今日はSNSで知り合ってもう7年になる女性の友人に
芝居のチケットを手渡す口実で、デイト。
同い年のSNSコミュニティーで知り合って、何となく気が合って
僕の芝居を観に来たのが初対面。
以来、毎年のように芝居を観に来てくれています。
同世代だから、色んな悩み事も共通点があって
年に一回のデイトは、一緒に酒を飲んで、仕上げは珈琲。
最近のSNSは魅力が無くなったけど、こういった人の繋がりが
出来るので、とりあえず続けてるって言うところです。
新宿で待ち合わせて、居酒屋へ行ったんだけど、
6時過ぎの新宿は、殆どの店が2時間の時間制。
普段の飲み会は、夕方から終電までダラダラと飲むのが
僕の基本スタイルなので、新宿の居酒屋は性に合わないかな?
で、彼女の旦那さんの話題になった。
僕と同い年で、定年後の生活をどうしようか?
みんな同じ悩みが頭の中を巡っているみたい。
『ゆうちゃんは、やることが沢山ありそうで良いね』
って言われるんだけど、実際のところはそうでもない。
ただ、今の仕事を続けようって気が無いのは事実かな?
会社のルールに縛られて、なおかつ今と同じように使われ
賃金だけが安くて、良いように使われる感じが我慢できない。
後継者を育てるっていう使命感も、いまや薄くなって、
定年後まで会社の都合の良い使われ方をするのが嫌。
彼女の旦那さんも技術者で、似たような悩みを持っているらしい。
僕らの世代って、団塊世代の割を喰って、あまり恵まれていない。
会社の地位も、上に沢山いるからポストが無い。
それで上が居なくなったら、すでに定年間近。
それならもう一つ下の世代に・・・
これは会社としては当然の考え方だと思うから、理解は出来る。
僕は若い頃から、自分のやりたいことを続けてきたから
今の仕事が25年も続いたって言うことは、楽しかったんだろうと思う。
でも、それを『責任』とか言って、自ら育とうとしない下の世代に
エネルギーを注ごうって言う気力が湧かなくなってしまった。
手ごたえの無い人間に、一生懸命になってる自分が馬鹿みたい。
僕らの世代は、そういう端境期の世代なんだろうと思う。
でも、今の若い子には出来ない経験を沢山してきたのも事実。
会社で研究開発費を一番使ってると言われる僕としては
『楽しんできたんだろう?』って言われることを否定できない。
でもね、楽しむって事は一生懸命やるってこと。
遊びでも、楽しもうと思ったら寝食を惜しんで遊ぶことがあるでしょう?
一生懸命やるから、楽しめる・・・・これが正解な気がします。
苦しいことも、楽しい事の一部なんだって事・・・・
今の若い連中に、これを言っても解らないんだよね。