんはお年寄りの視点で捉えていただきたい、そう思います。そして是非お年寄りが使いやすいものを選択して欲しいと思います。

便座の高さの違い、たかが5センチ されど5センチです。


「あの夏 60年目の恋文」

2009-08-17 | A 読書日記

 太平洋戦争の末期、昭和19年の夏・・・。奈良の国民学校の4年生だった少年は教生(教育実習生)として教壇に立った10歳年上のお姉さん先生に淡い恋心を抱く。

それから60年後(!)、偶然あるテレビ番組によって先生の消息を知り、手紙を出す。少年は映像作家として活躍し、先生は児童文学作家、歌人として静かに姫路で暮らしていた。

60年前の教え子から恋文を受け取った先生の驚きと戸惑い・・・。先生は迷いつつも返事を書く。こうして始まった手紙のやりとり。そして再会を果たすふたり。遠い遠い記憶の共有・・・。

一昨日、終戦記念日にNHKでこのドキュメンタリー番組を観た。教生を演じた女優の魅力的な笑顔、利発そうな少年。80歳を過ぎた元先生の凛としたお姿(ご本人)、手紙を送った岩佐氏は髭をたくわえたカッコいい老人(こちらもご本人)。

それにしてもドラマチックで幸福な偶然だ。番組を観ていてなぜか涙がこぼれた。いい人生だな~という感動か、羨望か・・・。いや、恋とは甘く切ないものなのだ。

ふたりの書簡は『あの夏、少年はいた』というタイトルの本なっている。今日注文した。番組でも紹介された美しい日本語、豊かな表現で綴られたふたりの手紙を味わいたい。


メディア・アーキテクト

2009-08-16 | A 読書日記


以前展覧会(←過去ログ)で買い求めた絵はがき 
「画家」ル・コルビュジエの作品

『ル・コルビュジエ 近代建築を広報した男』暮沢剛巳/朝日選書

 例えば円柱(そう、茶筒のような形)を立てた状態で横に切れば切断面は円になり、縦に切れば四角になる。どのように切るか、切り口によって切断面の形は異なる。このことは人物像にも当て嵌まるだろう。

**20世紀最大の建築家とも称されるル・コルビュジエに関しては、すでに膨大な文献が存在する。類書にはない独自の特徴を打ち出す必要を痛感した私は、本書において、建築作品ばかりでなく、絵画や、著作などの多岐にわたる活動も広く検討の対象として、ル・コルビュジエの人物像や代表作をさまざまなメディアとの関連を通じて読み解いていく、いわゆるメディア論のアプローチを採用することにした。**

**ル・コルビュジエが多くの著書を出版し、雑誌を編集し、絵画、音楽、写真などにも深く関与するなど、メディアの問題に人一倍自覚的であり、同時代のほかの誰よりも積極的にメディアを活用した建築家であったことを強調したかったからである。** 「近代建築を広報した男」というサブタイトルの意図をこのように説明しているように、暮沢氏は美術評論家としての独自の切り口、アプローチによってメディア・アーキクト ル・コルビュジエというおそらくいままで示されたことのない人物像を浮かび上がらせている。

もっと建築作品にも触れて欲しかったというのも正直な感想だが、本書に提示されている未知のル・コルビュジエ像を興味深く読んだ。