透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

2008年 最後はABC

2008-12-30 | A あれこれ


 今年も残すところ明日の大晦日のみとなりましたね。今年最後のブログはABCです。

(建築)NHKで放送された「世界の名建築100選」。この8時間にも及んだテレビ番組をみました。最初に紹介されたのが「泣きたくなるほど美しい」と建築家ブルーノ・タウトが絶賛した桂離宮。そして最後、100番目は白川郷の合掌造りの集落でした。 

興味深かったのは西アフリカのマリにある泥のモスクや同じアフリカはエチオピアの巨大な岩をくり抜いてつくった岩窟教会群。イタリア、アルベロベッロの円錐形に石を積み上げた屋根トゥルッリの集落など「建築家なしの建築」が多数選ばれていたことでした。

(本)この番組で紹介された建築が全て1冊の本に収録されることを知って、早速購入しました。今年最後の購入本はこの『NHK 夢の美術館 世界の名建築100選』新建築社となりました。

ちょっと残念なのは、どのようなメンバーで、どのような観点から名建築を100選したのかが紹介されていないことです。

(映画)今年最後に観た映画のコピーは「人類は気づいていない。」です。ハリウッドスターのキアヌ・リーブスが主演したSF『地球が静止する日』。

人類が滅亡すれば、地球が生き残れる。「地球を救う」というミッションを受け、その手段として人類を滅亡させるために地球に出現した宇宙人クラトゥ(キアヌ・リーブス)。結局、最後は執行猶予、つまり人類は生き残るということになるのですが、映画の結末としてどうかは意見の分かれるところでしょう。

宇宙船地球号の乗客でいつづけるためにはそろそろ本気にならないとヤバイという強烈なメッセージ。そのために映画の結末は変える必要があると私は思いました。

本稿で今年のブログを閉じます。この一年「透明タペストリー」をお読みいただき、ありがとうございました。来年も新年のあいさつからスタートしますが、まだ「ざ」が見つかりません・・・(困った)。皆さんよい年をお迎えください。

繰り返しの美学 今年はこれが最後

2008-12-30 | B 繰り返しの美学


 繰り返しの美学。

建築を構成する要素の規則的な繰り返し。ビジュアルに示された秩序。脳にはこのような状態を美しいと思う「癖」があるらしい。

日本人には秩序が見えない状態も美しいと感じる感性がある、とよく指摘される。その感性がつくり出す美、日本庭園や盆栽など自然を模した美が代表例。右脳が知覚する「美」。来年は「繰り返さないという美学」も取り上げてみたい。



上の写真はこの大学病院の正面玄関キャノピーの先端、金属の持ち出しフレームの繰り返し。

今年最後のブックレビュー

2008-12-29 | A ブックレビュー
 忘年会の席上で決まった?旅行。

 昨晩(12/28)は今年最後の忘年会。中学時代の同級生とよく飲み、よく食べた。酒席での約束はあてにならないが、来年1月末にお上りさんして歌舞伎を観ようということに。以前はベトナムに行こう、という話が出たこともあったが実現していない。が、数年前には同様の約束で京都に行った。今回幹事のO君が段取りをしてくれるかどうか・・・。

 保育園から一緒、地元の幼なじみの忘年会では2月に京都に行くことになった。こちらはすでに旅行計画書が届いている。あとは都合をつけて参加するだけだ。

 大学時代の友人S君が東京から来松したときは7月に尾道に行こう!ということになった。この約束が有効かどうかは不明。



 さて、今年最後のブックレビュー。今月は忙しく(というのは言い訳にすぎない)、読了したのはこの3冊のみ。

安部公房の代表作『砂の女』久しぶりの再読。この作品って映画化されたんだっけ? 調べてみるとやはり映画化され、砂の女を岸田今日子が演じている。いま、リメイクするとしたら誰がいいだろう・・・。女優の顔が浮かんでいるが名前が思い出せない。パナソニックのCMに出ている・・・?

『かたちの日本美』三井秀樹。 **日本人の美学が非対称の美にある、とこれまでくり返し述べてきた。(中略)日本人は、非対称の美と家紋や紋様の造形のように、対称形の美を上手く使い分ける世界でも稀な民族ではないか**という著者の指摘、これは「繰り返しの美学」の新たな視点、「繰り返さないという美学」のヒントになりそう・・・。

『できそこないの男たち』福岡伸一。 生命の基本仕様がメスであることは発生学、というか生物学の常識かもしれないが、このことを知らなかった私には実に興味深い内容だった。女という基本仕様をカスタマイズして男にする、という神様のデザインセンスに拍手、かな? 

 来年はどんな本と出合う(「出会う」と使い分けないといけないようだ)ことになるのだろう。年越し本は安部公房の『箱男』。

それでは皆さん、 いや、年内まだに書くから挨拶はまだ。

喜多方の銭湯

2008-12-26 | A あれこれ


■ 民家 昔の記録。今回は福島県は喜多方の銭湯(8210)。

喜多方は蔵の町ですが、蔵が続きましたので銭湯を載せます。この銭湯は開業した頃はずいぶんハイカラな印象だったでしょうね。

銭湯というと唐破風のついた立派な和風の建物が多いように思いますが、これは洋風。左右対称のファサード。デザインがどことなくライト風?。そして大正時代の建築のような印象ですが実際の建築年代は分かりません。

入口の引き戸はアルミサッシに替えられています。右側の自転車置き場の屋根も後付け。ポーチの片流れの屋根も後からのもの。おそらくこの屋根の下には2階と同じ寄せ棟の屋根が隠れていると思います。

2階の両サイドの窓のデザインがいいですね。色ガラスでしょうか。

内部の様子も観ておくべきでした。喜多方を訪ねたのが26年前、もうこの銭湯は取り壊されてしまっているかもしれません。

小谷の蔵

2008-12-26 | A あれこれ


■「蔵」が続きます。今回は小谷村の蔵。

雪対策として、荷重に耐えられるように補強柱をたてる方法と屋根を急勾配にして落雪させる方法があることを書きました。当然、両者併用もあり得るわけです。

その実例がないかな、と思っていましたが、意外に早く見つかりました。それがこの蔵です。補強柱と急勾配屋根の蔵。

下の大町市美麻(旧美麻村)の蔵と比べると屋根の勾配が急なことが分かります。


誤解?

2008-12-25 | A あれこれ

 昨日、産経新聞のネット版にイギリスの新聞記事が紹介されていました。その記事のタイトルは「Copy Japanese for a greener Christmas」 「環境により優しいクリスマスのために日本人をまねしよう」とこのタイトルの和訳も付いていました。

記事には和服姿で風呂敷包みを持っている日本人の若い女性の写真が載っていました。クリスマスプレゼントを包むのに包装紙が大量に使われ、ほとんどリサイクルされないというイギリスの実情。「日本人に倣って風呂敷を使いましょう」というメッセージだろうと思いますが、これは日本の実情を誤解していますよね。 日本人女性が和服を着て、ものを風呂敷に包んで持っていく姿なんて、今ではほとんど見かけませんから・・・。

イギリスの新聞記者が日本の女性は普段和服を着ているなどと認識しているとは到底思えませんし、風呂敷も普段あまり使われないということだって承知しているのでは。それともいまだにフジヤマ、ゲイシャの国だという認識? まさかね。

記事を取り上げた産経新聞の意図も不明でした。

私がこの記事を取り上げたのはブログのシリーズのひとつに「包む」をあげているから。そう、今回は久しぶりに「包む」シリーズなのでした。


メリー クリスマス

2008-12-24 | A あれこれ


                  @千歳橋in松本      



 メリー クリスマス 

『あのね、サンタの国ではね・・・』この本によるとサンタの国では、クリスマス・イブにそなえて、準備することが いっぱいだそうです。

3月にはよいこにおくる プレゼントづくりが始まるそうです。

7月には大きな望遠鏡をもって、気球に乗って よいこをさがしにでかけるそうです。

11月にはクリスマスに備えて、サンタたちが おめかしをはじめるとか。

サンタさんってクリスマス前の数日だけ忙しいのかと思っていました。でも一年中することがあって大変なんですね。

すてきなクリスマスをあなたに ★★★


松本の蔵

2008-12-23 | A あれこれ
 

■ 路上観察 今回は松本の蔵(081223撮影)。

この蔵、軒樋を受ける金物のデザインが秀逸。職人の美に対するこだわりが伝わってくる。銅板で加工した樋も凝ったつくりだ。





妻側の窓上部の庇のたる木と破風板には直線材ではなく、湾曲加工材を使っている。これらの部材の小口を銅板で包むという丁寧な仕事。

腕木を支える金物の力板は初めから設置されていたのだろうか。

年末年始に読む

2008-12-23 | A 読書日記



 雑誌「新建築」の今月号(08年12月)の書評コーナーで建築家の内藤廣さんがこの本を取り上げていた。

日建設計の林さんといえばやはり竹橋の「パレスサイド・ビル」が代表作だと思うが、この作品の外観写真と「ポーラ五反田ビル」の有名なロビーの内観写真(共にカラー)が巻頭を飾っている。

この本はこのふたつの代表作品に加えて「三愛ドリームセンター」を取り上げて、施工中や竣工後の興味深い写真、実施設計図面などを載せ、作品を解説すると共に建築のありようを説くという企画。

内藤さんは書評で**何よりどの建物もいまだに現役バリバリで、デザインがまったく古くなっていないことに驚く。もしこれらが来年建ち上がったとしても、どの建物もジャーナリズムの話題をさらうだろう。**と書いているが、全く同感だ。

明快な空間構成の「パレスサイド・ビル」、外に開いた「ポーラ五反田ビル」、光りの円筒「三菱ドリームセンター」。

年末年始にじっくり読みたいと思う。

『林昌二の仕事』新建築社 297mm×297mm(A4サイズの長辺)の正方形の本。定価5,250円はちょっと高い。でも、忘年会1回分か・・・。


今年の3冊 2008

2008-12-21 | A ブックレビュー

「風花」 ←ここをクリックしてください(以下同じ)。


「散るぞ悲しき」


「中村屋のボース」

 今日(12/21)の朝日新聞の読書欄に、書評委員お薦めの「今年の3点」が載っている。20人の委員、1人3冊、計60冊の本が紹介されている。新書が6冊紹介されていた。

今年もあと10日、今年読んだ本で心に残った3冊を挙げておく。

『箱男』安部公房/新潮文庫が今年最後の本になりそう。10年ぶりの再読だがなかなかおもしろい。

安部公房は93年に急逝したが、もし元気で作家活動を続けていれば、ノーベル文学賞を受賞したかもしれない・・・。


蔵の意匠 

2008-12-21 | A あれこれ







 前稿に続き「蔵」を取り上げます。

は長野県小谷村の蔵です。しばらく前に取り上げましたが、再掲します。美麻の蔵と同様、補強柱をたてています。

は昔の写真。「たてぐるみ」と呼ばれる形式で蔵を取り込んでいます。岡谷、諏訪、茅野地方に分布しています。撮影地、撮影年月は不明。

も昔の写真。分かりにくいですが、2と同様、蔵をくるんでいます(左側)。なかなか面白い意匠です。現代の住宅設計にも使えそうです。をミックスしたような意匠ですね。


戸狩の蔵  

2008-12-21 | A あれこれ


■ 民家 昔の記録。今回は戸狩の蔵(19800815)。

積雪荷重に耐えるように補強するか、屋根から雪を落下させるか、雪に対処する方法は2通りあります。

前稿で取り上げた大町市美麻の蔵は前者、積雪荷重に耐えるように屋根の先に柱をたてて補強していました。

この蔵の場合は後者、落雪させるために屋根の勾配をかなり急にしています。立ち上がりの大きな棟木は「雪割」の役目を果たしているでしょう。

独特のプロポーション、この地方に特有の形です。このような建築が次第に姿を消し、地方色が薄れていくのは残念です。

路上観察 美麻の蔵 

2008-12-19 | A あれこれ


大町市美麻(旧美麻村)の蔵(081219)

■ 所用で大町市美麻へ。目に付いた蔵を路上観察。路上からではよく分からないので近づいて観察(下)。



妻側の様子。母屋の先に柱を建てて、貫を通している。美麻は多雪地域だから、積雪荷重に耐えるように補強したものだと分かる。

平側の様子。妻側同様、梁の先に柱を建てている。白馬村や小谷村でも見られる雪対策。この柱を下地に雪囲いを設けることも出来る。貫に藁たばをかけてある。ほのぼのとした田舎の暮らしが窺える。好きな光景。


「いつまでも!建築とまち」

2008-12-18 | A あれこれ

■ 雑誌「建築士」(発行:日本建築士連合会)の今月号(200812)の特集は「いつまでも!建築とまち」だ。

建築史家 鈴木博之さんの「建築とまち 詩人の目を通して」と題する巻頭言が掲載されている。

鈴木さんは**建築とまちの関係は、日常的で当り前であることが重要だ。ただし、その関係は安定していて永続的であるという安心感に裏打ちされていることが必要だ。(中略)まちに建つ建物の存在感が大きな意味をもつ。まちをわれわれの生活につなぎ止めるアンカーのように、長く建ちつづける建物があることが、まちを落ち着かせ、安心させる。**と指摘し、

**印象に残る建物のあるまちは、愛着の深まるまちだ。(中略)この店で祖母がよく買い物をしたとか、あの小学校にわれわれ兄弟は通ったとか、暮らしと歴史は建物によって、もっとも分かりやすく結びつく。そうした建物を、われわれのまちは何棟もっているのだろうか。そうした建物を、われわれのまちは大切にしているだろうか。**と結んでいる。



松本市は解体寸前だった旧制松本高校の校舎を残した。確か4、5億かけて改修し、現在は「あがたの森文化会館」として、公民館、図書館、市民の文化活動の拠点として活用している。先に挙げた「建築士」には地元松本市職員のこの建物に関する優れた論考が掲載されている。


 


「箱男」を読む

2008-12-17 | A あれこれ



■ 安部公房の『砂の女』を読了した。人間存在の意味を問うた作品と括っておく。この作品はフランスで評価が高かったようだ。最優秀外国文学賞を受けている。 

さて、次は『箱男』を再読する。単行本で1977年、文庫本で1998年に読んでいる。

**都市には異端の臭いがたちこめている。人は自由な参加の機会を求め、永遠の不在証明を夢見るのだ。そこでダンボールの箱にもぐり込む者が現れたりする。かぶったとたんに、誰でもない存在になってしまえるのだ。だが、誰でもないということは、同時に誰でもありうることだろう。不在証明は手に入れても、かわりに存在証明を手離してしまったことになるわけだ。匿名の夢である。そんな夢に、はたして人はどこまで耐えうるものだろうか。  著者 **